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Chain89 バカとカマの迷惑なやりとり2


 大好きな仕事をしている時は、君の事など忘れられる……この時はそう思っていた。




 数日後……


 「へぇ、独学にしてはなかなかの出来だよ」

 「ホントですかぁ? 嬉しいわ」


 ある休日の昼間、リビングで雑誌を広げている俺の近くで繰り広げられるこの会話。知らない人が声だけを聞けば、中年の男と若い女性の会話に聞こえるのだろうけど……

 実際は……


 「うん、結構良くなってきたじゃないか伊織」

 「わ〜い! 褒められちゃった!」


 K2(バカ)と伊織カマが繰り広げる会話。俺からの連絡でK2がしばらく日本こっちにいると知った伊織が、こうしてやって来た訳なのだが……

 「ベースがこれだと、ボタンの色が少し浮いている感じがするから……」

 「裾の方に少し工夫を入れたのだけど、どうかしら?」

 など、完全に二人の世界になっている。

 しかし、普段は親父さんによって縛られている生活を送っている伊織にとって、今回のK2の帰国はとても嬉しい事だったに違いない。

 かつて俺が連れて行った“K2”のショーを観ていた時の、伊織の表情が今でも心に残っている。

 煌びやかなステージを歩く“K2”の作品を身に纏ったモデル達。“K2”の作品の良さを最大限に生かして披露する彼らを俺は見ていたが、伊織はその作品に心を奪われていた。


 『いつかはアタシもあんな作品を作って、そしてこのような大舞台で披露したい』


 伊織の中でそんな夢を抱かせるのには充分すぎるほどの演出だった。

 そして、あれから十年以上経った今……伊織はこうして独学ながら作品を作っては、憧れの人物でもあるK2の隣で教えを受けていた。

 たとえ、親父さんに反対をされていても、確実にその夢は現実へと向かっていっている。そんな伊織を、俺はずっと羨ましく思っていた。


 「さあさあ、一旦その辺で終わりにして昼食にしましょう?」

 「ああ、そうだね。じゃあ伊織、食事にしようか?」

 「あらあら! ごめんなさい、アタシもお手伝いするべきだったのに」

 母さんの一言で、二人の手も止まり昼食の時間が設けられる。俺も母さんに促されて、読んでいた雑誌を置いて席につく。


 「ところでさぁ、しばらく会わない間に伊織の言葉遣いが変わったような……」

 「あら? アタシは生まれた時からこんな口調よ?」

 そんな訳ねぇだろ……小学生の頃は、確かに自分の事を“俺”って言ってたぞ! それが俺もしばらく会わないうちに、そんなカマ口調になって……

 「でも、私はそんなにも違和感を感じないけど?」

 俺の心の中を見通したかのように母さんが言うと、伊織はまた黄色い悲鳴をあげながら母さんに抱きついているし……

 「ところで、響一さん達はいつまで日本こっちにいられるの?」

 「そうだな〜。とりあえず二ヶ月はいようかと思っているんだけど?」

 な、何だって? 母さんは別にいいとして、このK2(バカ)もいるのか? しかも二ヶ月だなんて、長すぎる!

 「まぁっ! それじゃあ、アタシもまた色々な事、教えてもらえるわね」

 「そうよ! あなたはこれからの人なんだから、頑張りましょうね!」

 って、口調がうつってるぞ! K2に憧れる伊織ならいいかもしれないが、俺や兄貴にとっては苦痛にしかならない。


 「それより、伊織は彼女は居ないのかい?」

 「彼女? そうねぇ……可愛いなって子はいるんだけど〜」

 可愛いなって……それは梓の事だろ? 以前、俺が伊織の舞台に梓を連れて行ったものだから、そこから親しくなって気に入ったのだろう。

 俺の可愛い可愛い梓なのに、こんなカマに気に入られちゃって……

 もし、梓がこのカマと付き合うようになったらどうしよう。


 「最悪だわ……」

 「何を言ってるの、アンタは」

 俺の呟きに、伊織が怪訝な顔をして尋ねる。

 しかし、こうして両親と一緒に食事をしたり親友とこうしてバカを言い合ったりすると、俺の醜くなりつつあった心に光が差し込んだように気分が良くなる。

 俺を否定する人間……それがたとえ君であろうとも心身ともに傷付いてしまえばいい……なんて思っていたのに、それもまたどうでも良くなってくる。

 ずっと……こんな時が続けば、俺は君の事など忘れられるのかな……


 そう思っていた俺だけど、既にそんな事では隠し切れない程……俺の中にいる狂気は確実に蝕んでいた。

 それは、今の俺自身も気付かない位ゆっくりと……ゆっくりと……


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