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Chain51 やがてその感情に歪みが生じる



 君の真っ直ぐな瞳は、俺の事を何もかも見透かしているようだった……




 「……イ!」

 「……」


 「ルイ!」

 「えっ、あ……何?」


 突然の自分を呼ぶ大声に驚いて、その声がする方を振り返り見上げるとそこには缶ジュースを持ったアレクが立っていた。

 「何じゃねぇよ! お前さっきからボーっとしているけど、どうしたんだよ?」

 そう言って俺にジュースを渡してくると、そのまま隣りに座ってくる。

 「それで? どうしてオフの筈のお前が此処に来ているのですか?」

 「え〜っと……」

 何気ないアレクからの質問に対して、俺は言葉を詰まらせてしまった。

 君の病室を去ってから俺はその足で綾子サンのマンションに行く気がしなくて、ついアレクが撮影しているスタジオまで来てしまったのだ。

 そして彼が休憩に入ったところで、こうして声を掛けられたのだが……

 「いや〜。君が俺が居なくてもちゃんと仕事をしているのかなと思ってね!」

 「バカ言ってんじゃねぇよ!」

 ついいつもの調子で出てしまったジョークに、アレクは何の疑いもなしに俺の頭を軽く殴ってきた。本当はそんな理由じゃないのだけれど、本当の事はアレクにも……誰にも言えなかった。

 もう十分格好悪いのに、それでも俺はまだ自分を格好つけようとしているのだ。


 “だから……帰って”


 君にあぁ言われたのに、それでも俺の足はなかなか動かなかった。自分から言おうとした言葉を先に君に言われたからなのだろうか、頭の中が真っ白でそんな事すらも出来ない状態だった。

 しかし、それから何も言わず目を瞑ってしまった君を見て、俺は重い足取りでその場を後にする事になった。

 長い間一緒に居たからこそ、俺の心情も察していたのだろう。綾子サンと君との事で悩んでいた俺を、君はあえて自分から突き放すという優しさを俺に与えたのだ。


 「ルイ? どうした? 何か、お前さっきから変だぞ?」

 考え事をしていた俺にアレクは顔を覗き込んで尋ねてくる。

 「ん〜。俺って、情けない奴だなぁと思ってさ〜」

 「情けないと言うよりかは、だらしが無いと思うぞ? 特に女性に対してな」

 こういう時って、どうして誰も否定をしてくれないのだろうと思う。君といい渉といい、俺がこんな問いかけをすると決まって肯定ばかりしてくる。まぁ、そうなのだろうけれど……

 「何だ? オンナの事か? それなら話くらいは聞いてやるぞ」

 「……いい。オンナの事だけど、アレクには話したくない」

 アレクの好意(?)を速攻で断ると、アレクは俺に殴りかかるフリをしてくる。

 だって、こんな話をしてもきっとアドバイスしようがないと思うよ。こんな我がままで歪んだ感情を、一体誰が理解できようか。


 「彼女の事か? それなら泣かせるような事だけはするなよ〜」

 ジュースを飲んだ後に話すアレクは、俺の方を笑いながら見ている。

 泣かせるような事……もうしているのかも知れない。沖縄で出会った時から高校で再会してしばらくは、お互いとても愛し合っていたのに……気付けば俺の視界はとても広くなっていた。

 もともと、綾子サンと付き合う時に君との関係を絶つべきだったのだ。それなのに、君が与えてくれる快楽から抜け出せないでいるから、ここまでずるずると続けていた。

 その結果がこうだ。君に対して愛情は無いが、別の感情……絆が生じて俺はそれを逸らせなくなっている。だから、綾子サンといる時も俺はこうして後ろめたい感情を背負ってしまっているんだ。

 「ルイ? 何、お前ホントに彼女の事で悩んでいたのか?」

 何も言わず座り込んでいる俺に、アレクは肩を叩きながら声を掛けてくる。

 「俺……帰るわ」

 「あっ?」

 無言だった俺が急に立ち上がったのを見て、アレクは訳が分からないといった目で見上げていた。そんなアレクに軽く手を振って、俺はそのままスタジオを後にした。


 ――――


 「琉依クン!」

 「こんにちは」

 スタジオを出た俺は、無意識のうちに足を綾子サンのマンションへと進めていてこうして彼女の笑みを目にしていた。

 綾子サンは突然の来訪に少しは驚いてはいるが、すぐに俺を中へと入れてくれた。二度目に来る彼女の家だったが、その気分は最初に来た時と全く違うものだった。

 一分でも早く会いたい……その気持ちを今の俺はほんの僅かしか持っていなかった。

 「はい、どうぞ」

 ソファに座る俺に、綾子サンはコーヒーを出してくれる。俺はそれを受け取ると、少しだけ口にしてからテーブルの上に置く。そんな俺を見てから綾子サンは俺の隣りに座ってきた。

 「今日は休みだから、もしかして会いに来てくれたの?」

 「ん?」

 つい聞き返してしまった俺に、綾子サンの表情は少しだけ曇ってしまう。一瞬で“しまった”と心の中で呟いた俺は、すぐに笑みを見せると

 「嘘、嘘。綾子サンを驚かせようと来たのですよ。けれど、いざ来てみたら綾子サンそんなに驚かないし……」

 上手く冗談に変えては今度は自分が寂しげな表情を綾子サンに見せて訴える。すると、綾子サンは曇らせていた表情を笑みで崩すと

 「何言ってるの〜。ホントは私だってかなり驚いていたのだからね!」

 そう言って俺に抱きついてきた。そんな綾子サンの全てを受け止めるよう、俺はきつく抱き締めて綾子サンの耳元に顔を近づけると

 「ねぇ、今日泊まっていってもいい?」

 明日はもちろん学校がある……けれど、綾子サンはそんな事くらい分かっているから尚更俺のこの言葉の意味くらいは解るよね?

 案の定、綾子サンは顔を上げて俺の方を見ると


 「もちろんよ。琉依クンは明日、学校休むものね」


 そう言うと、俺の唇に綾子サンは自分の唇を重ねてきた。そんな綾子サンを俺は抱き締めたままだったけれど……


 相変わらず……俺の脳裏には別の事が離れないで残っていた


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