Chain91 いつかまた出会うときまで
大好きな仕事をしている時は、君の事なんて忘れられるし醜く歪んだ感情も捨てられた
“sEVeN”の撮影を終えて数日後……
トップブランドのデザイナーであるヴァンには休む暇も無いくらい仕事が詰まっているので、彼はイタリアへと帰国する事になった。
憧れの人物であるから、俺はK2と一緒に彼を見送るために空港へとやって来た。
『いやぁ、悪いね。わざわざ見送りにまで来てくれるなんて』
たくさんの荷物を預けた後、ヴァンはこうして俺達に笑顔でお礼を言ってくれた。ヴァンと共にやって来たイタリアの“sEVeN”スタッフは、まだ少し時間があるので辺りを散歩しに行っていた。
『彼らにとっては初めての日本だったからね、ホント好奇心が旺盛な彼らさ!』
自分のスタッフの話をしてはまた笑顔を見せる……本当に優しい人物だ。
『ヴァン、今度は俺もイタリアに行くから。その時はまた一緒に飲もう』
『そうだね! でも、その時は是非ルイも来てくれると僕は嬉しいな』
『えっ……』
何か意味ありげな視線を送るヴァンに、俺は僅かな期待を胸に抱いた。そして、そんな俺の肩にヴァンが自分の手を置くと、
『君はまだこれからの人物だ。もっともっと経験を積んで、また僕を驚かせてくれ』
『はいっ』
胸が高鳴る俺を見てヴァンはうんうんと頷くと、傍に置いていた大きめの紙袋を差し出しては俺に渡す。
『……?』
『いいから開けてみて』
戸惑う俺にヴァンはそう言っては開けるよう手でも促す。そして、言われるまま俺はその場で紙袋の封を開けると……
『……っ!』
『あれま』
声に出せない俺の反応の横で、K2が間抜けな言葉を漏らす。俺の反応を見ては嬉しそうにしているヴァン。
『こ、これは……』
『いいから、着てみて?』
やっと言葉を発した俺にヴァンはそれを着るよう勧める。そんなヴァンに俺は紙袋に手を入れては中身をゆっくりと出していく。
ヴァンが手渡した紙袋の中に入っていたのは……
“sEVeN”と大きくロゴが記されたジャケットだった。しかし、そのジャケットはただのジャケットでは無い。
彼のコレクションと大きな違いは……
“sEVeN”と記されたロゴと一緒に“RuI”と俺の名前がsEVeNスタイルで入っていた。
俺の名前……と言う事は。そんな意味を込めてヴァンの顔を見上げると、彼はまた笑みを浮かべて
『君が頑張ったから、僕からのご褒美です!』
ご褒美って……俺の名前が入っているのだから、もしかしてヴァンが俺だけのために作ってくれたというのか?
『“sEVeN”と“RuI”のコラボみたいな感じにしてみたんだよ』
してみたって、多忙なヴァンがそんな細かい事までしてくれたなんて……感激のあまりジャケットを抱き締めてしまう。
『けれど、君がもし僕の期待していたまでの仕事をしていたら、このジャケットは没にしていたんだけどね』
お茶目に笑っては舌を見せるヴァン。そんなヴァンを見てK2は俺の肩を軽く叩くと
「って事は、君はヴァンの期待以上の仕事をやり遂げたって事になるね」
「……マジで?」
ヴァンには分からないよう俺は日本語で尋ねる。するとK2は、ポンポンと頭に手を置いては笑顔を見せる。
『ヴァン! そろそろ行くぞ!』
『あぁ。それじゃあ、僕は行くよ』
同行スタッフの呼びかけに返事をしては、俺達に再び握手を求める。固く握手を交わした後、ヴァンは手を振ってその場を後にした。
そんなヴァンの後姿を眺めていた時
『ヴァン!』
思わず叫んだ俺の方を振り返ったヴァンは、その場で立ち止まる。
『俺、今よりももっと自分を磨いていくよ。そして、また一緒に仕事をしましょう!』
そんな俺の言葉にヴァンは笑顔を見せると、大きく手を振って応えては再び足を進めていった。
「いやぁ……あんな小さかった琉依が、こんな事を言えるようになるなんてね〜」
俺も歳をとったものだと笑いながら言うK2。そんなK2の方を見ると
「小さかったって、アンタはいつの話をしてるの」
ヴァンが居なくなった途端、いつもの冷めた俺の言葉にK2は顔を蒼ざめては無言になる。
「もう少し……ヴァンに居てもらえばよかった……」
そう呟くK2を放って、俺は空港を後にした。
――――その後
『ルイ! “sEVeN”の撮影をしたって本当かぁぁぁぁっ!』
『……』
数日もしない内に、リカルドから電話があった事は言うまでもない。
最後の最後で、リカルドのオチを入れてみました(汗)