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Chain59 幸せを曇らせる一言で



 あの時の俺は、君の微かな変化にも気付けなかった……





 「宇佐美、お前は進路はどうするつもりなんだ?」


 二年になって早々行われた三者面談。二十歳を超えているからと、俺の保護者として兄貴が俺の隣に座っていた。

 「う〜ん、もう仕事しているからね。このままモデルに専念するかも……」


 ガツンッ!


 「いってぇ……」

 担任に聞かれたからそのまま思った事を言っただけなのに、言い終わる前に兄貴の拳骨が頭にふってきた。

 「すいません、鳴神先生。どうも、躾がまだまだ甘いみたいで」

 「いやいや。相変わらずしっかりしているな、尚人」

 頭を押さえている俺に代わって、兄貴が担任に謝ると担任も苦笑いを見せながら答える。俺の今年の担任である鳴神センセイは、ここの卒業生である兄貴の担任でもあった。こうして担任と教え子二人が向かい合って話していても、何だか同窓会のような感じがして緊張感も出ない。

 かと言って、母さんにわざわざ来てもらうのも悪いし……K2なんか論外だし。


 『ルイは、将来は僕のようにビッグな人間になります!』


 ……って、担任から将来の話を聞かれた時にこう答えたのはいつだったか。その時の俺はもちろん唖然としたが、当時の担任に至ってはしばらく固まっていたし……。


 「てか、正直まだ分からないんだよ。まだ二年になったばっかりだし、今はモデルの仕事でいっぱいだから」

 「はあ、全く君と槻岡だけだぞ。俺の質問に“分からない”って答えたのは……」

 少し苛立ちながら答えた俺に、センセイはため息をついて言うと兄貴の方を見ていた。

 君の両親もアメリカに居るから、兄貴が同じく保護者としてやって来ていた。しかし、モデルをしている俺は分かるが、君もまだ進路を決めていないなんて意外だな。

 「それじゃあ、俺と夏海のどちらが先に進路を決めるか競争だね!」


 ガツンッ!


 「失礼します!」

 再び俺に拳骨を喰らわせると、兄貴は俺のシャツを掴んでそのまま引っ張りながら教室を後にした。そして、出た所では先に面談を済ませた君が立って待っていた。

 「全部聞こえたよ〜! てか、競争なんかしないっつうの!」

 笑いながら言う君に対して、兄貴は呆れながら俺の頭をもう一度軽く叩いた。けれど、本当の事だから仕方ないでしょ。そんな先の事なんかすぐに考えられないって!


 「琉依クンって……あら……」

 そんな俺たちの元へ綾子サンがやって来たが、兄貴と君に気が付いたのか近付いてきた足をその場で止めてしまった。

 「あぁ。兄貴、この人は養護教員の川島先生でお世話になっている人だよ」

 咄嗟に兄貴に綾子サンを紹介すると、兄貴は綾子サンに頭を軽く下げて

 「どうも、宇佐美琉依の保護者です。いつも弟がお世話になっております」

 「あっ。川島と申します。こちらこそ、宇佐美君には作業など手伝って貰っていて本当に助かっています」

 目の前に居るのが俺の家族と知って、綾子サンは少し焦っているような感じを見せていた。そんな彼女に、俺は心の中でため息をつくと

 「川島センセイ、今日はこれから用事があるから手伝い出来ないわ」

 「そうなの? それじゃあ、また明日ね」

 そう言うと綾子サンは兄貴に再び軽く会釈してその場を去って行った。そんな綾子サンを見送った後、兄貴が俺の方を見て

 「さっき……お前の事を“琉依クン”って言ってなかったか?」

 しっかり聞こえてるし……。兄貴に見えないよう表情を変えた俺を、君は苦笑いを見せて見ていた。

 「兄貴の気のせいですよ。センセイが俺の事を名前で呼ぶ訳ないじゃん」

 そう適当にごまかすと、兄貴と君を連れてその場を歩き始めた。


 ――――


 〜♪


 その日の夜、俺の携帯に掛かってきたのはやはり綾子サンからだった。

 「はい」

 『琉依クン? 今日はゴメンね、私ったら……』

 やはりその事だ。あれから兄貴は深くは聞いてこなかったけれど、俺はそれでも微かに焦りを感じていた。

 『面談の事を忘れていて、こちらに来るのが遅いなって思ったから迎えに行っ……』

 「綾子サン」

 綾子サンの言い訳を俺は遮るように口を開いた。電話の向こうでは少し不安げな声を出して返事する綾子サン。

 「あのさ、俺しばらく保健室には行けないから。仕事がかなり入っていて、時間を作れないんだ」

 『えっ……』

 自分でも分かるくらい冷たさを感じる声。こんな風に綾子サンに話すのは初めての事だから、綾子サンも驚いて言葉を失っている。

 「また仕事が落ち着いたら行くからね。それと、そんなにも謝らなくても大丈夫だから」

 『あ、あの琉……』

 「バイバイ」


 ピッ


 綾子サンの言葉を待つ事無く、俺は通話を一方的に切断した。

 「大丈夫だから……か」

 そんな訳無い。あれが兄貴だったから良かったものの、もし生徒だったらどうなっていたか。綾子サンの立場も俺も最悪な事になっていたのかもしれない。

 綾子サンに言った仕事はそれほど多くなく、会いに行こうと思えば行ける。けれどあえて嘘をついたのは、しばらくは会わない方がいいという俺の考えだった。

 万が一、あの場所に他にも誰かがいたら疑っているに違いないし……それに……


 俺も少しは頭を冷やしたかったから……



 長く続くと思っていた幸せに少し陰りが見えてきました。これから琉依と綾子の関係がどうなるか、楽しみにしていただけると嬉しいです。

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