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27 賊を求めて

 ナツキとブラウリオはダンジョンを出て、南のカイマトリへ向かう。

 カイマトリの市街地には入らず、付近の森ぞいに南下していく。

 街道を横切らざるをえない場合は夜を待つ。


 昼間での移動は基本的に森の中を通っていく。

 カイマトリの南に抜け出て、森の中で野営した際に、白の神官衣から黒の神官衣へと着替える。

 これからは闇の神に仕える神官ヴァレンスとして振舞うということだ。


 通り道に出くわした運が悪い魔物は、片っ端から倒して遺体を収納していく。

 さらに南下し、まずは街道沿いにエローラを目指す。

 グラナドス出兵を主導する諸侯の一つ、バンデラス辺境伯の本拠地だ。


 転移魔術で移動できる範囲を広げるため、二人は陸路を用いる。

 カイマトリ-エローラを結ぶ街道沿いの森を通過していく。

 この森の樹木もところどころ落葉しており、視界はそんなに狭くない。


 左手側すなわち南東に見えるのはラボイ山地だ。

 雄大な山々が並んでおり、奥にある山の山頂は雲がかかるほど高い。


 ラボイ山地の北側は鉄鉱山であり、アドルノ伯の貴重な財源であった。

 南側はバンデラス辺境伯が支配しており、ルビー、サファイアといった宝石がとれる。

 これらの宝石は、辺境伯の財政に大いに貢献していた。


 しかし、人間の支配が及ぶのは比較的低い山々のみだ。

 奥の高山地帯は人跡未踏の地であり、強大な魔物が巣くっていた。

 渓谷のいくつかは飛竜が飛び交い、危険極まりない。


 この山地にはドワーフの集落があり、その武力と鍛冶師、細工師の腕でアドルノ伯、バンデラス辺境伯と対等の関係を結んでいた。

 ナツキは立ち止まって、強化された視力で山間にある土塀や堀で囲まれたドワーフの集落を遠くから観察する。


「あの煙は鍛冶場から出ているのでしょうね」

 ブラウリオがナツキに話しかける。

 ところどころ煙が立ち昇っているので、集落の位置はわかりやすかった。


「そうだろうな」

 ナツキとしては味方にひきこみたいところだが、ドワーフ達は人間に虐げられているわけではないので、現時点では静観するしかない。


 右手側すなわち南西に視線をやると、海が広がっている。

 風も日差しもきつくなく、穏やかであった。

 海岸沿いには数多くの塩田が見える。


「ナツキ様、塩田ですよ。海に来るのは何年ぶりかな。生前のことだから、三十年以上前か」

 ブラウリオの見た目は少年で、この上ない違和感がある言葉だ。


「天日での塩作りか」

 現代日本出身のナツキからすると、珍しい光景であった。


「冬は夏よりも生産性が落ちるので、魔術士が活躍するんですよ」


 夏に比べるとこれから迎える冬は塩の生産性が低くなる。

 海水の乾燥効率が低下するからだ。

 そこで、火魔術、風魔術を用いることによって、生産効率を少しでも上げていた。

 もっとも、魔術士の雇用によってコスト高となるが。


「なるほど、乾燥しづらくなるのを補うためか。帆船が多いな。この航路はよく栄えているようだ」

 ナツキは目を凝らす。


 ナツキとブラウリオの目は何隻もの帆船をとらえる。

 カイマトリ-エローラ間では海路こそ、主力の移動手段であった。

 陸路よりも早く移動できて、なおかつ大量の荷物を運べる。


「戦いがあるとなれば、物資をエローラの方へ運ぶでしょうから。帆船でも風魔術が重宝されるんですよ」


 さらに地球と違って、風魔術がある。

 帆に魔術でおこした風を用いることで、なぎを恐れる必要がない。

 塩田での需要といい、風魔術を駆使できる人材は冒険者にならずとも、ある程度豊かな生活を営むことができた。


「確かに南へ行く帆船のが多いな。兵士も船に乗せて運ぶ諸侯が多いと思うか?」

「ドノソのカンディロ伯は間違いなく海路でしょうね。でないと、時間も金もかかりすぎます。アドルノ伯もそうだと思いますよ」

「そうか。陸路を歩くとなると、かなりの時間がかかるだろうし、食料の運搬も大変だろう」

「……エルネストも海を使うかもしれません。ナジーダからスロペ河を下ってカイマトリに入り、海路で南へ行くのが早いですから」

 仇敵であるデラフェンテ侯を思い、ブラウリオのまなじりがつり上がった。


「諸侯と連合軍を組むのであれば、その方が時間を短縮できて物資も運びやすいか」

「僕の推測にすぎませんが」

「いや、道理だ。この戦いに直接介入するつもりはないが、諸侯の動きを覚えておくとしよう。今後、役立つかもしれん」

「僕は元騎士ですから、何か気づいたらお知らせします」

「期待しているぞ。では先を急ごうか」

「はい」


 ナツキとブラウリオは話をきりあげ、移動を再開する。


 ◇  ◇


 カイマトリ-エローラの街道は主要な街道の一つといえる。

 何しろ、どちらもキトリニア有数の港町であり、直結しているのだから。

 しかし、街道よりも遥かに便利な海路が隣接している。


 従って、アドルノ伯もバンデラス辺境伯も、街道の整備にそれほど力を入れていない。

 暴風雨となった際に、帆船を停泊させる中継港は伯も辺境伯も一つずつ整備している。

 しかし暴風雨となると、海岸沿いの街道も何箇所かは通行が難しくなるので、街道を整備する価値が見出せなかった。


 それは伯領と辺境伯領の境が、放置に近い状態になることを意味していた。

 このあたりは、鉄も宝石も産出しない。

 アドルノ伯もバンデラス辺境伯も、投資する気になれなかった。


 そんな場所を無法者がほうってはおかない。

 拠点を作って、いわゆる山賊のたまり場となる。

 そうなると治安が悪化し、街道の通行量が減って、街道の重要性が下がり、ますます放置される。

 負の連鎖であった。


 山賊は時には小船を仕立てて、海賊となることもある。

 だが派手に商船を襲うと、アドルノ伯もバンデラス辺境伯もすぐさま鎮圧に動く。

 この境のあたりは賊だらけではあったが、長期に君臨できるリーダーや集団はほとんどいなかった。


 そんないわゆる危険地帯に、ナツキとブラウリオは足を踏み入れる。

 ナツキが各種の察知能力で周囲を調べていくと、人間と思われる反応が次々とひっかかった。


「情報通り、ここらは山賊だらけのようだ。よりどりみどりだな。さて、どうするか」

「賊を退治すれば、苦しむ人々が減りますね」

 ブラウリオとすれば、どうしても騎士だった頃の想いが残っている。

 賊退治はやる気を出しやすかった。


「そうだな」

 ナツキとしても、それを無理に否定するつもりはない。

 その方が力を発揮しやすいだろうから。


「この集団にするか。十八人いて、二人はBクラスの冒険者程度の実力がありそうだ」

「それは腕が鳴りますね」

「こっちだ。ついて来てくれ」

「はいっ!」

 ブラウリオは意気込んでこたえる。


 白昼で森の中、道なき道を突き進むナツキとブラウリオ。

 徐々に坂がきつくなり、山登り状態となる。

 しかし、ナツキとブラウリオにとって苦ではなかった。


 二人がひたすら歩いていくと、山の中腹あたりで草原が広がっている場所にたどりつく。

 草原には丸太小屋がいくつも立ち並び、周りを柵で囲んでいた。


「あれだな。あの崖を昇ればすぐそこだ」


 ナツキとブラウリオがいる場所から丸太小屋がある草原まで、高さ五mほどの崖が立ちはだかる。

 二人の見張りがクロスボウを持って巡回していた。

 そのため、ナツキとブラウリオは木陰から様子をうかがっている。


「正面から突っ込んでいくんですか?」

 ブラウリオが問いかける。


「その方が戦闘経験をつめるだろう。この程度の魔力や気配なら、大した敵ではない。お前が前衛、私が後衛。そう強くない敵を相手にして、連携して戦う経験を積んだほうがいい」

「かしこまりました。ナツキ様には誰も近づけません」

「少し待て」

 ナツキは異空間から、刃を落とした鉄の剣を取り出す。


「これで戦え」

 ナツキは剣の柄をブラウリオに向ける。


「これは鍛錬用じゃないですか?」

 ブラウリオは不審がる。


「ああ、賊を皆殺しにするのが目的じゃない。賊の身体も必要だから、誰一人殺さないようにしろ」

「そういえば、そうでしたね。わかりました」

 ブラウリオは鉄の剣をナツキから受け取る。


「私は飛翔魔術で上がるが、ブラウリオは使えないだろう。放り投げてやろうか?」

 ナツキの言葉を聞いて、ブラウリオは渋い顔をする。


「いえ、結構です。ちょうど、崖が影になっていますから、影渡りで昇ります」

「それがあったな。ならば、行くとするか?」

「ええ、行きましょう!」


 ナツキは飛翔魔術でふわりと浮き上がり、ブラウリオは影に溶け込んで、崖上を目指す。

 その時点で、見張りの男二人がナツキを見つけて、首にぶらさげていた笛を鳴らす。

 激しく鳴り響く笛の音がした後、見張りは大声を張り上げる。


「敵だぁっ!! 敵襲っ!!!」


 笛の音と大声を聞いて、丸太小屋から次々と男達が飛び出してくる。


(思ったよりも統制がとれている集団だな)

 ナツキは見張りの動きと飛び出してきた男達を見て感心する。


 仕事を果たした見張り二人は、次にやるべきことを行う。

 クロスボウで敵を射殺すことだ。

 つまり、ナツキに照準を向けて、クロスボウから矢を放つ。


 見張り二人は鍛錬をつんでいたのであろう。

 また、ナツキまで二〇mも離れていない。

 二本の矢がナツキの胸目がけて飛んでくる。


 しかし、矢はナツキの身体に刺さることなく、手前で失速した。

 シールドが作用したのだ。

 その様を見た見張り二人は顔を驚愕でゆがめる。


「くそっ!?」

「畜生、どうする!?」

「魔力も無尽蔵じゃねぇはずだ! どんどん射かけるしかねぇだろ!」

「おおっ!」


 見張り二人はすぐさま、次の矢をセットし始める。

 しかし、ブラウリオが影渡りで昇りきり、二人の目の前に姿を現す。


 二人はブラウリオに対応しようとするが、それよりも早くブラウリオの一撃が決まった。

 身体を強打され、二人は地面に倒れて気を失う。


「ちゃんと手加減したんだろうな? この二人はいい戦力になりそうだ。殺すのは惜しい」

 ナツキも草原に降り立つ。


「ナツキ様ならわかるでしょう。死んでいないことが」

「まぁな。治癒魔術で治せる程度に手加減しろよ」

「わかってます」


 余裕しゃくしゃくのナツキとブラウリオに対して、丸太小屋から飛び出していた山賊の集団は激怒して襲い掛かった。


 ◇  ◇


 台所のテーブルで、アイノ、ギードレ、ユスティナの三人が集まっていた。

 テーブルの上には紅茶とクッキーが並んでいる。


 ギードレはリッチだが食事可能で味覚もある。

 食べる必要はないのだが、食べられるようになっている。

 リッチを産み出した大神官が、スパイとなって人間に紛れ込めるよう細工したのだ。


「私の食事ですけど、肉は出さないで下さい。ドリュアスは肉を食べると体調を崩してしまいます。魚は問題ありませんので」

 ユスティナは話した後、おもむろに紅茶を飲む。


「……貯蔵庫は御覧になられましたか?」

 アイノはぼそっと返事をする。


「はい、これからのためにもどんな食材があるのか、チェックする必要がありますから」

 ユスティナは笑顔で、自分の内心を悟られないようにしていた。


 しかし、アイノにはユスティナの魂胆がすぐにわかった。

 あれだ。

 こんな事を言い出すのは、あの合成肉を見たからに違いない。


「いいんですか? アルヴェナ様が買ってきてくれた高級肉が食べられなくなりますよ?」

「これはドリュアスの宿命。やむをえませんわ」

 アイノとユスティナのつばぜり合いを横目に、ギードレは幸せそうな顔をしてクッキーを咀嚼していた。


「それは残念です。今日の夕食は岩塩、秘蔵のたれを使ったステーキですけど、私とギードレさんだけということで」

「……肉の脂は身体によくありませんから、仕方ないですわね」

 ユスティナはクッキーをかじって口に入れ、「あら、おいしい」とつぶやく。


 ギードレはクッキーをのみこんで、

「それは、嬉しいですね。このクッキーもおいしいですけど、それも楽しみです」

 といって、目を輝かせる。


「ギードレさんは熱心に鍛錬されてますからね。元気をつけるといいですよ」

「ナツキ様から鍛錬をがんばるように言われてますから。がんばって、私もブラウリオさんのようにお供をしたいんです」


 口に出した後で、ギードレは照れて顔を伏せた。

 アイノはその様子を見て、にっこりと微笑む。


「ギードレさんはナツキ様のために強くなりたいんですか?」

 ユスティナの目がきらりと輝く。


「それはもちろんです。強くならないと、ナツキ様の力になれませんから」

「ならば、いい方法がありますよ。私の魔力を注入した食物を食べてみてはいかがでしょう。魔力が上昇すること、間違いありません」


 ギードレは目を軽く見開き、アイノは眉をひそめる。


「それは本当です……」

 ギードレが話し終える前にアイノが言葉をかぶせる。


「その話はナツキ様のご許可をいただいてからにしましょう。それまで、ギードレさんはこの話を忘れてください」

 アイノは口元だけで笑ってみせた。


「あらあら、アイノさんはこの話をご存知で?」

 ユスティナも似たような表情を浮かべる。


「ええ、ナツキ様から話を聞いております」

「さようでしたか」

「フフフ」

「フフフ」


 アイノとユスティナが微笑みあい、ギードレはきょとんとしていた。

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