Chain62 大切な貴女だから……
すっと一緒に居たいという気持ちは変わらないのに、どうしてこんなにも不安ばかりが心の中を占めていくのだろう……
形になりつつある不安は、やがて一つの答えを導く……
「渉〜、俺って酷い男だと思う?」
「思うね」
屋上で昼からの授業をサボっていた俺は、同じくサボり中の渉にそう問いかけるが即答で返される。
「やっぱり? うん、俺って酷い奴だわ」
寝転んで漫画を見ていた渉はそんな俺の言葉を聞くと、見ていた漫画を置いて上半身を起こして俺の方を見る。
「どうした? 彼女とケンカでもしたのか」
同じく寝転んでいた俺の顔を覗き込むように、渉が尋ねてくる。そんな渉がそれ以上顔を近づけないよう、手で渉の顎を押しては苦笑いを見せると
「ううん、そんなんじゃないけれど」
「いや、ケンカしているね。お前の事だ、浮気でもしたのか?」
しないよ……そう笑顔を見せて答える。そう言う事じゃなくて、俺はまた別の意味で彼女を悲しませているのかもしれない。
付き合った当初は幸せを一緒に感じあっていたのに、今では俺は綾子サンに不安や寂しさを与えてばかりいる。
俺には分からない俺の事を、綾子サンは見透かしているのか不安は決して消えやしなかった。
「やっぱり俺には誰かと付き合う事自体が向いていなかったんだな。上手く行かないのは、桜の時だけでは無かったんだよ」
は〜っと、ため息をつきながら空を見上げる。そんな空は、俺の心の中とは違ってとても晴れていてとても眩しかった。いっその事、その光で俺の心の迷いも消し去ってくれるといいのに……
「それで? 彼女と別れるのか?」
やっぱりそう思う? そりゃ、こんな話を聞いていたら誰だって俺が綾子サンと別れるかもしれないって思うわな。
決して離れないし、もちろん別れるつもりなんか無い……そんな風に答えられたらどんなにいいか。以前の俺ならすぐに言えたその言葉が、今はどうしても言えない……
一緒に居ても悲しませる、別れを告げても悲しませるなら……
――――
「琉依クン……」
目立たないよう一度帰宅して私服に着替えてから俺は綾子サンのマンションへとやって来た。貰っていた合鍵でやって来たので、突然の訪問に綾子サンは驚いていたがすぐに笑みを見せると
「どうぞ、入って? さっきね、実家から果物がたくさん送ってきたから用意するわ」
俺にスリッパを出すと、そそくさとキッチンへ行って早速届いた果物を切り始めていた。そんな綾子サンを少しの間だけ立って眺めると、俺はソファに座ってその後姿を見ていた。
“きゃっ……って、琉依クン! もう驚かせないでよ”
毎日のように通っていた保健室に入ってはすぐに背後から抱き締めていた俺を、貴女は困った笑みを見せながらそう言ってはすぐに嬉しそうに笑っていた。
思わず抱き締めたくなるその後姿は、今はもう感じられない……今の貴女の後姿はまるで泣き顔のように悲しいもの。
もう、それをかつてのように愛しい物へと変える事は出来ない……
「きゃっ! って琉依クン、どうしたの?」
「……」
気が付くと俺はソファから立ち上がってそんな貴女を背後から抱き締めていた。果物を切っていたその手を下ろすと、綾子サンはそっと俺の手に触れる。その手は微かだが震えていた。けれど、貴女を包む俺の腕もまた……震えていた。
「俺、綾子サンの事大切に思っているから……」
「私もよ。私も琉依クンが大切だし、愛しているわ」
そう言って綾子サンは、皿とフォークを用意する。俺の言葉に綾子サンもまた返してくるが、俺が言った言葉と違うのは俺が言いたくても言えなかった“愛している”の一言が加えられているという事……
そんな綾子サンの肩に額を置くように俯くと、俺は綾子サンを包んでいた腕に力を少し込めると
「貴女の事が大切だから……これからもその気持ちは変わらないから……」
だから、だから……
「俺と……別れて下さい……」
カシャーンッ
振り絞るように告げた俺の一言に、綾子サンは手にしていたフォークを落としていた。そして俺の額をのけるようにゆっくりと体を動かしてこちらを振り返る。その時に合った綾子サンの瞳は絶望に満ちていた。
「今……何て言ったの?」
手だけではなく声までもが震えている綾子サンは、何が起きているのか把握できずに尋ねていた。俺もまさかこんな台詞を貴女に言うなんて思いもしなかったよ。
だって俺は桜の時や他の女性たちとは違って、貴女の事を本当に愛していたし大切だと思ったから。色々な困難があるけれど、それでも俺は越えられると思っていたから……
けれど、それだけでは恋愛というのはやっていけないという事を……俺は知ってしまったんだ……
「俺と、別れて……」
ついに告げられた琉依からの一言。これも彼なりに真剣に考えて出た答えです。それを綾子がどこまで理解できるのか、次回で展開していきたいと思います。