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23 新たなる教義

 アルヴェナが購入してきた三人がけの黒いソファー二つと木製のテーブルが応接室に設置された。

 品物はごく普通のもので、豪奢さは感じられない。

 それ以外の調度は何もなく、アイノが水色の布を張っただけの殺風景な部屋だ。


 しかし、最低限の形が備わったので眷族達との会合場所として、ナツキはこの応接室を使用し始める。

 ナツキは奥側のソファーに座り、対面のソファーにはアルヴェナとカミーロが座っていた。


「アドルノ伯爵の側室が生んだ子供で有望そうなのはいたか?」

 ナツキが問いかけて、アルヴェナがこたえる。


「はい、一人だけ先代伯爵が目にかけている少年がいます」

「ほう、どんな少年だ?」

「名前はジョナタ、一四才。日々を鍛錬と学問で過ごし、配下や町民に対して、とても優しいとの評判です」

 その言葉を聞いて、ナツキは薄く微笑んだ。


「また絵に描いたような少年だな。その評判の情報元だが、複数からのものだな?」

「無論です。懇意にしている商人複数から聞いております」

「カミーロ、どうだ?」

「間違いありません」

 カミーロは軽くうなずく。


「正室の息子は二人いたな。兄弟仲について話は聞いたか?」

「それについてはまだ調べがついていません」

 アルヴェナがそう答えると、カミーロが口を挟んだ。


「俺は少し聞いてますよ。あまり仲が良くないって。跡目争いをしてもおかしくなさそうな雰囲気だったとか」

「えっ……」

 アルヴェナは少し驚き、カミーロを見やった。


「面白い情報だな。それはどこから聞いた?」

 ナツキが質問する。


「里帰りした二人をたまたま見かけた冒険者から聞きました。情報元はそれだけです」

「なるほど、運がよかったんだな。運が」

 アルヴェナはうんうん、うなずく。


「そうか。幸運なのは重要なことだ。二人とも正室の子供について新たな情報が入ったら教えてくれ。無理に詮索はするなよ。怪しまれない程度におさえろ」

「かしこまりました」

「はい、ナツキ様」


 二人が返事をすると、ナツキは左手の人差し指でテーブルをタップし始める。

 どこか遠くに視線をやりながら、思考にふけるナツキ。

 アルヴェナとカミーロは横目でお互いを見る。

 カミーロは目で笑って、アルヴェナは無表情なまま、ナツキに視線を戻した。


「多少リスクを背負ってでも、そのジョナタという少年に近づいてもらおうと思ったが時期尚早だな。二人ともジョナタとつながりが持てる接点がないか、調べておいてくれ」

 沈黙を破って、ナツキは言葉を発した。

 アルヴェナとカミーロは承諾する。


「お家争いになるのが望ましいな。何とかして誘発させることができればよいのだが、まずはおいておこう。それと、アルヴェナは部屋の備品を十人分ほどそろえてくれ。新入りが入ってきてもいいようにな」

「承知しました」

 ナツキはアルヴェナからカミーロへ視線を移す。


「カミーロはCクラスの冒険者になれたな?」

「ええ、実力的にはBクラスにいけそうですけど、不審がられても困るので三週間くらい後にします」

「それがいいだろう。他の冒険者達からパーティ加入の誘いはうけたか?」

「山ほどきてますよ。俺ってもてますから」


 カミーロはなぜか嫌味を感じさせない笑みを浮かべた。

 ナツキはそんなカミーロを見て、目を細める。


「問題なさそうだな。長期的なパーティを組むのは避けろ。しかし、短期的なパーティをいくつか組んで、他の冒険者達との親睦を深めてくれ。その方が情報を引き出しやすいだろう」

「わかりました。それで、このダンジョンを開いたら、俺が背後から襲いかかるわけですか?」

 カミーロは先ほどと違う物騒な笑みを浮かべる。


「親しくなった相手にも容赦なく襲いかかれるか?」

 ナツキは淡々とこたえるが、アルヴェナは二人の様子をまじまじと見つめていた。


「俺はナツキ様に対して、あふれるほどの忠誠心を持っていますからね。ご命令とあれば、何でもやりますとも」

 カミーロは大仰に右腕を横に伸ばして頭を下げる。

 キザだが、カミーロがやるとなぜか様になっていた。


 それで、カミーロの表情はナツキからもアルヴェナからも見えない。

 アルヴェナはカミーロの表情が気になるが、さすがに顔をのぞきこむのは避けた。


「心配しなくてもいい。私がそんなことを命令することはまずない。その時は口をふさぐために、お前が所属するパーティを全滅させる必要がある。それで、お前だけが街に戻ってきたら、お前の信用はどうなる?」

 カミーロは頭を上げるが、いつもの緩い表情に戻っていた。


「間違いなく疑われるでしょうね。ダンジョン側の人間と思われるところまでいかなくても、俺と組むのを避けるんじゃないですか」

「そうだろうな。それでお前と接する人間も何人かは態度を変えるだろう。それではお前の外における価値が低下してしまう。だから、そんな命令を出すことはまずない。安心して親睦を深めればいい」

「なら、楽しくやってきますよ」

「ああ、そうしろ」


 ナツキとカミーロは笑みを交わす。

 しかし、まずない、とナツキは言ったが、絶対にない、とは言っていない。

 カミーロはそのことに気づいていたが、口には出さなかった。


「アルヴェナは物資購入を通じて、多くの商人と懇意になれたか?」

「はい。その成果は情報提供という形でお見せしております」

「そろそろ、どの商人が力や情報を持っているかわかってきただろう。これからは、そういう商人から買い付けを行え。より親しくなってお得意先になれば、舌がまわりやすくなる」

「かしこまりました」

「アルヴェナもパーティの誘いを受けているか?」

「……ええ、いくつか」


 カミーロがにやりとして話に加わる。


「アルヴェナ様は大人気ですよ。やはりこれだけの美人ですから、いやらしい目つきで見ている奴らが何人もいるのを冒険者ギルドとかで見ています」

「カ、カミーロ、何を言う!?」

 アルヴェナは大きな声を出して、カミーロにきつい視線を飛ばす。


「ほめてるんじゃないですか、アルヴェナ様」

 カミーロは軽口を叩く。


「しかしだな……」

「まぁ、落ち着け、アルヴェナ」

 ナツキの声を聞いて、カミーロをにらんでいたアルヴェナはやむなく矛をおさめた。


「アルヴェナに声をかけてくるのはBクラスの冒険者か、それともAやCもいるのか?」

「……Bが一番多いですが、AやCもいます」

 アルヴェナはしぶしぶこたえるが、カミーロは意味深な笑みをたたえている。


「ならば、アルヴェナもB、Cクラスの冒険者達といくつかパーティを組んで懇親を深めろ。Aクラスとはパーティを組むな。メリットは大きいがリスクも高い。正体が露見すれば最悪だ。現時点ではリスクを抑えるのを優先する」

「ナツキ様の仰せのままに」


 アルヴェナは胸をなでおろす。

 Aクラスの冒険者達の中には、油断できなさそうな者が何人もいたからだ。

 それは危険です、と自ら言うのはプライドが許さなかった。


 しかし、カミーロが投じた新たな爆弾がアルヴェナの安寧を吹き飛ばす。


「そういや、偶然ですけどアルヴェナ様の身体を狙ってそうな商人も見ましたね」

「黙れっ、カミーロ!」

 血相を変えるアルヴェナ。


「アルヴェナ、それはこれまで物資を買った商人か?」

 ナツキはその大声に動じず、事務的に質問する。


「……はい。そんな目で見てきた者もいるかもしれません」

 と、アルヴェナはぽつりぽつり言うが、ちらちらカミーロを殺してやろうかという視線を寄越す。

 カミーロは平然としていたが。


「なるほどな……」

 そう言ったきり、ナツキはまた考え込む。


 アルヴェナはその沈黙が怖い。

 ナツキは何を命じるかわからないという不気味さを、アルヴェナは感じる。

 身体を使ってでも取り入れ、などと命令されるかもしれなかった。

 誇りある高位魔族として、そんな命令を受けても断固として拒否したいが、眷族である以上拒否できない。

 今はただ、そういう命令をされないのを祈るだけであった。


「アルヴェナ、面倒だろうが波風立てないよう、うまくあしらえ」

「は、はっ、心得ました」

 ナツキの言葉を聞いて、アルヴェナは心底ほっとする。


「人には向き不向きがある。アルヴェナは物資購入や冒険者としての活動で、人々からの信用、信頼を高めればそれでいい」

 アルヴェナの言動を観察してきたナツキの結論だった。


「かしこまりました」

 頭を下げるアルヴェナ。


「ナツキ様はお優しいですね」

 カミーロの言葉に、


「カミーロ、お前はもう少し抑えろ」

 と、ナツキはかえした。


 その言葉を聞いたカミーロは微笑を濃くした。


 ◇  ◇


 アルヴェナとカミーロは応接室を出た。

 廊下でアルヴェナは早速、カミーロに文句を言う。


「私をあれだけいたぶった覚悟はできてるんだろうな?」

 アルヴェナは凄んでみせる。


「俺はただナツキ様の忠実なる眷族として、詳しい情報を知らせただけですよ」

「それは……そうかもしれないが、先輩としていや高位の魔族たる私に対する配慮も必要であろう?」

「だから、配慮したじゃないですか」

 カミーロは人の悪い笑みを浮かべる。


「なんだ、その配慮とは……」

 アルヴェナは嫌な予感がするが、聞いておく必要があった。


「かわいい女の子に『お姉さま』とか呼ばれて、一緒にケーキ食べたりしてるのはナツキ様に言いませんでしたよ」

「お前、なぜそれを知っている!?」

「たまたま、拝見しただけですよ」

「たまたまや偶然とかが多すぎるだろう! 私を見張っていたのか!」

「そんな暇ありませんよ。正室の子供についての情報も調べたじゃないですか」

「……そうだったな」


 納得がいかないアルヴェナ。

 カミーロは機嫌よく微笑を浮かべていた。


「アルヴェナ様は無防備すぎるんですよ。それだけにごく自然体でいいと思いますけどね、俺は。誰もスパイだとは考えないですよ」

「……ほめているのか?」

「はい、とても。もしかしたら、ナツキ様はそこまで考えてるかもしれません。ご主人様は俺にもよくわからないところがありますし」

「……そうか」


 同感だ、とアルヴェナは言いそうになったがこらえた。

 ナツキに告げ口されたら困るから。


「俺も外を満喫するので、お互い激務をがんばるとしましょうよ」

 カミーロは自分の部屋へ戻っていく。


 アルヴェナはカミーロの背中を見ながら、

(私もお前の弱みを握ってやる)

 と、強く誓った。


 ◇  ◇


 ナツキは転移陣を使って、セナドゥスとフィオの下へ赴く。

 気配操作や各種察知能力のテストを行い、鍛錬がどれだけ進んだかチェックする。


「見事なものだな。この分だと二人とも二週間かからずに外へ行けるだろう。よくやった」

 ナツキの「よくやった」という言葉が、フィオの中でリフレインされる。


「よくやった」「よくやった」「よくやった」……


「ありがたき幸せです! もっともっとがんばって、一日でも早く終わらせるようにします!」

 フィオは感極まっていた。


「俺も同様です。もう一息までこれましたから、ただがんばるだけです」

 セナドゥスは少しやつれていたが、見えてきた希望に瞳を輝かせていた。


 ナツキは二人の様子を見て、しばらくは言葉を探しあぐねていたが、

「せっかく戻ってきたんだ。もう少しこまめにこちらへ来るようにして、二人の労に報いようと思う」

 と、述べた。


「ありがとうございます! ナツキ様の顔が見られるようになれば、より一層がんばれます!」

「うれしく思います。チェックを頻繁にしてもらえれば、どれだけゴールに近づいたかわかるので助かります」

 二人はそれぞれの想いから、ナツキに礼を述べた。


「セナドゥスさん、全力でがんばりますよ」

 きりっとした表情でフィオは語りかける。


「……そうだな」

 目を伏せて、セナドゥスはこたえた。


「少しは二人の仲が良くなったようで、私はうれしく思う」

 ナツキは無理やりにまとめて、転移陣で居住区へ戻った。


 ◇  ◇


 ナツキは地下二階のアンデッド隔離区画の様子を見る。

 十数体ほどがアンデッドモンスターとして再生し、のそのそと動き回っていた。

 闇の魔術を深く修めているナツキには何もしないが、生者であればナツキの眷族だろうが容赦なく襲いかかる。

 ダンジョンコアを用いて召喚したアンデッドモンスターとの違いはそこであった。


 ゆえに、ナツキが前線に赴けなければ、アンデッドモンスターの指揮官が必要だ。

 現在では、デスナイトのブラウリオしか適任者がいない。

 どうすべきか、ナツキはまだ思案していた。


 ナツキはブラウリオと鍛錬を行い、夕食をとる。

 二二時を回って、ナツキは居室の机で書き物をする。

 しばらくすると、アイノが紅茶とクッキーを持ってきて、ナツキは居室へ迎え入れる。


「ナツキ様、ご精がでますね」

「いいところへ来た。その丸椅子に座って、これを読んでみてくれ」

「はい」

 アイノは紅茶とクッキーを机に置く。

 丸椅子に座って、ナツキに示された文書を読む。


「レナーツァ様は安息と夢を司る夜の神。昼の神ウェズラム様は光の恩恵にて人々を暖めるも、ゆき過ぎると酷暑をもたらす。夜の神レナーツァ様は世界の調和を守るため、夜の安らぎにて暑さを和らげ、人々の安眠を守る。二柱に善悪なし。レナーツァ様とウェズラム様の姉妹神は二柱よりそいあって、世界を守護する神なり……」

 アイノは自分の言葉の余韻に浸るようであった。


「どう思うその教義を?」

「ナツキ様、これは真実なのでしょうか?」

「アイノはそれを真実だと思うか? お世辞ではなく本心を述べてくれ。命令だ」

 ナツキの問い返しに、アイノは文書から目を離して、ナツキを見つめる。


「……説得力はあります。ずっと昼であれば、この文書のようになると思いますし。そもそも、暗幕を用意したのは夜のようにして寝やすくするためですから」

「そうか。なら、この文書が真実かどうかだが、私にはわからない」

「え?」

「私にインプットされた知識には、創造神に関するものが欠けている。創造神がレナーツァ様やウェズラムについてどう考えていたのか不明なのだ」

「ならば、この文書は?」

「私の創作でレナーツァ様への信仰を広めるために書いた教典だ。この文書が真実かどうかはどうでもいい。この教典が世界の常識になれば、それでいいんだ」


 アイノは再度、文書に目を通した後、ナツキに再び問いかける。


「この文書だとレナーツァ様とウェズラムは対等のように思えますが、それでいいのですか?」

「ああ、現時点ではレナーツァ様だけが貶められている。この大陸に住まう者達にレナーツァ様だけが善、ウェズラムが悪と説いても、いきなりは受け入れられまい。狂信的な集団と思われるだけだ。まずは受け入れられやすい教典を流布し、レナーツァ様への信仰をウェズラムと同格まで持ち上げる。その上で実利を与えて、レナーツァ様への信仰を固く強くしていく。ウェズラムを信仰する教団は腐敗が進んできているようだ。彼らの腐敗が私達を清新なものと思わせ、信頼をよせる礎となるだろう」


 アイノがナツキを見る眼差しが温かくなる。


「よくわかりました。神官衣でも何でも、私ができることはお手伝いします」

「アイノはよくやってくれている。希望するものがあれば何でもいってくれ、できる限りかなえよう」

「今のところ、特にありません。お邪魔でしょうから、失礼します」


 ナツキは紅茶を飲む。


「おいしいお茶だ。ご苦労だったな」

「ありがとうございます」


 微笑んだアイノはドアの音をたてないよう、静かに閉めて退室した。


 ナツキは再び、ペンをとる。

 ノートにペンを走らせては、時折止まる。

 思案げな表情を浮かべては、また書き始める。

 為すべきことを為していって、ナツキの一日が終わろうとしていた。











獲得神力:

滞在分合計:220


残り神力:

55,520

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