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10 知らぬ幸せ

 三日後、アルヴェナが再度ダンジョンへ戻ってきた。

 食材、布地、ベッドを一つ持ち帰り、貯蔵庫でナツキとアイノに披露する。


「ナツキ様のベッドは特製にしましたので、後三日かかります。申し訳ありません」

「特製か、普通のでよかったのだがな」

「そういう訳にはいきません。ナツキ様はマスターなのですから」

「今の身体になってからは寝つきもよくなった。ベッドにこだわる必要はないんだが、神力の無駄遣いではないしな。アルヴェナの配慮に感謝するとしよう」

「ありがとうございます、ナツキ様。そういうわけだから、まずはアイノから先にベッドを使ってくれ」


 アルヴェナの言葉を聞いたアイノは、目をパチクリさせる。


「そういうわけにはいかないですよ。そのベッドをナツキ様が使って、特製ベッドがきたら、ナツキ様がうつられる。それでいいじゃないですか」

「お前の方がか弱い。ベッドを先に使ったらいい」

「だめです! 私はナツキ様の眷属なのですから」


 アイノの剣幕にナツキは表情をくもらせる。


「マスターとして命令する。そのベッドはアイノが使え、いいな」

「うっ……、かしこまりました」

 アイノはやむなくといった風情でうなずく。


「他には特にないな」

「はい。食材や布地などを追加しただけで詳細はアイノに伝えます」

「わかった。なら、アルヴェナだけついてきてくれ。新入りに紹介する」

「かしこまりました」

「ああ、それと、アイナ。今日からは酵母を使わなくてぼそぼそとしたパン。合成肉を使ったシチューだけにしてくれ」

「え!?」

 アイノは衝撃を受けて固まり、アルヴェナは気の毒そうな目でアイノを見る。


「新入り二人に気合を入れるためだ。アイノの料理はとてもおいしい。だが、それがやる気を失わせる。ここから早く出たいと思わせるためにも、それほどおいしい料理を出さなくていい。シチューまでまずくするのはやりすぎだろうから、最初の時に作ってくれたあれと同じでいい」

「ああ、そういうことでしたか。わかりました、あの二人には別の料理を作ります」

 胸をなでおろすアイノ。


「いや、俺も同じのでいい。自分だけおいしい料理を食べるわけにはいかないからな」

「ご主人様は特別扱いでも問題ありませんよ!」

 アイノは必死だった。


「そういう訳にはいかない。俺の気持ちの問題だ。ああ、アイノは好きなのを作って食べたらいいぞ。お前はすでによく働いている。お前を召喚して、私はよかったと思っているよ」

「ほめてくれるのはうれしいですが、でも、そういう訳にはいきませんよ……。私だけがおいしいものを食べるだなんて。でも……」


 ご命令とあれば、とアイノは続けようとして言えなかった。

 あの肉は食べたくない。

 おいしいものを食べたい。

 今のところ、食事が一番の娯楽なのだ。


 だが、眷族としての矜持がその言葉を言わせなかった。

 もっとも、ナツキが自発的に命令してくれたらいいのだ。

 アイノは複雑な心境を抱えて、ナツキの言葉を待つ。


「……確かにそれもそうか。いや、立派だな、アイノ。できる限り、あの二人には早くがんばってもらわないとな」

 ナツキの言葉はアイノにとって無慈悲だった。


「うう……、ありがとうございますぅ……」

 アイノは泣きながら微笑んだ。


「では、アルヴェナ、いくとしよう」

「……はっ」


 ナツキはアルヴェナを連れて、神殿へと向かう。

 その前にアルヴェナはアイノの肩を軽くたたいて、なぐさめた。


 ◇  ◇


 ナツキはアルヴェナを伴い、神殿近くでセナドゥス、カミーロと対面する。


「がんばってるようだな」

「お陰さまで」

「ご命令ですから」

 カミーロはへらへらとセナドゥスは几帳面に返事する。


「先輩を紹介しよう、アルヴェナだ。私が出した課題をクリアして、今では外で冒険者として仕事をしてくれている」

「アルヴェナだ、よろしく頼む」

「カミーロです、よろしく」

「セナドゥスと申します。よろしくお願いします」

 カミーロは品定めをするようにアルヴェナを眺め、セナドゥスはぴしっとした姿勢をとる。


「お前達も課題をクリアしたら、外へ出られる。アルヴェナ、その時は外の情報を教えてやってくれ」

「お任せください」

 アルヴェナはカミーロを一瞥した後、返事した。


「そういうわけだ。鍛錬が終われば外へ出られる。次からは食事の献立も変えておいたから、気合を入れてがんばれ」

「うっす」

「期待に応えてみせます」


 このやりとりを聞いたアルヴェナの表情が微かにゆらいだ。

 紹介を終えたナツキとアルヴェナは転移陣を用いて、居住区へと戻った。


 二人の気配が消えるやいなや、

「さっきの先輩、美人だったな。そそられないか?」

 カミーロが軽口を叩く。


「美人だし、かなりの強さだと思った。俺では到底、及ばないな」

「そんなこと聞いてるんじゃねぇよ。タイプか?」


 セナドゥスは転移陣の方を向いて考え込むが、

「どうだろうな、わからん」

 と、さらっとこたえた。


「つまんねー答えだな」

「雲の上の方だ。こんなところで閉じ込められてる俺達がそんなの考えてどうするんだ?」

「チッ、じゃあ、新しい食事とやらに期待できると思うか?」

「ああ、それはわかる。あまり期待しないほうがいい」

 セナドゥスは即答する。


「こっちは話があったな、俺もそう思う」

 カミーロはうなずいた。


 ◇  ◇


 アイノがセナドゥスとカミーロに新しい食事を持っていった。

 ぼそぼそしたパンと合成肉がたんまり入ったスパイシーシチューだ。


 パンが一気にまずくなった二人は渋い顔をする。

 シチューはそれなりの味だったが、パンはシチューにでも浸さないと食えない代物だ。


 アイノがいなくなったカミーロはさんざん不平を述べる。


「もっとおいしい物が食べたければ、鍛錬を続けろってことだろう」

 セナドゥスが辛気臭い顔して、そう話す。


「わかってるっつーの。とんでもないマスターに仕えることになったな」


 ◇  ◇


 次の食事もまた、同じだった。

 カミーロはアイノに注文をつける。


「せめて、シチューの量だけでも増やしてくれよ。肉だけでも増やしてくれないか。俺達、運動してるんだからさ」

「え?」

 アイノはきょとんとする。


「おいおい、カミーロ」

 セナドゥスが間に入るも、


「いい子ぶるなよ、お前も本心は一緒だろう。セナドゥス」

 そういわれると、それ以上何も言わなかった。


 アイノは思いを巡らせる。


(そういえば、貯蔵庫は前を案内しただけで、二人とも中は見てませんでしたね。私はあれが減って喜び、このお二人も喜ぶ。いいことづくめじゃないですか!)


 アイノは表情筋を総動員し、最大限の努力で親しげな笑顔を作る。


「わかりました。ナツキ様には内緒にして下さいね。シチューのお代わりをとってきますし、次からは大盛りにしますから」

「よっしゃっ! いってみるもんだろ、セナドゥス」

「ああ、今回は素直に感謝するよ」


 喜ぶ二人を見て微笑むアイノ。

 三人とも幸せだった。

 アイノが空腹気味な少年達に配慮できる優しいシルキーだったがゆえに。


 ◇  ◇


 さらに二日が経過し、カミーロとセナドゥスを閉じ込めてから五日たった。

 ナツキは二人の鍛錬がどこまで進んだか、チェックする。


 やはり予想通り、カミーロが先行していた。

 気配や魔力の察知はともかく、気配操作についてドッペルゲンガーは優れていた。


「思ったより、鍛錬がはかどっているようだな。何か希望はあるか? 鍛錬がはかどりそうなら、希望を聞き入れよう」

「食事を何とかしてくれませんかね。せめて、パンだけでも最初のおいしいパンにして下さいよ」


 カミーロは不平満々だったが、セナドゥスも内心似たような思いを抱いていた。

 ナツキはにやりと笑った。


「それはダメだ。あの食事だからこそ、ここまでがんばれるんだろう」

「本当に鬼のようなマスターだな。俺達は眷族だが、色々と考えはあるんだぞ」

 カミーロは真顔になる。


「待てっ! 俺を巻き込むな!」

 セナドゥスが慌てて大声を放つ。


「おいおい、同期同僚を見捨てるなよ。鍛錬を共にしてる仲間で親友だろう?」

「俺をおいていったら、その時点で親友じゃない。それとは別に、俺は造反なんて一切考えていない」

 カミーロが肩に手をかけてくるが、セナドゥスはとりつくしまがなかった。


 二人を見たナツキは楽しげに笑う。


「ああ、お前達はきちんと生きているんだな。相性が悪くなかったようで何よりだ」

「そりゃ、俺達は生きてるさ。何を言うのやら」

 カミーロは苦笑する。


「すまんな、何しろ新参のマスターなのでな。お前達が感情を持って生きているのなら、私にも気持ちはわかるさ。こんなところに閉じ込められて、まともな食事もとれないとなったら、不満がたまるのは理解できる。こんな境遇で私に対して不満をもたず、忠誠を尽くせるのは心を持たない機械くらいだろう」

「そこまで理解してるのなら、もっといい待遇にしてくれよ」

「今の待遇の方が鍛錬の効率はいいだろう。だから、ダメだ。お前達をこんな境遇にしたのは私だ。だから、私を恨むのはかまわん。任務を果たしてくれれば、それでいい」

 ナツキは平然としていた。


「俺達の忠誠心はいらないっていうのかい?」

 カミーロの瞳に剣呑な光が宿る。

 セナドゥスも真剣な面持ちであった。


「私を見て、私が与える任務などでお前達が決めればいい。私は眷族という手段でお前達を縛っている。でもな、心の奥底まで縛るつもりはない。お前達を機械や人形にするつもりはない。心の中くらいは自由であるべきだ」


 カミーロはどうこたえるか迷った。

 セナドゥスも無言を保つ。

 二人が返事するよりも、ナツキが話すほうが先だった。


「だが、レナーツァ様への逆心は決して許さん」

 ナツキの声は凍りつくようだ。

 セナドゥスとカミーロは、ナツキから今まで感じたことがない迫力を感じる。


「この境遇から抜け出せる道は用意した。ただただ励め。そうすれば、楽な生活になるだろう。レナーツァ様のために任務を遂行してくれればいい。お前達を誕生させるための神力をもたらしてくれたレナーツァ様に対して、忠誠を誓い、信仰を捧げろ。ただ、それだけで私は満足だ」


 話し終えたナツキは二人に背を向け、転移陣に入り、姿を消した。


 セナドゥスとカミーロはしばらく黙り込む。

 やがて、顔を見合わせる。


「とりあえず、レナーツァ様に対しては軽口を叩かないほうがいいようだな」

 カミーロの言葉に対して、


「ナツキ様を刺激するのもやめてくれ。本当に怒らせたら、何をされるかわからない」

 セナドゥスは生真面目な顔つきでそう返事した。


 ◇  ◇


 それからしばらくして、アイノが二人に食事を持ってくる。

 ぼそぼそパンと二人が希望した大盛りシチューだ。


「ねぇねぇ、アイノちゃん」

「何ですか、カミーロさん」

 呼ばれたアイノがカミーロの方を向く。


「あの鬼じゃなかった、マスターはどれだけおいしい物食べてるの? きっと、いい食事してるんだろうな。こんな粉っぽいパンじゃなくて」

「いいえ、同じものを食べていますよ」

 アイノの返答に二人は驚く。


「……他に食べるものがないのか?」

 セナドゥスが恐る恐る聞く。


「……いえ、アルヴェナさんが確保してくれたおいしい食材が貯蔵庫にたくさんありますよ」

 沈んだ表情のアイノに対して、セナドゥスは不審げな顔つきになる。


「あいつ、もしかして味覚障害とか?」

「それはわかりません。ただ、理由は知っています。お二人がこんな食事なのに、自分だけおいしい物は食べられないって言ってました」

「嘘っ!?」

 カミーロは大げさに驚く。

 セナドゥスもまた、驚きを隠せなかった。


「本当です。だから、私も同じ食事です。ご主人様はこんな食事をしなくてもいいのに……」

「アイノちゃんも同じ食事だったのか。そう思うと、かわいいと思っていたけど、ますますかわいくなってきたな」

「ええっ!?」

 アイノの声が高くなる。


「お前、ロリコンだったのか?」

 セナドゥスの突っ込みに、「違う」とカミーロは瞬時に返事した。


「まっ、親しみがわいたのは俺も同感だ」

 人のいい笑顔をセナドゥスは浮かべた。


「だから、がんばって下さいね! お二人の鍛錬が終われば、普通の食事に戻れますから」

 アイノは両手の拳を握って、二人を激励する。


「なるほどね、わかったよ」

 カミーロはアイノにウィンクしてみせ、


「一生懸命がんばるさ」

 セナドゥスは目を細めた。


「絶対ですよ、期待してますからね!」

 そう言って、アイノは転移陣を使い、居住区へと戻った。


 シチューの肉を噛み切って、カミーロはスープと共にのみこんでいく。


「あいつもこれを食べてたんだな」

 その後、ぼそっとつぶやいた。


「そのようだな」

 水を飲み終えて、セナドゥスは返事をする。


「俺達によく思われようと、わざとやってると思うか? あいつが俺達に媚びてると思うか?」

 それに答えず、セナドゥスはパンをちぎってシチューに浸し、口の中へ入れる。


「これまでの言葉と整合性がとれないな。ただ、そうしたいから、してるだけじゃないのか」

 食べ終えた後、返事したセナドゥスの声は小さかった。


「お前もそう思うんだな」


 それから二人は黙って食事をし、食べ終える。

 やがて、カミーロが口を開く。


「お互い、変なマスターに仕えることになったな」

 カミーロはごく薄い笑みを浮かべた。


「そうだな」

 セナドゥスはカミーロをたしなめず、ただそう答えた。


「アイノちゃんのためにがんばりますか」

「ああ、俺をおいていくなよ」

「さぁな!」


 二人は日課の鍛錬を始める。

 その様子はこれまでよりも楽しげであった。











獲得神力:

ナツキ五日滞在:1000

アルヴェナ滞在分合計:3


残り神力:

57,653

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