Chain57 ロンドンでの恋人
ここでは……お互いが求め合うまま肌を重ねればいい……
クリスマスに再び求め合うようになってから、俺と君は誰の目を忍ぶ事無く一緒に行動する機会が増えていた。手を繋いでショッピングしたり、外でもキスしたいときはするし(その後、君に殴られてしまうけれど……)そして、両親が居ない時はまた求め合う……
此処には両親やリカルドを除いて俺たちを知る人間が居ないから、俺も遠慮する事は無いし君も余計な事を考える必要も無かった。
そんな風に俺たちは一緒に年も越したし、年が明けてからのオフの時も二人で出掛けていた。
『何? もしかして二人って付き合っているの?』
こんな風にリカルドが勘違いするくらいだった。けれど、その度に君は慌てる事無くきっぱりと否定していた。そんな君に頷いては一緒に否定する俺に、リカルドや両親までもが疑いの目で見ていた。そんな周りの目が鋭くなっても、俺たちの快楽への勢いは止まることを知らなかった。
ねえ、それは君も俺もちゃんとお互いを割り切った感情で接していたからだよね。こんな事、きみにとっては俺への慰め程度の事だ。綾子サンと離れて寂しがっている俺への同情。
そして、長いような短いようなロンドンでの撮影が終わり、俺たちは再びヒースロー空港へとやって来た。
『久しぶりに一緒に過ごせて楽しかったわ。またいつでも来てね』
『うん、ありがとう。兄貴にも言っておくよ』
そう言いながら母さんとハグした後、チラッと君の方を見るとリカルドと何かを話している。内容までは聞く気は無いからその場で立っていると……
『ルーイー! また来てね〜』
K2がバカみたいに泣きながら俺の肩を掴んできては、無理矢理ハグをしてくる。そんなK2をウザイと思いながらも、またしばらくは会わないのだからとされるがまま大人しくしていた。
『ルイ! 俺もまた日本に行くよ! 今度はサクラが見たいからその頃に行こうかな〜』
『リカルド知らなかったの? アメリカでも桜は咲いているから、そっちに行けば?』
君との会話を終えてこちらにやって来たリカルドの言葉に刺々しく答えると、片眉を上げて苦笑いを見せながら俺を見下しているリカルド。そんな彼に、俺もまた負けじと引きつった笑みを見せて応える。
――――
飛行機の中で、俺は撮影の間に試しに撮ってもらったポラを眺めていた。初日から最終日までの間に撮ってもらった大量のポラは、俺の物だけではなくリカルドが写っているのもあった。それは俺が希望していたもので、モデルとしては一流の彼を忘れない様にする為だった。
そんな俺の隣りでは、君が気持ち良さそうに眠りかけていた。うつらうつらと顔を揺らせながら眠る君は俺の肩にその頭がつくと、安心したのかやっと落ち着いて眠り始める。
昔からのクセはどうやらまだ治っていないらしい……。誰かのぬくもりが無ければ、慣れない所では眠れないのだ。
「んっ?」
そんな君の首元には、クリスマスに俺があげたシルバーペンダントが輝いていた。そこで一層輝くピンクトルマリンを見て、俺は自分も身に付けていたペンダントを手にする。そこには妖しく輝くブルートルマリン……。
“嘘……偶然?”
“そう。偶然だよ”
お互い笑顔を見せ合い話していた事を思い出す。これも俺たちの絆が見せた物になるのか……。そう思いながら俺はペンダントから手を放すと、君の頭を撫でてそのまま目を瞑った。
―――――
「うわーいっ! 帰ってきたよ〜!」
空港に着いてすぐに君は周りを見ながら大声で叫ぶ。日本語で書かれた看板や多くの日本人を見るだけで、君は更にはしゃいでいた。
「夏海〜、長時間飛行機に乗っていて疲れていないの〜?」
「べっつに〜っ!」
あまり眠れなかった俺の言葉にも、君はいつもと変わらない元気な声で答えてくる。ロンドンで楽しんでいても、やはりこっちに帰ってくると嬉しいんだな。
「ほら、兄貴が入り口で待っていてくれているから行くよ」
初めて日本に来た外国人のようにはしゃぐ君をそろそろ恥ずかしくなってきた俺は、君を連れて歩き始めた。
お揃いのペンダントをつけてお互い普通に手を繋いで歩いている……傍から見ると恋人同士の感じでも俺達にとっては特に意味の無い、仲のいい子供達がしている様な物と同じ行為だった。
そんな俺たちが空港を出ようとした時だった。急に君が繋いでいた手を放すと、その場で立ち止まってしまう。
「夏海?」
そんな君を変に思いながら声を掛けると、手招きして柱の方に呼び寄せた君は俺を出入り口の方を指して視線をそちらへ向かせる。そんな君を怪訝な顔で見ながらも、視線を君が指す方へ向けると……
「あっ……」
君が指した出入り口には、空港から出る人たちを一人一人見ながら立っている……綾子サンの姿があった。
「ど、どうして……」
「早く会いたかったんじゃない?」
信じられない物を見るような目をしながら呟く俺に、君は落ち着いた感じで答えている。そしてそんな俺の背中を押すと、
「行ってあげなよ。ナオトには私から言っておくから」
君と一緒に行っているという事を綾子サンには言っていなかった。それを察したのか、君は俺の事を気遣って自分は一緒に行かずに先に俺を行かせようとしていた。
「じゃあね」
最後に軽く背中を叩くと、君は別の方へと歩いていってしまった。そんな君の背を見送った後、俺は真っ直ぐ出入り口の方へと進んでいく。
「琉依クン!」
俺の姿を見つけるなり笑顔を見せてそう言う綾子サンは、走ってきてそのまま俺に抱きついてきた。そんな綾子サンを俺は優しく抱き締める。
「ビックリした……」
「でしょ? 新学期まで待った方がいいかなって思ったけど、どうしても会いたくなって……」
笑顔のまま話す綾子サンに、俺は笑みを見せるともう一度綾子サンを抱き締めて
「ただいま……」
……そう呟く。
ロンドンで俺の恋人のような存在だった君とは、帰国してからこうして通常の関係へと戻っていった……