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06 居住区の整備

「心配するな。アルヴェナは私がもった最初の眷族。しかも、レナーツァ様から直々に賜ったのだ。できる限り、お前を失いたくはない。私はアルヴェナを片腕とも腹心とも思っている。心から大事にしよう」

 ナツキの口角が上がり、ごく自然に見える笑みが浮かぶ。


「ナツキ様の言葉をきいて、私は嬉しく思うと共に、心から安堵いたしました」

 しかし、アルヴェナの心境は、安堵、安心とはほど遠いものだ。

 表情や身体全体の力みが、その内心を浮き彫りにしていた。


(これでいいだろう。魔族の心底には傲慢さが宿っているようだからな。一本釘をうつことができた)

 ナツキは上下関係を正せたとみるや、次の行動に移る。


「まずは、現状を確認するか。ついてこい」

「はい」


 ナツキはアルヴェナを伴って、鋼で造られた両開きの扉を押し開いた。

 すると、一面の広場が広がっている。

 見事なまでに天井、床、壁しかなかった。


「完全に空白状態か、知識通りだな。まずは居住区を作る必要があるか。アルヴェナはここで待て。今から居住区を構築していく。危険があるかもしれない。その場を動くな」

「かしこまりました」


 ナツキのみコアがある部屋に戻り、コアの表面に左手をあてる。

 区画整備をするのも魔物などを召喚するのにも、ダンジョンマスターがコアに手をあてる必要があった。


 ナツキはコアに手をあて、念じる。

 ダンジョンコアがあるのは南西の角だ。

 まずは、南西の角を一km×一kmの範囲で囲む厚さ十mの壁を作り、居住区とする。

 当初はかなり面積があまるだろうが、拡張性を考えて、ナツキはそうした。


 居住区の中で五m×五mの部屋を十ほど作り、五つは自分の居室、寝室、アルヴェナの部屋、応接室、食堂とする。

 残り五つは住人が増えれば、あてがえばいいだろう。

 廊下の幅は五mとする。

 ナツキは建築家のような凝ったデザインにせず、無味乾燥な構造で組み立てていく。


 台所、便所は必要なので設置する。

 魔族は魔素を吸収すれば、人間ほど食事は必要ないが、全く必要ないわけではない。

 人間にとって必要な量の半分くらいは必要だ。

 食べ過ぎても、魔族はほとんど肥満にならない。

 かなりの量を食べなければ。

 なので、魔族は酒や食事を娯楽の一つとして、楽しむ者が多い。


(地球の人間からしたら、うらやましすぎるだろうな。飢え死にする可能性が低くて、太ることもないんだ。魔族は個々のスペックが本当に高いな。ゆえに傲慢さへと結びつく、か)


 近くの地下水源から水をひいてきて、魔力を用いて浄化する装置を設置する。

 台所には最低限必要なコンロ、オーブンなどの内装がそろっており、蛇口をひねれば水が出るようにする。

 便所は水洗だ。

 汚物は魔力で分解されて排出される。


 食糧などを置くための貯蔵庫を設置する。

 大きさは五十m×五十mとし、魔力を充填することで中の物が腐敗しにくくなる仕様とした。


 後は風呂か、とナツキは思う。


(必要ないな)


 身体を清潔に保つ魔術を使うのは、魔族にとって簡単なものだ。

 ただ、やはり娯楽の一つとして、魔族としても入浴を楽しみとしてる者は数多い。


 だが、ナツキは現時点で必要ないとして、設置を見送った。

 消費できる神力には限りがある。

 奢侈など、余裕ができてからにすればいい。


 神力を消費して、小麦、合成肉、この世界に存在するいくつかの野菜や調味料などを貯蔵庫に放り込む。

 最低の質で当面必要な量だけにし、神力の消費量を抑えた。

 美食など、後回しだ。


 居住区の北側に神殿を設置する。

 レナーツァに祈りを捧げるためにも必要だった。

 居住区と神殿は登録者のみが転移可能な転移陣でつなげることにする。

 三名まで同時転移可能とした。


 居住区の外へと出したのは、将来を見越しての話だ。

 いずれは多くの者達を神殿に参拝させたい。


 居住区には自分と自分の眷族以外、入れるつもりはなかった。

 神力によって強化された厚さ十mの壁が、ナツキ達を守ってくれるだろう。


 次は家事担当の者を召喚することにする。

 さすがに、ナツキやアルヴェナが家事を行うのは非効率だろう。

 このダンジョンコアで召喚される魔族、魔物はナツキの眷族とするかどうか、選ぶことができる。


 居住区の家事を担当させる以上、眷族にするのは必須であった。

 ナツキはシルキーを選んだ。

 新たに得られた知識で知った魔族、魔物の中で、家事能力が高く、消費神力が高くないのが決め手だ。


 眷族とする以上、名前を決める必要がある。

 ナツキはしばし悩んだ結果、「アイノ」という名前を思い浮かべて、シルキーを召喚する。


 その瞬間、ダンジョンコアから闇が放たれた。

 闇が瞬く間に消え去り、一体のシルキーがナツキの目の前に立っていた。


「う、うーん、ハッ、ナツキ様ですね。アイノです。これから、よろしくお願いします」

 アイノは瞳も髪も淡い緑で、メイド服を着ていた。

 目はくりっとしていて、愛らしさ、のどかさを感じさせる。

 中学生くらいに見え、地球の中学校にいたら、男子から大人気だろうな、とナツキは思う。


「ああ、よろしく頼む。アイノには家事全般をやってもらう」

「はい、がんばります」

 元気溌剌といった感じで、アイノは返事する。


 最後に、ナツキはコアがある部屋の扉に細工する。

 神力を消費して、ナツキしか開けられないようにした。

 セキュリティとして必要であった。


「では、一通りすんだし、アルヴェナにひきあわせよう」

 ナツキはコアから手をはなした。


「わたしの先輩ですね」

「ああ、こっちだ」

 ナツキは扉を開け、アイノがそれに続く。


 扉を開ければ、広場ではなく、廊下が伸びていた。

 壁には部屋や便所、台所につながる扉が並んでいる。

 アルヴェナは少し茫然としていたが、扉が開く気配を感じるやいなや、きりっとした顔つきに戻していた。


「アルヴェナ、待たせたな」

「いえ。それよりもさすがはナツキ様です。この区画が整備されていく様は見事でした」

「誰がやっても同じだろうよ。それよりも、紹介する。家事を担当させるシルキーのアイノだ」

「アルヴェナ様、アイノです。よろしくお願いします」


 アルヴェナがまとう気配が、アイノに「様」付けとおじぎをさせた。

 現実に、二人の間には戦闘力で大きな差があり、自然な振る舞いだった。


「アルヴェナだ。よろしく」

 アイノの身長はレナーツァと同じくらいで、アルヴェナはやや見下ろす形でそういった。


「はい、家事については任せて下さい」

「それは助かる」

 アルヴェナは目を細めた。


「よし、今度は居住区の構造を説明しよう。二人ともついてきてくれ」

 ナツキは歩き始め、二人がついていく。

 それぞれの部屋、台所、便所などをまわっていった。


 貯蔵庫に着き、ナツキは扉を開いた。

 目の前には神力で手に入れた食材の山が並んでいる。


「アイノ、これらの食材を用いて料理してくれ。やり方は任せる」

 ナツキは料理ができないわけではなかったが、そんなことをする暇がなかった。

 アイノに丸投げする。


「わかりました。食材を見てみますね」

 アイノはててっと歩いて、食材に近づき、状態や品質を調べていく。

 調べれば調べるほど、彼女の顔は曇っていった。

 小麦も野菜も見るからに色が悪くて、最低の品質だったからだ。


「……あのう、ナツキ様、よろしいですか?」

「何だ。足りないものがあったのか?」

「いえ、一応これだけあれば、最低限の料理はできます」

「そうか。ならば問題ないな」


 アイノは躊躇するが、意を決した。


「どれも、あまり品質がよくありません。それにこの肉はなんでしょうか? 私にはわからないのですが」


 アイノが肉の塊を指差す。

 一mの立方体で、ピンクと蝋のような色でまだらに染まっていた。

 はっきりいって、気持ちが悪い代物だ。

 アルヴェナは表情を変えまいとして失敗し、その肉から目を背けた。


「合成肉だ。レナーツァ様の貴重な神力で生成された肉だ」

「……何を合成したものですか?」

 おそるおそる、アイノは質問する。


「知らんな」

 ナツキの言葉は無情だった。


「だが、問題なく食べられるだろう。神力で得られた肉だからな。食事の喜びを通じて、レナーツァ様への信仰を新たにするといい」

「……私のレナーツァ様への信仰は揺らぎません」

 アルヴェナの口調は機械的だった。


「わ、私もそうですとも。ですが、他の肉やもう少し品質のよい食材を揃えていただければ、ご主人様にふさわしくおいしい料理を作ってみせますとも」

 諦めたアルヴェナと違い、アイノは抵抗する。


「これらの食材ではおいしい料理が作れないのか?」

 ナツキの表情も口調も穏やかなものだ。

 しかし、アイノにはなぜか威圧が感じられる。


「……いえ、もちろん作れます」

 アイノは少し肩を落とした。


「そうか。ならば、これで十分だ」

 二人のやりとりを聞いていたアルヴェナの様子も精彩を欠いていた。


 ナツキ達は貯蔵庫をあとにする。

 歩いて転移陣へと到着した。

 ナツキは陣に触って、ナツキ、アルヴェナ、アイノの名前を登録する。


「この転移陣を用いて、神殿へゆくぞ。一日一回、神殿で必ず祈るように」

 二人はナツキの言葉を承諾する。


 この世界における暦は少しずつ改定され、約千五百年前に暦は次のような形となった。

 一年は三六〇日、一月が三〇日、一週が七日。

 一日は二十四時間で、一時間は六十分だった。


 地球とほぼ同じだが、一つだけ決定的に異なる。

 この世界における一分は、地球における一.一〇四三分であった。


 過去に召喚された勇者が主導して、無理やりにでも地球と似たような暦にしたのだ。

 ナツキはその英断に敬意を表する。

 単純にいって、その方が適応しやすいからだ。


 全員、転移陣の上に立つ。


「転移」

 ナツキが短くそう詠唱すると、三人の姿は消える。


 三人は転移先の陣の上に立っていた。

 光景が、がらりと変わり、いまや荘厳さを見せる神殿が目の前にある。


 ナツキから見ると、ギリシャ型の神殿だ。

 ただし、色合いが異なる。

 黒鋼石が用いられているので、純白ではなく漆黒の神殿だった。


 三人は歩いていき、階段を上がって、神殿の内部を歩いていく。

 やがて、レナーツァの神像が納まる内陣へとたどりついた。

 内陣の扉は閉じられ、開けられることはない。


 この世界においては内陣の前で、両膝を地に着けて、両手をあわせて祈るのがしきたりであった。

 ナツキを筆頭にして、全員が膝を落とす。


 そして、両手をあわせて祈りはじめた。


(レナーツァ様、これから始めます。俺を見守っていて下さい)

 ナツキは瞑目して、祈り続ける。


 アイノもまた、神妙な様子であった。


(レナーツァ様、アイノはレナーツァ様に信仰を捧げます。だから、一日でも早く他の肉を食べられるようにして下さい)

 彼女の祈りもまた、真摯なものであった。

 ナツキに負けないほどだ。

 アルヴェナも無言で祈り続けていた。


 ナツキが祈りを終えて立ち上がる。

 振り返ると、二人はまだ祈り続けていた。

 彼は二人の真剣な姿を見て、満足げな笑みを浮かべた。











消費神力:

アイノ召喚:500

区画整備等:1,400

神殿:3,000

転移陣×2(登録者のみ三名転移:400


ダンジョン現状:

地下一階~四階:空白

地下五階:居住区(台所、便所、貯蔵庫、部屋×10)、神殿


残り神力:

94,700

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