表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/32

24 ナツキの決断

 ナツキはアイノと共に台所で朝食をとっていた。

 献立はパン、魚のムニエル、シチュー、サラダ、果物。

 二人とも静かに朝食を食べていたが、アイノが心配そうにナツキに話しかける。


「今日の食事はうまくできていないでしょうか?」

「いや、いつも通り、美味しいが」

「そうですか。なんだか、沈み込まれてるようなので」

「……そう見えるか?」

 ナツキの雰囲気にはいつも以上に、どこか陰がまとわりついていた。


「はい、少し」

「教典を書き込むのに熱を入れすぎたからだろう。特に問題はない」

「だったら、よろしいのですが」

「心配かけてすまないな」

「いえ、とんでもありません」


 それから、黙々と食べ続けて、ナツキは台所を出て居室へ戻った。


 ◇  ◇


 居室で椅子に座ったナツキは机にひじをつき、頭をのせて考え込んでいた。

 妹によく似た少女の遺体をどう扱うか。

 かつて自分が家族として愛していた妹うり二つの遺体。


 ゾンビとするか埋葬するか、それだけしか手段がなければこうも考え込まなかっただろう。

 もう一つの道があるゆえ、どうするか悩んでいた。


『クリエイト・リッチ』


 その魔術は、生命力吸収の術を開発した大神官が開発したもの。

 死体に闇の魔力を注いで、リッチという魔物に変貌させる魔術だ。

 リッチはこれまでの記憶を失い、魔力を注いだ主人に絶対忠実で生死を共にする。


 敵でありながらも優れた者を従者とするために開発された魔術だ。

 当時、勇者の仲間が魔族との戦いで死んだ後、大神官によってリッチとして蘇った。

 リッチになった元仲間は、大きな被害を人間側にもたらして成功を収めた。


 この『クリエイト・リッチ』で従者にできる数は、レナーツァへの信仰心で左右される。

 開発した大神官で二人、その他の者は一人だけだ。

 ナツキはおそらく自分なら、二人はリッチとして従者にできるだろう、と考えている。

 生命力吸収の魔術を駆使できたのは、かつての大神官と自分だけということからして。


 この少女をリッチ化するメリットは、空枠となっているアンデッドモンスターの指揮官にあてられることだ。

 ブラウリオを指揮官にするのは避けたかった。

 その卓越した戦闘力を生かすためにも、ブラウリオはここぞという時に投入できる遊撃隊が望ましい。


 デメリットは枠が二人しかないのに、戦闘力が乏しいと思えるこの少女で枠を消費するのは惜しいということだ。

 効率だけを考えるなら、もっと強力な者の遺体を手に入れて、リッチにすべきだろう。

 しかし、リッチにはナツキと同じだけの寿命がある。

 鍛錬や戦闘経験を積むことで、デメリットを減らすことができる。


 完全に効率だけを考えるなら、この少女をゾンビとして用いるべきだろう。

 しかし、ナツキは妹によく似た少女をゾンビにするつもりにはなれなかった。

 

 ならば、埋葬すればいい。

 それだけですむ。


 だが、リッチとして従者にすれば、当面必要な人材はそろう。

 足りない能力は時間をかけて、補えばいい。

 心の中でそうささやく声があるのだ。


 ナツキはその声の正体に気づいていた。

 かつての幸せだった頃を懐かしむ声だ。

 妹本人ではないとうのに、容姿がよく似ただけの少女だというのに、手元におきたがっている欲望だ。


 全てを失い、抜け殻だった自分を再生してくれたレナーツァに報いるためにも、自分は無私でなくてはならない。

 私欲が入り混じれば、判断を誤って敗北につながるだろう。

 それは断固として避けなければならなかった。


 金、権力、名誉、性欲、そういったものに対する執着心は、少なくともこの世界に来てからは感じていない。

 眷族に対しても、自分に対する忠誠心を強要するつもりはない。


 だというのに、自分はあの少女を従者として手元におきたいのか。

 きっと、そうなのだろう。

 でなければ、こうも悶々と考え込んでいない、とナツキは思う。


 ナツキは瞑目し、思案し続ける。

 ただただ、考える。

 自分はどうすべきなのか、どうしたいのか。


 やがて、目を開いたナツキは立ち上がる。

 先ほどまでの思い悩んだ表情から一変し、どことなく澄んだ面差しだった。

 ナツキは異空間からギードレの遺体を取り出し、そっと床に置く。


 似ていた。

 やはり、よく似ていた。

 見れば見るほど、ナツキは妹本人のように思える。

 少女を見つめるナツキの眼差しは限りなく優しかった。


 ナツキは『クリエイト・リッチ』の魔術を行うことにする。

 この世界に下りてはじめてだった。

 どうすべきか、ではなく、どうしたいか、で物事を決めたのは。


「偉大にして慈悲深き闇の神レナーツァ様よ、御力をもって我に忠実なる永遠のしもべを与えたまえ」

 ナツキの詠唱が終わると、闇が少女の遺体を包んだ。


 その間に、妹によく似た少女すなわちギードレの記憶がナツキに流れ込む。

 魔術を開発した大神官には、生前の記憶を手に入れることで敵の情報を収集するという目的があった。


 しかし、今のナツキにとっては余計だったかもしれない。

 誕生した時からナツキに殺されるまでに至るギードレの記憶が、生々しくナツキへもたらされる。


 小さい子供の時から、ギードレは懸命に生きていた。

 苦しい生活から抜け出すために、胸に小さな希望を抱いて、くじけずに生きていた。

 努力が実り、父母と別れ、冒険者として苦労するも、がんばり続けた。

 そして、エスタバンとの出会いで希望の光がもたらされるも、自分がその光を断ったのだ。


 ナツキの顔が苦渋で染まる。

 自分が殺した人間を手元に置きたいという欲望の浅ましさが浮き彫りになったがゆえに。


 今まで多くの冒険者を簡単に殺せたのは、その人となりを深く知らなかったからだろう。

 ギードレの記憶で見た限り、エスタバン達も善良な人間だったようだ。

 そのことを知っていたら、自分はたやすく手が下せただろうか?


 エルフの姉妹を弄んでいたコルンバノという男は、振る舞いや最期からして下衆だったのだろう。

 冒険者全てがああいう男であれば、何も考える必要はない。

 しかし、恐らくはそうではないだろう。


 アルヴェナやカミーロに話した自分の言葉を思い出して、ナツキは自嘲する。

 まさに言うのは簡単だが、行うのは難しいものだ。


 しかし、ナツキは気持ちを切り替える。

 感情に耽溺していられる立場ではないのを自覚するがゆえに。


 冒険者達と対峙する際、柔軟な対応が必要だろう。

 冷酷に対処すべき場面では、冷酷に振舞える者を用いる必要がある。

 外とのつながりを持った眷族に与える任務には配慮しなければならない。

 情をきれ、といっても、誰もがそうできるわけではない。

 無理を押し通しても破綻する。

 ギードレとの邂逅で、ナツキはそれを思い知った。


 そこまでナツキが思考を張り巡らせたところで、ギードレの両目が開いて起き上がる。


「ナツキ様、私をリッチとして生んでいただいてありがとうございます。私は忠実なるしもべとして、ナツキ様と生死を共にいたします」

 ギードレの瞳にはナツキを慕う情がありありと見える。


 残酷な言葉だった。

 ギードレの記憶を知るナツキには、それが痛いほどわかった。


 もう、この少女は人間としてのギードレではない。

 ナツキの忠実な従者であった。


「よければ、私に名前を与えていただけないでしょうか」

「ギードレと名づける。これからは私を助けて欲しい」

 ナツキは他の名前をつけるつもりになれなかった。


「……ギードレですか。ありがとうございます、ナツキ様」

 ギードレは、はにかむ様に笑った。


「……いや」


 ギードレの声は妹とうり二つであった。

 ナツキは自分の罪深さを自覚しているが、それでも心のどこかで弾むものを感じた。


(度し難いな。本当に度し難いな、我ながら)


「ナツキ様、ご指示をお願いします。私ギードレはどんなご命令でも果たしてみせます」

 真摯な面持ちで、ギードレはナツキを見つめる。

 ナツキは様々な感情がせめぎあった瞳で、ギードレを見つめ返した。


「お前にはアンデッド部隊の指揮をとってもらう。その前に、戦闘能力を少しでも高める必要がある。私、そしてブラウリオという私の眷族が訓練相手になるので、できる限り強くなれ。それが私の命令だ」

「かしこまりました。ナツキ様のお役に立てるよう、全力を尽くします」

 ギードレは恭しくおじぎする。


 ナツキは十分な戦闘力を持つまで、ギードレを前線に出さないと決める。

 この少女は自分の浅ましさの象徴だ。

 ギードレが危機に陥ったら、私情で判断が狂う恐れがある。

 ならば、危機に陥るような場面には投入しなければいい。

 優先すべきはレナーツァへの忠誠であって、大局なのだから。


「さぁ、私の眷族に紹介しよう。仲良くやってくれ」

「はい。ナツキ様の眷族とあれば、私の大切な仲間ですから」


 ギードレはナツキに従順で素直だった。

 ナツキはギードレの仲間だったエスタバン達の遺体を埋葬することにする。

 ゾンビとして使役するのを避けたのは、贖罪だった。

 ほんのささやかなものであり、偽善に類するものだというのはわかっていたが。


 それでも、ナツキはそうすることに決めたのだ。


 ◇  ◇


 それから二週間がすぎて、セナドゥスとフィオの鍛錬が終了した。

 応接室にて、ナツキは二人を呼んで話をする。


「フィオはダンジョン最寄のカイマトリから南にある港町エローラで冒険者として活動し、情報を集めてくれ」

 エローラはバンデラス辺境伯家が治めている。

 キトリニア西部の港町では人口約八万と最大であった。


「セナドゥスは逆だ。カイマトリの北にある港町ドノソを拠点にして情報収集してくれ」

 カンディロ伯爵家が治めるドノソは人口約四万人。

 ダンジョン最寄のカイマトリが人口約五万であり、一回り規模が小さい。


 ナツキの指示をセナドゥスは承諾したが、フィオは恐る恐る、

「カイマトリの担当にはなれないでしょうか?」

 と、こたえた。


(ナツキ様と離れたくない。遠くになればなるほどお会いできる回数も減るでしょうし)

 エローラはカイマトリから約一〇〇km離れている。

 陸路ならともかく、海路なら一日かからない距離だが、フィオはそれでも嫌った。


「変事に備えて、アルヴェナをカイマトリからはずすわけにはいかない。まさか、フィオが私の指示に従えないとは思えなかったな」

「と、とんでもないですっ! 私はエローラでナツキ様のためにがんばって働きます!」

 フィオは慌てふためく。


「それでいいんだな?」

「はい、もちろんです!」

 フィオは笑みを作った。

 ナツキと離れるのは嫌だが、嫌われるのはもっと嫌だったからだ。


「二人の働きに期待しているぞ」

「がんばります」

「期待に応えてみせますっ!」


 フィオを先に退室させて、ナツキはセナドゥスと二人きりになる。


「ご苦労だった。支度金を多めにしておく。最初は一〇日くらい向こうでのんびりしていいぞ」

 ナツキはセナドゥスをねぎらう。


「……どうも、ありがとうございます」

 セナドゥスの顔色は冴えなかった。


「あまり、うれしくないようだな。そんなにフィオとの生活はきつかったのか?」

「それもありますが、恐らくまた絡まれると思いますので」

「どういう意味だ?」

「きっと、ドアの向こうでフィオが待っています。ナツキ様と俺が何を話したのか問い詰めるでしょう」

「……それは私がうかつだったな」

 ナツキは渋い顔になる。


「俺だけが支度金が多いとか絶対に言いたくないので、何か他に俺を引き止めた理由を考えてもらえないでしょうか?」

 セナドゥスの表情は切実だった。


「私が外に出たとき、ドノソに向かう街道を横切った。その時の情報を聞かされたと伝えればいい。フィオの行き先は逆だ。これなら、納得するだろう」

「さすがはナツキ様ですね」

 セナドゥスは微笑んだ。


「それではそう話すとして、他に何かありますでしょうか?」

「いや、特にない。本当にご苦労だった。ゆっくり羽をのばしてくれ」

「そういたします」


 セナドゥスが扉を開けて退室すると、予想通りフィオが待ち構えていた。


 ◇  ◇


 フィオが出立する前に、ブラウリオとギードレが訓練している場に出向いた。

 ブラウリオとギードレではまだまだ勝負にならない。

 現状では、ブラウリオがギードレに指導していることになる。


 生来、気が優しいブラウリオはギードレに対して、丁寧に指導していた。

 ナツキがいないと、一人きりでの鍛錬となる。

 それよりは、ギードレというパートナーがいた方がよほど良かった。

 また、ギードレが素直な性格をしているのも大きい。


 二人が剣を交えているところにフィオがやってくると、剣を止めてフィオを迎える。

 フィオはギードレに対して、びしっと指差す。


「私はあなたよりもナツキ様に対して、役立ってみせます!」

 フィオはギードレを紹介された際、乙女の直感で危機感を抱いた。

 アルヴェナには全くこれっぽっちも感じなかったものだ。

 アイノに対してはうっすらとした灰色だったが。


「……私も役立ってみせます」

 ギードレは真顔でフィオの方を向く。


「絶対に負けませんから!」

「私もそうです」


 二人に挟まれて、ブラウリオは顔をしかめた後、

「こうして無駄な時間をすごすよりも、結果を出したほうがナツキ様も喜びますよ」

 と、述べた。


「それはそうですね。私はナツキ様のために重要な情報を山ほど持ってきますから、楽しみにしていて下さい」

 余裕げな笑みを浮かべたフィオは、二人の下を去っていく。


「ブラウリオさん、引き続き指導をお願いします」

 ギードレはむすっとして、ブラウリオを急かす。


「わかりました。気合が入ったようで何よりです」

 ブラウリオは苦笑した。


 ◇  ◇


 それから、カミーロが戻ってきたとき、カイマトリからナジーダへの配置転換をナツキは指示する。

 カミーロが了承して、


 街名:担当者

 カイマトリ:アルヴェナ(ダンジョン最寄)

 ナジーダ:カミーロ(東)

 エローラ:フィオ(南)

 ドノソ:セナドゥス(西)


 上記のように最低限の諜報網が完成した。

 本来、一人では少なすぎるのだが、人員を増やすのは今後の課題であった。


 アルヴェナはカミーロの配置転換を聞かされて、チッと舌打ちした。


 ◇  ◇


 それから、ナツキはブラウリオとの訓練、ギードレへの指導、教典作成に明け暮れた。

 ダンジョンがある領地を治めるアドルノ領は、有能な先代伯爵がにらみをきかしている。

 老いた先代伯爵が時の流れで消え去るまで、ナツキは待つつもりだった。


 現在、ダンジョンの維持コストはほとんどかからない。

 だから、待つのは苦とならなかった。


 事を成すには、天の時、地の利、人の和が重要という。

 地の利は情報を集め続けることで高めていく。


 人の和は生活を同じくすることで高まっていくだろう。

 例外もあるようだとナツキは把握していたが。


 そして、食糧、物資、神力の備蓄が必要であったが、時の経過で貯まっていくだろう。


 後は天の時が到来するのを待つだけだ。

 六三日を経て、その天機がようやく訪れる。


 訪れたのは先代伯爵の死ではない。

 老いたりとはいえ、頑強な身体を持ち、節制している先代伯爵はそう簡単に死ななかった。


 天機をもたらしたのはグラナドス大公の死である。

 後継大公は暗愚であり、大公国では魔物の活動が活発になっていた。


 それに乗じ、大公国と境を接するデラフェンテ侯爵、バンデラス辺境伯が主導して、キトリニアがグラナドスへ出兵する動きあり。

 アルヴェナがその情報をナツキにもたらしたのだ。


 ナツキはその戦乱に乗じて、ダンジョンの戦力を一気に強化すべく動き出し始める。

 時はすでに十一月、夏は過ぎて、晩秋を迎えていた。











獲得神力:

滞在分合計:16,680


残り神力:

72,200


<第一章完>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ