31 配下の意欲を上げるために
地下四階に新しく作られた広間兼食堂に、ナツキ、アイノ、ギードレ、ユスティナ、そして元山賊達一八人が集まり、食事会を開くこととなった。
木製のテーブルと丸椅子が並べられただけの殺風景な部屋であったが、いずれアイノが布をはる予定だ。
テーブルの上には、丸パン、茶色いシチューが人数分並んでいる。
ナツキが丸椅子に座る元山賊達にアイノ、ギードレ、ユスティナを紹介していく。
タイプは異なれど、いずれも美人ぞろいだけに元山賊達は盛り上がった。
もっとも、シルキー、リッチ、ドリュアスという種族の壁をこえられなかった者は複雑な表情であったが。
「これらの料理は全てアイノが作ったものだ。これからはアイノがパンとおかずを調理することになるが、食材を渡すのでお前達も作るようにしてくれ。そしてこの料理には特に魔力などはこめられていないが、次からはここにいるユスティナが魔力をこめてから食してもらうことになる。身体に異常を感じれば、即座に私か不在であればアイノに申し述べるように」
本来なら、ユスティナに述べるべきであろうが、ナツキは保険をかけてアイノを指名していた。
山賊達はそれまでの盛り上がりと比べて、緊張した面持ちとなる。
アイノとユスティナは表情を崩さず、ポーカーフェイスを保っていた。
シェラクが挙手して、発言の許可を求める。
「シェラク、何だ?」
「俺の食事だけ魔力を増やしてもらえませんか。魔力が早く高まるように。それと、多くのデータがあった方がナツキ様にとってもユスティナ様にとっても望ましいでしょう」
(俺にはバギートのような剣の腕もコンラッドのような魔術の腕もない。なら、少しでも積極的に、献身的に振舞うようにして、この方に注目してもらう必要がある)
シェラクとしては、この組織で台頭するために必要な申し出だった。
「危険だな。何しろ、初めての試みだ。その許可は出せない」
ナツキは即座に拒否する。
「ならば、一週間で問題がなければ、少しだけでも量を増やすというのはいかがですか?」
シェラクは食い下がる。
すぐに引き下がったのでは、何のために発言したのかわからないからだ。
「……一週間後、検討することにしよう」
「ありがとうございます、ナツキ様」
シェラクは自分の支配者に自分の発言を考慮してくれたことへの感謝を示す。
かつて、山賊の頭領としてシェラクを従えていたバギートは皮肉げな笑みを浮かべた。
「せっかく、アイノが作ってくれたシチューが冷めてしまう。まずは食べることとしよう。次の食事からも、私が述べる言葉を食事前では述べるようにせよ」
ナツキは一呼吸おく。
「糧を下さったレナーツァ様に感謝を、いただきます」
ナツキの声に全員が唱和する。
ナツキが口をつけるのを見て、全員が食事を始める。
男たちがかごに入ったパンをつかみとり、かぶりついていく。
「このパンうめぇ!」
「ほかほかのパンなんて久しぶりだな!」
「焼きたてのパンがまた食えるなんてなぁ」
元山賊達は、焼きたての柔らかいパンを絶賛する。
アイノが作るパンは、アルヴェナなど外部諜報担当が街で売ってるパンと食べ比べてもおいしいパンだ。
彼らにとって最高級のパンだった。
もっとも、絶賛される理由はそれだけではない。
山篭りの毎日では、主食は麦粥か芋のどちらかだった。
どちらも、大しておいしいものではなく、ましてや毎日それが続いていたのだ。
今までの主食との落差が、パンに対する絶賛を生んでいた。
続いて、シチューをスプーンですくって口に入れていく。
現代日本ではいわゆるビーフシチューといわれるもので、アイノが調合したスパイスで味付けをした。
合成肉をいかにしておいしく食べるかというアイノの苦心が、このシチューに奥深い旨みをもたらしている。
「こりゃ、最高だ!」
「パンとあうな!」
何人かはパンをちぎって、シチューに浸して食べている。
「このとろりとした肉がシチューにあうな」
ある中年男の言葉を聞いて、アイノは微笑んだ。
アイノの工夫が、中年男の味覚に勝利した瞬間だからだ。
ユスティナの視線はシチューとアイノの顔をいったりきたりしている。
右手にスプーンを握ったまま。
アイノはユスティナの視線を丁重に無視して、元山賊達の賛辞をにこにこしながら、聞いていた。
ギードレは幸せそうにシチューをほおばっていたが、ユスティナに声をかける。
「冷めてしまいますよ、ユスティナさん」
「……お味はどうですか?」
ユスティナはぼそっとつぶやいた。
「とってもおいしいですよ! 私もアイノさんみたいに料理ができたらいいんですけど」
「少し手ほどきしましょうか? 食べる人数が増えたので手伝ってもらえるとうれしいです」
アイノが会話に加わる。
「そうですか。でも、ナツキ様のためにも少しでも早く強くなる必要がありますし」
「料理ができるようになれば、自分が作った料理をナツキ様に食べてもらえますよ」
「確かに! 私も料理を覚えます。ナツキ様、いいですか?」
ギードレがナツキに問いかける。
「ああ、気分転換になるだろうし構わない。アイノの負担が減るだろうしな」
ナツキは黙々と食べていたが、返事をかえす。
「ありがとうございます! じゃあ、がんばらないと」
「がんばって下さいね。それはそうと、ユスティナさん、冷めますよ?」
アイノはパンをちぎって口に入れる。
「……いただきましょう」
ユスティナはスプーンに少しだけシチューを入れて、スープだけすすった。
「……悪くないようです」
「どうも、ありがとうございます。そのシチューを食べてくれたら、私達は本当の仲間ですよ」
アイノもスプーンですくってシチューを口にする。
「ほう、アイノ、それには何か意味があるのか?」
ナツキが興味深げに質問する。
「このシチューはこのダンジョンに来て、初めてみんなで食べた料理じゃないですか。もっとも、あの時よりうまく作れてると思っていますが」
アイノはよどみなく答えた。
「なるほどな。間違いなくあの時よりおいしいぞ。アイノの努力がよくわかるな」
「どうも、ありがとうございます」
「私もアイノさんを見習わないと」
ナツキもギードレも感心したような表情を浮かべる。
「…………」
その横でユスティナは黙々とシチューを食べていた。
水で流し込みながら。
元山賊達はすっかり満足して、何人かはおかわりをする。
食事会は好評で盛会なまま、終了した。
◇ ◇
アイノは台所で後片付けをし、残りのメンバーは広間兼食堂に残った。
ナツキが全員に向かって、今後について話しかける。
「お前達にやってもらう事だが、基本的にはすぐそこにある農地を耕してもらう。一人で四人、できれば五人分の食料を生産できるようになるのが目標だ。その為には、ドリュアスであるユスティナの指導が必要だ。農業に関して、お前達全員はユスティナの配下となる。また、それと平行して生産量向上に必要な土魔術の習得も行う。これもユスティナの指導に従うように。ユスティナ、頼んだぞ」
「お任せ下さい、ナツキ様」
ユスティナはしずしずと頭を下げる。
ナツキは話を再開する。
「お前たちが持っていた財貨を没収させてもらったが、これからの食費や生活費などにあてさせてもらう」
元山賊達の何人かは不平不満を顔に表す。
「だが、これからは食料の生産高に応じて報酬を渡す。土魔術の習得が早くてまじめに働ければ働くほど、報酬が大きくなるというわけだ。生産高が一番高かった者には最低でも一ヶ月に銀貨百枚渡そう。あくまでも最低であって、生産高が増えれば増えるほど、増額する。もちろん、食費などの生活費はとらない。手取りでそれだけ渡す」
元山賊達から歓声があがる。
銀貨百枚あれば、農村に住む平民の五人家族なら、つつましい生活になるが一月は暮らせる。
食費などを負担せず、月に銀貨百枚もらえれば、おいしい話であった。
ナツキとしては、最低報酬を現時点では明かさないのがポイントであった。
元山賊達にやる気を出させる必要があるが、払えない高報酬も約束できない。
これからの生産高を見て、報酬総額を微調整していくつもりだ。
「それと、文字の読み書きができるのは何人いる? できる者は手をあげてくれ」
一八人のうち、バギート、コンラッド、シェラク、他二人の手があがった。
「今後を見据えて、全員、読み書きができるようになってもらいたい。読み書きができない者は余暇で文字の読み書きを教われ。教師役には手当てとして月に銀貨二〇枚渡そう。それに、文字を早く習得させれば追加報酬を渡す。また、読み書きを早く覚えた者にも報酬を出そう。その代わりに教師役は武術や魔術の鍛錬を行う時間が減ることになるが、どうだ?」
「俺はそんな面倒なのは御免だな。向いてねぇ。それに土魔術を早く覚えたいしな」
「私も空き時間は魔術の習得にあてたい」
バギートとコンラッドが遠慮なく断ってくる。
それを見て、残り二人も恐る恐るではあったが、教師になるのを拒んだ。
そんな四人を見て、シェラクはにこやかに、
「俺が教師になりますよ」
と、返事した。
「一人で一三人か。大変だろうから手当てを四〇枚に増やすとしよう。引き受けてくれて感謝する」
「ナツキ様のお役に立てれば光栄です」
バギートとコンラッドは表情を変えずに、そのやりとりを聞いていた。
しかし、残り二人は手当て増額を聞いて、複雑な顔つきになった。
(手当てなんてどうでもいい。俺が一三人の教師になるってのが重要なんだ。貸しを作ることになる。バギートやコンラッドに能力で負けても、人脈でカバーすればいいだけだ)
シェラクは内心、ほくそ笑んでいた。
「農業が効率的に行えるようになり、体力に余裕が出てくれば、武術の鍛錬も推奨する。私がいる時であれば、治癒魔術で全快させるので死なない程度に全力でやってくれ。もし、私がいなければ、ギードレが闇の治癒魔術を使える。ユスティナ経由でギードレに申し出てくれ」
「皆さん、よろしくお願いします」
ギードレがぺこりと頭を下げる。
元山賊達の中で一人の若者がどぎまぎする。
ナツキの次に闇の魔術を使えるのはギードレだった。
つまり、レナーツァへの信仰心が二番目に高いということだ。
素直なギードレは毎日、レナーツァへの祈りを欠かさない。
ナツキに出会えた事をレナーツァに感謝し、それが信仰へとつながっていた。
「お前達には毎日、神殿でレナーツァ様に祈りを捧げてもらう。レナーツァ様への信仰心が高ければ高いほど、強い闇の魔術が使えるようになる。私はお前達の傷を癒したが、それは全てレナーツァ様の御力によるものだ。もし、闇の治癒魔術が使えるようになれば、それだけで手当てとして月に銀貨三〇枚渡そう。使える治癒魔術のグレードが上がれば上がるほど、手当の額を増額させる。闇の治癒魔術については、ギードレが教えてやってくれ」
「かしこまりました、ナツキ様」
ナツキの話を聞いて、山賊達は活気付く。
ある意味、農業をがんばるよりもうまい話だからだ。
その様子を見て、ナツキは表情に表さないようにしながら、満足していた。
信仰心など、一朝一夕に得られるものではない。
地球においても、現世利益で信仰心を獲得していた宗教はいくらでもある。
誰もが純真な心を持つわけではない。
まずは物欲からでも、信仰心につながればそれでよかった。
真心からの信仰よりは劣るだろうが、やむを得ないことだ。
理想は理想であって、現実は現実なのだから。
「質問してよろしいでしょうか、ナツキ様」
三十路絡みの地味な男が手をあげる。
「いいぞ。何でも聞いてくれ」
「レナーツァ様への信仰が高まれば、ナツキ様ほどの御力が得られるのでしょうか?」
質問した男は、古傷によって左腕がほとんど使えなかった。
それをナツキが全快させたのだ。
「もちろんだ。私とて元は無力な人間だ。失意の底に陥っていた私を救ってくださったのがレナーツァ様。レナーツァ様を信仰すれば、慈悲深きレナーツァ様は必ずこたえてくれる。私の存在がその証明だ」
今まで淡々と話していたナツキの声がうってかわって強く響く。
「それがわかれば十分です。私はレナーツァ様に帰依いたします。使えなかった左腕を使えるようにして下さったのですから」
男の言葉を聞いて、古傷を治してもらった者達の表情が神妙になる。
軽い調子で話すことが多いバギートですら、そうであった。
彼はナツキに治してもらった左目のあたりを左手でそっとさする。
「私はレナーツァ様のお陰で心優しいナツキ様と出会えました。私はその感謝の気持ちをレナーツァ様への信仰としました。あなたも私と同じです。レナーツァ様が遣わしてくださったナツキ様によって救われたというのは。これから一緒にがんばりましょう」
ギードレはその男に対して、ひたむきに話す。
その瞳に一切の濁りはなかった。
「ありがとうございます、ギードレ様」
「様なんていらないですよ。そうそう、あなたのお名前は何といいますか?」
「エドガルドと申します」
「あなたのお名前、覚えました。エドガルドさん、よろしくお願いします」
ギードレは丁寧に頭を下げて、エドガルドも慌てて頭を下げる。
元山賊達は誰もがしおらしくしていた。
ナツキからしたら、願ってもない展開だ。
欲得ではなく心からレナーツァに帰依するというのだ。
その純粋さからして、高い信仰心が得られるだろうから。
しかし、ギードレが自分に出会ったのを感謝したと言うのを聞いて、ナツキの胸に甘くも苦いものが去来する。
ギードレとの最初の出会いを思い出して。
ナツキが見つめているのに気づいて、ギードレは無垢の笑みを返す。
その笑みはかつて、妹が向けてくれていた笑みだ。
自分を温かくしてくれる笑みだ。
目をつぶって、ナツキは思いを馳せる。
ほろ苦さとうれしさが入り混じる。
「今後についての話はとりあえず以上だな。最後にお前達の過去について質問させてもらおう」
目を開いたナツキは無表情なまま、話を続けた。
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