Chain93 初めて君を罵った夜
久しぶりに君をこの手で抱こうとした時、俺の視界に入ったモノは……
珍しく君から誘ってきた夜……
階下には、洗い物をしている母さんやチェスの再戦をしているK2と兄貴もいるのに、それを構う事無く誘うからそれに乗ってキスをした矢先の事だった。
「……何なの、コレ」
君のシャツに移動した手を止めて、そのまま視線を変えずに君に尋ねる。急に低くなった俺の声に、君は少し驚いて顔を上げた。
「何って?」
「君が分からない訳が無いよね。何なの、コレは」
戸惑う君を無視してはさらに問い詰める俺に、君は何の事だか分からずに困惑した表情を見せていた。
まさか、本当に分からない訳じゃないだろう?
コレも、俺を惨めにさせる為の演出だったって事?
「る、琉依? ごめん、本当に何の事を言っているの?」
完全に気分を害した俺はそのまま立ち上がると、そのまま机の方まで行っては引き出しの中に入れていた鏡を持つ。
そして、それを君へ乱暴に投げつける。
「きゃっ!」
鎖骨辺りに当たった鏡は、そのまま君のスカートの上に落下する。そして、その鏡をどう使えばいいのかも分からない君はただスカートの上に落ちたまま触れずにいた。
そんな君の傍に戻って、その鏡を手にして君の鎖骨と同じ高さに持って行ってはその部分を映す。
「あっ!」
俺が何故、気分を害したのかをやっと理解したのか君は鏡に映る“ソレ”を凝視していた。その表情からして、本当に気付いていなかったのかと思うが……そんな訳は無い。
君だって、鏡くらいは毎日見ているし……それにそんな服を着ていたら分かるでしょ?
その鎖骨辺りで醜く主張している……俺のでは無い……キスマーク……
そして、鏡を落としてはその手で醜い跡を隠す君。今さらそんな事をしても、もう手遅れだというのに何故そんな無駄な事をするのか……
「やっ!」
そんな君の腕を掴んでは無理矢理その手を剥がして再び露わになる……高月の所有印。
「そんな印をつけて、よく俺に抱かれに来たよね……」
まったく、どこまで君は俺を苦しめたら気が済むのか……。君の事を考えて、俺は今まで一度もキスマークをつけた事が無い。
そんなモノをつけなくても、君は俺のモノだとずっと思っていたのに……そんなモノを見せ付けられたら、俺がどうなるかって君は考えた事も無いの?
「ごめん、琉依。わたし……」
「いいよ、解ってるよ。君は俺にソレを見せ付けたくて……あの男のものだって言いたかったんだろ?」
「違う、そうじゃないの!」
そうじゃない? はっ、それなら何だって言うんだ?
その赤く染められた印は、君がアイツのモノだって言わんばかりの証拠じゃないか。無理矢理付けられたり、知らない間に付けられた訳じゃないのだから君が知らない筈が無い。
だから、そうやって言い訳をしようとする度に俺の中で苛立ちが増していく。それくらい……気づけよ、このバカ。
「まったく、俺をバカにするのもいい加減にしてくれよ……」
いくら幼馴染みでも、許せる事と許されない事がある。自分の事ばかりで、俺の事を考えようともしないその自己中心的で無神経な君にはもう……
「琉依、聞いて? 私……」
「……れ」
「えっ?」
それでも何とか言い訳をしようとする君は、必死になって俺の腕を掴んでは振り向かせようとする。しかし、その仕草もその口から発せられる声も今の俺にとっては憎いものでしかない。
しつこい君に、もう苛立ちを隠せないところまで来た俺はテーブルの上においていたカップを掴むと
ガシャーンッ!
「琉依!」
「帰れ! お前なんか、俺の前からさっさと消えてしまえ!」
カップを君に当たるか当たらないかという間近に投げつけては、君の横を過ぎて壁に当たって大きな音をたてて砕ける。
そして、蒼ざめた表情で俺を見る君を立ち上がって見下す。そして、君の上着を持って部屋のドアを開けると、乱暴に投げ捨てては視線を君へと移す。
まだ、ベッドの傍で座り込んでいる君の瞳からは怯えているのか涙が溢れている。
「琉依? 何か割れる音がしたけど、どうしたの?」
「大した事ないから、大丈夫だよ」
階下から聞こえて来た母さんの声に、俺はいつものトーンで答えると未だに出て行こうとしない君の腕を乱暴に掴む。
「い、痛い……琉依!」
「早く出て行けよ!」
廊下へ君を追い出すと、俺は勢いで倒れた君を構う事無く部屋のドアを閉めた。
「琉依、お願い……聞いて?」
「……」
ドア越しに小さな声で言う君の呼びかけにも、俺は無視を決め通していた。そして、傍にあった“K2”の撮影の書類に目を通す。
その間、何度も何度もドアをゆっくり叩く音が聞こえてくる。しかし、その音も俺は聞こえんないフリをしては決して視線をそちらに移そうとしなかった。
「……琉依っ」
しかしそれがすすり泣くような声に変わった時、俺は一度天井を見上げてため息をつくと、ゆっくりと立ち上がってはドアへと近付く。
そして、ゆっくりドアを開けた途端、君は涙を流しながら顔を上げる。そして、何かを訴えたいような表情を見せるが、泣いている為なかなか言葉を出せないでいる。
そんな君に俺は穏やかな笑みを見せると、君は溢れていた涙を拭いては安心したような表情に変わる。そして、そんな君が俺の服に手を伸ばそうとした時……
「邪魔だから、さっさと帰って」
今度は笑みを浮かべていたからなのか、その時の君の表情と言ったら何とも言えなかったよ。安心した途端、裏切られたような絶望の表情……そんな君の表情を最後まで楽しむ事も無く、俺は再びドアを閉める。
そして、ベッドの傍に座って書類に目を通している時、やっと階下から玄関の扉を開けて閉める音が聞こえて来た。
「そう……君も傷付いてしまえばいい」
そうなれば、君も俺の心が解るようになるから……。解るまで、いくらでも傷付いてしまえ。
後にも先にも無い、一度きりの琉依が夏海を罵ったお話です。しかも、女の子の顔面スレスレにカップを投げつけています(汗)