Chain84 これでバイバイ
高校生最後の場所として選んだのは、かつて俺が最も愛しいと思った相手がいる愛しい場所だった……
そして、俺たちは今……
騒いでいた女の子たち(&教師たち)もどこかへ去っていき、俺は改めて呼吸を整えて保健室の椅子に座る。
そんな俺に対してまだ笑みを浮かべながら綾子サンはコーヒーを手渡してくる。それを受け取って一口喉に入れると、もう一度深いため息をついた。
「あ〜、もう突然来るんだもんなぁ……ビックリしたよ」
「相変わらずモテるのね〜」
人事だと思って……俺はもう一度ため息をつく。
ふと、落ち着いたせいか改めてこの場所を確認する。そう、ここはかつて俺が一番好きだった場所。愛した女性と校内で唯一過ごせる事が出来た思い出が多い場所だった。
「な〜に? 何を思い出しているのかしら?」
辺りを見回している俺に気がついたのか、俺の傍にやって来てはそう囁いてくる。俺は少し顔を赤くさせながら振り返ると、綾子サンはイタズラっぽく微笑んでいる。
「センセイ……」
「嘘、嘘。何だか宇佐美クンを見ていると、ついからかいたくなっちゃって」
声に出して笑いながらそう言う綾子サンは、何だか以前と比べて感じが変わっていて更に魅力的になった感じがした。
以前のクールな綾子サンも俺は好きだったが、今の綾子サンも何だか悪くない。
付き合っていた時とは違う新たな綾子サンの魅力に、俺は驚きを隠せないでいた。
「式での宇佐美クンの答辞を読む姿、結構格好良かったわよ」
お互い椅子に座って話し始めた時、ふと綾子サンがそう言う。しかし、改めてそう言われると何だか照れくさいような……そう思いながら、俺は微妙な笑みを見せる。
「答辞を読み上げている時、少しだけこちらを見たでしょ? 何を考えていたの?」
綾子サンってこんなにも意地悪だったかな? 俺が知っている綾子サンはこんな意地悪な質問なんかした事がなかったのになぁ。
そして、俺はもう何度目か分からないため息をつくと綾子サンの方を見る。
「そんな事、言わなくても知っていると思うけどなぁ」
俺の答えに綾子サンはクスッと笑いながら、“まあね”と答える。ほら、それなのに言わせたいのが意地悪なんだ。
全く……年上だからだろうか、付き合っていた時から綾子サンはこうして俺の事をからかっては楽しんでいた。
まぁ、そんな所を含めて俺は好きだったのだけど。
「聖南学院に進学するのでしょう? さすがは宇佐美クンね。おめでとう」
「ありがとう。でも、まだそれから先の事は考えていないから大学に通いながら考えていくよ」
俺の返事に綾子サンは笑顔を見せると、何かを考えているような表情に変わっては俺の方を見る。
「何?」
そんな綾子サンに俺は同じく笑みを浮かべながら尋ねる。すると、綾子サンは俺のシャツを掴んできては懐かしい表情へと変わる。
その表情は、教師としての物ではない……かつてお互い愛し合っていた時のものだった。
綾子サンはそんな表情を浮かべながら掴んでいたシャツを放さずに立ち上がって俺のすぐ傍まで近付く。そして……
「沖縄で出会ってから、付き合って別れてそして今まで……本当にありがとう。私、琉依クンと出会えて本当に良かった」
琉依クン……久しぶりに聞く綾子サンからの呼び名。別れてからはお互いを“川島センセイ”と“宇佐美クン”と呼び合っていたから、一年以上ぶりだった。
かつて呼ばれただけでも嬉しいと感じていたその呼び名が、久しぶりに俺の心を心地よくさせていた。
そして、そのまま俺は目の前にいるかつての恋人に懐かしい眼差しを向けると、
「俺も。少しの間だけだったけど、綾子サンと一緒に過ごせて本当に嬉しかった。俺の方こそ何度お礼を言っても足りないくらいだよ」
綾子サンと同じく、俺もまた彼女の事をかつての呼び名で呼ぶ。そして、お互いが自然と近付き触れ合うと、そのままお互いの背に手を回してさらにその身体を……ぬくもりを感じあった。
こうして再びお互いのぬくもりを感じあえる……普通の元恋人同士なら考えられない行為かもしれないが、俺たちはそんな事気にする事無く出来る。
それは、俺たちが別れた時がお互いにとって最もいい時期だったからなのかもしれないから……
「それじゃあ、俺行くね」
「えぇ」
どちらかとも無く離れると、俺はドアの方へと歩き始める。最も愛しく感じたこの場所とも……そして、かつて愛していた女性ともこの部屋から出たらそれもまた過去の事になる。
そして、ドアを開けた時、再び綾子サンの方を見る。笑顔で立っている彼女は、かつて見せていた悲しみの表情など見せること無かった。
「バイバイ」
そして、俺は部屋を出てドアを閉めた……
これで完全に高校生編が終わりました。次回よりやっと聖南学院編を展開させていきたいと思います。かなり長く続いた高校生編を読んで下さり、本当に有難うございます!