21 怨念対信仰
「……ナツキ=カレクサ、それに闇の神ですって。あなたは魔族ですか?」
「ああ、そうだ。私はレナーツァ様のご神託を受けて、下界へ降りてきた。侯爵の手下ではないとわかってもらえたかな」
ナツキの言葉を聞いた瞬間、ブラウリオは表情を硬くして、身構えた。
落ち込んだ右の眼窩でゆらめく怨念の青い炎が激しく燃える。
「……あなたの言葉を証明するものは何もありません。エルネストは僕をだまして殺した! 手下もまた、僕をだますでしょう!」
ブラウリオの顔が醜くゆがんでいく。
三〇年にわたる怨念が心身の全てを蝕んでいた。
「やはり会話は成立しないようだな。話はお前の心を叩き折ってからにしよう」
「僕の怨みがこもったこの刃で、あなたも僕同様にもがき苦しむといい!」
ブラウリオはそう言うや否や、漆黒のロングシールドを現出させ、左手で構えた。
右に長剣、左にロングシールド。
じりじりと、ブラウリオは間合いを詰めてくる。
対するナツキは杖を両手で持ち、身構えていた。
(今までここにやってきた中でこの人が一番強いはずだ。でも、対峙している今も気配や魔力が薄い。恐らく実力を隠しているのだろう。ならば、能力の底をさらけ出してもらうまで、防御優先だ)
怨念に支配されながらも、ブラウリオは戦いとなると明瞭な意識を保っていた。
まさにデスナイトの本領発揮だ。
両手剣で戦うのが本来のスタイルだが、盾を構えて防御力を高める。
ブラウリオはナツキへ慎重に近づく。
左手に持つ盾で魔術などの攻撃に備えながら。
(神官衣に杖、魔術使いのはずだ。それでも魔術を使ってこない)
一歩、また一歩、ブラウリオは近づいていく。
(魔術行使の際に隙を作るのを避けているのか。魔術抜きで戦うのなら、僕は決して負けない!)
ついに、ナツキがブラウリオの間合いに入る。
その刹那、ブラウリオが長剣を振り上げ、袈裟懸けにナツキに斬りつける。
生前に学んだ正統派の剣術に、デスナイトとして得られた力が加わっている。
かつては、この一撃でここに来たBクラスの冒険者を仕留めたほどのものだ。
しかし、ナツキは両手で持った杖で、ブラウリオが放った漆黒の刃を受け止める。
キィンといった衝撃音が発せられる。
その際、刃から怨念がこもった黒いオーラがエフェクトのようにまき散らされた。
普通の武具なら折られてしまっただろうが、ナツキの莫大な魔力をまとう杖は持ちこたえる。
両者は剣と杖に力を込め、押し合う。
だが、どちらも譲らず、体勢を崩すこともない。
「やはり、一撃では決まらないですか」
ブラウリオは力を加えていくが、ナツキはびくともしなかった。
「私が今まで受けた一撃でもっとも強力だ」
「光栄ですが、その割には平然としてるようですね」
言葉を交わす間も、両者は武器にかける力を増していく。
そのため、両者の足元は土に少しずつめりこむ。
「なら、これで!」
ブラウリオは剣に加えていた力を抑え、左手に持つ盾でナツキを殴ろうとする。
盾は防具だが、武具でもあるのだ。
ナツキはこれまでかかっていた圧力が解放され、前のめりになろうとする。
しかし、魔族となって飛躍的に強化された筋力で押しとどめた。
剣と逆方向から襲い掛かってくる盾を、杖でさばいて受け止める。
ブラウリオは再度、剣を振りかぶって、ナツキに切りかかる。
杖の逆側で剣をさばくナツキ。
ブラウリオが剣と盾のコンビネーションでナツキに猛攻を仕掛ける。
一撃が重く、疾風のごとく速い。
しかし、ナツキは両手に持った杖でことごとくさばいていく。
(当然だが剣術ではブラウリオのが上だな。だが、筋力、瞬発力、反応では私が勝る。劣る技量を基礎能力でカバーしている状態か)
ナツキはブラウリオの攻勢をしのぎながらも、冷静に戦況を判断していた。
両者が剣、盾、杖でしのぎを削るたびに、時に高くあるいは低く、衝撃音が鳴り響く。
数十合もやりあうが、ブラウリオの表情は少しずつ険しさを増していった。
(気づいてきたようだな。こうして剣と杖を交え続けて、私がブラウリオの剣術を知れば知るほど、対応しやすくなる。基礎能力では私の方が優れているのだから)
ナツキはブラウリオの様子を観察し続けていた。
なおも両者は戦い続けるが、ブラウリオは少し後退し、盾を消した。
「……このままだと僕の負けです。防御重視のこの戦い方ではあなたの守りを崩せない」
「それを認めるのならば、話し合わないか」
「勘違いしないで下さい! 僕の本来の戦い方なら、負けるものですか!」
ブラウリオは長剣を両手で持ち、中段に構える。
「このまま負けたら、エルネストが笑うだけだ! 僕はみじめたらしく二度も死ぬのか! そんなのは嫌だ!!」
ブラウリオは激情をほとばしらせ、猛烈な勢いでナツキに神速の突きを見舞う。
ナツキは初めて対応し損なった。
杖で受けられず、かろうじて身体を動かすも、神官衣の一部が切り裂かれる。
ブラウリオにも隙ができるが、かわすのがやっとだったナツキは反撃できない。
「捕らえそこねましたね」
剣をひいて体勢を整えたブラウリオは、妄執に満ちた笑みを浮かべる。
「そのようだな」
ナツキの声に感情は感じられなかった。
「僕は憎い。僕はデラフェンテ家のために忠義を尽くしました。だというのに、エルネストは僕をだまして殺した。僕はこの恨みを晴らすまで、滅ぼされるわけにいかないんだ。たとえ、正気を捨てたとしても、この刃で奴を殺すまで……」
再度、ブラウリオは中段に構える。
ブラウリオをとりまく黒いオーラが激しく揺らめく。
顔の左半面が鬼のような形相に変貌していく。
「僕は滅びるわけにはいかないんだ!」
その叫び声と共に、ブラウリオは再度突きを放つ。
今度はナツキも対応できて、杖で左にさばく。
しかし、それはブラウリオの誘いだった。
払われた剣をデスナイトの強靭な筋力で方向を無理やりに変え、ナツキの腹部目指して横なぎを放つ。
かろうじて、ナツキは杖でその一撃を受けるも、これまでと違って余裕がない。
ブラウリオはなおも攻撃を続ける。
フェイントを交えて連撃を浴びせ、ナツキの体勢を崩して致命的な一撃を狙う。
防御を捨てたブラウリオによる怒濤の攻勢はナツキの防御を崩していく。
誰がみても、ナツキはおされていた。
神官衣につく傷が増えていく。
ナツキは思考する余裕がないのを嫌い、退いて間合いをとろうとするが、すかさずブラウリオが詰めていく。
「逃がしませんよ」
ぞっとする笑みを浮かべながら、ブラウリオは剣を振るう。
漆黒の刃が容赦なくナツキを殺すべく舞い続ける。
「仕方がないな」
ナツキは言葉を発すると共に、転移魔術を発動させ、姿を消す。
十mほど離れた地にナツキが姿を現すが、ブラウリオは驚愕する。
「なっ!? 転移魔術ですって!」
「魔術抜きで勝とうとしたのは私の驕りだったな」
できれば、ナツキは接近戦のみで勝利したかった。
第一に不足している接近戦の経験を積める。
そして、その方がブラウリオの心が折れるだろうと思ったからだ。
剣に誇りを持っていると思えるブラウリオが、剣のみで敗れればショックであろうから。
しかし、それは今の自分では無理だとナツキは悟った。
ブラウリオはナツキを凝視しながら、周囲に気を張り巡らす。
ナツキの姿が消えた瞬間、背後に現れて攻撃されるかもしれないからだ。
ブラウリオが警戒して動けない間に、ナツキはどうやってブラウリオを倒すか思案する。
杖のみでは勝てない。
元々、素人だった自分がインプットされた武術と基礎能力だけで戦っているのだ。
ザコ相手ならともかく、現在の自分ではブラウリオを倒すのは無理だとわかった。
闇の魔術はアンデッドであるブラウリオには通用しない。
となると、他の魔術を用いることになるが、問題は加減がわからないことだ。
ブラウリオを滅ぼしてしまったら、何のために来たのかわからない。
半端な魔術だと長期戦になるので避けたい。
時間をかければ、その間に外部から誰かがくるかもしれないのだ。
思案の末、ナツキはある方法を思いつく。
これならば、ブラウリオを倒す危険がなく、心を折れるだろう。
ナツキは詠唱をはじめる。
「偉大にして大いなる慈悲をあわせもつ闇の神レナーツァ様よ。我が持つ信仰の全てをもって、何者をも防ぐ鎧を我に授けたまえ!」
ナツキはレナーツァの姿を思い浮かべながら、全魔力の半分を消費して強固なシールドを張り巡らせた。
闇夜の中ゆえ一見わからないが、球形の黒い膜がナツキを覆う。
ナツキはブラウリオの方へ歩いていく。
「ブラウリオよ、戦いを終わらせるとしよう。私は今、レナーツァ様に対する信仰心をシールドとして顕現させた。その怨念がこもった刃で攻撃してくるがいい。お前のちっぽけな怨念では私の信仰を打ち破れないだろう」
歩きながら、ナツキはブラウリオを挑発する。
「ちっぽけだとっ! お前に僕の何がわかるっていうんです!」
精神状態が不安定なブラウリオは挑発に容易くひっかかった。
「何も知らないさ。お前と私は初対面なのだから。だが、一つだけはわかる。私の信仰心にはお前の怨念など足元にも及ばない」
「その言葉を取り消せっ!」
「取り消したければ、お前の刃で私のシールドを打ち破ってみせろ。安心するがいい、私からは攻撃しない」
「僕をバカにしたなっ!」
ブラウリオは両手で長剣を持ち、大上段に構える。
ナツキは歩みを止め、両手を広げてブラウリオを待つ。
一瞬の逡巡をブラウリオは見せるが、ナツキ目がけて長剣を振り下ろす。
漆黒の刃は金属性の音を発して、シールドによって弾かれる。
ブラウリオの両手に軽くしびれが走る。
生きていた時なら、剣を持っていられなかっただろう。
「こんなバカな……!?」
ブラウリオは刃を眼前に向けて、思わずたちすくむ。
「それで終わりか?」
「……まだに決まってるでしょう!」
ブラウリオはシールドを破壊すべく、剣を振るい続ける。
一、二、三、四、五、六、七、八……
八撃あてるもシールドには傷一つつかなかった。
「なぜ、こんなシールドが破れないんだ!」
躍起になって、ブラウリオは剣を振るう。
「僕の恨みが!」
キィン。
「僕の苦しみが!」
キィィン、衝撃音が鳴り響く。
「僕の積もりに積もったこの憎しみの刃が、こんなシールド一つ壊せないのか!」
ブラウリオの刃がまたしても弾かれる。
いつの間にか、ブラウリオの左目から涙がこぼれていた。
「その通りだ。お前の刃では私の信仰を破れない」
実をいうと、ナツキの莫大な魔力もまたシールドの強固さを高めていた。
しかしそれは、ブラウリオに話す必要はなかった。
「畜生っ!」
ブラウリオはシールドに斬りかかるが、またもはじかれる。
ついに両手から剣の柄がこぼれ、剣を地面に落とした。
「どうして、僕の剣が通用しないんだ!」
ブラウリオは大地に膝をつけて、両の拳を地面に打ちつける。
「僕がエルネストの手下に負けるなんて!」
顔をゆがませ、泣き叫ぶブラウリオ。
「ではそろそろ、話をさせてもらおうか」
「誰がエルネストの犬と! 僕を滅ぼしたいなら滅ぼせばいい!」
怨念にとりつかれたブラウリオは、ナツキを拒絶する。
「仕方がない。落ち着いてもらうとするか」
ナツキはブラウリオに闇の雲を飛ばし、ブラウリオを覆う。
アンデッドモンスターにきく闇の魔術が実はある。
攻撃魔術ではなく治癒魔術だ。
治癒魔術には光、闇、無属性とある。
光の治癒魔術はアンデッドモンスター相手には強力な攻撃魔術となる。
無属性の治癒魔術は、アンデッドには何の作用もしなくて、信仰心がなくても使用可能だ。
そして、闇の治癒魔術はアンデッドモンスターを癒すことができる。
ブラウリオを覆っていた闇の雲が消えうせると、髑髏となっていた右半面の顔に肉がつき、生前同様に戻っていた。
青黒い皮膚の色はそのままであったが。
瞳に宿っていた狂気の彩りはなくなり、表情が比較的穏やかになっていた。
右手で顔の右半面を触り、ブラウリオは「顔が……」と言って驚く。
「話はできるかな」
ナツキは本来、精神状態まで癒すつもりはなかった。
怨念もまた力であったからだ。
その証拠に今のブラウリオは、狂気が宿っていた頃よりも気配が薄い。
しかし、狂騒状態では話ができず、やむを得ず治癒した。
「……ええ、あなたは本当に魔族なんですか?」
ブラウリオは立ち上がる。
これまでとうってかわって、静かに少年の声色でこたえた。
「そうだ。侯爵の手下などではない」
「あなたほどの力があれば、エルネストの犬になる必要なんてないでしょうね。なぜここへ?」
「ここに強力なデスナイトがいると知り、私の眷族にすべくやって来た」
「僕を眷族にですって?」
「ああ、私は闇の神レナーツァ様のために戦い続けている。しかし、私一人では非力なので、力ある眷族を数多く必要としている」
「僕が魔族に仕えるなんてありえない……」
そこまで言ったところで、ブラウリオは少しうつむく。
「なんて言うのは、デスナイトになった今、滑稽ですよね」
ブラウリオは自嘲する。
「でも、やはり魔族に仕える気なんてなれません。僕の仇はエルネストであって、人間全体ではありませんから」
「ここに閉じ込められていて、どうやってエルネストを討つというのだ?」
「それは……」
ブラウリオは口ごもる。
「私の眷族になれば、お前はここから解放される。私と眷族として結ばれた瞬間、この地とのしがらみはなくなるからな」
「本当ですか、それは!?」
「ああ、そうでなければ眷族として迎え入れても仕方がないだろう」
「……それはそうですね。しかし、眷族になれば、あなたの命令をきかないといけなくなる。僕が復讐にいくのを許してくれるのですか?」
警戒心を表情に表すブラウリオ。
「今のお前では侯爵を倒すのは無理だろう。侯爵ともなれば警戒は厳重。それに、デスナイトとなった今、強大な力を得たがその代わりに光の魔術に弱くなった。今のお前ならば冷静に考えられるだろう。侯爵を討てると思うか?」
「……勝ち目は極めて乏しいでしょう。ですが、それでも、僕はエルネストを殺したいんです。八つ裂きにしたいんです」
ブラウリオの眼差しが陰惨なかげりを帯びる。
「私の下で力を蓄えるといい。敵を倒すことで強くなればいい。それに、お前が私に貢献してくれて十分な力がつけば、必ず助力しよう。他の眷族にも手伝わせることを約束する」
デラフェンテ侯爵の治世は悪くなかった。
つまり、ナツキにとっては長期的に不都合な存在だ。
最良のタイミングで侯爵を暗殺できるのであれば、ナツキにもメリットがあった。
「……あなたを信じられない。僕はエルネストを信じてだまされ、殺された。僕は死んでこんな浅ましい姿になった後もだまされるなんて耐えられない!」
ブラウリオの顔がくしゃくしゃになる。
(ああ、そうか。この少年は俺と同じなのか……)
ナツキは外の気配や魔力などを探り、異常がないことを確かめる。
そして、顔のベールをはずした。
「すまない。顔を見せない者を信用できるわけがなかったな」
はっとしたブラウリオは、ナツキの顔をまじまじと見つめる。
「私は形ある証拠など何も持ってはいない。私が信じるに足るかどうかは、お前が判断するしかない。言葉などいくら紡いでも無駄だろう。言葉の無意味さを騙された事のあるお前はすでに知っているようだし、私も知っているつもりだ」
「……あなたは甘い言葉を並べようとしないんですね。僕はそれに好感を覚えます。しかし、あなたの眷族となれば、僕は罪なき人々も倒さなければならないんでしょうか……?」
「その通りだ」
ナツキは包み隠さずに答えた。
ブラウリオを説得するためにも、感情的にも嘘を述べるつもりはなかった。
「……本当に綺麗事を言わないんですね」
「私もお前と似たような経験をしてきた。だます気にはなれない」
「それは……! 同情ですか……?」
ブラウリオは驚いた後、顔をしかめる。
「眷族となれば、長いつきあいとなる。嘘で一時的にお前の心をとっても、長期的には好ましくない。ただ、それだけの話だ」
ナツキは同情かどうかに言及することを避けた。
「……罪なき人々を殺すのは、僕にはやはり」
ブラウリオは目を伏せて、言葉はとぎれとぎれとなる。
「ならば、復讐は諦めることだ」
「それは!?」
「ブラウリオ、何もかもを手に入れることはできない。怨念、復讐の念など、本来はいびつな感情だ。侯爵のような権力者相手に誰も犠牲にせず達成するなど不可能。他者を傷つけるのが嫌なら、腑抜けとなって何もかも忘れ、この地で自分の存在を消失するまで縮こまっているがいい。かつての私のようにな」
ナツキは力をこめて語り、最後には苦い響きが混じった。
「私はお前の力を必要としている。お前は私の力を借りて復讐を目指すのか、ここで朽ちていくのか、決断するがいい」
ナツキの声を聞いて、ブラウリオはナツキと視線をあわせる。
「僕が必要ですって……。本当に僕の復讐を助けてくれますか?」
ブラウリオの瞳は復讐への念と悲痛さが入り混じっていた。
「これだけ話しても私の言葉にすがるのか、それもいいだろう。私は誓おう。忠誠を捧げる闇の神レナーツァ様に誓って、時至れば、ブラウリオの復讐を助ける、と」
「……やはり僕は復讐を遂げず、朽ち果てたくはありません!」
その声には熱情と怨讐がこもっていた。
「なんとしても、エルネストをこの手で討ちたいんです!」
苦しげな表情でブラウリオは話し続ける。
「あなたがそう誓って下さるならば、僕ブラウリオはあなたの眷族となりましょう。あなたに忠誠を誓います」
そして、ブラウリオの表情に迷いはなくなり、決意がほとばしる。
ナツキは右手を差し出し、ブラウリオはその右手を握る。
魔力がナツキからブラウリオへ流れ込み、ブラウリオは受け入れた。
ナツキに新たな眷族ブラウリオが誕生した瞬間だった。
「これからはよろしく頼む。それと無理をしなくていい。私はお前に何もしていない。私の行いを見て、忠誠を誓うかどうか決めればいい。私はお前の力を利用する。お前は私を利用して復讐を遂げればいい」
「あなたこそ僕をみくびらないで下さい。僕は騎士としてあなたを主人に選んだ。二心はありません」
ブラウリオは右手で落ちていた長剣を拾い、剣先を左手で持つ。
剣の柄をナツキに向けて、左膝を地面につけた。
「僕は怨念の重さにひきずりこまれて、長い年月を無駄にしてきました。しかし、ナツキ様がここに来られて、この地から僕を解放してくれました。その御恩を滅びるまで忘れません。騎士ブラウリオはナツキ=カレクサ様に忠誠を捧げます」
ナツキは黙って、自分に捧げられた剣を見つめていた。
やがて、剣の柄を両手で持ち、剣先をブラウリオの左肩、右肩へと当てていく。
「私ナツキ=カレクサは騎士ブラウリオの忠誠を受け取り、誓約に従い、時いたれば汝の復讐を助けよう。主として騎士ブラウリオに敵を討つ剣として期待すると共に、危なくなれば助けることをここに約束する」
ナツキは剣先をブラウリオの口元に近づけ、ブラウリオは漆黒の刃に口づけをした。