Chain78 君は俺の思いに気が付く
たとえ、それが俺に向けられなくても、君の笑顔が見れればいい……
『えっ!?』
君の驚き声が響いたのは、五人で夕食を食べていた時のこと。
久しぶりにご両親と食べる夕食に、君はとてもご機嫌だったのにそれが崩れたのは暁生さんの一言からだった。
『明日の“べライラル・デ・コワ”のパーティーだけど、パートナーを連れての参加だからなっちゃんが琉依のパートナーを務めてね』
この一言で、笑顔だった君の表情は一気にさめたものとなっていた。
そして、今に至る訳だが君は相変わらず表情を固めていた。
『どうして? こっちにそれなりの人を用意していたんじゃないの?』
君の反応に、暁生さんや真琴さんはどうしたのかと驚きを見せている。まぁ、二人が知っている俺たちのままならば、笑って承諾しているのだろうけれど……
暁生さんたちがアメリカに来てから今までの間に、俺たちの関係は全く変わっていたのだから。
『どうしたの、なっちゃん。こんなの今までもあったでしょう?』
驚きながらも真琴さんは恐らく初めて拒否の意を見せた君にその理由を尋ねていた。しかし、君はそれに答える事無く俺の方をチラッと見ていた。
あぁ、原因は俺なのだから俺から断るようにってか……?
『リカルド、君のパートナーは例の彼女かい?』
俺はそんな君に応えるよう、向かいに座っていたりカルドに尋ねる。すると彼は持っていたフォークとナイフを置くと
『いや。アンリはね、パパが入院しているから来れなくなったんだよ。それで、俺はアキオに頼んでこっちで用意してもらったけど』
『そう。それじゃあ、その彼女と夏海を交換してくれないかな?』
……
『はっ?』
俺の一言に、君以外の皆が口を開く。すると、誰よりも先に暁生さんが俺の方を見ると
『琉依。交換って……うちのなっちゃんは、モノではないのだけど?』
可愛い娘をモノみたいに交換しようと言われたら、まぁ気分を悪くするわな。けれど、こうするしか解決にはならないでしょう。
『てか、せっかくアメリカに来たのだから俺も海外の女性をエスコートしてみたいし? 夏海は日本でも一緒に居られるから、機会の少ない方を俺は選びたいな』
『別に俺はナツミがパートナーの方がいいなぁ』
俺の話にリカルドが賛成する。自分の意見などお構いなく進める俺達に、暁生さんは不満顔だったがしぶしぶ承諾をして君もそれでいいと頷いてくれた。
君を犯したあの翌日に、再び元通りの関係になったとホッとしたのは間違いだった……。いつものように笑顔を見せる君は、やはり裏では俺の事を憎んでいたのだから。
――――――
「……こんなので眠れる訳ないでしょ」
時計は深夜の二時を示しているのに、ベッドの上でパッチリと目を開かせては不機嫌さを込めて呟く俺の隣……ベッドの隣ではなく、“俺”の隣では……
『ん〜ムニャムニャ……』
「……」
少し振り返ると、そこには今の俺とは正反対で気持ち良さそうに眠るリカルドの寝顔がある。つまり……一つのベッドで俺とリカルドは一緒に眠っているのだ。
『せっかく来たのだから、友好を深めようではないか!』
嫌がる俺にそう強引に押し付けてきたリカルドの提案でこうして寝ているのだが、やはりシングルベッドで身長180cm超えている大男が二人で寝るには辛すぎる。
しかも、コイツは遠慮を知らないのか結構スペースを独占しているし……
「ダメだ……眠れない」
リカルドに聞こえるように呟くが、全く起きそうに無い彼を見て俺はため息をつきながら部屋を後にする。そして、広い廊下を静かに歩いてリビングへと進むが、こんな時間というのにリビングはまだ灯りが点いていた。
「おや? まだ起きていたのか?」
静かに開けたのに、それでも気配で気付いたのか暁生さんに声を掛けられてそのまま中へと入った。
「ちょっと訳があって眠れないので」
「リックだな」
俺の言葉に、暁生さんは察したのか笑いながら答える。そして、ポラチェックをしている暁生さんの向かいに座って、それを眺めていた。
「琉依、今回はありがとうな」
突然、暁生さんはポラチェックをしていた手を休めて俺にそう礼を言ってきたので、俺は驚いて暁生さんの方を見る。何に礼を言われているのか分からない俺は、ただその原因を考えていた。
「夏海をアメリカに連れてきてくれた事だよ」
ああ、暁生さんがそう言うって事は君が最初は此処に来る事を渋っていた事を知っているのだな。恐らく君が直接暁生さんに連絡でもしたのだろう。
「だってさ〜、せっかく会えるっていうのにそのチャンスを無駄にしたら何か寂しいじゃん? それに……」
それに君が此処に来たくない理由は、暁生さん達が嫌とかじゃなくて俺と一緒に過ごすのが嫌だからだ。彼氏に秘密が増えるような事はしたくなかったのだろう。
しかし、それを知らない暁生さんを巻き込む訳にはいかない。だから、俺は無理矢理君を此処へ連れてきたのだが……
「それに?」
「何でもないよ。でも、暁生さんも悪い人だね。リカルドの同伴の女性って、本当は俺のだったのでしょ?」
パーティーでのパートナーの事は知っていた。それを君に押し付けるのは酷だから、俺は先に暁生さんに連絡して適当な女性を探して欲しいと依頼したのにいざ来てみると、その女性はリカルドのパートナーとなっている。
そして、夕食の時に言われたのが君を俺のパートナーにするって事だ。君だけじゃない、驚いたのは俺も一緒だった。
「いや、リックの彼女が急に来れなくなったからね。夏海が来るから君には夏海をパートナーにさせようと思ってさ〜」
ため息をつく俺に苦笑いを見せながら説明する暁生さん。こんな状況を目にしても、暁生さんは俺たちの変化には気付かないだろうか……。
「でも、まあいいよ。その件はトレードで解決したからね」
そう言って俺はその場を立つと、おやすみと挨拶して部屋へと戻った。
「あれ?」
部屋の近くまで来た時、その前には君が座って待っていた。
「こんな遅くまで起きてたの?」
俺の問いかけに君はこちらを見ずに頷いていた。そして、そのまま俺の方へと近付くと少し俯いて
「あの……ゴメンね。私、琉依の事誤解してたみたい」
その言葉から、どうやら君はさっきの俺と暁生さんの会話を聞いたらしい。それで謝っているのか。
「私、琉依とロンドンの時のようになるのかなって一人で思い込んでいたから、それで此処に来る事を嫌がってたけど本当はパパ達に会いたかったの」
解ってるよ。だって君は昔と変わらずとても寂しがりやだからね。そんな君の事を俺はいつも近くで見ていたんだよ?
「でも、琉依が此処に連れてきてくれた理由を知って……しかもパートナーの事も私の誤解だって解って、謝らないとって思ったの」
そう言って君は再び俺に謝罪してくる。別にそんな事をしなくてもいいのに……どうして君はそこまで俺に純粋な心を見せてくるのか。
そんな君の頭に軽く触れると、俺は笑みを見せる。
「大丈夫だよ、何も言わなくていいから。ほら、もうおやすみ?」
そう言うと、君は此処に来て初めて俺に笑顔を見せるとそのまま自分の部屋へと戻るが、途中でその足を止めるとこちらを振り向く。
「ねえ。明日のパーティー、琉依のパートナーになってもいいよ!」
それだけ言うと、君は再び部屋へと向かった。
その場に一人残された俺……今は深夜だから廊下は薄暗い。
良かった……これなら俺の表情を誰にも見られなくて済む。