03 ダンジョンに関する要望
レナーツァはいよいよ、自分の本拠地というべき魔大陸の現状を話し始める。
それにもかかわらず、彼女の表情は憂鬱さに覆われていた。
魔大陸はさすがにほとんど、魔族や魔物しか生息していない。
人間と魔族を比べると、個体としては遥かに魔族のが強い。
世界全体では人間の勢力が優勢になっても、脆弱な一般人が住める地ではなかった。
人間の力の源泉は、知性と高い繁殖力を併せ持つことだ。
オークやゴブリンなどの低級な魔物は繁殖力だけなら、人間とそう変わらない。
しかし、知性を伴わないので人間ほどの勢力をもてないのだ。
普通の村人からすれば、それらは脅威としてあり続けたが、集団としての力は人間と比べるまでもなかった。
二千年の歴史で着実に人間の人口は増加した。
時折、優れた個体が産み出されて技術を向上させ、人間は文明を発展させていた。
勇者召喚がそれに拍車をかけたのはいうまでもない。
魔族の繁殖力は人間ほど高くない。
二千年前より多少個体数は増えているが、人間ほど増えていないのも劣勢になった原因であった。
しかし、大陸の間には海がある。
魔大陸に逆侵攻するだけの海軍力は、現在の人間にはなく、逆侵攻は今まで一度も行われていない。
また、さすがに勇者不在では全ての高位魔族を敵とするには、まだまだ力不足であった。
大公級、公爵級などの序列は魔王不在の現在、全て自称であった。
「だから、公爵級の力しか持っていないくせに、二体とも大公を自称しているんです。今の魔大陸は三大大公を筆頭に、高位魔族達が好き勝手にやっています。人間を口先だけではバカにしておいて、他の大陸を攻めるだけの力はないから、魔大陸にひきこもってるんです。あいつらは……」
レナーツァの声はどこまでも暗く、「あいつら」の辺りには怨念らしきものをナツキは感じた。
本物の大公級魔族一体に対して、自称大公の公爵級魔族二体が同盟して対抗し、魔大陸は冷戦状態にあった。
右にならえとばかりに、侯爵級が公爵を名乗り、伯爵級が侯爵を名乗っているのだ。
さすがに、本来の位階から二つ以上詐称する者はほとんどいなかったが。
実力が不足しているのに、高位貴族の名乗りを上げると狙われる可能性が高くなるからだ。
魔大陸は弱肉強食の世界でもあった。
「個体としての力は人間を圧倒しているのに、結束力が皆無で私の神託も無視されたりします。私を祀る神殿は闇大陸に三つしかありません。私と交信できるダークプリーストは誰もおらず、私の明確な言葉を受信できる者もほとんどいない状態です。だというのに、だというのに姉上を祀る神殿の数は……」
「私が降臨すれば、レナーツァ様の神殿を増やしていきますとも」
ナツキの優しさが彼女の言葉を遮り、励ましの言葉をかけた。
自分の言葉を中断させられたというのに、レナーツァの鬱々とした表情が和らぐ。
「私からの説明は以上です。どこにダンジョンを設置しますか。少しずつでも人間の勢力を殺いでほしいですし、そもそもダンジョンに潜る冒険者は人間が最も多いです。私としてはエレミニア大陸を希望しますが」
ナツキはしばし考え、返答する。
「はい、エレミニア大陸で問題ありません」
「ありがとうございます。では、エレミニア大陸のどこがいいか、希望がありますでしょうか?」
「キトリニア王国の南部辺境、できれば比較的魔大陸に通じる海の近くにお願いします」
ナツキの返答を聞き、レナーツァは顎に右手の人差し指をあて、考え込む。
「どうして、その場所を選んだのでしょう?」
「まず、グラスウッド王国とウェズラミア教国を真っ先に除外しました。準備不足の状態で私の正体が露見した時、どちらも危険が大きすぎます。特に勇者が召喚されて討伐に来られたら、まず勝てないでしょう」
「それはわかります。しかし、それならば第二の強国であるキトリニアよりは、小さな国のどこかにすればいいのではないですか?」
レナーツァは小首をかしげた。
「それも考えました。しかし、私は外部の者も味方にしたいのです。ならば、人間以外が迫害されているキトリニアこそ、味方が多くいるでしょう。また、王家の求心力が低下しているのなら、国としてまとまった動きがとりにくいはずです。ゆえに、私はキトリニアを選びました」
「……なるほど!」
ナツキの返答に対して、レナーツァはうなずき感心する。
「南部辺境を選んだのは、キトリニアが北国と聞き、北部では寒すぎると思いました。そして、将来的には魔大陸とも連携をとりたいと考えています。かなり、先の話になると思いますが」
「理論的な考えです。あなたなら、私の期待に応えてくれそうですね」
レナーツァは満足した。
「ならば、キトリニア南西辺境に放置したままのダンジョンコアがあります。それを利用しましょう。そうすれば、あなたに用いる神力を増やせます」
「……もしかして、そのような未稼働のダンジョンコアが世界に多数あるのですか?」
「フフッ」
レナーツァは微笑んだが、ぎこちないものだ。
そのまま、ナツキに答えることなく無言を貫いた。
当初の成功に気をよくした彼女は、ダンジョンコアを多数ばらまいていた。
撃破されるダンジョンが急激に増えてから、慌ててダンジョンコアの稼動を止めたのだ。
全世界で約数十のダンジョンコアが、ダンジョンを形成せずに眠っている。
ナツキはその事実を察し、レナーツァを追い詰めるのは避けて話題を変える。
「ダンジョンに関する要望があります。レナーツァ様の神力で強化してほしいのです」
「どのような要望でしょうか。できる限り、かなえたいと思います」
「二つあります。一つはダンジョン内部で敵が転移魔法などを使えないようにしたいのです。たとえ、勇者や魔王クラスの魔力があったとしてもです」
レナーツァは少し顔をしかめる。
「それは可能ですが、そのようなことをすれば、神力の消費が大きいです。あなたを強化するための神力が大幅に減ります」
「結構です。敵を倒したり、鍛錬を行えば、強くなれるのでしょう?」
「はい。倒した相手が強ければ強いほど、あなたは強くなれます。また、鍛錬による強化も可能です」
「それはよかった。登録者だけが使えるワープゾーンのようなものは設置できますよね?」
「可能です。転移陣というものがあります。仕様は後ほど教えます」
「ならば、問題ありません」
ナツキは軽くうなずいた。
「なぜ、そこまでして転移魔法を無効化したいのか、聞かせてもらえますか?」
レナーツァは興味深げな表情をする。
「まずは、私がいる場所に転移魔法で侵入されるのを防ぐためです。使命を果たすまで、私は死ねませんから。そして、倒さなければならない敵を確実に倒すためです。転移魔法で逃げられたら困りますので」
ナツキの声色は冷淡であった。
「……なるほど、理由はよくわかりました。二つ目の要望はなんでしょうか?」
「ダンジョンの壁や床に用いる材料を強化してほしいのです。勇者クラスの強者が攻撃しても、大きな穴などは開けられないように」
「完全無傷というわけにはいきませんが、強化できるでしょう」
レナーツァは左手で己の黒髪を軽くすく。
「難しいかもしれませんが、その材料を外部に持ち出されて加工されないようにできますか?」
「大丈夫です。ダンジョンそのものに対して、神力で強化しますから。外部へ持ち出されてもただの石となるでしょう。しかし、これもまた神力を大きく消費します。そこまでの代償を支払ってもよろしいのですね?」
「はい。力技で私の下へ近づかれたり、敵に脱出されたりしなければそれで結構です」
「一つ目の要望とあわせて意味があるのですね、私にも理解できたつもりです」
レナーツァは今までで一番の笑みを浮かべる。
ナツキの要望を聞いて、彼女は少し安心できた。
危険を避けて、少しずつでも敵を倒してくれそうに思えた。
初代や二代魔王と同じ、いや、それ以上に考えが深いかもしれない、と彼女は感じた。
ナツキは攻撃よりも防御に重きをおくことにしたのだ。
これまで読んできた主人公最強作品なら、こんな要望は必要なかった。
しかし、自身を最強化しても、歴代魔王の中でも最弱のスタートとなる。
自分より強い者が数多くいるだろう。
また、パーティを組まれれば、もっと弱い者にも倒される存在に過ぎない。
主人公となって、世界を蹂躙するなど夢のまた夢だ。
必勝よりも無敗を選ばなければならなかった。
無敗といっても、戦って敗北しないという意味ではない。
勝てない相手と戦わなければ、無敗たりえるのだ。