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Chain60 逢瀬を無くした彼女は不安になる



 掴んだと思った幸せに陰りが見えたとき……





 『しばらく行かない……』


 そう綾子サンに告げてから、数日……数週間……果ては数ヶ月も過ぎていた。その間、綾子サンから何回かメールや電話があったけれど、出てもすぐに俺は会話を終えていたしメールも返信しても短文で済ませていた。

 もちろん、今回の事は綾子サンだけが悪いわけじゃ無い。俺も普段からもっとしっかりしていれば良かったと、後悔していた。まさか、こんな事で俺たちの関係に陰りが出てくるとは思いもしなかったから……


 〜♪


 「あっ、また電話掛かってきているよ」

 俺と部屋でゲームをしていた君が携帯の着信音に気付いて、俺に携帯を渡してくる。ゲームを一時停止して携帯を見ると、やはり綾子サンからの電話……

 ここ数日、俺は撮影で学校を休んでいたからこうして電話が掛かってくるのも仕方が無いのだが……


 ピッ


 「これでヨシっと。さぁ、続きをするよ」

 「ヨシって……。いいの? 切っちゃっても」

 鳴り止まない着信音を電源ごと切ると、俺はゲームの続きを促した。

 今は……これでいいんだ。俺もまだ自分の中でちゃんと整理できていないところがあるから。何とも表しようが無い、かすかに感じるこの感情を把握するまで……

 「ほら、ちゃんと見ていないと俺が取りますよ〜」

 「あっ、ちょっとそれは私のでしょうが!」

 そんな気持ちと君の心配を払い除けるように、俺は再びゲームを始める。俺の笑顔につられてか、君もまた笑顔を取り戻していた。


 ――――


 「それじゃあ、お疲れ様でーす!」

 今日もまた撮影が終わって自宅に帰ろうとスタジオを出た時だった。

 「……綾子サン」

 スタジオを出た俺の前に現れたのは、綾子サンだった。意外な人物の登場に、俺はただ驚くばかりであった。

 「えっ、どうして場所がわかったの?」

 「前に、ここで仕事をした事があるって聞いたから……ここしか知らないからカンで待ってたの」

 そのカンが当たったから良かったものの、もし此処以外の場所で撮影をしていたらどうするつもりだったのか……。少し呆れもしたが、俺はそんな綾子サンの心情も理解していたので何も言わずにいた。

 「とりあえず此処だと人の目が気になるから、綾子サンの家に行ってもいい?」

 「ええ……」

 少し俯きながら綾子サンはそう返事すると、近くに止めていた車に俺を乗せてマンションまで向かった。


 最初に来た時は凄く嬉しい気持ちでいっぱいだったのに、まさかこんなにも気分が逆転するとはあの時は思いもしなかったな。

 綾子サンの後を重い足取りで付いていく俺は、そう思うと微かに苦笑いを浮かべる。

 そして、家の中に入ると綾子サンに勧められるままソファへと座り、キッチンへ行ってコーヒーの用意をする綾子サンを待っていた。


 「お待たせ……」

 そう言って俺の前にコーヒーを置くと、綾子サンは俺の向かい側に座った。いつもなら俺の隣に座ってくるのに、今日は目の前に座っては俯いていた。

 「あの……あの時は本当にごめんなさい……まさか琉依クンのご家族や、他の生徒が居るなんて思いもしなかったから」

 「それはもういいって、言ったよね? それに俺もちゃんとしていなかったから悪いし……」

 そう言うと、再びこの部屋中が沈黙に包まれる。この状況を笑える雰囲気に変えるほうが難しい。

 「ねぇ、綾子サン。俺と綾子サンは此処ではただの男女だけど、学校では全くその関係が変わるんだ。俺は生徒で、綾子サンは教師。だから、他の恋人同士とは違って俺たちは秘密をたくさん抱えなくてはならないんだ」

 「……そうよね」

 俺がゆっくりと話す事に、綾子サンは頷きながらもまだその視線は俺の方へと向けられなかった。

 お互いそんな事くらいは理解している。けれど、つい気が抜けてしまう事もあるんだ。しかし、それは俺たちの関係にとっては致命的なものとなる……

 「俺もこれから気をつけるから。だから、もう保健室にも行くのはやめるよ」

 「えっ……」

 俺の言葉に、俯いていた頭をあげてこちらを見る綾子サンの瞳は悲しそうな物だった。俺も寂しいよ……仕事ばかりでなかなか会えない俺達が唯一逢えたのが、あの場所だったから。

 「あまり行き過ぎていると、先生や他の生徒に怪しまれるよ。だから、もう行くのは止めるね」

 「そんな……でも、そうよね。仕方の無い事よね」

 そう、仕方の無い事だよ。でも、唯一逢えたあの場所にも来る事の無くなる俺を、綾子サンは不安そうな瞳で見つめてきたままだった。

 俺は、どうしてその不安を拭う事が出来ないのだろうか。


 「それじゃあ、帰るね」

 そんな視線を振り切るように俺はそう言って立ち上がると、座ったままの綾子サンを置いて玄関へと向かう。

 「待って!」

 後方から綾子サンの悲鳴に近い声がしたと思えば、俺の体に綾子サンの手が回される。そして俺の背に顔をつけると

 「お願い……嫌いにならないで」

 か細い声で言うその言葉に、俺は綾子サンの手を持って彼女と向き合う。すると、そう呟いた綾子サンの瞳からは涙が流れていた。

 「嫌いになんかならないよ。どうし……」

 「お願い、他の人の所へ行かないで……」

 俺の言葉を最後まで聞かずに、綾子サンは自分の不安を俺に投げかける。あぁ、彼女は自分と会わない間に俺が他の女性と関係を持つと思っているのか……

 付き合ううちに少しずつ可愛らしい所を見せる綾子サンを抱き締めると


 「嫌いにならないし、俺は綾子サンだけだから。どこにも行かないよ」


 そう囁きながら、俺は不安で震えながら泣く綾子サンをしばらく抱き締めていた。



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