表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/32

05 ダンジョンマスターの降臨

「あの、その、どうもありがとうございます……」

 レナーツァの頬は今も真っ赤だった。

 滑らかな白い肌が、その赤を限りなく強調していた。


「いえ、お礼をいうのは私であって、レナーツァ様ではありません」

「そんなことはないのです! 私はこれまで、ナツキほど信仰を露わにしてくれた魔族を見たことがありません。私もまた、先ほどの言葉を終生忘れないでしょう」


 レナーツァはすでに、ナツキから信仰心を神力として受け取り始めていた。

 彼女が持つ全神力からみたら、一滴にもならないかもしれない。

 しかし、ナツキから受け取る神力が、彼女を暖かくした。


(これは神力だけなのでしょうか? 暖かさ、いえ、安らぎを感じます……胸にしみこむようです)

 レナーツァは左手を胸に当て、陶然とした様態を見せ始めた。

 彼女の艶やかさを見て、ナツキは惹きこまれる自分に気づく。


(この場に留まれば留まるほど、降臨する意欲を失いそうだ)


「レナーツァ様、よろしければ下界へと降臨したく思います。他に何か用意すべき事柄がありますでしょうか」

 ナツキの言葉は未練を断ち切るためのものだった。


「……い、いえ、もう特にありません」

 はっとして、レナーツァは慌てて答えた。


「ならば、名残惜しいですが下界へ転移させて下さい。時は有限ですから」

「……そうですね」


(ナツキが降臨したら、この暖かさは消えるのでしょうか?)

 レナーツァは口ごもった。


 その様子を見たアルヴェナは口を開く。


「ナツキ様は身体に習熟する必要がありますし、私もまた誕生したばかりです。レナーツァ様がよければ、この場で習熟作業を行ってはいかがでしょう」

 その言葉を聞いたナツキは何か言おうとしてとりやめ、レナーツァを見やった。


 レナーツァは軽くうつむいて、両目のまぶたを閉じる。

 純白のまぶたから生えた漆黒の長いまつ毛が麗らかで、ナツキはただただ見つめていた。


「……いえ、この場を長くは維持できません。下界へと降ろしましょう。ナツキ、一年後の交信を楽しみにしていますよ」

 両目を開いて、レナーツァは静かにそういった。


「はい、私もレナーツァ様の声を聞くのを楽しみにしています」

「フフッ、アルヴェナはナツキの補佐をよろしく頼みましたよ」

「承知いたしました。ナツキ様のために全力を尽くします」

 アルヴェナはうやうやしく、レナーツァの方へ向きなおり、おじぎする。


「それでは、お願いいたします」

 交信すれば、レナーツァの声は聞けるだろう。

 しかし、姿は二度と見られないかもしれない。


 そのことを意識したナツキは、レナーツァの姿を食い入るようにみつめ続けた。

 レナーツァもまた、同様であった。

 しかし、いつまでもそうはしていられない。


 レナーツァはきりっとした表情を浮かべる。

 右腕を伸ばしてナツキとアルヴェナへと向け、別れの言葉を告げる。


「二千年、敗北を続けた私ですが、きっとナツキが勝利をもたらしてくれると信じています」

「時間がかかるでしょう。果てしなく長い戦いになると思います。しかし、最後は勝利をレナーツァ様に献上いたしたく思います」


(たとえ、どんな手段を用いても)

 最後の言葉は口にせず、ナツキは心の中へしまった。


「では、ダンジョン最下層へと転送いたします。私は二人の武運を祈りましょう」

「レナーツァ様の祈りがあれば、心強い限りです」

「お別れです。ではまた交信にて」

「はい、レナーツァ様」


 二人の様子を黙って見ていたアルヴェナは静かに頭を下げる。


 レナーツァの右手から闇が放たれ、二人を覆った。

 ナツキとアルヴェナは擬似的な睡眠状態となる。

 二人を覆った闇は部屋の床を通り抜け、下へ下へと沈んでいく。


 レナーツァの瞳は、その闇が視界から外れるまで追い続ける。

 やがて見えなくなっても、彼女はしばしその場で立ち尽くしていた。


 ◇  ◇


 ナツキが目覚めると、そこはダンジョンの一室だった。

 隣にはアルヴェナがいるが、両目が閉じられている。


 目の前には漆黒のダンジョンコアが台の上で鎮座していた。

 ナツキの目には、コアが直径五十cmほどの黒い水晶玉のように見えた。

 その部屋には自分達以外、ダンジョンコアしかない。


 壁や床の材質は黒鋼石とこの世界で呼ばれている。

 硬さで有名であったが、レナーツァによる強化でほぼ破壊不可能な代物だ。


 ナツキが見上げると、十mの高さに天井があり、びっしりとヒカリゴケが生えている。

 ヒカリゴケから放たれる光によって、他に明かりは必要としない。


(実に冒険者が探検しやすいダンジョンだな)

 ナツキは心中で皮肉った。


「ナツキ様、ここはダンジョンですね」

「目覚めたか、アルヴェナ。そのようだな」

「ではまず、私を眷族にして下さい」

「そうだな」


 眷族化の能力については、ナツキが新たに得た知識の中にあった。

 詳細は以下の通りである。


眷族化:魔族(伯爵級以上)専用スキル

 ・眷族とするには対象者の同意が必要。

 ・常時、眷族は主人に対して一%の力を捧げる。

 ・主人と眷族は念話が可能。(念話可能距離は主人の能力や眷族の忠誠心に比例する)

 ・主人は眷族に対して魔力を送付し、一時的にだが眷族の力を最大二倍まで強化できる。主に主人の能力や眷族の忠誠心が強いほど、魔力を送付できる距離、強化率が上昇する。

 ・主人は眷族の力によって強化されるが限界がある。

 ・目安として伯爵級は自分の力の十%、侯爵級は二十五%、公爵級は五十%、大公級は七十五%、魔王は百%まで強化可能だが、それ以上の眷族を持てない。つまり、強い眷族を持てば、少人数の眷族しか持てなくなる。 

 ・眷族は主人に攻撃できず、命令されたら必ず従わなければならない。

 ・眷族になったとしても、心の全てを縛れるわけではなく、命令による制約を受けない限り、自由に行動できる。


 一見、眷族になった者のメリットは少なく、デメリットが多いように思える。しかし、魔大陸は弱肉強食の世界だ。高位魔族が自由に振舞い、それほど強くない魔族には常に命を失う危険があった。眷族となれば、主人となる高位魔族の保護を受けられるのが大きなメリットなのだ。主人のほとんどが眷族を疎かには扱わない。己の勢力を強化するためにも、眷族との関係を良好に保つのは必要なことであった。もっとも、眷族に対して粗暴な主人は常に存在しているが。


「眷族にしてよいのだな」

 ナツキの言葉に対して、アルヴェナは薄く笑った。


「言うまでもないことです、ナツキ様」

「わかった。初めての能力行使だ。失敗しても、笑わないでくれ」

「無論、そのような失礼なことはいたしません」


 ナツキは右手をアルヴェナの背中にあて、己の魔力を注入していく。

 アルヴェナは少し背中を震わせ、官能的な表情を浮かべる。

 ナツキは右手をそっと離した。


「これで眷族になったと思うが」

 やや自信なさげにナツキはそう言った。


「はい。私はこれでナツキ様の眷族となりました。念話をしてみましょう」

「そうだな」


 二人は言葉を交わさずに、心の中で思うだけで意思のやりとりを試した。

 その結果、そつなく意思疎通し、念話が可能なことを確認できた。


「無事、眷族にできたようだ」

「ナツキ様にいただいた魔力が私の中に残っています。とても美味しい魔力で、一時的なのが惜しいくらいです」

「私にもアルヴェナの魔力が流れてきているな」

「はい、それは永久的なものです。私がナツキ様に従う証といえるでしょう」

 アルヴェナは誘引するような視線をナツキに送る。


「念話可能距離などを調べる必要があるな」

 ナツキはその視線を無視して、言葉を放った。


「はい、それと早速ですが、ダンジョンの区画整備を行い、魔物を配置いたしますか。ご命令を頂ければ、私も手伝います」

 アルヴェナも表情を切り替え、従順な眷族としての態度をとる。


 現在のダンジョンは以下のような状態だ。


ダンジョン現状:

 面積:二km×二km、一階層の高さ:十m、床の厚さ:五m

 天井:すべての階層の天井に光ごけが生え、明かりには困らない。

 階層:地下五階(何もなくて全階層が広場になっている)

 神力収入(一日):200(ナツキ滞在時)+15(アルヴェナ滞在時)


残り神力:100,000


 神力を消費することによって、ダンジョンの区画整備、魔族、魔物の召喚などを行える。


備考:

 神力を消費して獲得した魔物、魔族が滞在しても死んでも、神力は増えない。

 外部から招いた魔物、魔族が滞在すれば、他種族の半分の効率で神力は増える。

 外部から招いた魔物、魔族が死んだ場合、消費神力の半分だけ神力が増える。


 入り口は閉鎖されていて、見た目にはダンジョンがあるとはわからない。階段すら設置されてないので、ナツキ達は地下五層より上には移動できない状態であった。


「いや、まだそんな段階ではない。まだまだ準備不足だ。それに、私やアルヴェナに前もって脳に焼き付けられたこの世界のダンジョンと、同じ形式にするつもりはない」

「ならば、どのような形式で運営されるおつもりですか?」

「その前に、今の世界にあるダンジョンの形式がどれだけひどいものか、説明しておこう。ダンジョンの目的は何だ?」

「人間を誘い込んで殲滅し、レナーツァ様の神力とすることです」

 アルヴェナは瞬時に答えた。


「その通りだ。しかし、稼動しているダンジョン全てがそのような機能を果たしていない。現状は地上に近いほど、弱い魔物、貧弱な罠が設置されている。深く潜るほど、魔物も罠も強くなっていく構成だ。こんなのは最悪といっていい。脆弱な人間でも浅い階層なら戦え、魔物を倒すことで強くなっていく。そうなれば、雛が育ってより強い敵、罠に対応できるようになり、さらに深く潜って手ごろな敵を倒してますます強くなるのだ。その繰り返しでさぞかし精強な冒険者がそろい、英雄と呼ばれた者もいるだろう」

 ナツキはほろ苦い笑みをたたえる。


「……確かにそのような人間が数多くいたようです」

 思案顔でアルヴェナはナツキに同意する。


「つまり、現在は人間達の訓練場と化している。私が元いた世界にはRPGという遊戯があった。その中にダンジョンが存在する。ほとんど同じ構造のダンジョンがな。そして、その遊戯の主人公であり、最終的な勝者は勇者や冒険者、つまり人間だ。魔物、魔族は人間が成長するための餌にすぎない」

「…………」

 アルヴェナの眉がひそめられる。


「そんなダンジョンと同じ構造のダンジョンで、こちらが勝てるわけがない。これは偶然だったのか、あるいはレナーツァ様にダンジョンを教えたという異世界の神に悪意があったのか……」

 ナツキの言葉でアルヴェナの口が半開きになり、雷に打たれたような顔になる。


「もうすでにダンジョンコアはばらまかれている。どうにもならない。これからどうすべきかを考えるとしよう」

「……はい、ナツキ様」

「宝物はダンジョンに誘い込むための餌にすぎない、か。確かにその通りだが、手に入れた冒険者は強化されるし、金になる。欲につられて、訓練もはかどるというものだ」

「人間は物欲の塊のようですね」

 アルヴェナは馬鹿にしたような薄笑いを浮かべた。


「ああ、そうだ」

 ナツキの笑みは対照的にほろ苦さを増す。


「だから、人間は強いんだ」

「人間を評価されてるようですね」

 アルヴェナの声色は氷のようだ。


「事実を言ったまでにすぎない。人間が魔族に勝利し続けたのは、総合的に考えて人間の方が強かったからだ」

「でしたら、ナツキ様はその強い人間に対して、どのようなダンジョンで立ち向かうつもりですか?」

 彼女の声にはナツキを挑発する響きが含まれていた。


「最新の情報を入手し続け、周囲の状況を把握し、ダンジョンの構造を修正し続ける。今日、最善だった構造が明日、最善な構造とは限らない。躊躇なく殺す必要がある時は、火炎放射器など致死性の罠を設置すればいい。しかし、冒険者達を接待して、ダンジョンのお客様になってもらう必要もあろう。だが、資質ある若者は英雄となる前に、殲滅確実な戦力を送り込んで死んでもらう。その役割を私やアルヴェナが果たすこともあるだろうな。つまり、私のダンジョンはより効率的に神力を手に入れるための装置だ」

 ナツキの言葉は寒々しく、部屋の中に響き渡った。

 アルヴェナは試すような目線でナツキに問う。


「……ナツキ様は元は人間です。そこまで、おやりになれますか?」


 ナツキはしばらく答えなかったが、哄笑する。


「ハハハハッ、おかしなことをきく。今の私は人間の枯草夏樹ではない。レナーツァ様に仕える魔族、ナツキ=カレクサだ。私がここに来たのは、敵を殲滅し、レナーツァ様に神力を捧げるため。私は勝つためなら、どんな手段でも用いる。私の誓いをきいていただろう。最終的に勝てると確信したら、私は自分の命を捧げてもいい。言うまでもないが、アルヴェナよ。勝利のためなら、私はお前の命も捧げるつもりだ。それに不服はないな、レナーツァ様に忠実で私の眷族であるアルヴェナよ」

「……当然です。勝利のために私は喜んで、レナーツァ様とナツキ様にこの命を捧げましょう」


 アルヴェナは頭を下げることで、ナツキと目をあわせるのを避けた。

 薄く、汗をかく。

 先ほどの自分の言葉は大いなる失言だった。

 アルヴェナは心の中で強くそう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ