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13 ナツキの出立

 アルヴェナ、ナツキ、アイノが台所のテーブルで話し合う。


「ナツキ様、アイノはよく働いています。部屋などもきれいに飾り付けてくれましたし」

「それは私も同感だ」


 アイノは殺風景な部屋を改善すべく、色々と努力していた。

 例えば、アルヴェナの部屋では水色の布地が壁にはりつけてある。

 黒鋼石で作られた壁は真っ黒だ。

 ダンジョンとしてなら問題ないが、居住スペースとしては難があった。

 現在、ナツキの居室、寝室は薄緑、アイノの部屋は淡いピンクの布地で彩られている。


 また、寝る際にはヒカリゴケから放たれる光を遮れるよう工夫した。

 部屋に骨組みを設置し、ひもを引っ張っていけば、骨組みの上に暗幕がスライドし、頭上を覆うという仕組みだ。

 内装をけちったナツキに文句を一言もいわず、アイノはこつこつ居住性を改善していた。


 もっとも、アルヴェナはほとんどいつかないので、アルヴェナの台詞を聞いたアイノの眼差しは微妙だったが。


「ですから、アイノへの褒美として浴室を設置するのを提案いたします。それだけのことをアイノはしているのではないでしょうか」

「なるほど、そういう提案ができるということは、街でアルヴェナは風呂に入っているのだな」

「え? ま、まぁ、そういうことになるかもしれません」

 アルヴェナは視線を泳がせた。


「アルヴェナ様のご生活は優雅でありますわね」

 フフフ、とアイノはどこぞの嫌味なご婦人状態と化す。


「褒美として提案するんだ。風呂は気持ちよかったか?」

 ナツキは普段と様子が違うアイノをちらっと見てから、アルヴェナへ問いかける。


「……身体が温まり、気持ちいいものでした」

 アイノを見ないようにして、アルヴェナはこたえた。


「そうか。街ではおいしい物もたくさんあったか?」

「……ええ。あ、もちろん、アイノが作った食事には到底及びませんが」

 アルヴェナの言葉にはとってつけた感が満載だ。


「あらあら、無理におっしゃらなくてもよろしいんですのよ、アルヴェナ様」

 いつもと違うアイノの口調を聞いて、ナツキは表情を改めた。


「いや、事実だとも。アイノは高価な食材を使わなくてもおいしく作れるんだ。街にある有名なレストランだと値段が高い。しかし、アイノはそれより遥かに安い食材で同等以上の味を出せるのだから」

 渾身のフォローをアルヴェナが叩き込む。


「つまり、私のは貧乏臭い料理ということでしょうか」

 しかし、アイノはスルーする。


「いやいや、違う! 心温まる愛情のこもった料理だ。ナツキ様においしく食べてもらえるように配慮してあり、アイノの真心が感じられる」

 あのシチューを食べないよう避けているアルヴェナだ。

 いい事を言ってるようだが、説得力はほとんどなかったりする。


 しかし、アルヴェナがふるうここまでの熱弁は、ナツキがはじめてみるものだった。

 それゆえ、ナツキは助け舟を出すことにする。


「色々と、よくわかった。浴室だが、神力を消費して設置しよう。魔術を使って浴室を作ってみてもいいが、時間もかかるし、そう簡単には満足いくものはできないだろうしな」

 浴槽、シャワー、内装などを全部作るのは面倒だ、ともナツキは思う。


「どうも、ありがとうございます。ナツキ様」

 アルヴェナの言葉は感謝の気持ちがしたたるようだ。


「貴重な神力を消費して、よろしいんでしょうか?」

 アイノはナツキからなぜ神力を節約するのか理由をきいていた。

 だから、文句をいわなかったのだが、浴室に神力を消費するときいて少し驚く。


「福利厚生の一環だ。自分が耐えられるからといって、他者にそれをおしつけていた自分の傲慢さに今気づいた。すまなかったな、アイノ」

「いいえ、とんでもありません! ナツキ様やアルヴェナ様に配慮していただける自分が幸せだと思っています」

 実のこもったアイノの言葉を聞いたアルヴェナは心底ほっとした。


「それと、街には甘味料はあるか?」

「あります。グラスウッド王国の特産品である砂糖は高いですが、樹液を煮詰めた甘いシロップは比較的安価で手に入ります」

「それらで作られた菓子をたべたことは?」

「……いくつかあります」

「おいしかったか?」

「……はい」


 アルヴェナがアイノを見やると、また妙な気配が漂っているようだ。

 被害妄想かもしれない。

 しかし、自分だけ楽しんでいるのをアルヴェナは自覚しているだけに責められているように思えるのだ。

 まるで裁判を受ける被告のような心境だった。

 当然、冤罪ではなく現行犯で逮捕された被告だ。


「そのシロップを街で購入し、アイノへ渡すようにしてくれ」

「はっ、街へ戻れば早速購入し、ダンジョンへすぐに戻ります」

 アルヴェナの即答ぶりは見事なものだった。


「そういう訳だ。気づいてなかった私のミスだな。好きなときに甘い菓子を作って食べればいい。これは私からの命令だ」

「……ありがとうございます」

 アイノはうつむき、顔を赤くする。

 今になって、アイノは自分の態度に気づいたからだ。

 恥ずかしかった。

 自分が心中に抱く不満をナツキに見透かされたことが。


「アルヴェナは街での生活を楽しんでくれてるようで何よりだ。私はできる限り、お前達に楽しく過ごしてもらいたいと思っている。そうでなければ、この世に生まれてきたことを喜べないだろう。すなわち、誕生させて下さったレナーツァ様に対して、御恩を感じなくなり、信仰心も薄れる。それは極めてまずいことだ」

「レナーツァ様への忠誠心にゆらぎはありません」

 アルヴェナがきりっとした表情でそうこたえた。

 先ほどまでの情けなさがどこかへ飛んでいったかのようだ。


「私も同じです。レナーツァ様、ナツキ様の御恩を常に抱いてます」

 アイノも真剣な顔つきで追随した。


「楽しい生活でなければ、そうあり続けるのは難しいということだ。何かあれば、遠慮なくいってくれ。これも命令とする」

「……かしこまりました」

「……はい」

「私がいた世界では何人もの独裁者がいた。彼らは過酷な規律に大粛清による恐怖で部下を支配したものだ。それにはそれの利点がある。しかし、デメリットは極めて大きい。上司も部下も猜疑心の塊となり、終わりを全うした者は数少ない。しかも、長続きはしないものだ。人間よりも寿命が長い魔族だと不適切なやり方だと私は思っている」


 魔族の寿命は無爵のままだとおよそ百年だが、強くなっていくと寿命が延びる。

 大公級、公爵級だと若さを保ったまま、千年以上も生きられるのだ。

 このこともまた、強さを求める一因となり、魔族の協調性が低くなる理由であった。

 個体としては優れているが、集団としての強さにつながらないのだ。


「規律が緩むデメリットはあるが、お前達の自由をできる限り保ち、任務以外では生きる楽しみを知ってほしい。レナーツァ様への信仰を保つためにもな」

「ご配慮に感謝いたします」

「どうも、ありがとうございます」

 アルヴェナとアイノは恭しく一礼する。


 ナツキは二人を見ながら考える。

 二人とも誕生当初から性格が変わってきたようだ。

 アルヴェナは気位の高さが減り、アイノはくだけてきたように見える。


 精神年齢は見た目と同じようだが、何しろ二人とも生まれたばかりだ。

 様々な影響を受けて、性格が変化しやすいのかもしれない。

 ナツキは眷族の様子をチェックし続ける必要性を感じた。


 ◇  ◇


 食事の支度をするため、アイノはテーブルから離れた。

 ここで食事をする必要性を感じ、アルヴェナは残ることにする。


 ナツキは二人用の浴室を二つ作成した後、台所に戻った。

 男性用、女性用で、二人用にしたのは人数が増えたときに備えてだ。

 後から拡張するよりは、最初から二人用にした方が神力の消費量は少なかった。


 食事の用意を待つ間、アルヴェナはナツキに魔物の情報を伝えていく。


「デスナイトやゾンビが出没する砦だと?」

「はい。ここから東にあるデラフェンテ侯爵領と南に位置するグラナドス大公国の国境線近くにある簡易的な砦です。今は放棄されていますが」


 ダンジョン最寄の街であるカイマトリから、デラフェンテ侯爵領最大の街ナジーダまで約一三〇kmだ。


「放棄されたのはアンデッドモンスターが原因か?」

「いえ、昔はその砦付近が国境線でしたが、今では二十kmほど国境線が南に移動しています。その砦は三十年ほど前にグラナドス軍の攻撃を受けて陥落しました。しかし、デラフェンテ侯爵を中心としたキトリニア軍が奪い返し、さらに勝利を続けた後、グラナドスと和睦しました。敗戦を認めたグラナドスが領土を割譲し、国境線が南にずれてその砦が必要なくなったわけです」

「そういう事か。戦いが終わった後、死体がデスナイトやゾンビとなったわけだ」

 ナツキは膝を組んで、興味深げな表情を浮かべる。


「冒険者ギルドもそう考えているようです。偶然通りかかった冒険者によってアンデッドの出没が報告され、侯爵家が退治をギルドに依頼しましたが、Bクラスの冒険者が何人か死んで失敗しています。その後、侯爵家は依頼を取り下げました。すでに用済みとなった砦を取り戻すのに、大金をかける必要性はないと考えたようです。その砦には金目のものもありませんので、誰も近寄らないようにしています。デスナイトもゾンビもそこからは離れられないようですので、近づかなければ危険はありませんから」

「離れられないとは地縛霊のようだな。Bクラスの冒険者パーティでも勝てないデスナイトか。眷族として取り込めれば、戦力になるな」

「確かにそうだと思いますが、なぜそのデスナイトに興味をもたれたので?」


 アルヴェナは他にも魔物の情報をもたらしたが、ナツキはあまり興味を示さなかったのだ。


「食事の必要がないからだ。今のところ、ダンジョンで食糧の生産ができない以上、アンデッドモンスターの戦力整備を先に進めたい。維持コストがかかる魔物ほど、後回しにする」

「なるほど、食糧の備蓄を早急にすすめます」

「目立たない程度にな。できるなら、買い付けは他の街とか分散して行ってくれ」

「そういたします」

「では、私もついに外へ出るとするか。いつかは外へ出る必要があったからな。アルヴェナ、途中まで道案内を頼む」

「かしこまりました」


 そこまで話したところで、アイノがやってきて、

「お待たせしました」

 と一声かけ、テーブルに食事を並べていく。


 ふわふわの丸パン、魚のムニエル、野菜スープ、そして、いつものスパイシーシチューだ。

 アルヴェナはシチューを凝視する。


 それから、三人はおいしい料理を心ゆくまで堪能した。


 ◇  ◇


 ナツキは自分の居室で、アイノに作ってもらった神官が着る衣に着替えていく。

 ただし、光の神に仕える神官が着るのは白い衣だが、ナツキが着るのは漆黒の衣だ。


 体格をわかりづらくするため、だぼだぼとしており、綿がつまっていた。

 素材は麻で防御力は皆無に等しい。

 頭をすっぽり覆う黒い帽子をかぶり、ナツキの黒髪を隠す。

 着替えた後、右手に持つのは一mほどの木製の杖でアルヴェナに買っておいてもらったものだ。

 かけ出しの魔術使いが用いるごく普通の杖だった。


 後は黒いベールで顔を覆えば、完了となる。

 ナツキは当面、自分の容姿を外で見せるつもりはなかった。


 着替え終わって、ナツキはアイノの部屋に赴く。

 アイノは仕事を終えて、一休みしていた。

 壁には淡いピンクの布地がはられ、ベッド、クローゼットがおかれている。

 床には麻布がしかれて、ところどころ、布地や糸が散乱していた。


「私はこれからアルヴェナと共に外へ赴く。好きなものを作って食べて、アルヴェナに欲しい物を買ってもらえ。命令だ」

「ナツキ様に気を遣わせて申し訳ありません」

 アイノは申し訳なさそうにする。


「だから、私のミスだといっただろう。謝罪の言葉など必要ない。どうしてもというなら、別の言葉を使ってくれ」

 ナツキは澄んだ透き通るような表情をみせる。


「えっと……」

 アイノはとまどうが、答えをみつけて、


「ありがとうございます」

 とこたえ、かわいらしい笑顔をナツキに向けた。


「ああ、それでいい。では留守を頼んだぞ」

「お任せください、ナツキ様!」


 活力のあるアイノの声を後にして、ベールをかぶったナツキはアイノの部屋を去った。

 ダンジョンの入り口付近に誰かいないか各種察知能力で調べる。

 誰もいないのを確認して、アルヴェナと共にナツキはダンジョンの外へ出た。


 ◇  ◇


 ダンジョンの入り口付近は広葉樹の森が広がっている。

 樹木の高さは二五mから三〇mにも達していた。

 広く平たい葉が陽光をある程度遮り、日差しは柔らかい。


 今は七月、季節でいえば夏。

 ダンジョンの中は約二〇℃の温度で保たれ、暑くも寒くもなく快適だった。

 しかし、外へ出たナツキとアルヴェナには暑気と湿気が襲いかかる。

 もっとも、森の中では直射日光の量がそれほどでもないので、まだしのぎやすかった。


 ナツキが大地を踏みしめると、腐葉土が柔らかくうけとめた。

 下界に降りて、初めての大地だ。

 それがナツキに感傷をもたらすと共に散文的な思考も与える。


(この腐葉土はいい肥料になりそうだ。ダンジョンで農場を設置するときは、利用できるかもしれない。だが、まずは……)


 ナツキは気配、熱源、魔力といった要素から、周辺にいる生物を広く遠く調べていく。

 地上では初めての試みだが、難なくありとあらゆる生物の情報がナツキにもたらされる。


「恐らくはこれが人間の反応だろう。南に四人、南東に五人、少し遠いが北東に四人、さらに離れるが東に五人いるように思える。どうだ、アルヴェナ、あっているか?」

「はい。南の四人と南東の五人は、間違いなく人間です。しかし、北東と東の人間については、私ではわかりません」

「そうか。周辺の状況を把握する能力は極めて重要だ。日頃の仕事で磨きをかけてくれ」

「精進いたします」

 アルヴェナの声には、ナツキの力に対する敬服の念がこもっていた。


「やはり、この気配が人間なんだな、冒険者か」

「はい。討伐依頼を果たすため、素材を手に入れて稼ぐため、この森には多くの冒険者が訪れます」

「素晴らしいことだな。いつかはダンジョンのいい客となるだろう。この森に変異種などの強力すぎる魔物があらわれたら、すぐに倒してくれ。手に負えないようであれば、私に連絡しろ。この周辺が冒険者にとって過酷過ぎる環境にならないようにな」

「かしこまりました」

「では、目的地へ行くとしよう」

「冒険者を避けながらですね?」

「ああ、当然だ。現時点で私の姿を見せるわけにはいかない。見られたら始末する必要があるが、この森では手荒なまねをしたくはない。いたずらに未帰還の冒険者を増やすわけにはいかないからな。時至るまで、この付近は稼ぎ場であり続けるよう心を配る。やがてダンジョンの扉を開いたとき、数多くの冒険者が訪れるようにな」

「……ナツキ様、時が至るのはいつでしょうか?」

 アルヴェナの声にはごくわずかだが、おずおずとした響きがあった。


「人間を凌駕できるだけの戦力を確保できた時だ。かなりの時間がかかるだろう。それまでは冒険者の数を減らしすぎないよう、細心の注意を払って神力へ変換し続ける必要がある」

 ナツキの口調は一本調子で感情が全く感じられない。

 表情もベールに覆い隠されており、アルヴェナにはわからない。


 アルヴェナは同じ過ちを繰り返さなかった。


 以前に、

『……ナツキ様は元は人間です。そこまで、おやりになれますか?』

 と述べて、アルヴェナは冷や汗をかいた覚えがある。

 ゆえに、アルヴェナはただ「お答えいただき、ありがとうございます」とだけ返した。

 心中の想いを胸の奥深くに潜めて。












獲得神力:

ナツキ滞在分合計:26

アルヴェナ滞在分合計:2


消費神力:

浴室:700


収支:

-672


残り神力:

55,690

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