Chain70 悲しみの涙は雨に消されて
本当に大切な物は目の前で失ってから気付くのだ……
今まで君の事を“女”として見ていなかったり恋心を抱かなかったのは、君が俺から絶対離れないと思っていたからなのか? 幼い頃からずっと一緒にいたから、これからも当たり前のように傍にいると思っていたから?
だから恋心なんて抱かなくても君が自分から離れないと……安心していた?
だから、君の変化に気付かなかった?
「おわっ! お前まだここにいたのかよ?」
俯いていた顔を上げると、渉がジャージ姿で自分を見ていた。バスケ部に所属している渉は、部活前にはこうして一階から屋上までの階段を十往復走って体を温めるのが日課だった。
「ん〜。眠たいからずっと眠ってたわ」
なんて適当な答えを返して、自分の荷物を取りに教室へと足を進めた。そんな時でも頭の中ではさっきのあいつの言葉が引っかかっていた。
“ば〜か! そんなのビビってたらモノに出来るのも出来ないぞ? 俺は彼女に決めたんだからな”
“宇佐美もただのダチに過ぎないだろうし、大したことじゃねぇよ”
声の主は誰だ? 会話の内容からして同学年の奴か三年の中にいる。誰だ、誰だ、誰だ……!
頭の中で引っかかったまま教室に入ると、数人の生徒がまだ残っていたがその中に君の姿は無かった。いつもなら授業をサボった俺に説教する為、必ず席に座って待っているのに今日はその姿がどこにも見当たらない。
「ねぇ、あいつは?」
とりあえず近くにいたクラスメート達に尋ねる。すると、彼女たちは何だか言いづらそうな表情を見せてお互いを見ていた。何だ? トイレか?
「あ、あの……夏海は知らない先輩に呼ばれて帰っちゃったの」
知らない先輩……あの男か! モノにするって言うだけあって、さすがは行動の早い男だな。放課後たまたま俺が教室にいなかったから、そのチャンスを利用したのだろう。しかし、知らない奴に誘われてあの君がついていくか?
「俺、知ってるよ。あの人、三年の高月先輩だよ」
近くにいた男子が俺が欲しがっていた答えを簡単に提供してくれた。三年の……高月? どこかで聞いた事があるような、無いような……。
「高月って誰だっけ?」
傍に居た女の子に尋ねると、彼女は少し顔を赤くしながら
「宇佐美クンも知っているじゃない! ほら、学園祭で夏海が源氏物語を演じた時の相手役だったカッコいい人だよ〜」
……!
彼女からの説明を聞いた時、一瞬でその顔が思い出された。アイツか……俺の代わりに演じたあの男。
しかし、一度だけ一緒に劇に出たからといってそんなにも君に執着するほどまでなるのか? 君も君で、それだけで彼の呼び出しに付き合うのだろうか。
「でも〜、カッコいいと言っても宇佐美クンほどじゃないよね!」
「そうそう!」
そう答える女の子たちに笑顔で返すが、心境は穏やかなものでは無かった。今、君はそいつといるの? そればかりが心を支配していたから。
気が付くと、俺は携帯を握り締めて君を呼び出していた。しかし、こんな時に限って電話の向こうは呼び出し音では無く、留守電に接続されるという無情なアナウンス。どこにいるのかも分からないから探しようも無い。
どうして、こんなにも必死になる?
それは……君が好きだから?
今まで表に出そうとしなかった……認めようとしなかったこの気持ち。だけど、今すぐにでも君に伝えたい。だから、だから……
色々な所を探し回って、とうとう空は真っ暗になって雨が降ってきたので仕方なく家に向かう事にした。傘も無いから走って帰るけれど、必死に一人の女を探し回った挙句こんな無様な結果だなんて情けなくて仕方が無い。
「家に……帰ってるかも」
ちょうど君の家は俺の家に着くまでに通るから、ついでに見に行こうと思って君の家に近い角を曲がろうとした時だった。
「送ってくれてありがとうございます」
「いいよ。ちょうど傘持ってたしね」
思わず角で隠れてしまった。こっそり覗くと、君の家の前にいるのはちょうど帰ってきたばかりの君と……高月。一つの傘の中で二人は会話をしていた。あまり内容は聞き取れなかったが、所々で聞こえる君の笑い声からして少なくとも君は彼に拒絶の意は無いと感じた。
拒絶どころか、むしろ好意を……抱いている?
「ハッ、情けない」
まさかと嫌な事ばかりが頭を過ぎってしまい、不安なのか心音も聞こえてきそうなくらいドキドキしていた。これは、今まで余裕ぶっていた俺への……
―――――――――っ!!
再び君の方を見た時、俺は本当に後悔した。その瞬間で、俺の今までの君との思い出が全て消えた気がしたんだ。そして、君の中での俺という存在も消されたような気がした。思わずカバンを足元に落として、そのまま自分自身もズルズルと座り込んでしまう。
俺がこの目で見てしまったもの
高月が君の背に腕を回して……キスをしている所。
そして、それに答えるよう君もまた自分の腕を彼の背に回していた。
君に言おうと思っていた、気付かないようにずっと奥底に隠していた“好き”という気持ち……
「もう、手遅れか……」
自分にしか聞こえないくらいの小さな声で呟いた俺の頬を伝っていた涙。無情にも降り続ける雨がそれを消してくれた。
賢一だけが夏海の事を好きだと思っていたのに、実は夏海も賢一の事を好きと知ってしまった琉依。しかし、琉依もこれで黙ったままではありません。反撃するのですが、その方法が……