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12 ままならぬ召喚

 ナツキはコアに手をあてて、召喚を始める。

 召喚するのはもう一体のドッペルゲンガー。

 カミーロが女性に化けられないという誤算もあったが、仮にそれがなくっても、もう一体召喚する予定だった。


 容貌を自在に変えられるドッペルゲンガーは、使い勝手がかなりいいからだ。

 情報収集、情報操作、奇襲など、様々な場面で活躍してくれるだろう。


 カミーロと同じ能力を追加していくが、ナツキはふと思いついたことがあった。


(いっそのこと、変化を女性限定にすれば、神力を安くあげられるんじゃないのか)


 そうイメージすると、消費神力が1000も下げられた。

 カミーロが7500なのに対して、6500ですむ。

 ドッペルゲンガーにとって、容貌操作が大きなウェイトを占めてることがわかる。


(神力を回収できるミキサーか何かあれば、カミーロをそこにぶちこんで神力1000を回収するんだがな)


 現在の手持ち神力は約六万。

 ナツキとしては、四万は絶対に残しておくつもりだ。


 ほとんど活動してない現在、勇者などに狙われることはまずないだろう。

 しかし、絶対ということはありえない。

 勝てない敵に襲撃された時の事を考える必要があった。


 もしそのような敵に襲われた時、ナツキは階層を二つ追加して全てを岩で埋めるつもりだ。

 それらの操作に必要なのが神力四万だった。


 そうすれば、階層十m×二+床の厚み五m×三=三五mの岩盤で守ることができる。

 ただの岩盤ではなく、神力の加護を受けた岩盤だ。

 まずはそれで防げると、ナツキは考えている。


 そういう訳で、手持ち神力に余裕がないナツキにとって、神力1000でも節約できるのは大きかった。


(名前は……フィオにするか)

 ある物語に登場するキャラの名前だ。

 その物語では健気な女の子だった。


 ナツキがフィオと念じて、コアに神力を注いで、新たな眷族として召喚する。

 コアから発せられた闇が消えると、シルバーブロンドをショートカットにしている女の子が姿を見せた。

 瞑られていた目が開かれ、アイスブルーの瞳がナツキに向けられる。


「ナツキ様、私を誕生させて下さって、ありがとうございます」

 フィオの瞳には熱い思慕の情がこめられていた。


「フィオ、これからよろしく頼む」

「身命を賭して、ナツキ様のために働きます」

「その気持ち、ありがたく受け取ろう。早速だが、容姿を色々と変化させてみてくれ」

「かしこまりました」


 フィオは子供から老婆まで鮮やかに変貌していく。

 体型も自由自在に変化し、やがて当初の姿に戻った。


「見事なものだ」

「ドッペルゲンガーとして生をうけた以上、この程度大したことではありません」

「そうかもしれんが、やはり大したものだよ」

 ナツキは白い歯を見せた。


「もったいないお言葉です」

「やはり、フィオは今の姿がしっくりくるのかな?」

「はい。もしかしてお気に召さないでしょうか? でしたら、ナツキ様が好まれる姿に変化いたします」

「いや、私はその姿をかわいいと思っているよ」


 実際にナツキの目からすると、可憐な少女にしか見えなかった。

 街中では目立ちすぎるとも思うが、優れた容姿も一つの武器だ。

 長所が短所をカバーするだろう。

 美醜を自在に操れるのであれば、美形を選ぶのも無理はないとナツキは思う。


「お慕いするナツキ様がそう仰って下さり、私はとてもうれしく思います」

 フィオの色素が薄い顔は真っ赤に染まる。


「そうか。だが、フィオに慕われるようなことをした覚えがないがな」

 ナツキは複雑な笑みを浮かべた。


「いいえ、私は誕生したとき、ナツキ様の温かさを知りました。それに、私はナツキ様の眷族なのです。心からお慕いするのは当たり前じゃないですか」

 フィオの声に熱が帯びられる。


(これはカミーロと対照的だな。眷族として誕生させたのだから、フィオが普通なのかもしれないが)


「フィオの気持ちにこたえ続けられるよう、努力するとしよう」

「私もナツキ様のお役に立てるよう、精一杯がんばります!」

 目をキラキラとさせ、フィオはナツキを見つめ続けた。


「うむ。では、中を案内し、他の眷属を紹介する。ついてきてくれ」

「はいっ」


 ◇  ◇


 ナツキはフィオに居住区を案内し、アイノを紹介する。

 その後、セナドゥスとカミーロが待つ場所へフィオを連れて行く。


「新たな眷族でドッペルゲンガーのフィオだ。こっちがセナドゥス、そっちがカミーロ」

 ナツキが紹介した後、


「フィオです。よろしくお願いします」

 両手を前で組んで、慎ましやかにフィオはおじぎする。


「かわいいね! あ、俺はカミーロ。これから鍛錬を一緒にがんばろう!」

 調子よくカミーロはそう話した。


「セナドゥスだ。こちらこそ、よろしく。って、カミーロは外へいくんだろう?」

「いやいや、ナツキ様、やっぱり三人いた方が鍛錬がはかどると思いませんか? 思いますよね」


「二人いれば十分だ。それにお前は外へ出たかったんだろう?」

 ナツキは半笑いだった。


「いえ、セナドゥスは親友だし、一人でおいていくのは悪いと思ってたんですよ。少しでも鍛錬の効率を高めたら、ここでの鍛錬が早くすんで、セナドゥスもフィオちゃんも早く外へ出られるだろうし」

「変わり身が早すぎるぞ、お前……」

 熱弁をふるうカミーロを見て、セナドゥスは肩をすくめた。


「……あの、ナツキ様、鍛錬とかどういうことでしょうか?」

「ああ、言い忘れていたな」


 ナツキはフィオにセナドゥスやカミーロにした説明を繰り返す。

 察知能力と気配や魔力の操作を向上させないと、外へ出せないということを。


「……わかりました。それまで、この方達との生活ですか」

 フィオはセナドゥスとカミーロを見やった。


「そうそう、一緒にがんばろう!」

「だから、お前は外へ行くんだろう」

「冷たいぞ、セナドゥス。俺達は親友じゃないか」

「昨日までそうだったかもな」

「いや、死が二人を分かつまで、俺達は親友さ」

「気色悪いことを言うなよ……」

 セナドゥスはげんなりする。


「フィオちゃんともじっくり親睦を深めて友達に、いや、友情を越えてつきあったりなんかするかもな。なーんて……」

 そこまで言ったところで、フィオが酷薄な目つきとなり、カミーロは口をつぐんだ。


 カミーロのみならず、ナツキやセナドゥスもフィオの変化がすぐにわかった。

 これまでが日差し明るい春ならば、今は吹雪の厳冬だ。

 目つきのみならず、気配そのものが凍りつくようだ。


「何いってるんですか。私の身も心もナツキ様のものです。あまりふざけたことを言うと、二度としゃべれないようにしますよ」

 フィオの視線はカミーロを射殺すかのようだ。


 表情を消したカミーロはナツキに向き直り、

「……ナツキ様は手を出すのが早いですね」

 と、つぶやいた。


「……さっき召喚したばかりだ。そんな訳ないだろう」

「ナツキ様が望むなら、私はいつでも……」

 モジモジしながら、フィオはうつむく。

 それを見たカミーロやセナドゥスは、「ああ」とも「なるほど」とも声をもらした。


 ナツキは渋い顔つきで、

(こういう落とし穴があったか。忠誠心が高いかと思えば、協調性がゼロとはな。レナーツァ様は闇の神であり、父君のような創造神ではない。十全とはいかないものか)

 と、思念をめぐらす。


「フィオ、こいつらとは、いや私の眷族全員と仲良くしろ。これは命令だ」

「しかし……」

「何も相手を男として好きになれとか愛せとか言ってるわけじゃない。仲間あるいは友人としてならば、親しくできるだろう。私の命令が守れないのかな」

「と、とんでもないです! 承知しました。ナツキ様と比べたら、竜と虫のような違いはありますが、仲良くやってみせます」


 フィオは口角を上げるだけで、セナドゥスとカミーロに笑みを作った。


「虫ね……」

 ぼそっとカミーロがつぶやき、

「……親友、鍛錬がんばれよ。俺はお前のために外の楽しい情報を集めておいてやるからな」

 セナドゥスにとびきりの笑顔を見せた。


「ありがとよ、親友……」

 何かを諦めたような顔つきになるセナドゥス。


「……話はまとまったな。鍛錬は一人では難しい。ここから出すのは、セナドゥスとフィオを同時にする。つまり、二人ともテストに合格しないといけないわけだ。わかったな」

「はい!」

「はい……」

 フィオは元気よく、セナドゥスはぼそっと返事した。


 ナツキはセナドゥスに近づき、耳に口を近づけて小声でささやく。


「パンは前の柔らかいパンに戻す。おかずも何か一品追加しよう。もう、お前を食事で追い込む必要はなくなったようだからな。むしろ、元気をつけてもらう必要がありそうだ」

「……ナツキ様のご配慮に感謝いたします」

「私がいうのもなんだが、がんばれば早く終わるぞ」

「がんばります……」


「二人で楽しい内緒話ですか?」

 カミーロはにやにやとし、フィオは少しむすっとしていた。


「マスターと眷族の間で必要な会話だ。さぁ、いくか、カミーロ」

「了解です、ナツキ様。気合入れてがんばれよ、お二人さん。またな!」


 ナツキとカミーロは転移陣で移動し、セナドゥスとフィオが残された。

 きっとした顔つきで、フィオはセナドゥスをにらむ。


「二人きりだからって、私に変なことをしたら殺しますよ」

「しないよ。安心してくれ、絶対にしないから」

「ナツキ様のお役に立つためにも、少しでも早く鍛錬を終わらせますよ。私の足を引っ張らないで下さいね。私だけがテストを合格したら、私だけでも出してもらえるようナツキ様に嘆願しますから」

「俺も早く出たいんだ。全力でがんばるさ」

「なら、結構です。早速始めましょう」

「ああ……」


(ドッペルゲンガーって無性なんじゃないのかよ。カミーロもフィオもおかしい。ナツキ様が変だから、こいつらが生まれたのかな。となると、俺もどこかおかしいのか? いや、少なくとも俺は二人よりはまともなはずだ)


 セナドゥスは一つため息をつき、フィオと一緒に鍛錬を始めた。


 ◇  ◇


 翌日、アルヴェナが戻って、カミーロに外の情報を教えていく。

 それがすんだ後、ナツキはカミーロに話しかける。


「これから冒険者として情報収集、食糧購入などをやってもらうが、外ではアルヴェナと一切接触するな。お前達の関係を知られないようにしろ」

「へぇ、どうしてですか?」

「いずれ、お前達には情報操作をやってもらう。ある情報を相手に信じ込ませたい時、アルヴェナとお前からその情報を相手に教えたとする。その時、アルヴェナとお前が知人だと相手が知っていたら、相手がその情報を信じると思うか?」

「いや、ぐるになってだまそうとしてるんじゃないかって疑うでしょうね」

「その通りだ。いずれ、セナドゥスやフィオも外に出るが、その二人とも外では接触をするな。私のいた世界で『曾参人を殺す』という故事があった。ごく簡単にいえば、違う人から三回も同じことを聞かされたら、その話を信じてしまうという故事だ。なら、アルヴェナ、お前、セナドゥス、フィオとつながりがない奴四人から同じことを聞かされたら、相手はどうなると思う?」


 ナツキは人の悪い笑いを浮かべると、カミーロもにやりとする。


「えげつないことを考えるな、俺のご主人様は」

「残念ながら、ただの模倣にすぎない。私達は敵地の真っ只中だ。非力な以上、策をひねり出すしかない」

「わかりました。セナドゥスと遊べないのは残念だけど、我慢しますよ」

「ああ。それと、恐らく今のお前なら、Bクラスの冒険者にはなれるだろう。だが、無理はするな。強くなってAクラスに上がれそうだと思っても、Bクラスに留まれ」

「本当の実力を見せるなってことで?」

「そうだ。転移魔術を使える者は数少ない。人が見ている前では決して使うな。これも切り札を隠すためだ。容貌変化も私が命令をだすまで、できる限りするな。誰かに見られたら、それで終わりだ。リスクは最小限にする必要がある」

「窮屈なもんだな」

 カミーロの声はいかにもつまらなさそうだった。


「楽な仕事などあるものか。だが、勝てそうにない相手から逃げるためなら、使ってもいい。だが、せっかく察知能力を鍛錬したんだ。察知能力を駆使して、強敵からは身を避けるようにしろ。これまで言ったことは全て命令だからな」

「へーい、了解であります!」

 人懐こく憎めない微笑が、ナツキの目の前にあった。


「まぁいい。後は約束どおり、収入の半分は好きにしたらいい」

「よっしっ!」

 その声を聞いて、ナツキは表情を和らげる。


「外で羽目をはずしすぎるなよ」

「ナツキ様、それも命令ですか?」


 ナツキは顔をほころばせ、

「いや、ただの注意だ」

 と、返した。


 その日、カミーロはダンジョンから外へと出る。

 一冒険者として。


 ◇  ◇


 アルヴェナはアイノと一緒に、購入してきた食糧を貯蔵庫へ移していた。


「アルヴェナ様、食事はどうされますか?」

 一段落した後、アイノが問いかけた。


「いや、すぐに戻る必要がある。色々と約束があってな」

「へぇー」

 アイノの声にアルヴェナは嫌な気配を感じ取った。


「アルヴェナ様はずっと、ここで食事をとらないですよね。私が作る食事はそんなにまずいですか?」

「……いや、そんなことはない。おいしいと思うぞ」

 戦闘力では比較にもならない二人だが、なぜかアルヴェナは弱いはずのアイノに気圧されていた。


「パンも柔らかいのに戻りましたし、おかずも増えましたよ。今日はどうです?」

 さっきまでとは裏腹に、アイノは虫も殺せないような乙女の笑みを浮かべる。


「……シチューはあるのか?」

「ええ、調味料の配合を調整したので、始めのよりもおいしくなったと思いますよ。ナツキ様にも好評です」

「……あれはまだ使ってるのか?」

「……ええ」

 さっきの「ええ」に比べて、声が一段も二段も低くなった。


「……次は必ず食べるとしよう。今日は約束があるからな」

「ふーん、そうですか。アルヴェナ様はいいですよね」

「いや、外には外の苦労があるんだ」

 小姑と嫁のような雰囲気をかもし出す二人。


「あれ?」

 クンクン、とアイノはアルヴェナのにおいを嗅ぎだす。


「……アルヴェナ様は風呂に入られてるんですか? わずかですけど、いい香りがします」

「……まぁな。私も今ではBクラスの冒険者だ。浴室がある宿屋に泊まっている」

「私は生まれてから一度も、お風呂なんて入ってないんですよ?」

「……浄化魔術の効きに問題ないようだぞ。アイノもいい匂いがするな」


 アルヴェナはぎこちない笑みを浮かべて、アイノのご機嫌とりをする。

 しかし、アイノは小姑から姑にクラスチェンジし、ねちねちといい始めた。


「私はもしかしたら死ぬまで風呂に入れないかもしれないんですよね。いいですね、アルヴェナ様は。石鹸ですか、香料ですか? 女の嗜みですよね。当然のことなんでしょうね。きっとおいしい物も一杯食べてるんでしょうね。あれじゃなくて」

「…………」

「次に出会うときは、化粧をされてるかもしれませんね。冒険者としては不自然かもしれませんが、女なら当然ですし」


 アルヴェナは空間魔術でいくつかの化粧品を隠し持っていた。

 冷や汗をかいてるような錯覚を感じる。


「アイノは化粧なんてしなくても、私からみてもかわいいと思うぞ」

「へー、そうですか。ありがとうございます、アルヴェナ様」

 誰がどう見ても、アイノは全くありがたいとは思ってない顔をしていた。


「……私から、ナツキ様に対して浴室を作るよう、提案してみよう」

 搾り出すようなアルヴェナの言葉だった。


「アルヴェナ様、ありがとうございます。期待していますね」

「任せてくれ……」


 アイノはニコニコとして、ようやくアルヴェナへの口撃をやめた。











獲得神力:

ナツキ一日滞在:200

アルヴェナ滞在分合計:2


消費神力:

フィオの召喚:6500


収支:

-6298


残り神力:

56,362

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