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Chain87 バカとカマの迷惑なやり取り


 俺を拒む君なんて……

 傷付いてめちゃくちゃになってしまえばいい……

 そんな君でも、俺なら愛せるから




 俺の心の中が、君を傷つけたいと思っていたその時……


 「琉依。伊織が来たぞ〜」

 あれからしばらくして、兄貴がドアを開けてはそう言う。そして、そう言った兄貴の隣には、久しぶりに見る伊織の姿があった。

 「伊織!」

 「お久しぶり〜! 元気……じゃないわよね」

 素直に喜ぶ俺に、伊織は苦笑いしながら部屋に入ってきた。


 ―――――


 「本当に久しぶりだな。まさか伊織が来てくれるとは思わなかったよ」

 再び兄貴が自分の部屋に戻った後、俺は上半身を起こして伊織と話し始める。久しぶりに見る伊織は高校の時とそう変わってはいないが、進路については何も聞いていなかったので今は何をしているのか気になっていた。

 「ホント。アタシも出来るだけ早くアンタに会いたかったのだけど、ちょっと色々あってね……」

 少し表情を暗くする伊織。色々とは、恐らく家の事情だろう。日舞の家元である親父さんとは昔から何かと対立していた伊織は、心休まる時もそう多くは無かったから俺たちとは疎遠になりがちだった。

 俺も、自分が原因で伊織と親父さんをそんな関係にさせてしまったから、のこのこと家に伺う事も出来なかったし。

 それでも伊織の事は気になっていたから、こうして来てくれたのは本当に嬉しかった。


 「ところで、アンタ倒れたのですって? 入学式早々どうしたのよ?」

 「兄貴から聞いたの? 大丈夫だよ、ただ眩暈を起こしただけだから」

 倒れるなんて珍しいといった顔で覗いている伊織に、俺は大丈夫と笑顔を見せながら答える。しかし、そんな時だった。


 「お邪魔します〜!」


 階下から聞こえるのは、間違いなく渉の叫び声。そして、すぐに聞こえてくる階段を豪快に昇ってくる音。

 「あら? 一体、何事かしら?」

 突然の出来事に驚く伊織は、そう言ってドアを方を見る。それにつられて俺もドアを見ていると、徐々に近付いていた音は部屋の前でとまり


 「琉依! 元気か〜?」


 バンッとこれまた豪快にドアを開けたと思えば、また豪快に声を出す渉。そして、そんな渉は部屋にいた伊織に視線が移る。

 「あれ? お客さんだ〜」

 「こんにちは」

 さも自分の家のように言う渉に、伊織は初対面でもある渉に丁寧に挨拶する。

 「こんにちは〜」

 それに対して、渉もそのテンションを下げずに挨拶をする。そして、伊織の姿をまじまじと見た渉は……

 「琉依。お前、やっぱり美人が好きなんだなぁ」

 ……あっ? 渉はそう言っては、伊織を頷きながら眺めている。

 もしかして、この馬鹿は伊織をオンナと勘違いしているんじゃ……

 「でも、彼女? この野郎はかなりの女好きだから、気をつけた方がいいよ」

 「それくらい知っているわよ。この馬鹿の女好きは、一生治らないんだから」

 渉の勘違いにも訂正を入れず答える伊織。そんな二人は一方的な誤解を含めたまま、俺の悪口を堂々と俺の前で語り合っていた。

 ……ていうか、ここは俺の家だぞ? それなのに、一応病人である俺を放っておいて何を談笑しているのか。


 「……で、名前は何ていうの〜?」

 いつの間にか仲良くなっている二人。渉はやっと伊織に名前を聞いてきた。

 「東條伊織よ。琉依と同じ年だから、貴方とも同じかしら?」

 「伊織ちゃんかぁ。俺は一ノ瀬渉! 俺も伊織ちゃんと同じ年だよ」

 伊織ちゃん……気持ち悪さ通り越してだんだん笑いが込み上げてきた。どうしよう、この馬鹿に早く本当の事を言わないとマジで笑ってしまいそう。

 そんな俺の気持ちなど知る由も無く、渉は再び伊織を見ると首を傾けて

 「う〜ん。それにしても、どうして君みたいな美人が琉依みたいなのがいいのかなぁ」


 あっ、この馬鹿!


 「琉依のどこに惹かれているの? 顔? 性格? あっ、性格は悪いか……」


 あ〜もう、それ以上は言うなって。俺は一人暴走する渉に、頭を抑えてしまう。ふと横目で伊織を見ると、やはり俯いてかすかに震えているし……

 「もしかして……もう喰われちゃった?」


 ブチッ


 「ん? 今、何か音が聞こえたような……」

 「この、馬鹿野郎ぉぉぉぉぉっ!」

 完全にキレた伊織は、そう叫ぶと渉を思い切り殴っていた。言葉とは似合わない男らしい腕力で、渉は軽く飛んで椅子に身体をぶつけていた。

 「い、いってぇ……てか、何……」

 「いいか! よく聞けよ? “俺”は琉依の彼女でもセフレでも何でもねぇんだよ!」

 出た、伊織の“俺”……自分の事を俺と呼ぶ時は、完全にキレている時だからなぁ。渉が言い終わる前に、伊織は渉の服を掴んでは睨みをきかせて言い放つ。

 「い、伊織ちゃん。キレているからって何も俺って言わなくても……」

 しかも、この馬鹿はまだ気付いていないし。伊織もため息をつきながら、渉の頭を一発殴る。そして、掴んでいた服から手を離すと、その場を立ち上がって着ていた上着を脱ぎ捨てる。

 「……あれ?」

 目を点にしている渉の視線の先には、当たり前だが平らな上半身を見せている伊織。まぁ、渉にとっては本来あるべきものが無いから驚くのも仕方がないわな。

 「これでわかったかぁ! 俺はオトコなんだよ!」

 そう言って、伊織は再び渉の頭を叩く。しかし、それでもまだ整理が付かない渉はしばらく考え事をしていると、ようやく理解したのか今度は手を叩いて顔を上げる。


 「それじゃあ、お前はアレか! オカマか!」

 「オカマじゃねえぇぇぇっ!」


 何も考えず言うから、渉はまたまた伊織の鉄拳を受けていた。伊織は確かにカマ言葉を話すけれど、心はれっきとしたオトコだからなぁ。一応、女の子が好きだし。

 「ったく! 女と間違うだけならまだ許せたけど、琉依の彼女扱いするわオカマと言うわ……何て失礼なヤツなんだよ!」

 「ってぇ……ややこしい外見と喋りをするからいけねぇんだろ?」

 さっきとはうって変わって睨みあう二人。そんな二人の間で、俺はやれやれとため息をつく。あれ? そういえば……

 「そういえば、伊織。お前、何か用事があったんじゃないのか?」

 「えっ? あっ、そうだわ!」

 何気なく言った俺の問いかけに、伊織は再びカマ口調に戻って答える。そんな伊織を訳が分からないといった感じで見ている渉。


 「あのね、聞いて頂戴! アタシ、大学に進学したのよ!」

 「えっ!?」

 伊織が進学? あれだけ親父さんと争っていたのに、それを乗り越えて進学できたのか?

 「親父さんも許したのか?」

 「ええ。それなりの約束もしたし、アタシにもちゃんとけじめってものがあるのだから」

 けじめ? 首を傾ける俺に、伊織は更に話を続ける。

 「それでね、アタシの進学先である大学ってどこだと思う?」

 少しにやつきながら尋ねてくる伊織。もしかして……

 「香学館大学か?」


 バキッ!


 横から口を挟む渉を欠かさず殴る伊織。ちなみに香学館大学は、女子大なのでキレても仕方がないわな。

 「違うわよ、馬鹿! 聖南学院大学よ!」

 「はっ?」

 「げっ!」

 伊織の思いがけない言葉に、俺は驚きのあまり声を上げてしまった。渉は明らかに嫌そうな顔をしている。だから、また伊織に殴られているが。

 「聖南って、マジで? 俺らと一緒じゃねぇか!」

 小学校以来同じ場所で過ごせる事に、俺は嬉しさを隠せなかった。伊織もまた、渉の事を放っておいては俺に笑顔を見せる。

 「まぁ、アタシは芸術学部だから琉依たちとは別々ですけど? それでも、また一緒に馬鹿できるわね!」

 手を合わせて喜ぶ伊織に、俺もまた笑みを浮かべる。そんな時、ふと伊織は部屋の時計を見る。

 「あら、もうこんな時間。ごめんなさい、アタシ今から稽古に行かなくちゃ」

 慌ててそう言うと、その場を立ち上がって帰る支度をする。そんな時でも、またからかう渉への制裁は欠かしていないが。

 「あっ、そうだわ」

 部屋を出ようとする伊織は、ふとその場で立ち止まるとポケットから何かを取り出して俺に渡してきた。

 「今度、舞台があるのよ。よかったら来て頂戴」

 そう言って俺の手にチケットを渡す。

 「じゃあね」

 伊織はそのまま部屋を出て俺の家を後にした。


 久しぶりに伊織と同じ学び舎で過ごす事が出来る。その嬉しさに俺は思わず笑みを浮かべてしまった。



 今回、やっと伊織と渉をオトモダチ(?)にする事ができました! 最後で、伊織が渡したチケットこそシリーズ第2弾に繋がり、梓と伊織が出会う事になります。

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