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Chain61 形になりつつある不安



 しばらく会わない間に、貴女はだいぶ変わってしまった。けれど、そうさせたのは……俺





 『お願い……嫌いにならないで……他の人の所に行かないで』



 綾子サンのマンションからの帰り道、既に空も暗くなってきていた。そんな中、俺は帰る道中ため息を頻繁についていた。


 その原因はきっと、綾子サンの流した涙……


 女性の涙ほど困惑させるモノはない。自分の弱いところを見せては同情を引こうとする。泣けばいいって思っている女性も多いのか、俺がこれまで関係を持っていた女性の中にもそんな人はいた。

 『お願い! 好きなの』

 『私の傍にいて……』

 涙を見せて訴えてくる女性……最初に一期一会の関係と約束していたのに、それでも涙を見せれば考えると思ったのだろう。

 そして、綾子サンもそんな女性の一人だったのか涙を見せていた。

 帰り際、綾子サンは俺のシャツをかなり強く掴んでは俺を帰そうとはしなかった。その間もずっと涙を見せては、必死に何かを訴えていた。その口から出る言葉は、さっきも聞いた事と同じもの。自分では分かっていないのか、何度も何度も俺にぶつけていた。


 『嫌いにならないで』

 『他の人の所へ行かないで……』


 呪文のように繰り返される彼女の不安。涙を流せばいいって事じゃないくらい、綾子サンは十分わかっているはずだ。それでも、しばらく逢わなかった事で彼女の中で不安が爆発していたのだろう。

 クールな女性である綾子サンがあのようになったのがその証拠だ。


 「泣く女は……嫌い……」

 歩きながらそう呟く。そして、再びため息の嵐だった。

 しかし、俺はそれでも綾子サンを嫌いにはなれなかった。そして、彼女から離れようとも……離れられなかった。


 ――――


 「だからって、私の部屋に来ないでよ」

 君の部屋のベッドの上で、俺に背を向けて君はぼやいていた。そんな君を俺の方へ向かせると笑みを見せて

 「だって俺、禁欲だけは出来ないのよ」

 「バカじゃないの?」

 そう言って手を出すと、俺の頭に軽く拳を作って当ててくる。

 「川島先生から言われているんでしょ? “他の人の所へ行かないで”って」

 タバコを吸っていた俺に君はシーツに包まったまま話し掛けてくる。そんな君の頭を軽く撫でると

 「心配しなくても、アンタは“女”のうちには勘定されていませんから」

 「そうですか!」

 俺の一言に君は傍に置いていたぬいぐるみで叩いてくると、再びもぐりこんでしまう。そんな子供みたいな事をするから、女のうちには入らないって事に気付かないかなぁ。

 それでもそんな君に笑みを見せると、俺は吸っていたタバコを灰皿に置くとシーツを捲って君の顔をこちらに向けるとそのままキスを降らせた。

 そして、ゆっくりと離れると君は眉間にシワを作って

 「タバコ臭い……」

 そう言って舌を出して嫌な表情を見せてくる。

 「バーカ、コレが大人のキスなんですよ」

 「まだ十六だし……って」

 俺の言葉に呆れながら言う君は、再び顔を近づける俺から必死に逃げようとしていた。


 ――――


 ベッドの傍にある時計を見ると、もう深夜の二時を過ぎていた。それでも眠れない俺は、隣で寝息をたてながら眠る君を見ながらさっきの出来事を思い返していた。


 『他の人の所に行かないで……』


 必死になって乞う綾子サン。少し(まぁ、数ヶ月も過ぎているけれど)逢わないだけで、彼女は俺を見る瞳がだいぶ変わっていた。

 初めて出会った時や再会してしばらくは、大人の女性らしく余裕を込めた態度で接してきていたのに、ここ最近は何だか俺の方が年上のような感じがしてならない。不安や焦り……そんな気持ちを常に抱えているような彼女。

 それは……俺の所為なのか? 俺がちゃんと彼女に構ってあげられないから、だからさっきも綾子サンはあんな事を言ったのか?


 “もう、琉依にはついていけないよ。思っていたような人じゃなかった……”


 初めて付き合った桜の一言が今になって蘇ってくる。桜の言った通り、俺はやはり人と付き合うことに向いていないのかも知れない。

 あんなにも傍に居たのに、俺は綾子サンの不安を取り除く事が出来なかったのだから……


 「ん……琉依、どうしたの?」

 考え事をしていた俺に気付いたのか、君は目を擦りながら俺の方を見ている。眠たそうな表情を見せながらも俺を気遣ってか、上半身を起こして俺の方へ向き合う君の頭を撫でると

 「何でも無いよ。ごめんね、起こしちゃって」

 そう言って俺は君をゆっくりと寝かせると、再び起きないようライトを消した。



 薄暗くなった部屋の中、俺の心の中である思いが少しずつ形になりつつあった……


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