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11 周囲の状況

 翌日、アルヴェナがダンジョンに戻り、ナツキの部屋にベッドを置く。

 ナツキはそのベッドを見て、なんともいえない表情を浮かべる。


 そのベッドはとにかく大きかった。

 ダブルベッドどころか、キングサイズともいうべきものだ。


「よくこんな大きいベッドがあったな」

 四人は寝られそうだ、とナツキは思う。


「特別に作ってもらいました」

「変な顔されなかったのか?」

「ある程度の有力者であれば、ままあることだと聞いております。華美な細工は特になく、ナツキ様の注意を守り、突出した振る舞いではありません」


 アルヴェナの言葉を聞いてナツキがベッドを見ると、確かに大きさ以外はごく普通のベッドだった。

 ナツキがベッドに座ってみると、ほどよくクッションがきいて心地いい。


「いいベッドだな」

「ありがとうございます。お気に召された方とお使いください」


 アルヴェナの言葉はごくさりげなく発せられた。

 それから、しばらく二人は視線を交わらすも沈黙を保った。


「アルヴェナの気遣いに感謝しよう。余裕ができれば、その言葉に甘えるかな」

 ナツキはベッドで膝を組み、アルヴェナを見上げた。


「私も呼んでいただけますか?」


 ナツキからすると、アルヴェナは不器用だった。

 自分を誘っているのがわかりやすすぎる。

 これだけの美貌なので、中高生であれば誘いにのったかもしれない。


 もう少し、自分を慕うような表情、声音、視線を作ればいいのに、とナツキは思う。

 レナーツァのために、自分を捧げることしか考えていないのが丸わかりだ。


 しかし、レナーツァへの忠誠心やその不器用さはナツキにとって好ましいものだ。

 それゆえ、こなせない仕事もあるだろうとは思うが。


「考えておこう。それはそれとして、確か街へ降りて九日目だったな。こんなベッドを買うほど稼いで目立っていないか?」

 アルヴェナの顔に薄く失望の影が走って消えた。


「現在、私はCランク冒険者です。早いのは間違いありませんが、実力ある者ならありえるペースと調べがついています」


 冒険者ギルドに登録した冒険者は次のようなランク付けがされている。


冒険者クラス

S:一騎当千、万夫不当、天下無双

A:五人で組めば、子爵級魔族を倒せる。

B:ベテラン。五人で組めば、男爵級魔族を倒せる。

C:このクラスで一人前と認められる。五人で組めば、無爵級魔族はまず倒せる。

D:なんとか食べていける。

E:ここからスタート。このクラスだと食べていくのは難しい。


 誰でもEクラスからスタートだが、ある程度の魔物退治をこなせば、Cクラスまでの昇格はあっというまだった。

 即戦力をEクラスで遊ばせるわけにはいかないからだ。

 しかし、Bクラスからは在籍日数や実績が要求されてくる。

 Bクラス以上となると重要な仕事を任す場合も多く、実力だけではなく信頼できるかどうかも重要であった。


 魔族を倒せるかどうかが尺度として用いられているのは、対魔族が最大の問題であるからだ。

 ただ、Aクラス五人で子爵級を倒せるといっても、目安にすぎない。

 子爵級魔族もAクラス冒険者もピンからキリまでいて、相性の問題もある。

 誰も死なずに倒せるかもしれないし、死者が大量に出るかあるいは敗れる可能性もゼロではない。


 伯爵級以上の魔族が現れた場合、ギルドはSクラスを召集するか、Aクラスを大量に集めて対処する。

 ここ最近ではめったにないことだが。


「Cクラス冒険者が九日間働いて、お前がこれまで持ってきたものが買えるのか?」

 ナツキは疑問に思ったことをどんどん質問する。

 いずれは自分も外に出なければならない。

 一般常識はできる限り知っておくべきだろう。


「いえ、まず無理でしょう。私は察知能力を用いて、魔物を効率的に狩り、ギルド以外の商店にも目立たないよう少量ずつ売却しています」

「そういうことか。だから、ギルドでの実績にはならず、収入を確保している、と」

「はい、その通りです。問題ありませんでしたか?」

「問題はない。ギルドでの売却を義務付けられてないのだな?」

「推奨に留まっています。現実問題、完全に義務付けるのは不可能でしょう」


 アルヴェナがナツキに街の情報を伝えていく。


 ナツキ達がいるダンジョンから、一番近い街はカイマトリという。

 港町で人口は約五万人。

 アドルノ伯爵家が治めており、居城はカイマトリにある。


 カイマトリからダンジョンまで北へ約八km。

 ダンジョンは森の中だが、さらに北へいくと沼や湿地だらけだ。

 さらに北へ行くと、カンディロ伯爵領へと至る。


 森、沼、湿地を足した面積は一諸侯が治める領地に匹敵し、奥地には強力な魔物が何体も存在する。

 ダンジョンがある入り口はそれほど奥深くではなく、ゴブリン、コボルドなどそれほど強くない魔物しか生息していない。


 カイマトリはキトリニア南西部で二番目に大きな港だ。

 中心にはスロペ河が流れており、東にある侯爵領とは河川を用いた輸送が行われている。

 伯爵領南部には鉄鉱山があり、カイマトリには鉄製品を扱う工房が多い。

 街の特産品は鉄製品、塩田からとれる塩、主な産業は海運、河川舟運、漁業だ。


 街の性格上、商店が多数あり、人の出入りが激しく、素材の売り先はいくらでもある。

 現在の繁栄を導いたのは先代伯爵だ。

 彼は奢侈を控え、領地の育成に投資し、減税で移住者を増やした。

 減税による税収の落ち込みを、節約、投資の回収と人口増によって補ったのだ。

 いやそれどころか、当主となる前よりも領民は富み栄え、税収を大きく増やしていた。


 ナツキは興味深そうに、アルヴェナの説明を聞き入っていたが、問いかける。


「先代伯爵は完全に引退しているのか?」

「いえ、領地の運営に関しては現在でもほぼ全権を握っているようです。伯爵はほとんど王都にいると聞きました」

「なるほどな、先代伯爵と伯爵の評判は?」

「先代伯爵をけなすような言葉は一度も聞いたことがありません。商人も庶民も冒険者も褒め称えています。いくつもの孤児院を援助したり、貧民にパンを無料で配給しているのが評判がよい理由のようです。伯爵についてですが、商人の何人かはほめていましたがおそらくお世辞でしょう。庶民や冒険者からは女好き、贅沢好きの肥満体だときき、評判はよくありません」


 ナツキは軽く笑い、膝の上で手を組んだ。


「二人の年齢は?」

「先代が七六歳、伯爵が五五歳です」

「先代は高齢だが、元気にしているのか?」

「元気なようですが、足が少し弱っていて、杖を用いているそうです」


「そうか」とこたえ、機嫌よさそうな声でナツキは質問を続ける。


「伯爵の親族はどうなっている?」

「弟が一人いて、王都の官僚となっています。子供ですが、男女あわせて十数人。側室の子供は領地で育てられ、正妻の息子二人と娘一人が王都で育てられているようです」

「子供の評判はどうだ?」

「正妻の子供はいずれもわがままだと聞きました。側室の子供達はまだ調べきれていません。申し訳ありません」

「いや、十日足らずでそこまでわかれば十分だ。有意義な情報だったぞ」

「ありがとうございます」

 アルヴェナはナツキに向かって、頭を下げる。


「先代伯爵が死ぬまで派手な行動は慎むとしよう。私には強敵と戦って喜ぶ趣味はない。組し易い相手になるまで、待てばいい」

「それまで、どうなさるのですか?」

「情報を集め続けて、目立たないよう戦力を拡充していく。まだまだ戦力不足だからな。冒険者ギルドでもてあましてる魔物、特に上位種、変異種などに関する情報が入ったら教えろ。場合によっては私が現地に出向き、それらの魔物を眷族として迎え入れる。神力の消費を抑えるためにも外部から戦力を獲得する必要があるからだ」

「かしこまりました」

「それと、側室の子供達で有能な奴がいるかどうか調べておいてくれ。目立たないようゆっくりでいい」

「手強そうな敵になりそうなら、始末いたしますか?」

「いや、無能な正室の子供と有能な側室の子供がいれば、跡目争いが起きやすいものだ。生きていてくれた方が望ましい場合もある。今は情報を集めるだけでいい」

「承知いたしました」

「今のところ、私からはこれくらいか。アルヴェナ、他に何かあるか?」

「ナツキ様、最低限必要な物は購入しましたが、他に何か購入する物はありますか?」

「ああ、そうだな。本がいいか、いや、食糧をどんどん買い入れてくれ。滞在者が増えた時のためにな」


 現在、ナツキは攻撃、防御、身体強化など、魔術についてひたすら鍛錬し続けていた。

 魔力がきれそうになると、体術、武術を鍛えている。

 ナツキが思うに、これだけ訓練に集中できるのは、他に何もすることがないのが大きい。


 仮にネットや本などがあれば、そっちに気がとられてしまうだろう。

 娯楽が欲しくないわけではなかったが、外へ出る時に備えて、鍛錬に集中すべきだと考えているのだ。


 それにセナドゥスやカミーロを鍛錬漬けにしていた。

 自分だけが娯楽を求めるわけにはいかない。

 そういう想いもあったのだ、

 ナツキは二人にそこまで話すつもりはないが。


「かしこまりました」

「他には何か私に知らせることなどないか?」

「今のところ、ありません」

「わかった。引き続き頼んだぞ」

「はっ」

「無理をせず、命優先でな。私はお前を失いたくはない」

 ナツキは和やかな眼差しで言葉をかけ、


「そのお言葉、かたじけなく思います」

 アルヴェナはナツキをじっと見つめて返事した。


「私のためではなく、レナーツァ様のためにな。下がっていいぞ」

「はっ……」


 先ほどの返事より、アルヴェナの声には勢いがない。

 アルヴェナは背を向け、ナツキには彼女がどのような表情をしているかわからなくなった。


 ◇  ◇


 それから、二四日がすぎた。

 セナドゥスやカミーロを召喚してから三〇日、つまり一ヶ月たったことになる。


 アルヴェナによって物資の備蓄が増え、ナツキ、セナドゥス、カミーロの鍛錬が進んだ。

 ナツキは二人をテストし、ついにカミーロが外に出ることを認めた。


「カミーロ、これからは外で冒険者として働き、情報収集しながら、自分の実力を磨け」

「かしこまりましたっ!」

 カミーロは元気よく答え、セナドゥスは仏頂面だった。


「セナドゥス、俺とお前は親友だ。でも、その前に俺達はナツキ様の忠実なる眷族だ」

 カミーロは「忠実なる」という部分を強調する。


「だから、ナツキ様のご命令を守る必要がある。お前をおいていくのは、親友の俺としては“とても、すごく”心苦しいけどな」

 セナドゥスはじと目でカミーロをにらんでいた。


「お前が外に出たときのために情報をしっかり集めておいてやるよ。なんていったって、一ヶ月も生活を共にした“親友”だもんなぁ」

「あっ、そう……」

 カミーロとセナドゥス、対比すると明暗が鮮やかなほどだ。


「お前は俺をこんな所で一人きりにするのか。それが親友のやることなんだな」

 セナドゥスの声には怨念がこもっていた。


「さっきもいっただろう。ナツキ様に“絶対の忠誠”を誓う俺は命令に背けないんだって」

「ふーん……」


 二人のやり取りをそこまで聞いて、ナツキは苦笑する。


「カミーロ、絶対の忠誠を私は喜んで受け取ろう」

「ははっ!」

 カミーロは仰々しくおじぎした。


「セナドゥス、安心するがいい。今から新たな眷族を召喚してくる。ここに一人だと精神的にきつすぎるだろうし、鍛錬も相手がいた方が効率が上がるだろうからな」

「えっ、本当ですか!?」

「ああ、私はそこまで鬼ではない。しばし待ってくれ。今から召喚してくる」

「ナツキ様、新たに召喚する眷族はやっぱり野郎ですか?」

 カミーロがナツキに質問する。


「いや、女性型だ」


 ナツキはそういい残して転移陣で姿を消し、二人きりとなる。


「いい女なら、やっぱり残ろうかな。俺達は親友だもんなぁ、セナドゥス」

 両腕を頭の後ろで組んで、カミーロが楽しげにそう言う。


「眷族として命令を守る必要があるんじゃないのか?」

 カミーロを見るセナドゥスの視線は冷たかった。


「俺もいた方が鍛錬がすすみやすいじゃないか。一対一での戦いだけじゃなくて、バトルロイヤルでの戦いもやれるしな」

「絶対の忠誠を誓ってるから、命令を守るんだろ?」

「新たな命令を出してもらえば、いいだけだ」

「…………」

 呆れたような表情をセナドゥスは浮かべる。


「お前の考えはよーくわかった。だが、一つ気になっていることがある。“女性型”ってどういうことだ? 女なら女性でいいんじゃないのか?」

 セナドゥスの口ぶりは重かった。


 カミーロは天井を見た後、セナドゥスに視線を戻し、


「さっきの言葉は忘れてくれ。俺は外で働けって命令をきっちり守るよ」


 ほとんどの女性が魅了されるような微笑を浮かべてそうこたえた。











獲得神力:

ナツキ二五日滞在:5000

アルヴェナ滞在分合計:7


残り神力:

62,660

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