ファイアボールよりクソを込めて
某チャットで立ち上がったシェアワールド企画の作品です。企画サイトに世界観や概要などが記載されていますので、まずはそちらに目を通していただければ内容がより理解できるかと思います。
企画のサイト
http://chaberinovel.web.fc2.com/
チャット
http://group.chaberi.com/group/775/
またこの作品は企画仲間が書いた作品から派生させたものです。その作品の紹介もさせて頂きます。こちらにも目を通していただければより理解が深まるかと思います。
流されがちなフォーシーム 著者:折角全 氏
http://ncode.syosetu.com/n9288bl/
半面は二度白くなる 著作:銀狼
http://ncode.syosetu.com/n2816bm/
「クソったれめ」
大狗 焔は校庭の片隅で薄汚れた体操服の上に青ジャージを着こむと、周りに聞こえるのも構わずそう吐き捨てた。その声を聞いてか聞かずか、女子生徒達の中から大狗の方に歩み寄ってくる者が居た。
三笠 天城は明らかに見下したような口調で切り出した。
「その程度であたしに勝てると思ってたの? あなた馬鹿じゃないの?」
彼女は先ほどまでの対戦相手、つまり異能実技で運悪く立ち会う羽目になった相手だった。
持ちかけたのは三笠の方で、大狗は他に相手が見つからなかったので仕方なく請け負った。彼女が大狗を選んだのは、大狗の格闘戦技術が決して高くないと知っていたからに違いない。大狗は彼女の異能の力で甚振られた後、難なく殴り倒されてしまった。というのも、大狗から殴りかかろうにもその度に指先の一部をほんの少しながら削られ、手出しが出来なかったのだ。
「ねぇ、分かってる? 女の子に負けたのよ? 恥ずかしいよねぇ?」
大狗が三笠に背を向けて立ち去ろうとすると、彼女は更に追い打ちをかけた。それは屈辱以外の何者でもない。大狗は震えながら右手を握りしめた。そしてゆっくり開き、意識を集中する。
「このメスブタめ……」
格闘の最中には火傷をさせてはまずいと自制していたが、ここまで罵倒されては後に引けなかった。呟きながら振り向き、三笠を正面に捉えて見据える。
「あら、あれだけやられてまだ戦う気? いいわよ、もう一度叩きのめしてあげる」
三笠はにっこり笑うと、大狗の方に向けてゆっくりと歩きながらそう言った。ブラジャーを着けていないのか、よく膨らんだ胸がゆさゆさと揺れている。大狗はそこに視線を集中し、同時に右手を大きく振り上げた。
いいだろう……そこに火を着けてやる!
振り上げた手の中で、ソフトボール大の火球が突如として発生する。それを見て三笠の表情が一瞬硬直するのが分かった。大狗は目の前の女が地面を転がって必死に火をもみ消そうとする光景を頭に描いた。最高の気分だった。
だが長続きはしなかった。すぐにその手首を掴んだ者があったからだ。
「おい……何やってんだよ」
大狗が慌てて手の主を見ると、篠原 佐久間の顔があった。彼は怒りの篭った目で大狗の顔を睨みつけ、ドスの効いた声で言った。
「あ……え……」
大狗は面食らってしまい、集中が切れたせいで手の中の火球もすぐに消滅してしまった。
ビュン! という何かが風を切る音が聞こえ、間もなく大狗の後頭部にとてつもない速さで激突するものがあった。自分の身に何があったのかさえ分からないまま、大狗はその場で意識を失った。
次に目を開けた時、大狗は何者かに両側から支えられ、立ったまま廊下を引きずられていた。
「あ、気がついたか……」
黒縁の眼鏡をかけた彼は大狗が起きた事を認めると、その場に立ち止まって大狗から手を離した。須和 博記。大狗が信用する仲間の1人だった。
「いやぁ、面白かったっスね。ホント面白かった」
もう片方の肩を支えてくれていた美吉 芹那はニヤニヤしながら大狗の正面に来て、彼の頬を軽くさすった。大狗は美吉の事も気に入っていた。コロコロ表情を変えるので、見ていて退屈しないからだ。彼女がその指を大狗に見せると、黒いインクが付着していた。
「無茶をするからだ。篠原の奴に蹴られてよく生きてたな」
須和は呆れたような表情で言った。
「止めようかと思ったんだが、近寄ろうとした時には篠原の後ろ回し蹴りがお前の後頭部を直撃した後だったんだ」
「いやあ、死んだんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたんスよぉー」
美吉は本当に心配しているのかどうか分からないような口ぶりで付け加えて、さも愉快そうに手鏡を取り出した。そして大狗に差し出して、自分の顔をよく見てみるように促す。
「男前になってるっスよ」
大狗は言われた通り自分の顔を確認し……次の瞬間には無言で手鏡を投げ捨てた。そしてすぐに右手に力を込め、火球を発生させる。
「ちょちょちょぉーっ! 燃やす気っスかぁ! この鬼ィ! 人でなし!」
「まぁ落ち着けよ。なぁ? 落ち着けって……」
美吉が慌てて手鏡に駆け寄る間、須和が大狗の右手に触れて軽く冷やした。物質の温度を操作する、彼の能力だ。氷水に浸かったような快さを感じ、大狗はまた火球を消滅させた。だが怒りが収まった訳ではない。
無理もなかった。大狗の額には黒いマジックで「マケイヌ」と書かれていたのだから。彼はジャージの袖で額を擦りながら、いかにも気に食わないという表情で歩き出した。
「食堂行くんだろ。席は取っといたぞ」
須和は呆れ顔で大狗に続き、ため息交じりにそう言った。彼の隣に美吉がつく。
「大狗さんの高血圧ハゲ! 火薬バカ!」
彼女はその後食堂に着くまでずっとまくし立てていた。
珍しい学校というのはそれこそクソほどあるが、大狗達の居る「遊星学園」はその中でも飛び抜けていた。何しろ「異能者」ばかりを集めているのだ。クソ珍しい!
行われる授業の中にも変わったものがあり、その筆頭がさきほどまで行われていた異能実技だ。各人の異能についての理解を深めたり、異能に対処する方法を実戦で学ぶというものだったが……異能についての知識を得られるという事の他には、大狗はただの憂さ晴らし程度にしか考えていなかった。
「一対一で正面から殴り合う? 冗談じゃない!」
彼は誰かを攻撃しなければならないなら、必ず後ろから襲いかかろうと決めていた。それも静かに近寄り、自分の存在を知られる事無く行いたい。そして相手が反撃する前に最大限の攻撃を行い、あとは尻尾を巻いて一目散に逃げる。強い相手なら尚更だ。
彼は戦いにおいて、戦術を最重要視していた。戦いというのは、特に学園を二分している「シリウス」と「アンタレス」との間で起こっている抗争の事だ。大狗や須和が所属しているシリウスは学園の中でも保守的と言われている勢力で、生徒会などを主軸に構成されている。対するアンタレスは革新的な考えを持ち、不良グループ的に振舞っている。学園の管理から脱出する事が目的という噂もあったが、少なくとも大狗の知る所ではなかった。
大狗がシリウスに所属している理由は、特に正義の味方を気取っているという訳でもなく、単に反抗するような気力も持ち合わせていなかったからだった。彼は決して模範的な生徒とは言えず、午後の授業や式典ではよく寝てしまっている。その散漫な神経を何かに集中させる事があるとすれば、心から愛する戦争ゲームをやっている時か、アンタレスを相手に実戦をやっている時ぐらいのものだ。
「……で、どうするんだ? 例のあれ」
須和は食堂のテーブルにつくなり、そう切り出した。大狗は大きなため息をついてから答えた。
「どうしようもない。生徒会の連中に渡して……その後は連中次第だ」
「けど責任者は大狗さんなんスよね?」
「クソッタレめ。やりたくてやったんじゃない。そもそもこいつは戦略的作戦だ。俺の手には負えない話なんだ」
美吉に答えると、大狗はテーブルに肘をついて自分の頭を抱えた。続けて諏訪も浮かない表情で声を漏らす。
「タイガーチャイルド《虎の子》作戦。俺もやりたくなかったよ」
「あたしもっスよぉー」
美吉が本心から言っている訳でないことは明白だった。彼女は大狗が声を掛けた時「え? なんか面白そうっスね!」などと二つ返事で承諾したのだから。
大狗がその戦略的作戦「タイガーチャイルド作戦」の実行チームを編成して実行する羽目になったのは、おそらくシリウスの作戦会議に顔を出しては作戦に文句をつける事が原因だった。お偉方のひんしゅくを買っているのだ。
大狗自身に悪気はない。シリウスの筆頭に立つ生徒会にももちろん無いのだが、問題は彼らがあまりに戦術を軽んじている事だ。全員という訳ではないが、とにかく人数を集めて正面からぶち当てる事しか知らないような人間さえ生徒会には居る。一騎当千に拘る者も居た。いずれも大狗に言わせれば「クソ」だ。「仲間の身を案じる脳もないクソはクソに顔を突っ込んでおっ死ね!」というのは、作戦会議から帰った大狗が必ず口にする台詞だった。
ともかく、彼はそのせいで身の丈に合わない汚れ役をやる羽目になった。「そんなに卑怯な事がしたいなら、この作戦をやってみろ」という訳だ。
「それで写真なんだが……」
不機嫌なのを隠そうともしない大狗に向かって須和が切り出したが、ちょうどその時彼らのテーブルに歩み寄ってきた人物が居た。真っ先に気づいた大狗が慌てて身を起こし、口の前に人差し指を立てて見せ、須和を黙らせた。そして何度か咳払いすると、人の良さそうな風を装って声をかける。
「あれ、海堂先輩じゃないですか」
海堂 雅人は大狗や須和より1つ年上の3年生で、いかにも体育会系という筋肉質の体格を持つ生徒だった。腕っ節が強く、さらに真面目な堅物だ。大狗はどちらかというと苦手だった。
彼は大狗に気づくと、すぐに答えた。
「ああ、大狗か。昼飯を食おうと思って来たんだが、どうも席が無さそうで」
大狗は自分の隣の席を勧め、海堂はそれに従って座った後、食事を取りに行った。
「しかしこれは、どういう集まりだ?」
戻ってきた海堂が食事を口に運びながらそう呟いた時、大狗は一瞬びくっとした。例の作戦の事を教えるべきだろうか? まぁいい、構うもんか!
「タイガーシッ……チャイルド作戦。アンタレスメンバーの秘密を探る戦略的作戦ですよ。この3人でその作戦をやったんです」
タイガーシット《虎のクソ》と言いそうになるのを堪えて大狗が答えると、海堂はすぐに難色を示した。
「それは確か、前の会議でボツにされたんじゃないか?」
その通りだった。反対多数でボツ案になった作戦だ。大狗も反対に票を入れた。
「仲間の恥ずかしいところを晒さらされるというのは、集団の結束に崩すのに良い手だ。少なくともそう言われている。実際の有用性を証明するために会議の結果がひっくり返ったのですよ、閣下殿」
大狗はうんざりしながら答え、軽く敬礼をして見せた。海堂はそれを目に留めると、今度は須和に言った。
「よくこいつに協力できたな」
「まあその、何だかんだで押し切られまして……」
須和の答えは真実のものだった。大狗自身、彼には悪い事をしたと思っている。しかしながら作戦を確実に遂行するためには、彼の能力が不可欠だった。
「お前は……いや、なんとなく推定できるが」
「面白そうだと思ったからっス」
美吉に対しては良心の呵責は一切なかった。だが彼女は実にいい働きをしていた。彼女ら2人と比べれば、大狗は何もしていなかったと言っていいぐらいだ。計画を練り、見取り図に汚い字でメモ書きをし、2人にああしろこうしろと命令していただけに過ぎない。
しばらくすると海堂は席を立ち、早足に食堂を出て行った。その時大狗に時刻を聞いた。急いでいたらしかったが、特に詮索する理由はなかった。
大狗達はその後しばらく食堂に居て、他愛もない会話を交わしていた。会話というより、殆ど大狗が「優れたアサルトライフル」について一方的に語っていたのだが。
だが大狗の演説は、それよりも遥かに耳に快い、この世のものとは思えない美しい声によって中断の合図を下された。
「あの、大狗さんで間違いございませんよね?」
瀬社 佳苗はどこか済まなさそうな表情を浮かべて、大狗に向かって声をかけてきた。
「間違いないぜ。どうしたんだよ」
彼が答えると、瀬社は軽く一礼して言葉を続けた。
「会長がお呼びです。海堂さんが例の作戦に対する報復を受けたと……」
「なんだと……」
大狗は絶句した。
「それで……俺達はどうすれば?」
さほどダメージを受けていなかった須和が大狗に問いかけた。大狗はしばらく考えた後、一言だけ答えた。
「指示待ちだ」
それ以外に言えることは無かった。勝手に動いてさらに事態をややこしくする事は絶対にしてはならない。十分に戦略を検討し、その上で指示が下されば、それを実行する。それしかない。
須和はそれを聞くと納得がいかないと言いたげな表情を浮かべたが、特に何を言うわけでもなかった。大狗は顔を伏せ、これから直面するかもしれない様々な状況を頭のなかに思い描いた。
「面白くなってきたっスねぇ」
ただ1人、美吉だけはやけに愉快そうだったが。