25 戦争の足音
十一月となった今、キトリニアは北国であり、ダンジョン近辺は南西部とはいえ、朝晩はかなり冷え込む。
しかし、ダンジョン内部は暑くも寒くもなく、快適な気候を保っていた。
居住区の応接室には三人がけソファーが二つ追加され、合計一二人が座れるようになった。
ナツキは戻ってきたアルヴェナから定期報告を受けている。
テーブルにはアイノが紅茶を用意してくれていた。
「ナツキ様。もしかしたら、キトリニアがグラナドスに攻め込むかもしれません」
「……何だと、詳しく話してくれ」
ナツキの声に力がこもる。
「まずはグラナドス大公の死です。これは確報です」
「ほう、何才で死んだ?」
「六五才で病死だそうです」
「その死に不穏な噂は?」
「特に聞いていません」
ナツキは目を伏せて少し考えるが、
「続けてくれ」
と、アルヴェナに話を促した。
「後継大公は二六才だそうですが、暗愚だとの噂を耳にしました。複数筋からです」
「六五才で死んだ大公の長男にしては若いな。他に子供はいないのか?」
「同腹の兄がいたようですが、去年に病死したそうです。腹違いの兄は生きていますが、母親の身分が低く、跡目争いにはならなかったと聞きました」
「そういうことか。それでキトリニアは後継大公が暗愚なのをいいことに、攻め込もうとしているのか?」
「懇意にしている商人がそう話していました」
ナツキはテーブルからカップを取り、紅茶を口にする。
アルヴェナもそれに続く。
カップをテーブルに置いたナツキは再び問いかける。
「商人がそう考えるには根拠があるはず。それは何だ?」
アルヴェナもカップから口を離し、テーブルにカップを置く。
「ああ、申し遅れました。食糧、武具など、戦いに必要と思われる物資の値段が上がっています。断言はしませんでしたが、デラフェンテ侯爵家やバンデラス辺境伯家などが買い付けをはじめているとか」
「それに間違いないな?」
「ありません」
アルヴェナの言葉でナツキの眼光が鋭くなる。
「ならば、かなりの確率で戦いは起きるだろう。アルヴェナ、お前はカイマトリで戦いに関する情報を集めろ。三日で切り上げて戻ってきてくれ。それからはこれまでと違う仕事をやってもらう。だから、ギルドの依頼などは受けないようにしてくれ」
「……かしこまりました」
「ご苦労だった。早速、カイマトリに戻っていいぞ」
「はっ」
アルヴェナは立ち上がり、退室しようとする。
(しばらくは、甘い物を食べられないかもしれないな。食いだめしておくべきか)
背中を向けたアルヴェナにナツキは声をかける。
「今回はいい仕事をしてくれたな。さすがにお前はレナーツァ様が生んでくれた私の最初の眷族だけのことはある」
雑念が頭を占めていたアルヴェナはどきっとするも、振り返っておじぎする。
「……当然の仕事をしたまでです」
「これからも期待しているぞ」
「ナツキ様のために懸命に働く所存です」
「では三日後にな」
「はっ」
アルヴェナが退室して、ナツキ一人となる。
ナツキは苦笑した後、カップを取ってお茶を飲む。
カップをテーブルに置き、ナツキは苦笑を消して、今後について思いを馳せていた。
◇ ◇
ナツキ、アルヴェナ、アイノ、セナドゥス、カミーロ、フィオ、ブラウリオ、ギードレ。
男四名、女四名、ナツキとその眷族達が初めて、応接室に勢ぞろいした。
これまでは誰かが任地に赴いていて、そろうことがなかったのだ。
全員ソファーに座って、ナツキから今後について説明を受ける。
「アルヴェナ達四人がもたらした情報をまとめたところ、キトリニアがグラナドスに出兵するのは間違いない。私はこの機に乗じて、このダンジョンの戦力を一気に強化すべく動くつもりだ。お前達全員には私を手伝ってもらう」
「何なりとお命じ下さいませ」
アルヴェナが眷族を代表してこたえた。
「戦いが起きれば、生まれるのは死体と奴隷だ。また、グラナドス領内では魔物の上位種が生まれて活動が活発になってると聞く。私は、死体、奴隷、上位種、この三つ全てを掌中に収めたい。好き好んで奴隷になる者など誰もいまい。奴隷に落とされた時の恨みつらみが我々の味方となってくれるだろう」
ナツキの言葉を聞いた誰かがごくりとつばを飲んだ。
「ナツキ様は欲張りですね」
カミーロが茶化す。
「とれる時にとらないと後悔するものだ。覚えておくがいい」
「ははっ、承知しました」
目を細めたナツキの返答に対して、カミーロは気取って返事する。
「まずは奴隷の身請けについてだが、その為には財源が必要だ。アルヴェナ達から聞いた限りでは、北のドノソではまだそんなに物資の値段が上がっていないようだ。そうだな、セナドゥス」
「はい、わずかにすぎません」
「アルヴェナとセナドゥスには手持ちの財貨ほとんどを与える。ドノソで物資を買えるだけ買って、セナドゥスは南のエローラ、アルヴェナは東のナジーダで全部売りさばけ。ドノソの商人に何か聞かれたら、とある商人に物資購入を頼まれたと伝えろ。今回の物資購入で強いつながりが持てるだろう。アルヴェナよりも、すでに現地で働いてるセナドゥスの方が上手くできよう。やれるな?」
「かしこまりました」
セナドゥスは真剣な表情でうなずいた。
その様子をアルヴェナは複雑な表情で見ている。
「二人とも物資売却が終われば、財貨を全てダンジョンに持ち帰ってアイノに預けてくれ。アイノ、帳簿を任せる」
「お任せください。銅貨一枚も間違えないようにします」
アイノは胸に左手をあてて、うけおった。
「それからだが、セナドゥスはドノソではなく、カイマトリで冒険者として活動しながら、情報収集を行え。私が留守の際にはメモ書きをアイノに預けてくれ」
「はい。微細な情報も漏らさず、お届けします」
セナドゥスは力みかえっていた。
「セナドゥス、緊張しすぎるとへまするぞ。気楽にやった方がいいんじゃないか」
カミーロがまぜっかえす。
「うるさいな、カミーロ。お前と違って、俺はまじめなんだよ」
「まじめねぇ」
カミーロはにやりとする。
その様子を見たセナドゥスは少し様子がおかしくなる。
「まぁ、落ち着け。ナツキ様の前だ。それに気楽にやるのは私もいいと思うぞ」
なぜか、アルヴェナは満足げにカミーロをフォローした。
「そういうことだ。私はお前を信用している、セナドゥス」
「ありがとうございます、ナツキ様」
セナドゥスは落ち着きを取り戻す。
「それでアルヴェナだが、カイマトリの南にあるラボイ山地には多くの魔物が生息しているな?」
「はい。鉄鉱山近くはアドルノ伯爵が守っていますが、それ以外はナツキ様が仰るとおりです」
「そこで他の冒険者達に見つからないよう、魔物が食用にできる魔物を狩ってダンジョンに持ち帰ってくれ。地下一階に貯蔵庫を作っておく。そこにどんどん貯めていってくれ」
「ダンジョンに迎え入れる魔物用の食料ですか?」
「その通りだ。能力的に考えて、お前にしかできない。やってくれるな?」
「無論、ナツキ様のご命令とあれば、否とは申しません」
アルヴェナは軽く頭を下げる。
「頼んだぞ。ではカミーロとフィオだが、私が神力で魔術が付与されたそこそこ強い武具を製作するので、二十個ずつ売りさばいてくれ。カミーロは東のナジーダで、フィオは南のエローラだ。需要ある今なら、それなりの値段で売れるだろう。毎回、容姿を変えて、にじみだす気配や魔力を調整し、別人として振舞え。一日に売るのは二個までにすれば目立つまい。ドッペルゲンガーであるお前たちにしかできない仕事だ。二人とも質問はあるか?」
「いえ、特に。武器商人の真似事ですね」
「見事、やり遂げてみせます!」
カミーロは軽快に、フィオははきはきと返事する。
「二人ともその金を使って、家を借りておいてくれ。奴隷の身請けも二人にやってもらうつもりだが、その時に必要だからな。武具の売却が終われば、金をアイノに預けろ。その後は新たな指示があるまで、カミーロはナジーダ、フィオはエローラで情報収集だ」
「「了解です」」
ほぼ同時にカミーロとフィオがこたえる。
「私はまず南に向かって、グラナドスで活動する魔物を眷族として迎える。ブラウリオは私についてきてくれ。強い敵を相手にすれば、お前も強くなれるだろうからな」
「ナツキ様、ありがとうございます。もっと強くなってみせます」
ブラウリオの面立ちには気合がみなぎる。
「最後にギードレだが、このまま鍛錬を続けると共にアンデッドモンスターの指揮に慣れてくれ。私の目論見が成功すれば、指揮する部隊の数が増えるからな」
「はい。無様なことにならないよう、努力いたします」
「ああ、そうしてくれ」
ナツキはギードレを特別視しないよう、淡々と振舞っていた。
なにしろ、フィオの凝視、カミーロの面白がるような目線をはじめ、他にも興味深げな視線を感じる。
無様を見せないようにしないといけないのは自分だと、ナツキは内心で苦笑していた。
ギードレはやがて表情が曇り始める。
何かを言おうとしては、それを躊躇しているのが目ざといアイノに気づかれた。
「どうしましたか、ギードレさん?」
アイノはそっと助け舟を出す。
「あ、いえ、その、今の私だと難しいとは思ってるんですが、ナツキ様のお供をすることができれば、と思いまして」
ギードレは頬を赤く染めてうつむく。
リッチの外見は人間と変わらず、事情を知らなければ誰もが人間に見えただろう。
「そんなのはダメですよ! ナツキ様の足を引っ張るなんてとんでもない!」
フィオが大きな声をあげる。
カミーロはクックッと笑い、セナドゥスですら苦笑を浮かべた。
アルヴェナは何だこいつら? という顔をして、アイノとブラウリオは目を細めてナツキをうかがう。
「フィオのいう通りだな。今のお前の戦闘力はCクラスの冒険者なみだ。それではまだ外に出せない。精進するんだな」
「……かしこまりました」
ギードレはしょんぼりとし、フィオは得意げな表情を浮かべる。
「……それがお前のためだ」
ナツキが不器用にそう付け加えると、ギードレの顔が輝き、フィオの顔がゆがむ。
三人の様子を仏頂面のアルヴェナ以外は微笑ましく見ていた。
ナツキがそんな様子に気づかないわけがなく、話を無理やりまとめていく。
「私からは以上だ。まずは上位種の確保と奴隷の身請けに必要な財源獲得のために動く。全員の奮闘に期待する」
眷族達は表情を改め、真摯な顔つきでナツキの言葉にうなずいた。
◇ ◇
必要な作業を行うため、ダンジョンコアのある部屋にナツキは赴く。
まずは、売却用として、様々な武具を製作していく。
それから地下一階に魔物用の食料を貯める貯蔵庫を設置する。
次は地下四階に農業用スペースを作る。
長期間食べていけるだけの蓄えが貯蔵庫にあるが、滞在者が増えるといずれ足りなくなるのは目に見えていた。
そこで、身請けした奴隷の何人かは農業に従事してもらう必要がある。
農業を行うためには、表土を張って、泉を設置しなければならなかった。
ナツキは神力を消費して、地下四階の南東側で一km×一kmの広さに深さ二mの表土を張る。
さらに、農業用水にもちいる泉を何箇所か設置していく。
後は農業が行える魔物を召喚することだ。
労働力となる奴隷を身請けする前に、ダンジョンの環境に適した農業を模索する必要があった。
この世界における農業はグラスウッド王国設立前と設立後で様相が異なる。
異世界から召喚された勇者にして建国王アキラは、地球の農業に関する様々な知識をもたらした。
当初はグラスウッド王国秘伝技術であったが、約二〇〇年の年月が経過した今では、ほとんどの技術が流出している。
ナツキは農家出身ではなく、農業に詳しいわけではない。
だから、すでに農業技術が進んでいるこの世界における農業を、ダンジョンの環境にあわせて展開すればよいと考えている。
そこで、ナツキはインプットされた知識からドリュアスを選び、眷族として召喚することにする。
ドリュアスは樹木の知識に詳しく、魔大陸で農場を営んでいるので適任だろう。
容姿が人間と同じなので、身請けした奴隷達に農業を指導するにもうってつけだ。
この世界では土魔術が農業に応用されている。
そこで、魔力の容量と土魔術を高める形で、ユスティナと名づけてナツキは召喚を行う。
コアから闇があふれて消え去ったときには、金髪碧眼で優しげな印象を与える女性が召喚されていた。
ユスティナがまだ起きない内に、ナツキは地下四階に彼女用の研究室と、地下四階と五階を結ぶ転移陣を設置する。
その作業が終わると、ユスティナの両目が開く。
「ユスティナと申します。私を生んでくださって、ナツキ様には感謝申し上げます」
その声は玲瓏としたものであった。
ユスティナは優雅に一礼する。
「これから、よろしく頼む。お前にはこのダンジョン内で農業を営んでもらい、食料を生産して欲しい」
「ドリュアスとして生を受けた私にとって、それはとても楽しい仕事です。ぜひ、やらせて下さい」
「頼んだぞ。間もなく、身請けした奴隷達を手に入れる。協力して農業の規模を拡大してくれ。軌道にのれば、農業用スペースを拡張する」
「まぁまぁ、わかりました。奴隷達は苗床にしましょうか? それとも、肥料にしましょうか?」
ユスティナはいかにも慈悲深い微笑を浮かべていた。
ナツキはしばらく黙った後、
「……お前は何を言ってるんだ?」
と述べて、ため息をついた。
獲得神力:
滞在分合計:850
消費神力:
武具防具製作:2000
ユスティナの召喚:3000
地下四階(一km×一km)表土を張る:2500
転移陣設置(登録者のみ二人まで同時に移動可能)×2:300
地下一階と地下四階の区画整備:700
収支:
-7650
残り神力:
64,550
ダンジョン現状:
地下一階:魔物用食料貯蔵庫×1
地下二階:アンデッド隔離区画
地下三階:空白
地下四階:農業スペース(一km×一km)、ユスティナ研究室
地下五階:居住区(台所、便所、貯蔵庫、部屋×20)、神殿
部屋内訳(ナツキ居室、寝室、アイノ、アルヴェナ、カミーロ、セナドゥス、フィオ、ブラウリオ、ユスティナ、監視システム、応接室、食堂、空き8)