Chain72 離れ行く愛しい君
誰にも触れさせたくない……そんな気持ちに気付くのが遅かった。だから君は俺を捨てて、自由を手に入れようとしているのだね……
「えっ! じゃあ、マジで夏海は他の男と付き合っているのか?」
昼休み、屋上でいつものように食事をしているのだが、いつもと違うのは……その場に君が居ないと言う事。
『ゴメン! これからは賢一と食べるから』
いつものように待ち合わせていた場所にやって来てはそう言う君。そして、そんな君の隣には当たり前のように傍にいる高月の姿。
そして、三人で屋上に居る訳だが、渉のこの一言でさっきの出来事が蒸し返された。
「そうみたい。さっきの男が夏海の初めての彼氏って事ですよ」
俺の言葉に驚く渉だったが、コイツとは対照的に落ち着いている梓を見ると……
「梓は知っていたようだね」
「えっ。あっ、うん……」
俺の指摘にドキッとしながら頷く梓。どうやら梓が知ったのは、あの時だろう……
君がボーッとし始めた屋上で、梓を引っ張って何かを言っていた時。
俺と渉は適当に“あの日”と言って決め付けていたが、どうやらその時に君は同じ女性である梓にだけ恋の始まりを教えたのであろう。
しかし、今思うとその前兆はもっと前に起きていた。いつの日だったか、俺が帰宅したときに家の中が煙まみれになっていたキッチンで君がボーっとしていた時。
何かを考えていたような様子で大して俺も気にはしていなかったが、もうあの時には君の心中には高月の存在が占めていたのだろう……
いやもしかすると、もっと前……そう学園祭で高月と一緒に劇に出た時から惹かれていたのかもしれない。
「そっか……もう既に手遅れだったのかもしれないな」
「えっ?」
ボソッと呟いた俺に、渉は耳に手をあてて聞き返してくる。
改めて自分の間抜けさに嫌気がさしてくる。幼い頃から当たり前のように傍に居て、誰よりもお互いが近い存在だったのに今では誰よりも遠くなっている。
こうして徐々に一緒に居る時間が確実に少なくなってきているのは事実。
君から高月との事を聞いた時、同時に最近帰りが遅かった理由も君は教えてくれた。
『高月センパイのね、部活を見てたの。サッカー部のエースで、凄くかっこいいの!』
きゃあきゃあと、他の女の子たちみたいに騒ぎながら君は説明する。君はそうして部活を最後まで見学すると、高月と一緒に帰って来ていたそうだ。
初めて好きになった男だから、君も出来るだけ彼に近付きたいと思ったのだろう。そうやって君は彼の目に留まり、興味を持たれた訳だ。
『一緒に劇をした時から、何となくいいな〜って思ってたし。でもまさか、付き合えるなんて思いもしなかった』
笑顔で話す君は、今まで見たことも無いくらい幸せそうな感じを見せ付けていた。
「ところで、琉依」
「はい?」
昼休みが終わりに近付き梓が先に屋上から去って行った後、二人だけになった屋上で渉は俺に話しかけてくる。
「俺様が言った事が、こんなにも早くに実現するとは思いませんでしたね」
俺様が言った事というのは、君が他の誰かに取られるという事を言っているのだろうな。
「あぁ、ホントだね」
自分の気持ちを悟られないよう、俺は冷静を装って渉との会話に臨む。こいつにバレると、ホントややこしくなるからなぁ。
「夏海って、かなり美人なのに今まで浮ついた話が全然無かったもんなぁ」
何でだろう〜と、俺の方をチラッと見ながら呟く渉。それは俺の所為って事でしょうか? 何でか知らないが、校内では君は俺の寵姫だと噂になっているし……。まぁ、ほとんど一緒に行動していたから今まで変に誤解をされていたのだろう。
でも、今ではそんな誤解も愛しく思える……
「琉依、お前本当にこれで良かったのか?」
「良かったって、何が?」
それくらい解っているはずなのに、それでも俺はまだとぼけたフリをして逃げようとする。それを渉も解っているのか、呆れたように見てはため息をついている。
「お前はホント格好悪くなるのが嫌いなんだね。少しくらい自分を見失うくらい相手を追いかけてもいいんじゃないかな」
ただのスポーツバカと思っていた渉からの鋭い指摘に、俺は思わず目を見開いて彼の方を見た。付き合いが長い分だけあって、俺の悪い点もしっかり捉えている渉はたまにこうして俺に小言を言う。
「川島センセイとの事があって色々自分を抑えている所もあるかもしれないけど、お前それじゃあいつまで経っても前には進めないぞ?」
「解ってるよ。俺だってちゃんと考えてる……」
しかし、それはとても歪んだ感情だが。君から契約の解消を言い渡されてから数日経った今でも、俺の中ではあの時に芽生えた君を束縛したい欲望が治まる事が無かった。
綾子サンとは上手くいかなかった事も、君なら俺の事を何でも解ってくれているからきっと上手くいく。俺にはもう……君しかいないから。
“自分を見失うくらい相手を追いかけてもいい”
渉のアドバイスは、その時の俺にはもう届いていなかった。
何故ならその時の俺はもう、我を忘れていたから……