Chain82 それぞれの生き方
萩原蓮子という女は、君を守るために警戒しなければならないと感じた女性だった。
十二月―――ー
「それじゃあ、まだご両親は反対しているのか?」
「うん、そうなの」
放課後の図書室で勉強していた時、俺の問いかけに梓は頷く。
梓は俺や君と同じく聖南学院の医学部を希望していたが、医者になる事を反対するご両親から進路変更をするよう命令されていると言う。
「それにしても、聖南学院をやめて香学館大学を受けろなんてねぇ……」
「政治家の跡を継ぐのだから、香学館で十分だって言うの」
大物政治家の娘である梓は、昔からご両親の敷くレールの上を歩かされる人生を送っていたのだけど、将来の事に関しては真っ向からご両親に反発していた。
「私、政治家とかそんな物にはなりたくないの。ずっと医者になりたいって思っていたから、大学くらいは自由に行かせて欲しいのに……」
上手く行かない自分の人生に思わずため息をつく梓。そんな梓を前にして俺はある事を思いついた。
「そうだ。梓、今から倉田ジィの所へ行って来いよ?」
「お祖父様のところに? どうして?」
突然の俺の提案に、訳が分からないといった表情をしている梓。
倉田ジィとは、梓のじーさんでこれまた元・大物政治家でもある倉田勝之助で、梓からは何度か彼の話を聞いていた。そして、その話からして倉田ジィは梓の理解者でもある人物らしい。
「だから、倉田ジィに頼んでご両親を説得してもらえばいいんだよ」
いやいや、我ながら立派な思い付きだわと心の中で思っていると、目の前の梓はそう乗り気ではないといった表情を浮かべている。
俺はそんな梓の頭に軽く手を置く。
「梓、ここで何もせずに落ち込んでいるより、何でもいいから行動に出た方が結果はすぐに見えてくると思うよ」
そう言って梓の頭をゆっくりと撫でる。色々と自分で抱えて一人で不安になっている梓……そんな彼女の助けになればと考え付いた事だけど。
そんな俺の言葉に梓は暗くしていた表情を一変させて笑みを見せると、机の上に置いていた自分の勉強道具を整理して荷物をまとめる。
「そうだね、琉依の言う通りかもしれない。今からお祖父様の家に行ってくる!」
そう言って立ち上がると、梓は走って図書館を後にした。
そんな梓を姿が見えなくなるまで手を振って見送ると、俺はフ〜ッとため息をついてテキストに視線を移した。
「はて……確か、同じ様な境遇にいる人物がもう一人居たような……」
―――――
「大学受験するだと? 何を考えているんだ!」
うわっ……また始まっているよ。えらい時に来てしまったかも……
『東條』と書かれた表札がある屋敷の前で、俺は中から聞こえて来たちょっと平均年齢が高めの親子喧嘩にその場から離れたくなった。
「アタシの勝手でしょ! 大学くらい受けさせてくれてもいいじゃない!」
「そう言ってお前はまたデザイナーか何だかの勉強をするのだろ!」
「そうよ! 悪い!?」
悪いって……アンタ、即答しすぎですよ。親子喧嘩の上、その話題が何だか好ましくない方へ転がり込んでいるのを察して、俺は元来た道を歩き始める。
こんな時に伊織の親父さんを顔を合わせる訳にはいかない。なんたって、伊織が跡を継がずにデザイナーになりたいと言い出したのはアイツがK2のショーを見学したからなんだよな。
まだ幼い頃、俺と一緒にK2のショーを観に行った伊織は、その時の光景に惹かれてしまいK2を尊敬するようになり、更には自分も将来はデザイナーになりたいと言い出した。
それから、伊織は当然親父さんと争うようになった訳だから、その争いの発端でもある俺が訪ねたらその勢いは更に増すばかりだし。
「だめだわ、これはしばらく伊織とは会えないわな」
しばらく……おそらく大学生になるまでか? いや、伊織がどうなるか分からないが……。
それでも、伊織も梓もちゃんと将来の事を考えている。渉も、蓮子もそして……恐らく君も。
去年の進路相談の時は、君もまだ何も考えていないと言っていたけれど流石に今となってはちゃんと決めているだろう。
だから、志望校もすぐに聖南学院を選んだのだろう。
それに対して俺は何も決めずに、ただ君の傍に居たいからという理由だけで同じ大学を選んでしまった。
「はぁ……」
自宅への帰り道、自然とため息が零れてきた……
しかし、ちゃんと何かしらの進路を決めて選んだと思っていた君の聖南学院への進学が、俺の心を更に狂わすとはこの時は思いもしなかった……
伊織は父親とケンカする時も、カマ言葉を使うまでになってしまっています(汗)