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16 人間の名残

 エスタバンのパーティに新規加入した一七歳のギードロは、まさに駆け出しの冒険者だ。

 登録したばかりのEランク。

 だが逆にいえば、どんな未来も夢見られるということだ。


 ギードロはデラフェンテ侯爵領のとある村に、三番目の子供として生まれた。

 家はお世辞にも豊かとはいえない。

 何かの職について働く必要があった。


 本当の名前をギードレという。

 少年ではなく少女だ。

 父母に似ず、顔立ちが整っていた。


 幼少の頃から、ギードレは危機感を抱いた。

 このままだと、奴隷として売られるかもしれない。

 人買いがやってきて、何人か売られるのを目にしてきた。

 身近にある未来なのだ。


 それでギードレは冒険者への道を模索する。

 幸いにも、天賦の才があった。

 魔術が使えたのだ。

 村にいる元冒険者の老婆に一〇歳から一五歳まで教えを受ける。

 老婆が病気で死んだ後、独学で火、風、水の魔術に熟達していった。

 魔術学校にいく学費などなかったがゆえに。


 一七歳にして村を出る。

 人買いに自分を売らなかった父母に、ギードレは感謝していた。

 なにしろ、二人の兄は自分を売り飛ばすよう両親に提案したのを知っている。

 盗み聞きした時は、兄弟とも思わず殺してやりたいと思ったくらいだ。


 旅立つ時は、家の前で両親と別れの挨拶をかわした。

 二人の兄は畑仕事でいない。

 ギードレとしては都合がよかった。

 何を言ってしまうか、わからなかったから。


「冒険者として成功したら、家にお金をいれるからね」

「期待せずに待っているぞ。一年に一回くらいは戻ってこい」

 ぶっきらぼうに父はそういい、


「危険なことはするんじゃないよ。命あっての物種だからね」

 母は冒険者の仕事がわかってないかのような口ぶりだった。


「わかってる。来年には戻るし、危ないことはしないよ」

 そういう訳にはいかないだろう。

 魔物相手の戦いは命がけだ。


 これが父母と最後の会話になるかもしれない。

 ギードレは母の目が涙でにじんできたのに気づいた。


 やはり、そうだ。

 母が冒険者のことを知らないわけがない。

 気丈に振舞っていただけだ。


 我慢しようと思っても、黒い瞳が潤んでくるのをギードレは自覚する。


「きっと、成功してみせるから!」

 半泣きでギードレはそういって、父母に背を向け、村を出た。


 身を守るため、ナジーダで冒険者登録をした際、性別を男にしている。

 目立たないよう、髪形はショートにし、少し薄汚れた格好をしていた。

 女だと気づかれないように。

 もっとも、あどけなさの残る顔立ちが、別の趣味を持つ者を惹きつけそうだったが。


 エスタバンのパーティに加わるまで、ギードレは辛酸をなめた。

 自分を売ろうとした兄二人のため人間不信だったので、仲間を求めずソロで活動していたからだ。


 比較的簡単な薬草採取の仕事だが、薬草の群生地には暗黙の縄張りがあった。

 当然の話だ。

 金のなる木をほうっておくわけがない。


 群生地で採取しようとしたギードレは危うくリンチにあいそうになり、慌てて逃げた。

 それ以外で薬草採取となると効率があがらず、一番安い宿で食べていくのがやっとだ。


 そうなると、魔物退治となるわけだが、確かにギードロはそれなりに魔術に熟達していた。

 一流の教師につけなかったとはいえ、畑仕事の合間とはいえ、七年も修行したのだから。


 一対一なら、ゴブリン、コボルドなどは楽に倒せる。

 しかし、相手が一体である時のが珍しい。

 二体で互角、三体以上だと逃げなければ、命が危なかった。

 そんな戦いぶりでは、やはり食べていくのがやっとだ。


 ナジーダ市内での雑用も、食べていくだけで精一杯となる。

 つまり、どの仕事を選んでも展望は開けなかった。


 そこで出会ったのがエスタバン達だった。

 いつのまにか四体のゴブリンに囲まれていて、絶体絶命だったのを助けてくれたのだ。


「大丈夫か、坊主」

 ゴブリンの血で濡れた長剣を布でぬぐいながら、エスタバンは優しくそういった。


「あ、ありがとうございます!」

「感心できねぇなぁ。お前、Eクラスだろう。一人で魔物退治はやめとけ」

 斧使いのディエゴは斧についた血を拭った後、油で手入れしていく。

 ディエゴは茶髪で筋骨隆々としていた。


「でも、色々とありまして」

「何があるかは知らないが、死んだら終わりだ。よければ、話を聞かせてくれ」

 エスタバンはブロンドの無精ひげを生やしていた。

 その質朴な風貌と助けられたこともあいまって、ギードレが築いていた人間不信の壁を打ち壊す。


 自分が女だということは伏せて、全ての事情をギードレは語った。

 その結果、習得している魔術をテストされた後、エスタバンのパーティに加えてもらったのだ。


 今、ギードレはエスタバン達と共に実戦経験を積むべく、比較的弱い魔物と戦っている。

 一人だと勝てない相手が、たやすく倒せるのは痛快だった。

 エスタバンの長剣、ディエゴの斧、フェリクスの弓、そしてヘラルドの烈風が魔物をなぎ倒していく。


 自分もまた足を引っ張らないよう、懸命にがんばった。

 厳しく注意もされるが、成功すればほめてくれる。

 苦労の果てにギードレはようやく、明るい未来が見えてきた。

 男装した少女の目はキラキラと輝いていた。


 しかし、全てが暗転する。


 いつの間にか、ギードレの視界は闇に包まれ、何も見えなくなった。


「これはっ!?」

 ギードレは叫んだ。


「畜生、なんだ!?」

 フェリクスの声だ。


「何も見えないぞ!?」

 ヘラルドの大きな声が聞こえる。


 エスタバン達も自分と同じような状況らしいが、ギードレは何もかもどうでもよくなってくる。

 急速に眠くなってきたからだ。

 目蓋がおちそうになる。


(どうしてこんなに眠いの? 寝たらだめだ……)

 ギードレは眠気に必死で抵抗する。

 本能が寝ないよう激しく警告していた。


(でも眠いな。とても……。このまま寝たら、何も考えずにすむのかな。父さん、母さん……)


 ギードレは意識を失った。

 生命を吸い上げられ、心臓の鼓動が停止する。

 そのまま、苦しみなき死を迎えた。


 エスタバン、フェリクス、ヘラルドは闇を振り払う。

 三人の視界に入ったのは、倒れているディエゴとギードレだ。


「ディエゴ!」

 フェリクスが駆け寄り、様子を確かめると、死んでいるのに気づく。


「畜生、誰がやりやがった!」

 フェリクスは激高する。


 ギードレに近づいたエスタバンもギードレの死を確認する。

 穏やかな死に顔だった。


「……このお嬢ちゃんが死ぬのは早すぎるだろう」

 沈痛な面持ちで、エスタバンはつぶやく。


 エスタバン達はギードレの男装に気づいていたが、気づいてない振りをしていた。

 自分達が信頼されるまで、そっとしておくつもりだったのだ。

 そういう細やかな配慮も全て、死とともに無意味となった。


「お前達、周りを警戒しろ! 敵が近くにいるんだぞ!」

 ヘラルドがフェリクスとエスタバンに声をかける。


 エスタバンもフェリクスも身構えて、周りの様子を探り始める。

 三人は死角を消すため輪となった。


「どこにいやがる……」

 フェリクスの形相が憤怒で彩られる。

 エスタバンとヘラルドは冷静さを取り戻し、懸命に気配や魔力を探るも反応がなかった。


「街道へ脱出する」

 エスタバンの声に二人はうなずく。


 こんな強力な魔術を使う相手に勝つのは極めて難しいだろう。

 生還できるとしたら、森を抜けて街道に脱出できた場合だけだ。

 エスタバンが声に出さずとも、二人には理解できた。


 三人が街道へ走り出そうとしたとき、再度フェリクスのみに闇がまとわりついた。

 今度は、闇が押し寄せてきた方向に、エスタバンとヘラルドが気づく。

 黒のベールをかぶり、黒の神官衣をまとった者が二人の視界に入った。


「お前が敵かっ! 烈風よ、我の敵を切り刻め!」

 ヘラルドは魔力を振り絞って、風の魔術を黒衣の神官に放つ。

 それと同時に、エスタバンは闇に覆われたフェリクスを見た後、黒衣の神官との距離をつめるべく走る。


 魔術使いでもない自分はこの闇を解けない。

 先ほどと同じように、フェリクスが自力で破るしかないだろう。

 ここまで至っては、逃げきるのはまず無理。

 ならば、己の剣で敵を打ち破るしかないというエスタバンの判断だった。


 風の刃が吠えるような音を伴い、黒衣の神官に到達する。

 これまで、多くの魔物を切り刻んできた魔術だ。

 ヘラルドは自信ありげな笑みを浮かべる。


 しかし、神官の身体に到達することなく風の刃は消失した。


「何だと……」

 ヘラルドは茫然とする。




 ナツキのほぼ想定どおりに事が運んでいた。

 まずは結界で自分と冒険者五人を包み込む。

 その後、即死の魔術を試み、五人中二人を殺せた。


 死と共に生命の力が流れ込んできたのに気づいたが、ナツキは特に何も感じなかった。

 人間二人が死んだ。

 ただ、それだけにすぎない。


 やはり、Cクラス冒険者が相手では同時に複数の標的を狙うと、成功率百%とはいかないようだ。

 再度、一人に絞って術をかけたが、これは成功した。


 フェリクスにまとわりついていた闇は消えうせ、生命をナツキに吸収され、骸をさらす。


 結界による魔術防御も先ほど試すことができた。

 ならば、あの魔術使いは用済みだ。


 ナツキは氷の魔術を用いることにする。

 後で解凍すれば、痕跡はほぼ残らないだろう。


 杖を一振りして、零下三〇℃ほどの冷気を魔術使いにぶつける。

 冷気の通り道にある水蒸気が氷結していき、強力な魔力と相まって白くきらめく。


 それだけを見れば美しい光景であった。

 しかし、直撃を食らったヘラルドはローブも皮膚も凍りつく。

 手に持っていた杖を落とし、倒れ伏す。

 周りの植物も凍りついていた。


(まだ死んではいないな。調整がうまくいったか。後で吸収させてもらうとしよう。今はとりあえず……)


 ついにエスタバンがナツキとの距離を詰める。

 エスタバンは剣を抜き、両手で持ち、上段に構えナツキへ突撃する。


(持久戦で勝つのは絶対に無理だ。俺の全力をもって、この一撃にかけるしかない!)

 ヘラルドの魔術を消され、反撃となる氷の魔術を見たエスタバンはそう判断せざるを得なかった。


 冒険者として、エスタバンは一八年すごしてきた。

 有名な剣術師の弟子というわけではない。

 優れた天賦の才があるわけでもない。


 だが、一五才から一八年間も実戦で戦い続けてきたのだ。

 その誇りがエスタバンを支えていた。


 エスタバンは体内の魔力全てを筋力強化に費やす。

 本来ならば、やってはいけないことだ。


 無理をしすぎれば、筋肉がぼろぼろになる。

 だが、この敵相手ではやむを得ない。

 後のことを考える余裕などなかった。

 さらに闘気を長剣に込め、剣の威力をできる限り高める。


 そして、エスタバンは間合いに入る。

(この間合いなら、かわせまい。あの杖で受ければ、杖もろとも!)


「ヤアッッ!!」


 裂帛の気合でナツキめがけて、エスタバンは袈裟懸けに斬りつける。

 一八年の集大成をこめて。


 しかし、片手で持った杖に軽々と受けとめられた。

 ナツキの魔力をまとった杖に。


 エスタバンは剣を持つ両手に全力をこめる。

 決死の形相で、歯を食いしばって。

 しかし、びくともしないのだ。


 ナツキは片手しか使ってないというのに。

 エスタバンの顔つきは悲痛なものへ変わっていく。


(Cクラスの冒険者が放つ一撃はこの程度か。よくわかった。もういいだろう)

 ナツキの考えがエスタバンに伝わらなかったのは幸せなことだろう。

 エスタバンが距離を詰めることができたのは、ナツキがテストしたかったからだ。

 そうでなければ、戦いはすでに終わっていた。


 ナツキが右手に持った杖を振り上げると、あっけなくエスタバンは体勢を崩す。


「バカな!?」

 エスタバンは驚愕に顔をゆがませる。


 容赦なく、ナツキは杖でエスタバンの右肩を突いて、地へ転ばせた。

 右肩の激しい痛みでエスタバンは苦悶の表情を浮かべた。


「安心するといい、もう痛みはなくなる。すぐに終わるだろう」

 ナツキは続けざまに闇をエスタバンに放つ。


 魔力を使い果たし、渾身の一撃を破られたエスタバンはぼろぼろだった。

 闇の誘いに抵抗できず、永遠の眠りへ導かれることになる。


 ナツキは氷の魔術で倒れていたヘラルドの生命力も吸収し、死へと誘った。

 凍りついた植物を解凍した後、エスタバン達四人の遺体はナツキが無造作に異空間へ収納していく。

 ダンジョンに放てば、ゾンビとして活躍するだろう。


 もしかしたら、ゾンビウォーリアかもしれない。

 どちらにしても、ダンジョンの戦力が上昇するのは望ましいことだった。


 そして、ナツキはギードレの死体に近づく。

 異空間へ収納するために。


 男装しているようだが、ナツキには少女だとすぐに気づいた。


 あどけない死に顔だ。

 穏やかな表情で苦しみはなかったのだろう。

 ナツキは空間魔術で死体を収納しようとしたが、手が止まった。


 気づいてしまったからだ。

 この顔立ちはとても似ていた。

 いや、うり二つだ。


 八年前、自分が一九歳の時に死んだ三つ下の妹に。


 妹をとてもかわいがっていた。

 自分でいうのもなんだが、兄として慕われてもいただろう。

 しかし、事故で妹は失われた。


 そのはずだ。

 自分が殺したこの少女は妹ではない!

 心中、ナツキは強く否定する。


 戸惑う中、心の奥底から声が聞こえてきた。


『お兄ちゃん、この本読んで!』

 五歳の妹は童話を抱えて、自分にせがんだ。


『お兄ちゃん、一緒に遊ぼう!』

 八歳の妹に公園で手を引っ張られた時だ。


『兄さん、この問題の解き方がわからないの。教えてよ』

 中学一年生の妹がノートを持って、自分の部屋にやってきた事があった。


『ありがとう、兄さん。私は夏樹兄さんが兄さんでよかったな。あー、恥ずかしいこと言っちゃった』

 高校二年生だった妹だ。

 この言葉を聞いて三日後、事故で妹は死ぬ。


 小さい頃から死ぬ直前までの妹の声や表情を、ナツキは思い出す。

 顔がゆがむ。

 いつのまにか、歯ぎしりしている。


 自分が地球で転落したきっかけは妹の死だ。

 激しく落ち込んだ自分は心の支えを欲して、手に入れたと思ったら、最後ではしごをはずされた。


 思い出す過去がもたらす激情に、ナツキの心中はかき回される。

 この世界に下りて、これだけ心が揺り動かされたのは初めてだ。


 ナツキはギードレの黒髪を右手でなでる。

 死んでいるというのに、傷をつけないよう優しく。


 自問自答する。

 この死体をダンジョンで放置して、知性なきゾンビとして利用できるのか?


 妹にうり二つなこの少女を。


 ナツキは左手をベールの下に入れ、自分の後ろ髪をつかんで軽く引っ張る。

 その後、左手が髪から左耳へと移動し、いじり続けた。

 今の姿を誰にも見られないことを、レナーツァの恩寵と思って感謝する。


 逡巡の果てに、ナツキはギードレの遺体を異空間へ収納した。

 これまでとはうってかわって、丁重に。

 立ち尽くして、ナツキは思いを馳せる。


 自分は躊躇なく人を殺せた。

 戦いとなれば、容赦なく人を殺せるはずだ。

 だが、認めざるを得ない。

 あの少女を殺して後悔したことを。


 本当にそれで問題ないのか?

 そんな甘さが残っていれば、身を滅ぼすかもしれない。

 自分の問題だけであれば、別にかまわない話だ。


 しかし、それがわかっていながら、自分の弱さを放置して敗北するのは、恩義あるレナーツァ様に対して申し訳がたたない。

 また、眷族として産み出した部下にも責任がある。


 ならば、甘さを消すためにも、何度でも人間相手に戦うべきだろう。

 砦への道中はまだ長い。

 距離をおきながら、もう何回か襲えばいい。


 実戦経験も生命の力もゾンビの素材も、そして、強靭な心も手に入るのだから。

 神力収入を犠牲にしてまで、外に出ているのだ。

 時は有効に活用すべきだろう。


 ナツキはすでに人間をやめていた。

 だが、異空間の中に人間の名残が一かけら残されている。

 その一かけらをどう扱うか、ナツキは意図して考えないようにしていた。

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