09 新たな眷族の誕生
アルヴェナを送り出した後、ナツキは神力を消費して監視システムを作成する。
透明な水晶玉のような球体の中に、指定した箇所を立体映像で表示できるシステムだ。
消費する神力の量を増大させて、球体の大きさを直径一mまで大きくし、見やすくする。
また、魔力察知、熱源察知を組み込み、ダンジョン地上部まで監視できるようにした。
そこまで組み込むと、消費神力は26000。
残り神力を考えるとかなりの消費だったが、ナツキはためらわなかった。
(重要性と機能を考えると、決して高くない。むしろ、安い買い物だ)
ナツキは監視システムを空き部屋の一つに設置し、動作チェックと共に地表を観察する。
ダンジョンの入り口近くは樹木で一杯だった。
視点を色々動かしてみたが、ダンジョン地上部は完全に森の中だ。
現時点では目立ちたくないナツキにとっては好都合な立地であり、ひとまず満足した。
◇ ◇
それから三日後、アルヴェナは帰還した。
食材、内装など様々なものを持ち帰って。
貯蔵庫にて、ナツキとアイノはアルヴェナが持ち帰ってきたものを検分する。
数kgほどある二種類の肉塊を、目の前にしていた。
「まともなお肉ですね!」
目を爛々と輝かせるアイノ。
一つは赤身がやや多めで、もう一つは脂身がやや多い。
どちらも隣にある不気味なほどに均質な合成肉とは違い、脂ののり方など部位によって異なる。
「赤身が多いのはウリアル、脂が多いのはデュロック。この国でごく一般的に飼育されている家畜の肉です。普通の品質のものを購入してきました」
「私がいた世界だと、ウリアルは羊、デュロックは豚だな」
アルヴェナの説明に対して、ナツキはレナーツァからインプットされた知識を思い出す。
「どちらも品種が明らかな肉です。問題ないでしょう」
チラッとアルヴェナは隣の合成肉を見た。
「ええ、ええ、これでご主人様によりおいしい料理が作れます」
アイノは歓喜に満ち溢れていた。
「でも、もったいないから、全ての食材をまんべんなく使うようにな。腐敗の心配をする必要がほとんどないから、問題ないとは思うが」
「……承知いたしました。前向きに検討し、心から善処し、取り組むことを祈念しつつ、ナツキ様のためにおいしい料理を作り続けます」
アイノの言葉に対して、ナツキは少し首をひねる。
「まぁ、いいだろう」
「それでは続きまして、三種類ほど魚も買い付けました。これもまた近くの海でとれて、ごく普通に食べられています」
アルヴェナが空間から出した魚三十匹ほどを、アイノとナツキがまじまじと見る。
ナツキからすると、いわし、あじ、さんまのように思えた。
「これはおいしそうですね。塩焼きでもいいし、煮魚も悪くなさそうですし、色々と想像がふくらみます」
子供が新しいおもちゃを買ってきてもらった時のように、アイノの声は弾んでいる。
他にも新鮮な野菜、様々な布地、裁縫道具、クローゼット、毛布などをアルヴェナは出していく。
「布地から購入してきたのか」
ナツキは布地を触っていく。
木綿や麻のような手触りだった。
「はい。私がアルヴェナ様に頼みました。服などは私が縫いあげていきます。その方が安くて品質も高いでしょうし、私も暇にならないですから」
「いわれてみると、もっともなことだな。よく気がついてくれた、アイノ」
「いえ、当然のことです」
アイノはおじぎする。
「ベッドは次に持ってきます。予算などの関係がありますので、しばらくは毛布で我慢して下さい」
「ああ、ベッドは高いだろうしな。目立たないペースで購入してくれ」
「私は一番後回しでいいですとも。これだけあれば、当面は十分です」
「最後は私でいいさ。外にいることが多いだろうからな」
微笑を浮かべて譲り合う二人を見て、仲が良いことはいいことだ、とナツキは思う。
眷族同士で仲が悪くなれば、時には厄介なことになるだろうから。
その日、アイノが作った魚の塩焼き、デュロックの香草焼き、野菜スープは三人とも満足する美味しさだった。
アルヴェナは再度、地上へ戻ることになる。
その前に、アイノはアルヴェナに一つ頼み事をした。
布地で包んだ合成肉を、貯蔵庫の最奥へ移動させることだ。
◇ ◇
ナツキは無事に戻ってきたアルヴェナを見て、新たな眷族を作ることにする。
情報入手だけではなく、いずれはダンジョン宣伝のためにも、情報を操作するためにも、人間社会に溶け込む部下が複数必要であった。
自分が直接外へ出るのはリスクが高いし、効率も悪い。
一日、自分が滞在するだけでも神力が二百手に入る。
現時点では重要な収入であった。
なので、自分が直接出向く必要がある時以外は、外に出ないつもりだ。
消費神力と能力を考えて、無爵級魔族とドッペルゲンガーを一体ずつ眷族として召喚するつもりだ。
無爵級魔族は最低でも神力を500消費するが、それだけだと大した能力ではなく心もとない。
自分やアルヴェナのミニチュアバージョンとすべく、気配操作、気配察知、空間魔術、転移魔術などを組み込んでいく。
すると、消費神力が5000まで膨れ上がる。
(気配操作や気配察知の能力は合格点にほど遠いが、これ以上、神力を消費するのはもったいないな。後は鍛錬で補うとしよう。男にするか。アルヴェナは女だ。異性を揃えたほうがいいだろう)
セナドゥスという名前を思い浮かべて、ナツキは召喚する。
コアから闇があふれ、闇が消えると共に高校生らしき少年が立っていた。
黒髪、黒い瞳で、彫りが深くて美男子といっていいだろう。
(アルヴェナ同様、容姿が整っているな。スパイだと目立たないほうがいいのだが。これからは容貌もイメージしながら、召喚することにしよう)
セナドゥスの両目が開く。
「ナツキ様、どうも初めまして。誕生させていただき、ありがとうございます。これから、よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしくな。期待している。もう一体召喚するから、しばらく待っていてくれ」
「かしこまりました」
セナドゥスの様子を見て、ナツキはまじめそうな雰囲気を感じる。
(生徒会長をやっていてもおかしくなさそうだな)
ナツキは次にドッペルゲンガーの召喚を行う。
ドッペルゲンガーは容姿を自由自在に操れ、気配操作に長け、知性も高い魔物だ。
召喚に最低限必要な神力は5000だが、空間魔術、転移魔術、気配察知を付けたし、気配操作を強化する。
それによって、消費神力は7500となった。
(ドッペルゲンガーに性はないが、名前か。カミーロにするか)
ナツキはこれまで読んできた物語の中から、適当に好きな名前を選んでつけていた。
カミーロと名づけて、ナツキは召喚する。
すると、茶髪で茶色の瞳をした少年が立っていた。
セナドゥスと同じくらいの年に見える。
「これが召喚ですか。すごいですね」
セナドゥスは感心したような口ぶりでそういった。
「そうだな。初めて見たときは驚いた。それにしても、ドッペルゲンガーがどんな容貌で召喚されるか気になっていたが、一見普通だな」
「ドッペルゲンガーですか。いわれないとわからないですね」
その言葉とほぼ同時にカミーロの目が開く。
「俺をつくったナツキ様ですね。せっかく生んでもらえたし、それなりに働きますよ。よろしく!」
カミーロはいかにも陽気そうだ。
ナツキの目から見て、将来はホストにでもなりそうな雰囲気だった。
「ああ、しっかり働いてくれ。期待している。魔族のセナドゥスにドッペルゲンガーのカミーロ、お前らは同期同僚だから、仲良くやってくれ」
「セナドゥスっていうのか。俺はカミーロ、よろしくな!」
「こちらこそ、よろしく」
「さて、カミーロ。適当でいいから、容貌を変化させてみてくれないか」
ナツキがリクエストを出す。
「わかりました」
その言葉と共に、カミーロは小学生のような子供から、素朴そうな青年、かっぷくのよい壮年男性、白髪の老人と変化し、元の風貌に戻った。
「おお、大したものだな」
「これはすごいですね」
ナツキもセナドゥスもカミーロの七変化に見入っていた。
「ドッペルゲンガーなんだから、当たり前ですよ」
カミーロは気安くそう言う。
「しかし、女性には変化できないのか?」
ドッペルゲンガーに性別はないはずだ、とナツキは不審に思った。
「うーん、できないことはないですけど、苦手ですね。俺は男って意識ありますし」
「は?」
ナツキは唖然とした。
「ナツキ様がそういう風にイメージされたんじゃないですか?」
「……いや、少し待て」
ナツキは右手を顔にあてる。
(カミーロは物語では男の名前だった。そのイメージが混じったのか? 性別がないドッペルゲンガーならどちらでもよいと思ったんだが、次は気をつける必要があるな)
「その可能性はある。とりあえず、女性にも変化してみてくれ」
「どうもイメージしづらいですけど、やってみます」
カミーロは先ほどと同じように女子からお婆さんまで変化していくが、不自然だった。
ナツキからすると、美容整形を失敗したか下手な3DCGに見えるのだ。
「不自然だな。セナドゥスからはどう見えた?」
「……変です」
セナドゥスは申し訳なさそうにそういった。
「だろう。だから、変化したくなかったんだよな」
その言葉と共に、カミーロは元の姿に戻った。
「その姿が気に入ってるのか?」
「はい。これが自然体ですね」
ナツキの問いにためらうことなく、カミーロはそうこたえた。
「わかった。それではここの案内と他の仲間を紹介するとしよう」
(少し使いづらいが、ドッペルゲンガーはもう一体召喚するつもりだったから、男専用とわりきるか。やり直しなど、できはしないし。次は女の名前をつけるか)
ナツキは軽く苦笑する。
◇ ◇
セナドゥスとカミーロは居住区を案内されてアイノを紹介された後、ナツキに従い神殿へ訪れた。
「あそこに見えるのは神殿だ。毎日、祈るようにな」
ナツキの指示を二人は了承する。
「それで早速だが、二人に命令を出す。二人とも、気配の操作と気配、熱源、魔力の察知能力を鍛錬しろ。見本を見せてやろう」
ナツキは自分の気配、魔力を抑えて人間と全く同じようにする。
それと共に、セナドゥスとカミーロがこれまでナツキから受けていた威圧感がゼロとなった。
「……これはすごいですね!」
セナドゥスがそういえば、
「すっげぇ! ドッペルゲンガーの俺より、人間らしいや」
カミーロも目を丸くしていた。
「セナドゥス、カミーロ、この域に達するまで、ここで修行しろ。察知能力は今の五倍くらいでいいだろう。それまでずっとここでがんばれ」
「え?」
二人の声は見事にハモった。
セナドゥスもカミーロもきょろきょろする。
目に入るのは神殿と転移陣だけだ。
他には何もない。
「ああ、言い忘れてたな。食事は先ほどのアイノに毎日三食出させるし、トイレなら神殿の裏側にある。参拝者用のがな、それを使え」
「はぁ……」
そのため息のような返事すら、二人は息があっていた。
「ここは鍛錬するのに最高の環境だ。気が散ることもないしな。鍛錬、食事、祈り、睡眠。目標を達成するまで、これを繰り返せ。死ぬ危険もなく、実に簡単なことだ」
ナツキが本気なのを理解した二人は見るからに落ち込む。
特に陽気だったカミーロは、これまでと別人のようだ。
「これって、あまりにひどい待遇じゃないですか?」
カミーロは口を尖らせた。
「おい!」
セナドゥスがカミーロをたしなめる。
「確かにひどい待遇だな。それは認めよう。しかし、この鍛錬が終わったら、外へ出してやる。お前達がやる鍛錬は外へ出るために必要となるものだ。仕事はしてもらうが、報酬の半分は好きに使っていい。余暇も自由に過ごせばいい。今はいないが、アルヴェナという先輩もいるぞ。あいつは二日でやり遂げて、今は外にいる。戻ってきたら、会わせるとしよう」
「本当ですか!? 何食べてもいいし、女抱いてもいいんですか?」
「何を食べてもいいが、女って。性欲があるのか?」
「ありますね」
カミーロは断言した。
「……そうか」
本当にこいつはドッペルゲンガーなのか、とナツキは少し疑う。
しかし、容貌の変化も男性限定だったが、見事なものだった。
不承不承ながら、認めざるを得なかった。
「それはおいといて、約束は守る。さすがに二日では無理だろうが、がんばればやれるだろう。セナドゥスよりカミーロの方が早いだろうが」
ドッペルゲンガーであるカミーロの方が、気配操作についてはセナドゥスより優れていた。
「よっし! 気合入ってきた!」
「……がんばります」
カミーロは機嫌よくなるが、セナドゥスはいかにも憂鬱そうだった。
「五日ごとに様子を見に来る。元気でやってくれ」
「かしこまりましたであります、ナツキ様!」
「了解いたしました」
ナツキは転移陣を使って居住区へと戻り、セナドゥスとカミーロのみとなった。
「鬼のようなマスターだが、えさはぶら下げてもらったし、がんばるとするか」
カミーロの瞳には皮肉げな色合いが混じる。
「……ああ、命令だからな。がんばってやるとするさ」
「どうした? 景気悪い面して。こんなところで過ごすのはぞっとしないが、確かに死ぬことはない。いつかはクリアーできるだろうに」
カミーロは面白がるような口調でそうこたえる。
「俺とお前は同期同僚の眷族だよな?」
セナドゥスは深刻な顔つきをしていた。
「ああ、そうだな」
「俺はカミーロと仲良くやりたいと思っている」
「俺もそう思っているさ。当面、二人きりっぽいしな」
「だったら、お前は俺をおいていかないよな? 俺をこんなところで一人にしないよな?」
セナドゥスは無理やりに笑みを浮かべた。
「確かに同期同僚だな。それにお前とも仲良くしたいと、本気でそう思っているさ」
カミーロは極上の笑みを浮かべる。
「だが、仕事を達成したら、次の仕事をやらないとさぼってることになるだろう。俺はご主人様に忠実だからな。さぼるなんてできないさ。少しでも早く鍛錬を終わらせて、新たな任務につかないとな」
カミーロの返答はセナドゥスの予想通りだった。
獲得神力:
ナツキ三日滞在:600
アルヴェナ滞在分合計:6
消費神力:
セナドゥスの召喚:5000
カミーロの召喚:7500
監視システム:26000
収支:
-37894
残り神力:
56,650