Chain52 その存在を大きくさせつつある絆
愛しい人を目の前にしても、俺の中では別の事を考えていた……
「琉依! 久しぶりに“べライラル・デ・コワ”からオファーが来ているぞ!」
……久しぶりは余計だっていうの! いつも通り、放課後に寄った事務所で俺は真琴さんの代理である芳賀サンから次の仕事を聞かされていた。
「“べライラル・デ・コワ”って言ったら……アイツも一緒?」
これまで真琴さんと一緒に仕事をしてきた芳賀サンも、俺がアイツ=リカルドの事を苦手としている事も知っていた。そして、そんな芳賀サンは苦笑いを見せると
「一緒です!」
やっぱり……。“べライラル・デ・コワ”の顔とも言えるアイツが参加しない訳が無いよな。まったく、どんなに頑張っても結局はアイツも頑張っているからなかなか差が縮まらないんだよな。
そう思いながら芳賀サンから渡された書類を見るが……
「ち、ちょっと芳賀サン?」
「ハイハイ、何でしょうか?」
思わず書類を見たまま固まってしまった俺に、芳賀サンが顔を覗かせてきた。
「この書類に書かれている事は、全て正確な物であってもう決定されているのでしょうか?」
さっきまでとは違って少し落ち着いた声で芳賀サンに確認するが
「ん? そうだけど?」
その一言で俺は書類を思わず最初から最後まで再確認してしまった。
「だって……この仕事って……」
「だから“べライラル・デ・コワ”って言ったでしょ?」
そうだけど……。恐る恐る目を通しても、やはりそこに書かれているのは何度も確認したとおり同じ内容で
場所……ロンドン“べライラル・デ・コワ”になっているのですが。
「しかも、日程に至っては……」
――――
『ルイ〜! 今年のクリスマスはパパ達と過ごせるのだね〜!』
「……っ」
自宅に帰った俺を待っていましたとばかりにタイミングよく掛かってきたK2からの電話。受話器の向こうで叫ぶK2の喜びの声に、思わずムカムカしながら受話器を遠ざけた。
『俺も連絡を受けた時はビックリしちゃったよ〜』
一人舞い上がるK2の声を遠くで聞きながら、俺はその間にも適当に返事をする。
K2がこのように舞い上がっている理由……それは、この撮影が行われる日程が十二月二十日から一月五日の間という俺にとってはとても最悪なスケジュールだったから。
『と言っても、クリスマスやお正月はオフだからね。折角だから家族で過ごしましょうよ』
「K2、かなり嬉しそうだね……」
子供のように明るく話すK2に少し呆れながらも、俺は徐々に諦めが付いてきた。だって、クリスマスとお正月はこっちで綾子サンと過ごそうと思っていたのに、何が悲しくてロンドンで家族と過ごさなくちゃいけないんだ。
これまでは時間を振り分けて色々な女の子達と過ごした時もあれば、君と過ごしてきた事もあった。そして、彼女が出来た今年こそはその大切な人と過ごそうと決めていたのに。
『ナオトは? ナオトもこっちに呼びなさいよ!』
「兄貴はこの時期は店が忙しいの! 一緒に行けるわけがないでしょうが!」
兄貴が経営している“NRN”は、オープンしてから兄貴の友達やさらにその友達から広まって結構客の入りも良かった。だから、クリスマスも店を開けて何かイベントを考えているらしい。
『あっそ。それじゃあ、なっちゃんを連れて来なさい!』
「母さん?」
突然母さんの声に変わったと思えばその台詞。一体、何をどうしたらそんな事になるんだ?
「どうして夏海を連れて行かなければならないの?」
少し棘のある言い方で母さんに尋ねると、受話器の向こうでこちらにも聞こえるようにため息をつくと
『琉依はロンドン、ナオトはお店で忙しかったらなっちゃんはずっと家で一人ぼっちでしょ? 女の子一人じゃ、心配でしょうがないわ』
それならアメリカにでも連れて行ってやってくれ……。そっちにも我が子ラブの人が一名居るのだから。
『チケットは芳賀に頼んでおくから、あとはなっちゃんに言っておいてね〜』
「あっ、ちょっと……」
再びK2の声になったかと思えば芳賀サンに頼むだと? 勝手に言うだけ言って切られた通話……俺が持っていた受話器の向こうではツーツーと虚しい音だけが流れていた。
「琉依、居る〜?」
これまたタイミング良く玄関のドアが開く音がした後に、君の声が聞こえてくる。そしてそのままリビングに入ってきては、俺の姿を確認するといつものように夕飯を持ってきて準備を始める。
「夏海さん、年末年始ですが何かご予定はありますか?」
「な、何? 変に敬語なんか使っちゃって気持ち悪いのですが……」
鍋に入れてきたおかずを温めながら、君は俺の方を見ては少し怪訝そうな顔をしている。
「さっきK2と母さんから連絡あって、ロンドンに来ないかって言われているのですが……」
もちろん俺は仕事で、君は母さんと一緒に居る事になるけれど……それも加えて説明すると、君は少し考えてはいたがすぐに笑みを見せると
「冬のロンドンって寒いんだよね? たくさん服を買わないと!」
行くのかい! 心の中でそう思いながらも、俺は笑顔を作ってはうんうんと頷いていた。しかし、はしゃいでいた君は急に表情を曇らせると、俺の方を見て
「川島先生は? 一緒に連れて行ってあげないの?」
「綾子サンは先生だよ? 無理に決まっているじゃないか」
別に担任を持っているわけじゃないから何とかしようと思えばできる事だが、俺はあえて綾子サンを連れて行こうとは思わなかった。
向こうに行ってもどうせ仕事ばかりだし、彼女に構ってやれない方が多い。それなら別々に過ごした方がいいに決まっている。
……と、それはあくまで表向きはそういう事にしていた。
綾子サンを連れて行かない本当の理由は……別にある……
“ロンドン編”始まります。少しずつバランスを崩し始めた琉依と綾子の関係ですが、これからその関係は……