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17 アルヴェナの策謀

 アルヴェナはアイノへの献上品をいくつもダンジョンに持ち帰る。

 樹液から作られた五種類のシロップを筆頭に、高価だが美味といわれる食材など。

 よくよく考えると、台所を取り仕切ってるのはアイノだ。

 これ以上、ご機嫌を損ねると人知れず、何を食べさせられるかわからない。


 能力を測る物差しは戦闘力だけではないのだ。

 調理力もまた力であった。


 アルヴェナの心遣いは、シロップを単品ではなく、色々な銘柄をあわせて持ち帰ったところに現れる。

 五種類もあれば、どれかはアイノが気に入るだろう。


 アルヴェナは献上品を貯蔵庫に並べて、アイノに見せる。


「すごい品揃えですね、これは」

「気に入ってくれたかな」

「はい。この黄色いのがシロップですよね?」

「ああ、そうだ。五種類あるから、色々と試してくれ」

「なら早速、お菓子でも作ってみます。アルヴェナ様も味見されますか?」

 アイノの口調はご機嫌な感じで、献上品が成功したことにアルヴェナはほくそ笑む。


「是非、そうさせてもらおう」

 アルヴェナは街での生活で、すっかり甘い物が好きになっていた。

 自由になる金を使って菓子屋をぐるぐる回っている。

 アイノが作るお菓子は純粋に楽しみだった。


「時間がかかると思いますので、それまで時間をつぶしておいて下さい」

「ならば、その間に新入りのフィオに挨拶をしてくる」

 アルヴェナの目的はセナドゥスとフィオに探りを入れて、ナツキへの忠誠心を調べることだ。

 今の彼女にとって、極めて重要な調査であった。

 そして、もう一つやらねばならないことがある。


「ちょうどいいと思いますよ。食事を渡したばかりなので、今は食事中だと思います。鍛錬の邪魔になりませんから」

「……そんなに熱心なのか?」

「はい。邪魔をするとフィオさんに激怒されますよ」

「それはその、ナツキ様のためにか?」

「ええ、前も言いましたように、ナツキ様一筋ですから」


 アルヴェナはつい舌打ちしそうになる。

 困った奴だと思う。

 念話可能距離に凄まじい差が出そうではないか。


「わかった。では、楽しみにしている」

「はい、お待ちください」


 アルヴェナは貯蔵庫を出て、神殿へと向かう。

 フィオとセナドゥスが近くで食事をしているはずだ。


 アルヴェナが転移陣を用いると、近くでセナドゥスとフィオが食事していた。

 木で作られた簡素な作りのテーブル一つと丸椅子四つが置かれている。


「食事中すまないな。私はアルヴェナという。ドッペルゲンガーのフィオだな。よろしく頼む」

 アルヴェナが挨拶をすると、フィオはフォークをおいて、立ち上がろうとする。


「いや、食事をしながらでいい。私も座るとしよう」

 丸椅子に座ったアルヴェナは食器が並んだテーブルを見る。


 ふわふわの細長いパン、魚のムニエル、野菜スープ、そしてシチュー……

 カミーロとセナドゥスがいた頃より、食事は改善されている。

 あのひどい食事のままなら、ナツキへの不満を煽って、二人の忠誠心を下げようと思ったがアルヴェナは断念した。


「お名前はお聞きしていました。フィオと申します。アルヴェナ様、よろしくお願いします」

 フィオは座りなおして、軽くおじぎする。


「アイノに言われて鍛錬中より食事中のが望ましいときいてな。二人とも問題なかったかな」

「ええ……」

 セナドゥスの顔色はすぐれなかった。


「はい、鍛錬の時間を無駄にできませんから」

 対照的にフィオは元気一杯だった。


「セナドゥス、元気がなさそうだな。鍛錬は大変か?」

 アルヴェナが問いかけると、


「いや、それは問題ありませんが……」

 と、歯切れ悪く、セナドゥスがこたえた。


「セナドゥスさんの鍛錬が進むよう、私もお手伝いさせてもらってます」

 フィオの言葉にセナドゥスの眉がぴくっと動いた。


「そうなのか」

 どんな手伝いなのか、アルヴェナは気になったが、セナドゥスと目があうと首を軽く横にふられた。

 セナドゥスの気持ちをなんとなく感じ取り、アルヴェナは質問するのを避けた。


 そろそろ、アルヴェナは本題に入るとする。


「こんな所に閉じ込めるのはいかがなものかと思っている。ナツキ様にはもっと考えて欲しいものだ」

 優しい先輩アピールをしながら、二人の忠誠心を削るべく、アルヴェナは動き始めた。

 自分の忠誠心が上がらないなら、他者の忠誠心を下げれば、差が縮まるということになる。

 そのために、ここへ来たのだ。


「アルヴェナ様のお言葉とは思えません。ナツキ様は十分に配慮してくださってます。ここなら、他に気がとられることなく、鍛錬に集中できます。一月もかかりません。二十日で仕上げてみせます。そうですよね。セナドゥスさん?」

「……ああ、そうだな」

 セナドゥスの口ぶりは機械的だ。


 アルヴェナはセナドゥスの元気がない様子につけこむことにする。


「セナドゥス、やはり元気がないようだ。ナツキ様にも困ったものだな」

「いえ、ナツキ様に対しては特に……」


 まじめな男だな。

 カミーロを見習えばよいものを、とアルヴェナは思った。


「アルヴェナ様のお言葉を聞いていると、ナツキ様に対してご不満でもあるかのようです。まさか、そんなことないですよね?」

 フィオの瞳に鋭く冷たい光が宿る。


「フフ。悪いがお前達の忠誠心を試させてもらったのだ。私はナツキ様第一の腹心。お前達が私に同調するようであれば、注意しようと思ってな。すまなかった」

 アルヴェナはとっさに言いつくろう。


「そうだったんですか。さすがにアルヴェナ様ですね」

 セナドゥスは感心したような口ぶりだった。


「私の忠誠心にゆらぎはありません。今のところ、アルヴェナ様には実力で負けているかもしれませんが、ナツキ様のお役に立てるよう、邁進するつもりです」

 フィオは口調あらく、そうのたまった。


「あ、ああ」

 アルヴェナは「まるで狂信者のようだ」と内心でそう思う。


「アルヴェナ様はお美しいですけど、女としても負けませんからね」

「私の負けだ。完敗を認めよう」


 アルヴェナはバカバカしくなる。

 ナツキの見目は悪くないと思うが、中身はあの肉ほどに得体がしれない。


 レナーツァ様のために、あの男を縛るべく身体を捧げるのはかまわない。

 主人でもあり、自分よりも遥かに強大な力を持つのだ。

 ナツキと契ることになっても、アルヴェナのプライドは傷つかない。


 しかし、恋愛感情などさらさらなかった。

 時折、優しげな素振りをしてくれるが。

 あの男が黒ずくめの姿で魔物を始末しては異空間に詰め込む姿を見ても、フィオの忠誠心が揺らがないのかアルヴェナは興味を持つ。


「今、ナツキ様は黒の神官衣を着られているようですね?」

 フィオがアルヴェナに問いかける。


「ああ、そうだが」

「きっと、似合ってらっしゃるんでしょうね」

「だぼだぼで黒いベールをつけているぞ」

「それでも、そこはかとない凛々しさが感じられると思います」

「…………」


 アルヴェナはフィオに工作する無駄を知った。

 これは筋金入りだ。

 セナドゥスにも付け入る隙がない。

 というか、フィオがいる前ではうかつなことを話せない。


 アルヴェナは辞去することにする。


「頼もしい新入りだな。外へ出た時は共にがんばるとしよう」

「はい、アルヴェナ様!」

 フィオは元気よく、


「ええ、一刻も早く外へ……」

 セナドゥスは重苦しく答えた。


 ◇  ◇


 アイノが作ったカップケーキ、パンケーキをアルヴェナは待ち構えていた。

 台所で焼きあがったそれらが、紅茶の入ったティーカップ共々テーブルに並べられる。

 香ばしい香りと甘い匂いが台所に漂い、それだけでアルヴェナの食欲がそそられた。


「お気に召したら、よろしいのですが。アルヴェナ様が買って下さったジャム、シロップなどを用意しています。お好きなだけつけて召し上がって下さい」

「うむ。いただくとしよう」


 アルヴェナはそういうや否や、一枚のパンケーキにどろっとシロップをかける。

 フォークで切り取って口に入れると、瞬く間に至福の表情を浮かべた。

 しかし、かかっているシロップの量を見て、アイノは少しひく。


「アルヴェナ様、甘くありませんか?」

「甘いからおいしいんじゃないか」

「……おいしければ、よかったです」

「ああ、よくできてるぞ。次はジャムを試そう」


 今度は、パンケーキの上にジャムを山盛りにして口の中に運ぶ。

 パンケーキとジャムの容積は1:1くらいだ。

 アイノは眉をひそめた。


「ジャムの味が勝ちすぎるのでは?」

「いやいや、ちょうどいいくらいだ。こっちも実にうまいな。アイノはやはり料理が上手だ」

 お世辞抜きでアルヴェナはそう言う。


「……それはよかったです」

 あれだけシロップやジャムをかければ、どんなパンケーキでも大して変わらないような気がするが、アイノは口に出さなかった。

 アルヴェナが満足していればいいかと思い、アイノもシロップを少しだけかけて食べていく。


「これだけ、アイノはよくやってくれているのだ。ナツキ様も、もっと配慮してくれないとな」

 忠誠心引き下げ工作を、アルヴェナはしつこく継続する。

 もちろん、シロップ漬けケーキをぱくぱく食べながら。


「浴室も作ってくれましたし、今のようにおいしい物も食べられますし、特に問題ありません」

 アイノは優雅に紅茶を飲む。


「アイノはもっと欲を持つべきだと思うがなぁ」

 アルヴェナは仏陀を誘惑する悪魔のようだった。

 話しながらも、次はカップケーキにシロップをかけて口の中へ放り込む。


「十分ですよ」

「そうか……」

 本当に困ったものだと思うアルヴェナ。

 困ったと思いながらも、ジャムをふんだんにまぶしたカップケーキを食べて、紅茶で流し込んだ。


「アイノはナツキ様のことをどう思っているのだ?」

 突破口を見つけるべく、アルヴェナは探りを入れた。


「そうですね。不器用な方だと思います。でも、お仕えするのに不満はありません。ナツキ様は魔族の中ではよくして下さる方ではないでしょうか」

 アイノはカップケーキをフォークで切り取り、ジャムを少しつけて食べる。

 舌の上でとろける甘みで目を細めた。


「なるほど……」

 アルヴェナも誕生した時にインプットされた魔族の知識と照らし合わせると、アイノの言葉が間違いとはいいきれなかった。


 魔族はとにかく自己中心的な奴が多い。

 大事に眷族を扱う魔族もいる。

 しかし、眷族を使い捨てにする高位魔族も、過去に存在していたようだ。

 恐らく現在も存在するのだろう。


「ですから、私はナツキ様が主人でよかったと思っています。アルヴェナ様はどう思われてるんですか?」

「むろん、私は第一の腹心だからな。ナツキ様のために尽力するさ」

 カップケーキをシロップと一緒に咀嚼しながら、アルヴェナはそう答えた。


 アイノは微笑んで、

「そういうことにしておきましょうか」

 と、述べた。


「そういうことだ」

 アルヴェナはケーキを食べるのに夢中で、アイノの言葉の意味深長な響きに気づかなかった。


 カップケーキもパンケーキもなくなり、二人のティータイムは終了する。


「アルヴェナ様、このペースで食べられると、シロップやジャムがすぐになくなります。追加をお願いしますね」

 アイノはティーカップから口を離して、笑顔でそう述べた。


 アルヴェナは胸を張って、

「任せておくがいい」

 と、こたえる。


 工作はさっぱりうまくいかなかったが、アルヴェナは甘味で腹が満たされ満足した。


 魔族特有の自己中心さと生みの親であるレナーツァのへっぽこな部分を、アルヴェナは自覚せずに受け継いでいた。

 二千年もの間、魔族が敗北した理由を自分が体現しているなど、彼女は一切気づいてなかった。


 ◇  ◇


 あれからナツキは東へと進み、ナジーダを一望できる小山から、町並みを見下ろしていた。

 ナジーダの人口は約一三万人。

 中心にあるデラフェンテ侯爵家の居城、中心街を取り囲む旧城壁、その外側には新城壁があり、街をぐるりと取り囲んでいた。


 とはいっても、新城壁の外にも街は続いている。

 有力者、裕福な者ほど内側に住み、貧民は外に追いやられているのだ。

 また、街の周りには畑が広がっていた。

 植えてある穀物、野菜によって、緑から黄色へと微妙に色合いが異なる。


 デラフェンテ侯爵家とナジーダを支えるのは、穀倉地帯と銀鉱山だ。

 ナジーダの南東にある銀鉱山から得られる銀によって、街と侯爵家は富み栄えていた。

 一三万もの人口を養えるのは、地味豊かな穀倉地帯があるからだ。


 ナツキはナジーダ近郊に転移できるよう、いくつかの森を巡る。

 それがすんだ後、闇にまぎれて、南へと抜けるボルイェ街道沿いの森に入った。


 ナツキは魔物を蹂躙しながら、冒険者の反応を探っていく。

 やがて、四人のパーティを捕捉する。


(いや、人間は一人だけだ。他の三人は人間と魔力のパターンが異なる。調べてみるか)


 ナツキは気配や外に出る魔力を消して、冒険者パーティに忍び寄る。

 木陰から強化された視力でパーティを確認していく。


 長身の男が一人、女が三人であった。

 よくよく見ると、二人の女は細身で耳が細く尖っている。

 一人はまだ小さいようだ。

 そして、もう一人は毛がふさふさ生えた耳をして、尻尾をぶらりと伸ばしていた。


(恐らく、あれがエルフと獣人か)


 また、女は三人とも黒い首輪をしている。


(それで奴隷というわけだ)


 冒険者パーティはおおむね二種類ある。

 全員が自由民のパーティ。

 そして、主人となる自由民が奴隷を率いるパーティ。


 奴隷については国によってまちまちだ。

 グラスウッド王国では、戦争奴隷、犯罪奴隷以外を一切禁じている。

 だが、ナツキがいるキトリニアでは何でもありだ。


 それでも奴隷を率いるパーティは、そんなに多くない。

 主人に相応の実力と財力が求められるからだ。

 メリットは、報酬の総取りと欲望のはけ口であった。


 現にナツキが尾行している冒険者の男は、気配や魔力からしてBクラスっぽい反応があった。


(ようやく人間以外の種族と出会えたか。様子をうかがってから、奴隷を解放させてもらうとしよう)


 今の魔族だけでは人間には決して勝てない。

 他種族の力を取り込んで、ようやく戦えるだけの戦力が確保できる。

 三代魔王タロウの逆をいくということだ。


 二千年もの間、魔族は他種族に対して攻撃的な振る舞いをとってきた。

 負の遺産は極めて大きい。


 しかし、人間もまた勝利を重ねて、傲慢となった。

 その象徴の一つが、目の前にいる女三人の奴隷だ。


 人間が奢り高ぶっている間に、地歩を固めていかなければならない。

 まずはその一歩をナツキは踏み出そうとしていた。

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