Chain8 芽生えた欲望から
お互い自由になれると思って君を突き放した俺。
君はそんな俺の事をどう思っていたの?
「宇佐美クン、いる〜?」
「琉依ー! 二年の先輩が呼んでるぞ〜!」
ドアの傍で立っている渉の方へ行くと、そこには見たことも無い二年の女生徒が立っていた。そんな彼女に俺は近付いて愛想笑いを見せると、彼女は俺を強引に引っ張って
「話があるの、来てくれる?」
来てくれるって、もう既に腕を引っ張っているから返事も出来ない状態なんですが。そう思いながらも俺はただ彼女に引っ張られるまま、体育館の裏へと着いていた。
「……で、話とは何ですか先輩」
「先輩だなんて、二年三組の香山桜。桜って呼んで?」
少し怒り気味に言ったのにも関わらず、彼女はそんな俺をよそに笑顔で答えている。たった今知り合ったばかりの女を、どうして急に名前で呼べるのだろうか……。呆れながら彼女の方を見ると、やっと本題を言う気になったのか彼女が少し真剣な顔で見つめてきた。
「宇佐美クン、私と付き合って!」
出た……。ありがたいと言った方がいいのか、こんな台詞を言われたのは入学してこれで何回目だろうか。しかもちゃんと知りもしない人物ばかり。
“お前って、かなり顔も綺麗だしスタイルもいいから目立っているんだよ!”
いつの日か言っていた渉の言葉を思い出す。でもだからって、それだけですぐに付き合おうとかの話になるのか? そういうモノなのか?
「ねぇ〜、宇佐美クン?」
「あっと……ですね、先輩の事よく知らないので付き合うとかそんな事考える事も出来ないのですが……」
考え事をしていた俺に痺れを切らせて声を掛けてきた先輩に、俺は思っていた事を素直に話した。大抵はこれで諦めてくれるから、今回もこれで大丈夫……
「――!」
そう思っていた矢先にされた、不意打ちのキス……
唇が離れた後、思わず目を大きく開く俺に対してぺロッと舌を出して笑う先輩。
「ごちそ〜さま!」
いかにも慣れているとしか言いようのない彼女の仕打ちに、俺はただ眉をひそめて睨むしか出来なかった。
「もしかして、これってファーストキスだったりした?」
少しバカにしたような顔をして彼女は覗き込んできた。そんな質問をこの間十三歳になったばかりの俺に聞く事なのか? ファーストキスに決まっているだろ? 女じゃないけど、それでもファーストキスは大切な人とって決めていたのにそれをこんな場所でこんな女にこんな形で! 奪われてしまうなんて……
色々な事が頭の中を駆け巡っている中、彼女はそれでも俺の方を何か挑戦的な目で見つめていた。
「意外〜! あの宇佐美クンでもキスまだだったんだ!」
だからまだ十三歳になったばかりなんだから! って思っても、この女の周りではそんなのは通じないんだろうなぁ。
それでも俺はすぐに我に返って彼女の方を見て笑顔を見せると、そのまま一歩ずつ近付いていっては彼女を壁に追い込んで両手で逃げ場を失くす。
「宇佐美クン?」
「それなら、先輩が教えてよ? 初めてのコトをイロイロとね」
「うさ……!」
彼女の言葉を最後まで言わせないよう、俺は彼女の唇を自分の唇で塞いだ。彼女の仕掛けたキスなんかよりももっと深いキスで、彼女の意識が朦朧とするくらい窒息させてやる勢いのまま俺は離れなかった。
「……っはっ」
やっと離した後の彼女の顔からはさっきまでの優位に立っていたような表情は既に無く、頬は赤くなっていて瞳も細めていて息遣いも荒くなっていた。
「ほ、本当に初めてなの? し……信じられない」
まだ苦しそうに息をしながら俺を見る彼女に、俺は変わらない笑顔を見せると
「初めてだよ? だから責任とってよね、桜サン」
「待っ……」
彼女の答えを待つことも無く、俺は彼女の手を掴むと再び引き寄せて唇を重ねた。少し目を開くと、目の前には更に顔を赤らめてなおもキスに応える彼女の顔。さっきまでの余裕はどこへ行ったのやら、彼女はもう俺の……虜。
「宇佐美く〜ん! ちょっと、どういう事?」
「ん? 何が〜?」
その日の昼休み、渉と昼飯を食っている所に数人の女子が駆け寄ってくる。弁当を食べている渉をよそに、何事かと思いながらも彼女達に聞き返すと
「何が〜? じゃないわよ。二年の香山先輩と付き合っているってホント?」
あぁ、何だその事か。しかし、そんな俺とは反対に今度は渉も混じって彼女たちは俺の返事を待っている。
「てか、マジかよ? 琉依、それってさっきの人だよな?」
「ねぇ、嘘だよね?」
渉と彼女たちの顔が徐々に近付いてくるので、思わず後ろへと下がっていく。すると、近くには友達と一緒にいた君も話が聞こえたのかこちらを見ていた。
そんな君から視線を逸らすと、フーッと一度呼吸をするとそのまま頷いた。
「そうだよ。告られちゃったから、付き合うことになり……」
「いやあぁぁぁぁっ!」
最後まで言うのを待たずに、彼女たちは教室から去っていってしまった。そんな俺に残されたのは、目の前で驚きの表情を見せたまま固まっている渉のみ。
そしてふと君の方に視線を移したが、いつの間にか君もまた友達と話をしていてこちらを気にするような素振りは見せていなかった。それでも君にもちゃんと聞こえていたはずだよね? 俺が先輩と付き合うって言った事。
ねぇ、あの時の君はそんな俺の事をどう思っていたの?
琉依たちの中学では学年を靴の色で識別されています。そこから、渉が判断できたわけです。
さて、ファーストキスは好きな人とやあっちの知識についてはまだ早いとか、ここまではまだ純粋な琉依でしたが、桜に挑発された事によってあの“変態大魔王”の角が芽生え始めて来ます。