Chain68 その手を放さなければ……
滅多に見せない君の積極的な行為が、余計に俺を不安にさせたんだよ?
ボーっとしていたと思えば、帰宅時間が遅くなってきている。
最近の君は本当に不思議でしょうがない。
「ただいま〜。遅くなってゴメンね〜」
制服のまま俺の家に入ってきた君は、買い物してきたのか袋にたくさん食材を入れてリビングへと走ってきた。
最近、君は自分の家ではなく俺の家で過ごすようになっていて、夕飯も学校から帰って来てから俺の家で作っているのだが……
「遅かったね。最近、俺よりも帰ってくるの遅いじゃん」
時計はもう九時を示していた。部活に所属していない君が、こんなにも帰りが遅くなるのは何か理由でもあるのだろうか。
バイト……? いや、そんな訳無いか。それならご両親の承諾が必要な筈だから、アメリカにご両親がいる君に出来る訳が無い。
「ちょっと用事を済ませていたの」
その言い訳も一体あと何回使い回す気なのか。いい加減ちゃんとした理由も言わないようっだら、兄貴にも言わないといけないし最悪の場合は暁生さん達にも報告しないと。
「とにかく、遅くなるなら連絡してくださいよ。もう日が暮れるのも早くなっているのだから、夜道に一人は危ないですよ」
「ハイハ〜イ!」
珍しく真面目に注意したのに、それを君はふざけたように返事をしては夕飯作りに取り掛かっていた。
「いただきま〜す」
俺の向かいでパンッと手を合わせてそう言うと、箸を持って食事を始める。どんどん箸を進める君に対して俺は奇怪な行動をする君をただ怪しみながらゆっくりと箸を進める。
悩み……と言うよりも、日を重ねるごとに君は活き活きとしているから何かいい事でもあったのだろうか。
色々考えている俺に気がついたのか、君は箸を持ったまま俺の方に視線を向けると
「私なら大丈夫だって。琉依が心配するような事は何もないから」
それよりも自分の事を心配しなよ〜と笑いながら言う君だが、それでも俺はまだ心の中がスッキリとしなかった。
ここまで君の事を心配する理由はやはりこの間の事をかなり引きずっているからだと思う。俺が無視したばかりに君を苦しめてしまったというあの後悔。もう二度とあのような事を繰り返してはならないという事から、今のようにしつこいくらい俺は君に接しているのだろう。
「ホント、大丈夫大丈夫!」
俺を安心させるためなのか、君はそう何回も繰り返して言っていた。
――――
「えっ? 何だ、お前。まだ気にしているのか?」
女々しい奴だな〜っといつもの屋上で俺を指差して笑う渉。だから、気にしていると言うか俺はただ何かあってからでは遅いからと思って聞いているだけなのに。それを女々しいだなんて、失礼な!
「俺なんかもう全く気にしていないぞ! あれは“あの日だから”という理由でもう決着は付いたからな」
偉そうに言う渉の言葉など無視して、俺は少し不機嫌になりながら寝転んだ。やはり、こいつには言うんじゃなかったな。
かなりの低確率で俺にアドバイスをくれると思っていたが、やはりコイツにはそんな奇跡は起こらなかったか。
「まあまあ、夏海も女だ。幼馴染みのお前にも言えない事の一つや二つはあるだろうよ」
あまり気にするなと寝転んでいた俺の額を何回か叩きながらそう言うと、渉は持ってきていたジュースを飲み始める。
幼馴染み……俺と君は他とは違って、もっと深い繋がりがある関係だから何でも言い合える仲だと思っていたのだが……
どうやら、そう思っていたのは俺だけだったのかもしれない。
「やっぱり、此処に居たか〜!」
君の声が聞こえて来たのでゆっくりと上半身を起こすと、君が走ってこちらへやって来た。そして俺の方を見ると、手を合わせて
「ごめん! 今日も帰るの遅くなります!」
まただ。渉が見ている前で俺は片手で両目を覆った。ほら、こんなにも続いたら気にしない方がおかしいよ。
「だから今夜も夕飯少し遅れるから、もし嫌だったらナオトの店で食べてもいいよ」
「いや……気にしないで下さい。ちゃんと待っているので」
呆れながらもそう答えると君は“了解”と笑顔で答えていた。
「夏海〜。琉依パパが心配しているから、たまには早く帰って来てやりなよ」
「あははっ。そうだね」
渉がからかいながらそう言うと、君もまた笑いながら答えている。まぁ、その返事の仕方でその気が無い事くらいは分かるけれど。
「それじゃあ、行くね〜」
君はそう言って立ち上がると、俺達に手を振って元来た道へと戻ろうとしたが
グッ
「……っと!」
その場で立ち止まって俺の方を振り返る君と、俺の隣でそれを見ている渉。
「琉依?」
行くと言ったのにそれが叶わないのは、俺の手が君の腕を掴んで放さなかったから。突然そんな事をされた君やそれを見ていた渉はもちろんだが、咄嗟にそんな行為に至った俺自身も驚いていた。
俺の元から離れていくと思ったら無意識のうちに掴んでいた君の腕。君は立ち止まったまま俺の方を見ては声を掛けてくる。しかし、俺はそんな言葉もあまり耳に入っていない。
「痛いよ、琉依」
そう言われた時、俺は掴んでいた腕を放す。掴まれた腕に触れながら怪訝そうに見てくる君に俺は苦笑いを見せると
「お腹が空きすぎると俺は機嫌が悪くなるので、出来るだけ早く帰って来てください」
適当な言い訳を見つけてはそれを零すと、君は笑顔になって
「了解!」
そう言って、屋上の出入り口の方へと走り去って行った。
あの時放した手……今では何も掴めずに彷徨っているよ……