Chain83 様々な出来事が残る場所から今……
もし……もしあの時、俺自身が君の傍にいたいという願望を振り切って別の生き方を考えていたら……
俺は今、此処には居なかっただろう
そして、俺たちは……
「卒業生代表、宇佐美琉依」
「はいっ」
今日で俺たちはこの一宮高校を卒業する。教頭に呼ばれた俺は返事をして立ち上がると、壇上へと上がり答辞を述べる。
たまに視線を卒業生の方へと向けると、どこを見ているか分からないくらいボーっとした男子に、必要以上に目を輝かせながら俺の方を見ている(たまに手を振っている)女子。
笑みを見せている梓に欠伸を見せている渉。そして、ただ真っ直ぐに俺を見て答辞を聞く君。
そして……
そのまま俺は視線を教師達の方へと移し、そこで一際美しく輝く綾子サンを見つける。彼女もまた俺の視線に気付くと、穏やかな笑みを見せて返してくれる。
かつて俺が初めて心から愛した女性……
“それでも俺は、今すぐにでも貴女にキスしたいしこの手で抱きたい。壊れてしまうくらい、貴女を抱き締めたいよ”
“琉依クン、あなたは大人びているだけなのよ。自分の知らない世界に憧れていて、それが年上の人間に重ねてしまっているだけ”
“俺の方を見て……”
“……会いたかった”
“お願い、他の人の所へ行かないで……”
“どこにも行かないよ。俺には綾子サンだけだから……”
口からはそれぞれに感謝を述べる事を発しているが、その間も頭の中では彼女との出来事を思い返していた。
初めて愛する事を与えてくれた女性……そんな彼女に対しても俺は感謝の意を込めていた。
―――――――
「よし、終わったぞ! 短いようで長かったこの一宮高校での生活ともお別れだ!」
卒業式を終えた後、俺と君、そして渉と梓の四人で最後に屋上へとやって来た。そして、卒業証書が入った筒を高く上げては大きく叫ぶ渉。そんな渉の隣では泣いている梓と抱き合う君の姿。
そして俺は、教室よりも落ち着いて好きだったこの屋上の地面に寝転んで空を見上げる。そんな俺の傍に渉はやって来ると、意地悪そうな笑みを見せる。そして……
「よかったですね、留年にならなくて〜」
「いやいや、もし留年していたら可愛い女の子入学して出会えてかもしれないなぁ」
渉の嫌味にも俺は余裕を込めて答える。そんな俺の返事に対して渉は大きく目を開くと
「そうだな! あ〜、もし本当にそんな子が入学してきたら勿体無いなぁ」
勿体無いなぁって……アンタ、蓮子が好きなんじゃなかったの? 冗談でもガックリと肩を落とす渉に、俺は呆れた眼差しを送る。
「でも、此処を卒業しても私達はまた一緒だね!」
いつの間にか泣き止んだのか、梓が俺たちの方へ来てはそう嬉しそうに言う。そんな屈託の無い笑みを見せる梓を見ていると……
「そうだね〜。俺と梓はまた一緒に居る事が出来るねぇ」
「きゃああぁぁぁっ!」
思わず抱き締めた俺の耳元で大声で叫ぶ梓。かなりのダメージに思わずその手も緩んだのに、更に渉による鉄拳が追い討ちをかける。
「この馬鹿野郎! 最後の最後までお前は発情しやがって!」
関節を鳴らしながら、渉は俺の前に立ちはだかる。全く……これも可愛い冗談なのに。
そう、俺たちは高校を卒業してもまた大学で一緒に過ごす事が出来る。四人とも無事に聖南学院大学に合格し、渉はスポーツ推薦で体育学部、梓はトップの成績で医学部に入学する。そして、俺と君は共に国際学部へ進学することとなった。
こうして、俺はまた四年君の傍に居る事が出来る。誰にも邪魔される事無く、君の傍に……
バンッ!
「倉田さん! ここに居ましたか!」
「記念に俺と写真を撮って下さい!」
どこで聞きつけたのか、大量の梓ファンが押しかけてきた。すると、そんな彼らの後ろからは女の子が走ってくる。
「一ノ瀬センパイ! ボタン下さい〜!」
そう叫びながら走ってくる彼女たちに恐れを感じた渉は、必死になって逃げ始める。そんな渉と梓を見ながら、俺は我関せずととばっちりを受けないうちにその場を後にする。
俺の後を追いかけてくる君だったが、そんな君の方を振り返ると
「夏海は先に帰りなよ。きっと、門の所で彼が待っているんじゃない?」
冷めた表情で言う俺に、君はあっと口に手を当てる。
「そうだね。それじゃあ、先に帰るね!」
君はそう言うと、嬉しそうにその場を後にした。
そんな君に作り笑いを浮かべて手を振る俺だったが……
「宇佐美クン〜! 探したよ〜!」
「ルイ〜! これからデートしよ〜!」
廊下の向こうから走ってくる……いや、突進してくるまあたくさんの女の子たち。中には、なんと教師まで!
「どうして、その中にセンセイもいるんですか〜!」
「卒業したから、もう教師と生徒という関係は無くなったでしょ〜」
慌てて彼女たちから逃げながら俺が叫ぶと、一緒になって追いかけるセンセイは叫ぶ。いや、卒業したとは言っても俺はまだ門を出ていないからまだ此処の生徒でしょうが!
「宇佐美ク〜ン! 最後の記念に一緒に過ごそうよ〜!」
「頭とお腹と腰と足と……もう全身が痛いからまた今度ね〜!」
何かの枷が外れたのか、これまでにないくらい必死になって追いかける彼女たちに俺はもう自分でも何を言っているか分からないくらいパニくっていた。
そして、その先を曲がった場所を思いついて俺は彼女たちから逃げ切るようダッシュをかけて走る。一瞬だけ彼女達の視界から逃げ切った俺はそのままその場所に入る。
「センセイ! ヘルプミーです!」
「失礼しますの間違いでしょ!」
汗だらけの俺の言葉に対して、いたって冷静な綾子サン。
ドアを閉めた俺の後ろでは、もの凄い勢いで廊下を走り去っていく彼女達の騒音が聞こえる。
「ふ〜っ」
思わずホッと安心してその場に座り込む俺を綾子サンは笑って見ている。
そう、ここは保健室。
そして、俺にとって居心地がいいと思った場所でもあり思い出が詰まった場所でもあった。
こんにちは、山口です。この作品を読んで下さりありがとうございます! はい、とうとうメンバーも卒業致しました。そして、最後の最後で琉依は再び綾子サンの元へ……