04 ダンジョンマスターの誕生
「ダンジョンに関する要望は以上ですね?」
「はい」
「ダンジョンにこれだけ神力を付加すると、あなた自身は公爵級魔族で中位の実力になります。あなた自身の能力について、要望はありますか?」
ダンジョンについて、これだけ要望があったのだ。
きっとあるだろう、とレナーツァは確信していた。
そして、その確信は正しかった。
「この世界に見ただけ、あるいは触っただけで対象の名前や、能力を数値化してわかる技術がありますか? 鑑定能力のようなものです」
「そのような能力はありません。あれば、すごい便利でしょうね」
レナーツァの返答を聞いたナツキの口元がわずかにほころぶ。
これまでナツキが読破してきた作品の多くで、鑑定能力は猛威を振るっていた。
自分が持てば最強といえるだろう。
しかし、他者に持たれれば最悪の能力だ。
自分が主人公とは限らない。
いや、これまでの歴代魔王は全てやられ役だった。
どうして、自分だけが主人公であるといえるだろうか。
召喚されるかもしれない勇者が、鑑定能力を持っていれば悪夢と化すだろう。
その悪夢が現実とならないことをナツキは喜び、次の質問を放つ。
「ならば、気配、熱源、魔力などで、敵の接近や大まかな強さを察知できる能力はありますか?」
「それはあります」
「でしたら、周囲約一kmに渡って、どれだけ隠蔽能力に長けた者でも察知できる能力をいただけませんか」
ナツキの要求にレナーツァは唖然とする。
「そんな能力を付与すれば、戦闘力の強化に使える神力がかなり減少します。よろしいのですか?」
「戦闘力は鍛錬で向上させるつもりです。安全なダンジョンの奥深くで何年でも訓練します。勝てない相手が自分に接近してくるのをなるべく早く知りたいんです」
「……勝てない相手が近づいてきたら、戦わずに逃げるというわけですか?」
「はい。なので、二つ目の要望になりますが、五人ほど連れて約一kmほど転移できる魔術を私に付与して欲しいのです」
レナーツァの表情は複雑なものとなる。
なるほどと思える気持ち、戦闘力を捨てている事に対する危惧。
心の中でナツキの考えに対する賛意と不同意が入り混じるも、彼の考えを優先させることにした。
「予想してると思いますが、神力をかなり使います。そしてまだ、要望がありそうですね」
レナーツァの微笑みに苦笑が混じっていた。
「はい、この世界に空間魔術はありますでしょうか。品物を収納して持ち運べる魔術です。大きさは百m四方もあれば十分です」
「ああ、それなら問題ありません。神力も大して消費しないでしょう」
「それはよかったです。なら、要望はこれで最後です。自分の強さを他者に悟らせない能力です。外部にもらす気配、魔力などを自由自在に操作できて、察知能力にどれだけ長けている相手に対しても気づかせないようにして欲しいのです」
ナツキの意図が理解できなかったレナーツァは、少し右を向いて視線を彷徨わせた。
すぐに、彼女はナツキに視線を戻す。
「どうしてそのような能力が欲しいのでしょうか?」
答えが見つけられなかった彼女は率直に問う。
「私はどうしてもダンジョンの外に出る必要があります。その際、高位魔族としてではなく、偽名を用いて別の人間として振舞いたいのです。高位魔族と知られれば、できない事が多すぎます」
「……そういうことでしたか。ならば、あなたの降臨を神託という形で教えないほうがよろしいですか?」
「もちろんです。魔大陸の現状を知った今、現存する魔族にあまり期待していません。レナーツァ様の威光を借りずに、私自身が他の高位魔族を従えられるだけの巨大な力を得るまで、彼らと接触することはないでしょう」
その言葉を聞いて、ほっと、レナーツァは軽く息を吐く。
その様は美貌と相まって、ナツキの目を惹きつけるものがあった。
「……細心なものですね。気配や魔力の遮断だけでは神力をほとんど消費しませんが、あなたの要望に沿えば、神力の消費はそれなりのものとなります」
「結構です。それと、治癒に関する魔術をできる限り伸ばしておきたいです」
「それは、その方がいいでしょうね。蘇生はできません。また、老化による病気は治せませんが、できる限り治癒魔術の能力を伸ばしておきましょう」
「ありがとうございます。その他の魔術や武術、身体の力に関しては均等に付与して下さい。必要な技術、能力を鍛錬で伸ばすことにします」
レナーツァの顔が朗らかになる。
「戦闘力に関する要望はあっさりしたものですね。こちらの調整に時間をとるものだと思っていましたよ」
「これまでの要望と比べたら、雑事にすぎません」
ナツキの言葉は淡々としていた。
「わかりました。光をのぞいて全属性の魔術が使えるようになります。魔族である以上、光に関する魔術が使えないのはやむを得ないと思って下さい」
「承知しました」
「それでは強化と共に、ダンジョン、世界地図、魔物、魔術、言葉、文字、一般常識などの知識をあなたの頭に焼き付けます。人間のままでは耐えられませんが、公爵級魔族であれば問題ありません。多少、頭痛がするくらいです」
「勉強する手間がはぶけるのは助かります」
ナツキは軽く苦笑した。
「それでは、よろしいですか」
「はい。お願いします」
「両目を閉じておいて下さい」
ナツキは言うとおりにし、両目をつぶった。
なるべく自然体にするようにし、両手を膝の上におく。
レナーツァは立ち上がって右腕を伸ばし、手のひらがナツキに向けられる。
手のひらから漆黒の闇が放たれ、ナツキの体を覆った。
再び、彼女は椅子に座って、闇に覆われたナツキを見つめる。
ナツキは暗闇の中で、身体の中に侵入してくる何かを感じる。
全身が軽く熱を持ったようになり、レナーツァが言ったように脈打つような頭痛がし始めた。
五秒ほどズキンと痛んだが、痛みは穏やかになっていく。
数十秒もすると、ナツキに纏わりついていた暗闇が消えていった。
「もう大丈夫です。目を開けて下さい」
その言葉を聞いてナツキは両目を開くと、レナーツァの微笑が待っていた。
「問題なく終わりました。あなたの戦闘力は侯爵級の中位程度になりますので、覚えておいて下さい。身体の扱いがなじむまで、しばらくダンジョンの中で試すといいでしょう」
「そうします。少し、身体を動かしてみていいですか?」
「ええ、もちろん」
ナツキはベッドから立ち上がり、軽く走ってみる。
今までとは比べ物にならない速さだった。
腕や足を振ってみても、自分でも驚くほどの鋭さだ。
何よりも激しく動いても全く息が乱れない。
それに活力が奥底からわいてくるようで、いつしか頭痛も完全に消えていた。
さらに、新たな知識が頭に入っている。
何の違和感もなく、ダンジョン、魔族、魔物などの情報を頭に思い浮かべることができた。
状態を確認したナツキはベッドに腰掛け、レナーツァに向き直る。
「すごいとしか言いようがありません。別人のようです。いえ、私は新たに生まれ変わったんですね」
ナツキは喜びを顔にみなぎらせた。
無論、心の中でも。
「一つだけ注意しておきます。闇に関する魔術は、私に対する信仰心で威力を増大させます。今のあなたであれば……」
その瞬間、レナーツァは目をパチクリさせる。
「驚きました! 下界に降りても、一年に一回ほど私と交信できるかもしれません。召喚当初からここまで信仰して下さったのは、ナツキが初めてです!」
レナーツァの顔に喜色があふれる。
また、初めてナツキを「あなた」ではなく、ナツキとよんだ瞬間だった。
「忠誠を誓うと言ったじゃないですか」
「いや、それは聞いていましたが」
「下界に降臨した後も、信仰心を保ってみせます」
「もし、そうしてくれたら、私はとても……」
レナーツァは一拍間をおいて、
「うれしいです」
会心の笑顔をナツキに披露する。
ナツキは彼女に見とれた後、そっと視線をはずした。
レナーツァはニコニコしていたが、やがて表情を曇らせる。
(これだけの信仰心があれば、ナツキを信じるべきでしょうか。……でも、手助けになるのは間違いありません。やはり、先ほどの考え通りにしましょう)
真顔になったレナーツァが話しかける。
「ナツキを助けるために、伯爵級の魔族を新たに誕生させたいと思います。あなたの眷族にして、役立てて下さい。能力の要望はありますか?」
ナツキは熟慮した後、返答する。
「私と同じように気配操作、気配察知、空間、治癒、転移に関する魔術を高めて下さい。特に気配の操作や察知は私と同程度にして、転移魔術は一kmを二人は運べるようにできるでしょうか」
「……戦闘力が伯爵級ではなく、子爵級の下位にまで落ちますが、やっぱり構わないんですよね?」
「問題ありません」
「わかりました。ならば、早速産み出しましょう」
レナーツァが左腕を斜め前に突き出し、手のひらから闇を放つ。
闇が晴れたその時には、魔族が一体誕生していた。
「レナーツァ様、私を生んでいただいてありがとうございます。私の名前はアルヴェナと申します。ナツキ様、これからよろしくお願いいたします」
アルヴェナの身長はナツキとほぼ同じだ。
蒼い髪、碧眼、怜悧な印象を与え、スタイルのよい美人であった。
「私はナツキ=カレクサだ。これからよろしく頼む」
「はい、こちらこそ」
アルヴェナは綺麗な笑顔を見せ、ナツキもそれに応え笑ってみせた。
そんな両名を真剣な面持ちでレナーツァはじっと見ていた。
(美人だな。まるで有能なビジネスウーマンだ。そう、あれはビジネス用の笑顔だ。本物じゃない。俺のお目付け役か。無理もないな。二千年もの間、敗北し続けた。多くの魔王が期待を裏切ってきたんだ)
「こんな美人で有能そうな部下ができて、うれしく思います。レナーツァ様」
ナツキは頭を下げて、礼を言った。
「そうですか。そう思ってもらえれば、何よりです」
レナーツァは、ほっとしたように微笑んだ。
ナツキの目から見ると、レナーツァはまるで腹芸ができない。
しかしそれが心地よかった。
あるいは、愛らしく思えたのかもしれない。
ナツキの身長は一七二cm、レナーツァはそれよりも身長が低い。
これまで、レナーツァが見上げる形で会話が続けられていた。
突如としてナツキは腰掛けていたベッドから立ち上がり、前へ一歩進み出る。
それから、左手と左ひざを地につけ、逆にナツキがレナーツァを見上げる形となった。
「急にどうしたのですか?」
そう問いかけるレナーツァの表情は困惑で彩られ、アルヴェナは無表情でナツキを見ていた。
ナツキの目は切れ長でやや釣り上がっている。
彼の瞳に強い眼光が宿り、レナーツァに顔を向けて切々と語り始める。
「私は人生の選択に幾度も失敗し、信頼していた人々に裏切られ、半分死んだような有様でした。異世界の物語に没頭することで、自分を慰めていたのです。しかし、そんな私をレナーツァ様が召喚して下さって、やり直すチャンスをいただけました。この御恩は死ぬまで忘れないでしょう。私は過去の魔王のように、貴女の期待を裏切るつもりはありません。ただ、これだけは言っておきます。当初、軽々しく『絶対の忠誠を誓う』といってしまいましたが、それは撤回します」
「……どうしてでしょうか?」
レナーツァの声は細く、顔は強張った。
ナツキを凝視するアルヴェナの視線がきつくなる。
「先ほど申したように、私は裏切られたからです。友情、愛情に絶対というものはないことを、身をもって知りました。恐らくは忠誠心も同じでしょう。歴史の中で下克上、部下や臣下の粛清などが数多くありました。ゆえに、絶対に裏切らないとはいえないのです。『絶対の忠誠』というものは存在しませんから」
その言葉に対してレナーツァが何かを言おうとする前に、ナツキは言葉をつむぐ。
「ですから、絶対という言葉は本来使うべきではなかったんです。召喚当初の私は浮ついていました。申し訳なく思います。今の私は貴女に嘘をつきたくありませんから、絶対という言葉は使えません」
ナツキの顔つきはより一層、真剣なものとなる。
「だから、改めて私は誓います。裏切らない、と。私は凡人にすぎませんが全身全霊でもって、貴女のために下界で戦い続けます。命尽き果てるまで。私ナツキ=カレクサはレナーツァ様に忠誠を誓い、この命を捧げましょう」
何て気取った言葉だ、とナツキは思う。
まるでお芝居のようだ。
読み続けた多くの物語から影響を受けたのだろう。
きっと、見るに耐えない大根役者に違いない。
恥ずかしい光景だ。
とんでもなく、恥ずかしい姿だ。
しかし、観客はいないのだから、これでいいのだとナツキは思う。
偽りなく、自分の本心を話すことができた。
言葉が足りなくて失敗した過去を繰り返したくはなかった。
二人は、話し終えたナツキを見つめ続ける。
アルヴェナの眼差しが暖かくなり、しばらくしてレナーツァの頬は紅に染まった。