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02 世界情勢と歴史

 レナーツァの顔色が真っ赤になった。


(ついつい、話しすぎました。まともな話し相手なんて久しぶりだったから。そう、仕方なかったのよ!)

 彼女は無理やりにでも自分を納得させる。


「話が少し脱線しましたが、そういう次第でダンジョンマスターになっていただきたいのです」

 ようやく落ち着いた表情をレナーツァは見せる。


「承知しました。喜んでダンジョンマスターになりましょう」

 ナツキは頭を下げる。

 レナーツァの可愛さを知り、直視して照れるのを防ぐためだ。


「それではダンジョンの場所選びからですね。世界情勢を説明しましょう」


 世界最大のエレミニア大陸南部には世界最強の国、グラスウッド王国がある。

 約二百年前に召喚された勇者であるアキラ=グラスウッドが、魔王を倒した後に建国した国だ。

 当時は辺境の地であり、魔物が数多く生息する原野や森林だらけでまともに住める地ではなかった。

 ゆえに、各国は手を出していなかったのだ。


 全ての国が、わずかな村と広大な未開拓地しかないグラスウッド王国を承認し、国交を結んだ。

 何しろ、魔王を倒した勇者は世界最強だった。

 どの国に取り込まれても、他の国にとっては大いなる脅威である。

 できる限り、親しくつきあう必要があった。


 魔族という外敵がいなくなれば、人間は互いに相争うようになる。

 歴史という教本からその事を学んでいた各国は、すでに他国のいくつかを仮想敵国としていた。

 ゆえに、わずかな村しかない辺境の開拓に勇者をはりつけておけば、各国は悪くないと思ったのだ。

 魔王を倒して用済みになった勇者は、辺境で寿命を使い果たして死ぬだろう、と。

 各国の支配者達は、万一にも勇者が自分達に牙をむくのを恐れていたのだ。


 だが、各国の思惑は見事にはずれた。

 何しろ、勇者アキラとその仲間達の戦闘力は桁外れだ。

 またたくまに魔物を駆逐し、並はずれた魔力を用いて、荒地を豊穣の地へと変えた。

 建国王アキラは魔物の素材を財源にすることで税率を低減し、人間に限らずあらゆる種族から移民を求めた。

 各国が民衆の移動に制限をかけようとしても、民衆の奔流を押しとどめることはできなかった。


 何しろ、勇者が守護して世界一安全で、豊かな農地が移民に無償で与えられ、税金が安い国なのだ。

 民衆にとって、地上に現れた楽園であった。

 また、アキラは異世界の知識によって、農業、工芸など、ありとあらゆる産業の水準を引き上げた。

 グラスウッド王国の国力は飛躍的に向上した。


 レナーツァの話がここまで来た時、ナツキはかつての勇者アキラに思いを馳せた。


(魔王を倒してNAISEIか。彼は当時の主人公だったんだな。うらやましい限りだ)


 視線を遠くにやって薄い微笑を浮かべたナツキを、レナーツァは少し怪訝に思うが話を続けた。


 勇者にしてグラスウッド建国王アキラは一七歳で召喚され、二一歳にして魔王を倒し、八三歳で崩御した。

 六十年余りに及ぶ治世で、彼はグラスウッド王国を世界最強の国にした。

 彼が十七人の子供を筆頭とした王族に残した遺言は、「奢るなかれ、他者を侮るなかれ、民を愛せ」であった。


「立派な言葉です。しかし、きっとハーレムだったんでしょうね」

 ナツキは苦笑する。


「いえ、ハーレムというほどではありません。王妃と側室あわせて七人いただけです」

「ああ、なるほど、国王ともなるとそれくらいではハーレムとはいわないんですね」

「はい。後宮に百人以上抱える国王はこの二千年間で山ほどいました。もっとも、大抵は愚王で終わりはよくありませんでしたが」

「英雄色を好むといっても、限度があるということですね」

「そうなのでしょう」

 ナツキとレナーツァの視線が交わり、二人が軽く微笑んだ。


 レナーツァの話は続く。

 第二の強国はエレミニア大陸北部にあるキトリニア王国。

 グラスウッド王国と比べて、規模は七割ほど。

 人間至上主義であり、多種族共生をうたうグラスウッド王国と対照的であった。

 六百年前の勇者が当時の王女と結婚して、名前を変更した国だ。


 グラスウッド王国をライバル視するが、国境を接しておらず、戦争になったことはない。

 六百年の伝統を誇るものの、王家の力は低下し、高位貴族が国政を左右しているのが現状であった。


 第三の強国はエレミニア大陸中部にあるウェズラミア教国。


「名前の通り、光の神である姉上ウェズラムを信仰するウェズラミア教が治める国です。千八百年も存続しなくていいですのに」

 レナーツァの瞳にわずかな嫌悪の色が現れる。


(存続しなくていいですのにって、よほど嫌っているんだな。まぁ、無理もないか)

 ナツキは無表情なまま、レナーツァが続きを話すのを待った。


 ウェズラミア教国の国土は中規模国家ほどしかない。

 しかし、各地にあるウェズラミア教の神殿を支配し、各国への影響力は極めて大きかった。

 また、聖騎士団、神官団の質は極めて高い。

 そして、この国にある大神殿でしか勇者召喚は行えないのだ。


 国力は大きくなくとも、上記によってこの国は強国たりえていた。

 影響力だけでいえば、グラスウッド王国をも上回るかもしれない。

 この国を治める教皇には「破門」という切り札がある。

 過去において、十三人の国王が「破門」され、八人は退位し、五人は国ごと滅んだ。


「人間を魔族の脅威から守り続けた姉上の神威が増すと共に、ウェズラム教の力も増大していたので、『破門』は社会的な死を意味するようになったんです。……ちくしょう」

 最後の「ちくしょう」は小さな声だったが、ナツキには聞こえてしまった。

 でも、レナーツァに忠誠を誓う彼は聞かなかったことにした。


「エレミニア大陸には後、二十ほど中小国家があります。次にシェロフィニア大陸ですが……」


 シェロフィニア大陸に住まう種族を人口の多い順に並べると、獣人、人間、ドワーフ、エルフ、その他となる。

 最も大きな国ですら、エレミニア大陸の中規模国家と同程度でしかない。

 国ではなく、部族が支配する地も数多くあった。

 

 そして、最大の特徴は上位古代竜四体の生息地があることだ。

 実をいうと、おそらく世界最強は勇者でもなく魔王でもない。

 世界創造より生きている上位古代竜であった。


 しかし、四体の上位古代竜は中立を守って、戦いに加わろうとしない。

 己が持つ力の強大さを知るがゆえに。

 世界を破壊しないために。


「……でも、一度だけ勇者と魔王の戦いに、上位古代竜一体が参戦してきたんです」

 レナーツァの顔色はよくなく、黙り込んだ。

 もっとも、当たり前だった。

 これまで語ってきた世界情勢や歴史は、魔族の敗北が土台となっていたのだから。


「無理に話さなくていいですよ、他の話題に移っても。レナーツァ様」

 宝剣ウェズラミリオ並みのひどいエピソードになりそうで、ナツキは聞くのがかわいそうに思えたのだ。


「……いいえ、重要な話ですから話します。初代魔王や二代魔王は魔大陸に本拠を構えて、慎重に戦っていましたから、敗北したとしても惜敗だったんです。人間側の被害も大きくて、私としてはそれほど不満はありませんでした。でも……」

 口ごもるレナーツァだったが、意を決して言葉を紡ぐ。


「千六百年前に私は三代魔王となる人間を召喚しましたが、大失敗でした。召喚されたのはタロウという名前の男です」

 ナツキはタロウという名前で笑いそうになるがこらえた。


(魔王タロウって……、いかにもやられ役じゃないか。コメディなら主人公をはれるかもしれんが、この世界はシリアスだ、滑稽な悪役だろうな)

 ナツキは熟読してきた作品を思い出し、悲惨な末路を想像する。

 

「タロウは私の神託も無視して、魔族全軍をエレミニア大陸に進めて、人間相手に大決戦を挑んだんです。『俺が全世界の支配者になる!!』っていって。初代や二代よりステータスが低かったくせに……」

 これまで静かに話していたレナーツァは、怒りをあらわにしていた。


「当時の魔族は精強でした。タロウに勝算がなかったわけではありません。でも、それならなぜ初代や二代が決戦を挑まなかったのか、大バカなタロウにはわからなかったんです。魔族が総攻撃を仕掛けた結果、中立を守っていた諸族が人間に味方しました。当然ですよね、人間が滅べば、次は自分達が狙れるのだから。初代も二代も諸族を敵にしないため、慎重に戦っていたというのに、あのタロウは、あのタロウは!」

 興奮するレナーツァをなだめるように、ナツキは穏やかな声で返事する。


「その決戦に上位古代竜が参戦したんですね」

「ええ! ハイエルフもドワーフキングも妖精王もみんな敵にして、魔族軍は大敗、タロウは戦死しました。タロウだけならどうでもよかったんです! というか、死んで当たり前です!」

「そうですね。タロウは悪い奴です。仰るとおりです」

 酔っ払った先輩への追従のような言葉を並べるナツキ。


「大公級、公爵級魔族の数がこの大敗で半減しました……その瞬間、私は最高位の神ではなくなり、姉上が、姉上が!」

「きっと、レナーツァ様が最高位の神に返り咲きますよ。私はレナーツァ様のために懸命に働きます!」

 左遷された元役員を励ました時の光景をナツキは思い出す。


「ええ、期待しています。私も同じ失敗を繰り返さないよう、タロウという名前の人間は絶対に召喚しないことにしました」

 少し胸を張るレナーツァ。

 自慢げだった。


(タロウという名前を避けたからって、いい奴を召喚できるとは限らないよな)

 という本心はそっとしまい、


「さすがはレナーツァ様ですね」

 ナツキは優しくそう答える。


(俺は微力だが、レナーツァ様には恩義がある。俺の力でレナーツァ様を守り立ててやるまでだ)

 表情に出さず、ナツキは燃えていた。


 ナツキの言葉にレナーツァは久々に微笑を浮かべる。

 しかし、その顔に陰がさした。


(それから、私は召喚した魔王全てを魅了するようにしました。暴走されたくなかったので。魅了がきかなかったこのナツキにはいえませんが……)


 レナーツァに魅了された魔王は、タロウほどの失敗はしなくなった。

 しかし、勇者には一度も勝てなかった。


 魅了された魔王達は精神状態がいびつになり、思考能力が低下していた。

 それに加えて、神託、御告げという形で、魔王に指示を出すレナーツァの知力はあまり高くない。

 その結果、魔王軍の統率、作戦が劣悪になりがちだったのが原因だ。


 幸せなことに、四代魔王以降が敗北し続けた理由に、彼女は気づいていなかった。

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