14 ナツキがもたらす平等
ナツキとアルヴェナは足音を殺しながらも、素早く歩いていく。
目指すは東。
カイマトリに近づくことなく、森の東端から街道へと出る予定だ。
察知能力で周りを調べ、人とは出会わないようにしている。
しかし、絶対という言葉はない。
できる限りリスクを減らすために、森を走破していくのだ。
だからといって、ナツキ達は魔物を避けているわけではない。
むしろ、通り道の魔物は全て掃討していくつもりだ。
ナツキは一度も実戦を経験していない。
だから、実戦経験を蓄積していく必要がある。
経験をつむのは地上へ出る目的の一つだ。
また、転移魔術は一度通った場所にしか転移できない。
転移魔術で移動できる場所を広げる必要もあった。
最悪の場合、ダンジョンから落ち延びて行方をくらます必要がある。
ダンジョンが陥落すれば、再起は難しいだろう。
さりとて命ある限り、レナーツァのために戦い続ける必要がある。
貴重な神力を消費して、自分を召喚して下さったのだ。
御恩に報いるためにも、最低限消費した神力の分だけは働かなければならない。
ナツキは刀折れ矢がつきようとも、泥をすすってでも、死ぬまであがき続けるつもりだ。
そのためにも、生存率を少しでも高めなければならない。
この森の浅いところで生息しているのは弱い魔物だけだ。
初めての実戦相手として、最適であった。
徐々に強い敵と戦うようにすれば、効率的だろう。
しばらく歩くと、ナツキ達はコボルド三体を捕捉した。
まだ距離があり、向こうは気づいていない。
コボルドの頭部は茶毛の犬、体長は一.三mほど。
ぼろ布をまとって、茶色い体毛をある程度覆い隠している。
手には石器の斧や木の槍を持っていた。
「アルヴェナはそこで見ていてくれ。倒してくる」
「かしこまりました」
アルヴェナは抗弁しなかった。
コボルド三体など、Dクラスの冒険者パーティでも倒せる相手だ。
自分よりはるかに強いはずのナツキに対して、助力を申し出たりすれば機嫌を損ねることになるだろうから。
ナツキは気配も魔力も強い冒険者程度に抑えていた。
察知能力に優れているのは自分だけではあるまい。
強者に自分の存在を悟られるのは、まだまだ早すぎた。
だから、派手な痕跡を残す魔術などここでは使えない。
ナツキには試してみたい魔術があった。
ダンジョンの中では相手がいなくて試せなかったのだ。
失敗してもコボルド相手なら、杖で殴るだけで始末できるだろう。
余裕ある今、試しておくべきだった。
まずは発する魔力を外部に悟られないよう結界を静かに広げて、自分達とコボルドがいる場所を覆っていく。
それがすんだ後、ナツキは音もなくコボルドに近づき、木陰で詠唱を行う。
「大いなるレナーツァ様よ。敵対する愚者の生命を我が血肉といたしたまえ」
ナツキが木陰から杖のみを出す。
杖からは霧状にみえる闇が噴出され、コボルド三体に絡み付いていく。
「ウォンッ」といった声をあげて、コボルドはもがいて恐慌状態に陥った。
しかし、闇が完全に覆うと声も出せなくなる。
数十秒ほどたって闇は消え去るが、その時には三体ともすでに死んでいた。
うつぶせに、仰向けに、コボルドの死体が転がっている。
無傷なままで。
ナツキは自分の体にコボルドの力が流れてきたことを感じる。
もっとも戦闘力のみでは侯爵級の中位程度だが、本来は公爵級魔族である自分からしたら、海に落ちる一滴の雨に等しいものだが。
その様子を見ていたアルヴェナがナツキに近づく。
アルヴェナは驚きを隠せない様子で、
「今の魔術は一体?」
と、ナツキに問いかけた。
「千年以上昔に、闇の教団を主導していた大神官が開発した闇の魔術だ。レナーツァ様への厚い信仰心と強大な力、二つを併せ持って、初めて使える魔術。相手に死をもたらし、相手が持つ力を自分のものとする」
レナーツァからインプットされた知識と共にもたらされた魔術だ。
この魔術を再現できたのはナツキが初めてだった。
最大のメリットは、普通に殺すよりも自分が強くなれることだ。
ちなみに、この魔術を開発した大神官は戦死した。
三代魔王タロウと共に。
『あの者は私を深く信仰してくれて、よき話し相手になってくれたのに。タロウが……タロウのために死んでしまうなんて、うう……』
といったレナーツァの恨み節も、この魔術と共にインプットされていたりする。
「実に強力な魔術ですね」
アルヴェナはこの魔術が自分に用いられたときのことを想像するとぞっとする。
「その代わり、制約も多い。まず、魔族やアンデッドには一切きかない。子供だろうが弱かろうが。それと、他の生物でも弱い相手に限られる。抵抗されれば相手にはほとんどダメージがないし、同時に取り込める相手の数にも限界がある」
「戦場や強敵相手では使いづらいわけですね」
「使えないな。今のような状況か、弱った相手を闇討ちするのには便利かもしれん」
黒いベールの下からは淡々とした言葉がきこえてくる。
アルヴェナは自分が魔族であって、この魔術が通用しないのをレナーツァに感謝する。
「さて、誰かが近づく前に処理してしまおう」
ナツキはコボルドの死体に近づき、空間魔術を用いて収納していく。
生物は収納できないが、“物”となった死体は収納できるのだ。
「その死体を何かに使われるので?」
アルヴェナは不吉な予感がしたが、気になったので問わざるを得なかった。
「生命は私の力として利用させてもらうが、遺体はダンジョンに放置しておけばアンデッドとなり、アンデッドコボルドとして再利用できる。私が外に出れば、一日につき神力を二百も無駄にするからな。少しでも元をとる必要がある。知性なきアンデッドモンスターに信仰心は期待できないが、数を集めればごく微量でも能力分の神力が手に入るはずだ。外部の魔物をスカウトする理由の一つとして、私以外から得られる神力収入を高めるためというのもある。コアを用いて召喚しても、神力の収入は増えないからな。それに外部から招いた魔物がダンジョンで冒険者相手に敗れても、人間より効率は下がるが神力へと変換されるのも大きい」
「……ナツキ様の深い考えに感服しました」
アルヴェナは自分の表情が崩れないよう、苦心して制御していた。
ナツキの言葉を略すと、生命も身体も何もかも、ナツキの力や神力に変換されるということだ。
高位魔族たる身でありながら、アルヴェナは恐怖を自覚していた。
「大したことではないさ。それに無傷の不審な死体を冒険者に発見されて、ギルドに報告されたら厄介だろう。場を荒らさず、証拠も隠滅できてちょうどいいんだ」
「仰るとおりだと思います」
アルヴェナの口ぶりは丁重だった。
「なら、冒険者を避けながら、移動を続けよう」
「はっ」
ナツキ達の次に立ちはだかった、いや、運悪く出くわしたのはグリンヒガード二匹だった。
この世界ではトカゲのような動物をヒガードと総称していた。
グリンヒガードはヒガードの一種でそれほど強くない。
体長は約八〇cmほど。
背中側は濃緑色をベースに白点がまだら模様となった鱗で覆われていた。
強くないといっても、鱗は固くて、武装が整わない新人の冒険者には注意すべき敵だ。
肉は比較的おいしく、素材としてもそれなりの値段で売れる。
しかし、ナツキが欲しいのは肉ではない。
死体だ。
ナツキは容赦なく闇の魔術で、グリンヒガード二匹の生命を奪い、遺体を空間魔術で収納した。
「名づけるとしたら、アンデッドヒガードか。いや、アンデッドグリンヒガードかな。やられ役になってくれれば、どちらでも問題ないが」
「やられ役というのは?」
アルヴェナはナツキの考えを知っておくためにも、くどくなろうが質問し続けるつもりだ。
ナツキの考えとずれが生じれば、自分に恐るべき結果をもたらすかもしれないから。
「冒険者にも程よく勝利してもらって、報酬となる宝箱をそれなりに持って帰ってもらう必要がある。でないと、誰も来なくなるからな。その為には負けて死んでもらう魔物が必要だ。外部から調達した魔物をそれにあてれば、効率的だろう。もっとも、やられ役を倒して肥え太った冒険者は適度に収穫して神力となってもらう必要があるが」
「なるほど……」
「無傷で倒せるから、ゾンビとなった後の運動力は悪くなさそうだな。ザコすぎても困るしな、ハハ」
「ハハハ……」
アルヴェナは乾いた笑いで追従する。
「アルヴェナも信仰心は十分なはずだ。何しろ、レナーツァ様に直接産み出してもらったのだからな。後は自分の能力を高めてくれ。そうすれば、お前も使えるはずだ」
「精進いたします」
とだけ、アルヴェナは返事をする。
蛇足となる言葉を追加しないほうがいいだろうから。
「では、次へ行くとしよう。さて、東にある微弱な四つの魔力は何かな」
「ゴブリンかと思われます」
「そうか、この魔力がゴブリンか。どんな姿をしているか楽しみだな」
ナツキとアルヴェナは次の獲物であるゴブリン四体に近づき、やがて視界に入る。
体長はコボルドとほぼ同じ。
皮膚は濁った緑色で、目の色は赤黒く、大きな鼻と口が特徴的だった。
二体はぼろ布をまとって石器を持っていたが、別の二体は革鎧を着て剣を持っている。
人間だった時と比べ、ナツキの視力は飛躍的に強化されている。
ゴブリンの持っている剣は錆びており、革鎧はぼろぼろだった。
「死んだ冒険者から剥ぎ取ったものを装備しているんだな」
「まず間違いないと思われます」
「気の毒な冒険者だな」
ナツキの声は感情を感じさせないものだ。
それからはコボルドやグリンヒガードと同じだった。
ゴブリン四体は闇の魔術で生命をナツキに捧げ、死体もまた収納される。
次に出会ったのはアギブケース
見た目は体長二mほどの蛇。
身体全体が、緑、黄、白で網目模様をしていた。
蛇のような動物をこの世界ではブケースと呼んでおり、この森でよくみるのがアギブケースだ。
この辺りではかなり強い魔物の部類に入る。
冒険者ギルドではCクラスになるまで戦いを避けるよう、注意を出していた。
万一、身体に巻きつかれると、骨などあっというまに砕かれる。
牙には毒があり、解毒薬か解毒魔術を用いないと、死ぬかもしれなかった。
とはいっても、森深くにいる魔物と比べれば、かわいいものなのだが。
「これは大物だな。一体しかいないし、全力で魔術をかけるとしよう。うまくいくかな」
ナツキは結界をはった後、アギブケースに闇を降り注ぐ。
アルヴェナはアギブケースを凝視している。
もがいている姿は闇に包まれ、あっという間に見えなくなった。
闇が消え去った後は生命なき物が残された。
「抵抗されずにすんだか。Cクラスの冒険者一人だけなら、使えそうだな」
「……そうだと思われます」
「余裕ある時に試すとしよう。では、次へいこう」
「はっ」
それからも、ナツキは冒険者を避けて東へ移動しながら魔物を狩り続ける。
コボルドもゴブリンもグリンヒガードもアギブケースもその他の魔物も全て平等だった。
平等に、生命をナツキに奪われ、遺体を献上した。
今日だけで、ナツキは数十の死体を空間魔術で収納することができた。
やがて、日が暮れ始め、空が赤くなる。
日が落ちきると、星空がナツキ達の頭上に広がった。
無数の星が空に浮かび、大きな月と小さな月が寄り添うように光っている。
(この星にある衛星は二つか。いや、異世界だ。地球の理が成立するとは限らないだろう)
ナツキは星空を見つめ続けたが、アルヴェナへ向き直る。
「こぼれ落ちるほどの星空とはこのことか。綺麗だな、そう思わないか?」
アルヴェナは空を見上げた後、ナツキの問いにこたえる。
「私もそう思います」
「気があって何よりだ。今日はこれで休み、結界を張ってから、交互に寝ずの番をするか」
「承知いたしました」
ナツキは直径十mほどの見えない結界を敷き、奇襲に備える。
その後、見張り番を交代しながら、二人は布を敷いた上で寝ることにする。
時折、何かの鳴き声が聞こえる。
高く低く。
声なき時は静寂が闇の森を支配していた。