Chain79 そして、パーティーの夜に
薄暗い廊下での君からの感謝の言葉……
よかった、これなら誰も俺の表情を正確に確認する事が出来ない……
翌日、べライラル・デ・コワの新店オープニングパーティーが開催された。
ロスにオープンした店の前に到着した車から出てきたのは、綺麗にドレスアップした君をエスコートする俺。そして、その後に到着した車からはりカルドとパートナー(代役)
「ただいま、モデルのルイさんとリカルドさんがパートナーを連れて到着致しました!」
声がする方を見ると、日本人のリポーターが興奮しながらカメラに向かって実況している。そして、そんな彼女と目が合ってしまった俺の元へとカメラを連れて走ってきた。
「ルイさん、パートナーの女性はもしかして彼女でしょうか?」
「ハハッ違いますヨ。彼女は幼馴染みです」
リポーターのありきたりな質問に対して、俺は笑いながら適当に返事した。そんな俺の隣では、同じく愛想笑いだけを見せて歩く君。
気分は悪いのだろうけれど、それをテレビに映すわけにもいかないので何とか耐えているのだろう。そんな俺や君とは正反対で、後ろではリカルドが終始ご機嫌でリポーターの質問に答えている。
『彼女が来れなくなってね、友人に頼んで手配してもらったんだよ?』
そう言っては、カメラに向かっておそらく観ているだろう彼女に向かって何かを言っては投げキッスを送っていた。
たった一歳しか離れていないのに、場慣れしているというか心に余裕があるとリカルドに対して感じた。とても同年代とは思えないな……
「どうしたの?」
リカルドを見ていた俺に君は声を掛けてくる。いつの間にか立ち止まっていた俺を気遣ってくれているのか、君は心配そうな瞳でこちらを見ていた。
「ん、大丈夫。ただ、アイツが羨ましいと思っただけだよ」
そう言うと俺は再び君の手を取って歩き始めた。
会場に入ると、そこには各著名人が既に来場していて談笑している。中には知っている人物から全く見たことも無い人物など……そんな彼らを前に君は少し興奮気味になって俺の腕を引く。
「ねえねえ、あの人って有名な俳優さんだよね! すっご〜い、こんな間近で会えるとは思わなかった〜」
君が示す先には、様々な映画に出演して活躍中のハリウッド俳優が誰かと話していた。まあ、有名な俳優がこういった所に招待されるのはごく普通の事だからな。
それでも君は、他にも知っている人物を見ては嬉しそうに声を上げていた。そんなはしゃぐ君を見ると、俺も何だか嬉しくなってくる。
暁生さんはもう既に会場入りして撮影の準備に取り掛かっているらしい。そんな中、俺たちの元へ真琴さんが走ってやって来る。
『琉依、リック! もうすぐしたら、べライラルの挨拶があるから今のうちにこっちに来て!』
えっ? そんな表情を俺もリカルドも真琴さんに向ける。そんな俺たちに構う事無く、真琴さんは俺たちを控えのほうに案内した。
そこには花束が二つ……あぁ、べライラル・デ・コワのイメージモデルになっている俺とリカルドの役目って事か……。今回は普通にパーティーに参加するだけでいいと思っていたのになぁ。
会場では既に“べライラル・デ・コワ”デザイナーのべライラル=フォードが挨拶を始めていた。それを俺とリカルドは袖の方から眺めている。
機嫌よくスピーチするべライラルの少し前では、君が彼の話を聞いていた。真剣に聞いている君の表情……アメリカに来ると邪魔なあいつが居ないから、好きなだけ君を独占できると思っていたのに何故か実際の俺はそれが出来ないでいた。
誰の目を気にする事無く、君を己の手元において滞在中は決して放さないと心に決めていたのにどうして……
「あぁ、そうか……」
『何?』
突然口にした俺の言葉に、リカルドはその意味を尋ねてくる。
そうか、俺がそんな事をしなかったのは君の笑顔を壊したくなかったからだ。少しずつ俺に向けられた君の笑顔を、俺はずっと留めておきたかったんだ。俺を見る時の君の笑顔は、確かに俺だけのものだから……
だから、俺は君に触れようとはしないのだ。
『ルイ。べライラルのスピーチが終わるぞ』
リカルドが掛けた声で、俺は傍に置いていた花束を手にして準備をする。そして拍手が聞こえて来たとともに、先に出たリカルドに続いて俺もべライラルとゲストが待つ表に現れた。そして、その花束を彼に渡して握手をするとゲストに今一度礼をするべライラルに拍手を送った。そんな俺の視線の先では、他のゲストと同じ様に拍手を送る君の姿。
―――――
「私、初めてべライラル=フォード氏を見たけどとても素敵な人だった〜」
パーティーも終わり、その帰りの車の中で君は未だにパーティーの余韻を楽しんでいる。そんな君とは反対に、俺は疲れてシートにもたれて君の話を聞いていた。
べライラルのスピーチの後、俺とリカルドは急遽ミニショーを行うからと新作を着ては会場を歩いて披露したり、雑誌のインタビューを受けたりと休む暇も無かった。
そんな俺を見て、君は傍にやって来ると
「お疲れ様。そして、ありがとうね」
そう言って、君は俺にまた笑顔を見せてくれる。
まるで俺が君の笑顔で何も出来ないという事を見透かしているかのように……