Chain73 狂い咲く嫉妬に駆られて
もう少し早く誰かに相談していたら……俺はあんな事をしなくて済んだのかもしれない……
君が高月賢一と付き合うようになって二ヶ月。いつも当たり前のように隣にいた君の姿は、此処ではなくあの男の隣へと移っていた。当たり前の事だと思っていたから、誰もいない隣を見るたび……心が痛い。うざいとさえ、思っていたあの頃が恋しい。
今までなら、高校から帰って来たらすぐに俺の家に来て一緒に過ごしていたのに、もうそんな事は遠い昔のようだ。気付かなかった温もりは去って、今ではただ冷たい空気が漂う部屋は何だか広く感じられる。
君は今夜もあの男と会うのだね?
俺の部屋の窓から見える君の家の玄関に迎えに来ているあの男の車。俺の見ている前で、君は違う男の元へ行く。毎晩、毎晩……
君がそこから去った後でも、俺は金縛りに遭ったかのようにその場から動けないままなんだ。君が帰ってくるのを待っている訳じゃない。ただ、動けないだけなんだ。
そんな日々が続いて、とうとう俺は君が帰ってくる頃は家にいるのが嫌になってきた。自動車音が近付いているのが嫌でも聞こえてくるから。その度に俺は自分の過ちを責め続けてしまう。君を自由にしてしまった事を、今になって後悔している。
「何、考えているの?」
久しぶりに訪ねた綾子サンのマンションでボーっとしていた俺に声をかける綾子サン。
「別に。ただ綺麗だなぁって思っていただけだよ」
からかう様に笑いながら言う俺の言葉に、綾子サンは同じく笑ってそれを軽くあしらう。そして、持ってきたコーヒーを目の前に置いて勧める。
「嘘おっしゃい。まったく、相談があるからって言うから通したのに何をつまらない事を言うのかしら」
「そうだね。でも、綺麗っていうのはホントですよ?」
調子のいい事を……と笑っている綾子サン。元カノでもある彼女とは、保健室で別れてから何度か顔を合わせているが、今までと同じ様に接していて相談にも乗ってもらっていた。
しかしそれはあくまで校内の出来事で、こうしてマンションに来たのは別れを告げた時以来でもう二度と来る事は無いと思っていたのに、気が付くと俺の足はそんな彼女のマンションへと進んでいた。
君のせいだよ? 毎晩のようにあの男の車に乗って帰ってくるから。自動車音を聞くたびに俺は自分を責めてしまうから……だからその音から逃れるために彼女のマンションへ来てしまったんだ。
「宇佐美クン、何かあったの?」
「うん。鳥を飼っていたんだけどさ、この間ちょっと籠を開けたら逃げちゃったんだよね」
「鳥を? それで悲しそうな顔をしているなんて、相当可愛い鳥だったのね」
彼女はそう言うと、一緒に持ってきた菓子を口にする。そうだよ、本当に可愛い鳥だよ。大事に大事に籠の中で飼っていた俺の一羽の鳥。
「少し開けてただけなのにね。どうして逃げるのかな……」
太ももに肘をついて顔を支えながら呟く。逃げてしまったものは仕方ないのにと、未練がましく言う俺に彼女は苦笑いしていた。
「仕方ないわよ。鳥だって羽があるんですもの、自由に飛びたいに決まっているわ」
決してそれを本物の鳥と信じて疑わない綾子サンは、ソファから少し腰を浮かせると優しく俺の頭を撫でる。
羽……鳥が空を飛ぶのに必要なモノ。しかし、その羽が無ければ鳥は自由に空を飛べない。そして、一生籠の中で飼い主の手の中で生きていかないといけない。
自由を絶たせるには……羽を切ってしまえばいいんだ。
―――――
ガチャッ
「ただいま〜っと、琉依来てたの?」
翌晩、いつものようにあの男の車から降りて玄関を開けた君は、そこで座っていた俺の姿に少し驚きの表情を見せていた。君の家に来たのは、あの男と付き合うようになってから初めての事だからね。
「そんなところで待っていないで、部屋にでも入ってくれていてもよかったのに」
鍵を置いて靴を脱ぐと、俺の横をすり抜けてそのまま洗面所へと歩いていった。まともに話したのは久しぶりだったが、君は以前と変わらない態度。でも、その態度がまた俺の心の中を痛めつけていく事に君は気付いていないだろうね。
「ずっと待ってたの? 何時に帰ってくるか分からないのに、用事があったらメールで……」
いつの間にか自分の背後にいた俺の姿を見て、急に口を閉ざす。その何かに怯えたような顔は何? そんな顔をされる位、俺は怖い顔をしている? 幼い頃からずっと一緒にいて初めて見るその表情からは、いままでされたことの無い明らかに俺への警戒心が感じられた。そして俺に悟られないように一歩ずつ後ずさりしようとしているが、それもぎこちないのでバレバレ。
でも、そんな行動が余計に俺を挑発しているんだよ? それもわからないバカな夏海チャン……。そして、その場から逃げようとした君よりも先に俺は行動に出た。
「琉依っ!?」
君の腕を掴んで強引に連れ出す。階段を上がって、奥にある君の部屋に入りベッドに乱暴に放り投げる。勢いよく叩きつけられた君はそれでもすぐに逃げようとするが、俺は君の身体に馬乗りになる形で押さえつける事でそれを許さない。
冗談ではないと察したのか、君は近付く俺の体を華奢な両腕で押しのけようとする。
「やだ! もう、やめようと言ったじゃない! どうして……」
抵抗する君の腕を掴んでベッドに叩きつけて簡単に押さえつけたが、それでもまだ君は諦めず暴れている。今までならありえなかった、君の俺への拒否を表す行為。これも、あの男によって変わってしまった事なんだね。もう、他の男には心も身体も許さないって事……
“羽を切ってしまえばいい”
ずっと頭の中で駆け巡っていたこの言葉どおり、俺は君の羽を切ってあげよう。羽という名の純粋な気持ちをズタズタにして、もう一度俺の中に閉じ込めて俺無しでは生きていけないようにしてあげる。それが、俺の君への愛情だから……
「やめてぇぇぇっ!」
今は、その涙や悲鳴さえも……俺だけのもの……
大丈夫……君が全てを失っても、俺だけは君の傍にいるから……
こんにちは、山口です。この作品を読んで下さり有難うございます。
とうとう琉依の狂気が頂点に立ち、最悪な出来事を起こす事になりました。シリーズ第4弾で、尚弥が思わず耳を塞いでしまった琉依の過去が、今回の内容です。