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22 ダンジョンへの帰還

 ナツキはベールを再びかぶる。


「ブラウリオ、私の拠点はダンジョンにある。外では私はヴァレンスと名乗って、レナーツァ様に仕える神官として活動している。ダンジョンに入るまでは私をヴァレンスと呼んでくれ」

「……かしこまりました」

 ブラウリオは怪訝な顔をするが了承する。


「それではブラウリオ、事情を聞かせてくれ。デラフェンテ侯爵の人となりを知るためにも必要な情報だ」

「承知しました」

 ナツキの問いかけにブラウリオは少し陰鬱な表情を浮かべながら、話し始める。


「僕は平民出身でしたが、戦功を幾度かあげて騎士に叙勲されました。その過程でエルネストとも親しくなりました。今となっては表面上のことでしたが」

「つまり、お前は侯爵の演技を見抜けなかったのだな?」

「……そうなります」

 ブラウリオはうつむく。


「私は別にお前を責めているわけではない。そもそも、私にそんな資格はないからな。話を続けてくれ」

「はい。そして、グラナドス大公国との戦いとなり、私はエルネストと一緒にこの砦を守るため、派遣されました。敵襲が来る前に私は奴から差し出された水を飲んだのですが、それには毒が入ってました……」

「お前はそれで死んだのか?」

「……いえ、身体の自由が全くきかなくなり、奴の剣で殺されました。僕が死ぬ間際に奴はあざ笑うかのようにこう言いました」

 ブラウリオの瞳は殺気で満ちあふれる。


『平民の癖に生意気だったんだよ。少し顔がいいからって女共にちやほやされやがって。だが、これでお前も死ぬ。お前はグラナドス相手に名誉の戦死となるわけだ。死後に褒美金が親元に出るだろうから喜べよ、ククッ。それで、お前の大事なフェリパは俺がもらってやる。お前の死で嘆き悲しむのを俺がなぐさめて、絶対におとしてやるからな。あんな美人、お前にはもったいなさすぎるんだよ、ハハハハッ』


「僕は絶対に奴を許さないっ! いつか、必ず僕の手で殺してやるっ!」

「……フェリパという女性とは、どういう関係だったんだ?」

 激高するブラウリオに対して、ナツキは慎重に質問する。


「……幼馴染でした。グラナドスとの戦いが終われば、結婚する予定だったんです。フェリパは今、どうしてるんでしょう。もしかして、奴の手にかかる前に自害したとか……」

 どんよりとなるブラウリオ。


 ナツキはフェリパという名前に心当たりがあった。

 フェリパについて語る前に、ブラウリオに命令する。


「ブラウリオに命令する。私の許しがあるまで、復讐を行うのを禁じる。これからダンジョンに戻るが、それまで私から離れるのも禁じる」

「はい。それは先ほどの誓いでも約束しましたが……」

 ブラウリオは小首をかしげる。


「念のため、命令で禁じておいたほうがよいと思った。万一にも、先走られるかもしれないからな。それで、フェリパという女性だが、私は知っている」

「本当ですか!?」

「ああ、落ち着いて聞いてくれ」

「一体、どうしたんですか? 生きていてくれたんですね。僕と一生を共にするって約束してくれてたんです! 僕のことをずっと思っていてくれていたのかな」

 目をきらきらとさせるブラウリオ。


 ナツキは話すべきか迷った。


(本当に私とブラウリオは似ている。不憫だとは思うが仕方ない。今日知るか明日知るかの違いだ)


「エルネスト=ドナト=アンソラ=デラフェンテ侯爵の第二夫人の名前をフェリパという」

 近隣諸侯の主要家族について、ナツキはアルヴェナから情報を仕入れていた。

 ナツキの言葉でブラウリオは固まる。


「嘘ですよね……?」

 ぼそりとブラウリオはつぶやく。


「本当だ」

 淡々とナツキはかえした。


「ありえません!」

「事実だ」

「嘘だと言って下さい!」

 ブラウリオが悲痛な声をあげる。

 ナツキは黙った。


「フェリパは僕のために食事を作ってくれたり、服を縫ってくれたりしてくれました。とても優しかったんです! 僕達は身も心も結ばれていたんです!」

 両腕を広げて、ブラウリオは叫んだ。

 ナツキは沈黙を保つ。


「なんとか言って下さいよ。嘘なんでしょう、ナツキ様! 僕の復讐心を強くするための嘘なんでしょう! 僕はフェリパのことなしでも、奴への恨みは忘れません!」

「外ではヴァレンスだ」

 静かにナツキはそうこたえた。


「ええ、ヴァレンス様ですね。ヴァレンス様、嘘ですよね?」

 すがるような目をするブラウリオ。


「侯爵とフェリパの間には息子と娘が一人ずついる」

 ナツキの言葉でブラウリオは崩れ落ちた。

 ブラウリオは口を半開きにして、顔が硬直している。


「絶対の愛などないと私は知っているが、あまりにも虚しいものだな」

 ブラウリオを見下ろすナツキの声には実感がこもっていた。


「本当ですか……?」

 ブラウリオの声はまさに死人のものだった。


「私はできる限り嘘をつかないようにしている」

 ヴァレンスとしての活動を棚にあげて、ナツキはそうこたえた。

 ブラウリオは瞑目する。


「……僕に話してくれたフェリパの言葉や僕に尽くしてくれた行いは全て嘘だったんでしょうか? 女性は嘘をつくものなんでしょうか?」

「私がそんな質問をされるとはな。私もお前のように女に裏切られたことがある」

 ブラウリオはその言葉を聞いた瞬間、目を開いて立ち上がり、ナツキを見つめた。


「失意の底に沈んでいた私を救ってくれたのはレナーツァ様だ。それだけでなく、過分な力までもらえた。だからこそ、私はレナーツァ様に殉じると決めた。ブラウリオ、お前は私に忠誠を誓ったが、レナーツァ様の御力あってこそだ。お前をここから解放できたのは、レナーツァ様のお陰だというのを忘れるな」

「え、ええ、わかりました。それよりも、先ほどの話を……」

「そうだな、フェリパという女性と私は会ったこともない。だから、フェリパという女性がどういう考えを持っていたのか、私にはわからない。しかし、一つだけ言える。永遠に続く愛は極めて希少なものだということだ。私の経験からしても、歴史から考えても」

 ナツキはベールの下で自嘲した。


「……きっと、何か事情があったんです。僕が戦死したって聞かされて」

「そうかもしれないな」

「奴にだまされたのかもしれない」

「そうだな」

「きっと、家の力を使って強要したんです」

「そうかもしれないな」

 ナツキは機械的に返答を繰り返す。


「……ヴァレンス様、僕の話をきちんと聞いてくれてますか?」

「しっかり聞いている。侯爵への復讐を果たすとき、フェリパに会えばいいだろう。それで全てがわかる」

「……ええ、そうですね」

「その為にも、鍛錬を積んで敵を殺して、力をつけるんだな」

「やっぱり、僕を強くするための嘘とか……?」

「全て事実だ」

 ナツキの言葉は無情だった。


「エルネストめ、できる限り苦しめてから、殺してやる……文字通りの八つ裂きにしてやる……絶対に、ぶち殺す……」

 ブラウリオの目つきは狂人そのものであった。


「事情は大体わかった。それでは初仕事をやってもらおうか。私が倒したゾンビをここに集めてくれ。手伝ってもらったほうが早くすむからな」

「え? ああ、はい」

 エルネストを惨殺する妄想に浸っていたブラウリオは、ナツキの事務的な口調で現実に呼び戻された。


 それから、ナツキとブラウリオはてきぱきとゾンビを一箇所に集める。

 ゾンビの山が築かれた。


「ヴァレンス様は哀れな兵士達を弔って下さるのですね。僕からも彼らになりかわって感謝します」

 ブラウリオは丁重に礼を言う。


「いや、これらの死体はダンジョンに持ち帰って再利用する。身柄がわかりそうな装備だけは、はずしておくが」

 ナツキは異空間に元ゾンビを収納していくが、ときたま指輪や腕輪などを器用にはずしていった。


「…………」

 ブラウリオは目を丸くして、一瞬返答に困る。


「ナツキ様は死んだ後も、彼らを利用しようというのですか!」

 しかし、ブラウリオは態勢を立て直して、ナツキを詰問する。


「ああ、レナーツァ様のために。ただ、それだけの話だ」

 ナツキの言葉に強い信念のようなものをブラウリオは感じる。

 自分の剣が通用しなかったのを思い出して気おされ、反論する前にナツキが話し続ける。


「つまり、お前は戦友をゾンビとして利用してもらいたくないわけだな?」

「はい。彼らを安らかな眠りにつかせていただきたいのです」

「ゾンビやスケルトンに意識はない」

 レナーツァにインプットされた知識の話だった。


「……そうなのですか?」

「そうだ。そもそも、まともに話すこともできないし、近くにいる生者を襲うだけだろう。お前みたいに優れた資質を持っているか、凄まじい怨念があって強力な魔物になれば、知性あるアンデッドモンスターになれるようだが」

「うーん、無意識な中で苦しんでるかもしれませんよ」

 劣勢を自覚しながらも、ナツキの理屈を承服しがたくてブラウリオは反論する。


「お前はそれを証明できるのか?」

 しかし、その反論はナツキの一言で砕け散った。


「うっ、証明はできませんが……」

 ブラウリオはうつむく。

 しかし、まだ納得できなかった。


「共に戦ってきた者達がゾンビとなってまで戦わされることに、僕は悲しみを覚えるのです」

 沈痛な面持ちになったブラウリオ。


「一度、私が倒したのは見ているだろう?」

「そうですね」

「その際にお前の戦友達の魂は離れた。ダンジョンでゾンビとして復活したとしても、ゴーストか何かがとりついたか魔物としてのゾンビだ。だから、気にすることはない」

「……そうなのですか?」

「そうだ」


 ナツキは断言する。

 今、話していることは確証があるわけではない。

 しかし、ブラウリオのようにアンデッド利用に違和感を感じる者は他にも出てくるだろう。

 そういう者達を説得するための教義として、先ほど述べた説を採用するつもりだ。

 ブラウリオを説得できるかどうか、ナツキは試していた。


「……お話はわかりました」

「わかってくれたか」

「完全に納得したわけではありませんが、今の主人であるヴァレンス様のお言葉を信じます」

「そうだろうな、それでいい」

「はい」


 ナツキは収納作業を続行する。

 ブラウリオは微妙な表情でその様子を見つめていた。


 ナツキはブラウリオの様子をうかがい、

(やはり複雑な気持ちを抱いているか。死体を利用している時点で、感情的に受け入れるのは難しいのだろうな。そうなると無理押しはせず、ブラウリオのように眷族とするまではこういう面を見せないほうが望ましいだろう)

 と、結論づけた。


 ナツキは収納作業を終え、ブラウリオと共に砦を離れる。

 帰り道は転移魔術を多用し、大幅に時間を短縮してダンジョンへ戻った。


 ◇  ◇


 ナツキはブラウリオを連れて台所に入ると、アイノが食事の準備をしていた。


「ナツキ様、お帰りなさいませ」

 アイノは自分で縫ったメイド服を着て、恭しくおじぎする。

 新調したメイド服は白をメインに赤や緑の布を織り込んだ見事なものだ。


「ただいま、アイノ。新入りを紹介しよう」

 ナツキはブラウリオをアイノに紹介する。


「デスナイトのブラウリオと申します。これから、よろしくお願いいたします」

「シルキーのアイノです。こちらこそ、よろしくお願いします」

「仲良くやってくれ」

 ナツキは神官衣を脱いで、普段着に着替えていた。


「はい。それはもう」

 アイノは微笑んだ。


「僕は先輩となる方への礼儀を欠かすことはありません」

 真顔でブラウリオはそう述べた。


「お前達は問題なさそうだな。ブラウリオの部屋はまだ用意ができていない。一通り、アルヴェナに買わせるとしよう」

「ナツキ様、これからも仲間が増えるのであれば、あらかじめ机などの備品を用意しておいたほうがいいのでは?」

 アイノが提言する。


「その通りだな。多めに買ってもらうようにするか」

「ブラウリオさん、部屋の壁ですけど何色の布がいいですか? さすがに黒のままだと嫌でしょう?」

 アイノが質問する。


「……なら、ベージュでお願いします」

 少し思案して、ブラウリオはこたえた。


「わかりました。手持ちにありますので、布を張っておきます。それと、ナツキ様、部屋の方も新たに作る必要があります」

「そうか。一〇ほど追加して作成しておこう。他にしておくべきことはあるかな?」

「いえ、それで当面は大丈夫です」

「よし。なら、ブラウリオはそれまで早速鍛錬でもしてくれ。用事がすめば、私が相手する」

「はいっ! 少しでも早くエルネストを倒すための力を身につける必要がありますからね!」

 気合が入った返事をするブラウリオ。


「エルネスト?」

 アイノがきょとんとした声をあげる。


「ああ、いや、何だ。ブラウリオの事情はおいおいな、おいおい」

 ナツキが配慮すると、ブラウリオは目で感謝の意を表した。


「……わかりました」

 精神的に大人のアイノはこれ以上追及しなかった。


「ならば、私は部屋を作成するか。ああ、そうだ、忘れていた。アイノ、その新しいメイド服はよく似合っていて、かわいいな」

「ありがとうございます、ナツキ様!」

 ブラウリオが眩しく思うほど、アイノは満開の笑みを見せた。


「アイノの縫製の腕は見事だと思うぞ」

「ならば、ナツキ様の新しい服を作らせてください」

 アイノの声は一気に明るくなった。


「いや、私よりも先にブラウリオの服を作ってやってくれ。戦いばかりというわけでもないし、服が必要な時が来るかもしれない」

「確かにずっと鎧というわけにもいかないですね。かしこまりました」

 ナツキとアイノのやりとりを聞いて、ブラウリオは礼を述べる。


「僕のためにどうもありがとうございます。フェリパも僕のために服を作ってくれたなぁ……」

 ブラウリオの声は少しずつ小さくなり、感慨にふけるものだった。

 アイノはナツキを見るが、ナツキは首を少し横にふり、アイノは軽くうなずく。


「……いや、必要だろうしな。ああ、アイノ、その次は白の神官衣をつくってくれ」

「白ですか?」

「ああ、ここから出るときは白の神官衣を着ることにする。適当な場所で着替えることにしよう。用心には用心を重ねて、闇の神官ヴァレンスとこのダンジョンのつながりを隠しておきたい」

「承知しました」


 話が終わって、ブラウリオは居住区で広場となっている場所まで案内され、鍛錬をはじめる。

 ナツキはダンジョンコアのある部屋へ行き、居住区を壁で区切って新たな部屋を十増やす。

 それから、地下2階の南東側を一km×一kmに区切る。

 その後、居住区とその区画を許可者のみ転移可能な転移陣でつなげる。


 これまで狩ってきた魔物や冒険者、ゾンビを置くための区画だ。

 アンデッドモンスターとして復活した後、ふらふらと全区画をさまよわせないための処置だった。


 ナツキは早速、転移陣を使って地下2階へ赴き、異空間から大量の死体を取り出す。

 ギードレを含めたエスタバンパーティをのぞいて。


 ナツキはギードレの処遇を決めかねていた。

 それに、その前になすべきことがいくつかある。

 セナドゥスとフィオの鍛錬がどれだけ進んだか、テストする必要があるだろう。


 カミーロやアルヴェナが戻ってきたら、情報を聞いた後、新たな命令を出す必要がある。

 ブラウリオとの鍛錬も必要だし、地下二階の様子もチェックしなければならない。

 さらに他にも、やらないといけないことがあるのだ。

 ナツキは多忙を理由にして、ギードレについて考えるのを先送りにした。











獲得神力:

ナツキ、アルヴェナ、ブラウリオ滞在分合計:110


消費神力:

地下2階の壁作成、部屋追加作成:200

転移陣設置×2:300


収支:

-390


残り神力:

55,300


ダンジョン現状:

地下一、三、四階:空白

地下二階:アンデッド隔離区画

地下五階:居住区(台所、便所、貯蔵庫、部屋×20)、神殿

部屋内訳(ナツキ居室、寝室、アイノ、アルヴェナ、カミーロ、セナドゥス、フィオ、ブラウリオ、監視システム、応接室、食堂、空き9)

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