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Chain90 憧れていた仕事と人物を前に


 俺の中に潜む狂気は、確実に俺の心を蝕んでいる……




 数ヵ月過ぎて俺はとあるスタジオに居る訳だが……


 「お久しぶりです、暁生さん」

 「おう! 元気していたか、琉依!」


 久しぶりに来たスタジオで握手をしては言葉を交わす暁生さんと俺。去年行ったアメリカ以来だから別に変わった所などないが、俺にとっては尊敬する人物の一人でもあるからやはり会えると嬉しくもなる。

 「今回、真琴さんも帰って来てるの?」

 「あぁ、今頃は夏海と一緒に出掛けているんじゃないかな?」

 ふ〜ん……せっかくの休日だから高月アイツと一緒に過ごすのかと思ったけれど、やはりご両親には勝てないんだな。

 そういう所はまだ残っているんだね……


 『ルイ!』

 聞き覚えの無い声で呼ばれたので振り向くと、そこにいたのは……

 『ヴァン……』

 ずっと目標にしてきた憧れの人物を前に、俺は思わず小声で呼んでしまった。

 ヴァンはそんな俺に笑顔でやって来る。間近で見るヴァンは、かつてはモデルをしていたと言う事もありかなりの長身で、俺も見上げる程だった。

 『カルロス=ヴァンです。君と直接会えて嬉しいよ』

 『宇佐美琉依です。貴方にお会いできて光栄です。よろしくお願い致します!』

 緊張しながら挨拶しては握手をする。とてもガッチリしたその手の感触は、とても印象的だった。

 『ヴァンはね、君が“べライラル・デ・コワ”のショーに参加していたのを観て今回のオファーを決めたのだよ』

 『べライラルの!?』

 暁生さんの言葉に思わず声を上げてはヴァンの方を見ると、彼は笑顔のまま頷いていた。

 “べライラル・デ・コワ”のショー……あのブランドには絶対欠かせない人物がいる。

 リカルド=テイラー……同じ舞台に立っていた彼ではなく、俺を選んでくれたのか? 今まではどんなに努力をしてきても、必ず俺の前に立ちはだかっていたアイツ。しかし、今回は……

 『待てよ……』

 そう言って辺りをキョロキョロと見回す。スタッフの陰やら機材など隅から隅まで、じっくりと見る俺に暁生さんは怪訝そうな表情で俺を見る。

 『何……しているんだ? 琉依』

 『いや、いつもならこの辺でリカルド(アイツ)の声が聞こえては現れるのになぁっと思って』

 アイツはそんなヤツだ。俺が安心した頃に、それを裏切るような形でやって来ては俺の心をかき乱すのだから。

 しかし、そう思っていた俺に対して暁生さんはククッと笑うと

 『心配しなくても、今回リックは日本にすら来ていないから』

 『ホント!?』

 暁生さんの言葉に、思わず俺はそう答える。そして、その後には自然と零れる笑み。

 リカルドではなく、俺を見ていてくれていたと確信できたから……


 『それじゃあ、早速始めようかな?』

 『はいっ!』

 今までの仕事よりもさらに力が入るのが感じられる。このひと時の一秒も無駄にしたくはない、俺の拳はきつく握り締められていた。


 今回、俺が着用する衣装が並ぶ部屋を前にして、鼓動が早くなってくる。そして、俺はスタイリストと話をしながら衣装に袖を通していく。

 まるで、初めての仕事の時のように時間の流れがゆっくりと感じる。

 モデルとして着用するまで着ないと決めていた“sEVeN”の衣装は、自分の身体に吸い付くようにぴったりと合っていた。

 そして、待ちわびていたその感触一つ一つが愛しくも思える。


 「じゃあ、琉依。そっちに入って」

 「はい」

 着替えて戻ると、すでに準備を終えた暁生さんが俺の立ち位置を指し示す。そして、俺はそこに立った瞬間、神経を集中させて視線を暁生さんへと向ける。


 「じゃあ、始めま〜す!」


 ―――――


 「……終わったよ」

 何点もの衣装に着替えてはカメラの前に立つ。その度に意識するのはその写真を見るであろう人たちや、暁生さんの傍でお手並み拝見と見ているカルロス=ヴァン。

 何回も撮影をしているのに、その間のヴァンの表情は全く変わることが無かった。しかめる訳でもなく、笑顔になることも無く……そのヴァンの真意を、俺は掴めないでいたから撮影後に残るのは不安ばかり。

 彼の期待に応えることが出来なかったのか……もしかすると別のモデルに変えられるのか……そんな風に思っていると


 『ルイ!』


 呼ばれたほうを振り返ると、ヴァンが入ってきては俺の方へと進んできた。そして、目の前に近付くと俺の両手を握り締める。

 『良かったよ! やっぱり僕の目に狂いは無かったね!』

 良かった、良かったと言っては俺の両腕を振り続ける。抱いていた不安を砕くような発言に、俺はただ唖然としていた。 

 『それじゃあ、俺のポラは使って貰えるんですか?』

 『何を言ってるんだい! 当たり前じゃないか!』

 ハッハッと笑っているヴァンが手にしていたのは、さっき撮られた俺のポラだった。けど……

 『け、けれど……撮影の間、ヴァンの表情が硬かったから。だから、結構不安になったのですが……』

 『あぁ、それ?』

 俺の不安にしていた一言も、ヴァンは一笑しては説明し始める。


 『俺ね、撮影中は表情を一切変えないでいるんだ。それは、俺が笑ったり暗くなったりするとモデルが舞い上がったり焦ったりしてベストの撮影に取り組めないからね』

 あ……なるほど。確かに、不安にはなったけれどそれは撮影が終わってからだし、撮影中は気にする事無く自分の思うままに取り組めた。

 『途中で少しでも褒めると、調子に乗ってしまうモデルもいる。だから、僕は何もしないで無表情のままなんだ』

 モデルの事も考えている、そんなヴァンに俺は改めて尊敬の念を抱いた。ホッとした俺に、ヴァンは手を差し出すと

 『いい仕事が出来て嬉しかった。君とはまた一緒にやりたいね』

 『あ、ありがとうございます!』

 ヴァンの嬉しい言葉に、思わず強くその手を握り締めた。


 憧れの人物との仕事は、俺にとっては一生忘れられないものとなった。


 ……


 「あっ、次はK2とも仕事があるんだ……」



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