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Chain48 そしてこの手が選んだものは……



 俺の胸騒ぎが……間違いでありますように……






 ソファに座っていた俺を、綾子サンは抱き締めて頑なに放そうとはしなかった。今日は貴女の誕生日、一つまた大人になっている筈なのに何だかその行為が子供っぽく感じる。


 けれど……それが当たり前の事なのだ。


 「お願い……一緒に居て」

 ついさっきまで食事をしていた時はそんな事など言わなかったのに、どうして急にそんな不安になるような事があるのか。

 俺の腰に回していた手は、さらにきつく力が込められて決して俺を自由にさせる気は無いと意思を見せていた。

 「綾子サン? どうしたの、急にそんな事言うなんて……」

 俺から離れない綾子サンにそう尋ねても、綾子サンは俺を見る事無くただ俺を抱き締めていた。一体、何がそんなに不安なのか……俺が携帯を持っただけでそんなにも不安になってしまう事?

 「さっき、琉依クンの携帯を見ていた時の表情がとても寂しそうだった……」

 「えっ?」

 思いがけない綾子サンの言葉に、俺は綾子サンの顔を覗き込んだ。俺の目の前に居る綾子サンの表情は、さっきまでの笑顔は一切無くただ不安で仕方が無いのか目も伏せがちになっている。

 「友達からの電話って言ったけど、それであんな表情にはならないわよ」

 この人はやはり他の女性とは違う。俺の事をちゃんと見てくれている。だからこそ、俺の今の気持ちを感じてこんな行動に出ているんだ。

 「今日だけは……お願い。傍にいて欲しいの」

 どうして……どうしてあんな電話一つで俺はこんなにも彼女を不安にさせているのだろうか。あの電話の相手を言ってしまえば、それで綾子サンを安心させる事が出来るのではないだろうか?


 “あの電話は幼馴染みからの電話だったよ”


 それでは、どうして寂しい表情になったのか? 俺は自分でも気付かなかった綾子サンからの指摘に、どう答えていいか分からずそう言う事も出来なかった。自分でも分からない、無意識のうちにしてしまったとしか言いようが無い。

 そう思っている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。綾子サンに気付かれないよう腕時計を見ると、もう十一時になろうとしている。携帯に残っていた君からの留守電は、最後のものが九時過ぎ……

 頭の中で何かがふっ切れた俺は、俺を抱き締める綾子サンの肩に触れると


 「どこにも……行かない。もう……行かないよ」


 乾いた喉から出たそんな言葉に、綾子サンは俯かせていた顔を上げて俺を見る。何かにすがり付くような目をしている綾子サンは、何も言わず俺の方を見ている。

 そんな綾子サンに、俺は笑みを見せると

 「どこにも行かないから……」

 そのまま綾子サンを抱き締めた。

 胸に残る胸騒ぎよりも、目の前にいる大切な人の不安を現実のものにしてはいけない……。俺は、君の事よりも綾子サンの腕を選んだ。

 少し離れてすぐに俺は綾子サンにキスをしては再び抱き締める。心なしか、その時の綾子サンの手は微かに震えていた。まだ不安を拭いきれない綾子サンからそれらを無くしてしまおうと、さらに抱き締めてはキスをする……その行為を繰り返した。


 ―――――


 「……っん、うん」


 カーテンから漏れた朝日で目が覚めた俺は、そこが綾子サンのベッドの上である事にすぐに気付いた。あれから、俺は自分の奥にある胸騒ぎを残したまま綾子サンの家でこうして一夜を過ごした。

 不安を拭いきれない綾子サンが求めるたびに、俺はそれに何度も応えた。お互いの熱が冷め止まないうちにいつの間にか眠ってしまった訳だが……

 ふと隣りを見ると、少しだけ目元を腫らした綾子サンがまだ眠っていた。その痛々しい目元を見ると、俺の中で何かが痛みを覚える。


 何となく携帯が気になった俺が、ベッドから降りようとしたその時だった。

 「おはよう……」

 後ろを振り返ると、綾子サンも目が覚めたのかゆっくりと上半身を起こしていた。その時にはもう携帯の事は後にしようと思っていた俺は、そのまま綾子サンに近付いて目元にキスをする。腫れているせいで、少し熱を帯びていたその瞳は俺への戒めの証と痛感する。

 「くすぐったいわ……」

 身を捩じらせては笑みを見せる綾子サンに安心した俺は、しばらくそこから離れずに一つのベッドの上で綾子サンと過ごした。


 「ごめんなさい……」

 手を繋いでベッドに潜り込んでいた俺に、綾子サンが何故か謝ってきた。何を謝る事があるのかと、俺は顔を覗き込むと綾子サンは恥ずかしそうに顔を赤く染めている。

 「昨夜の私……何だか子供みたいだったわ。琉依クンに対してあんなに我がままを言うなんて」

 両手で顔を隠しながら綾子サンはそう懺悔する。少しでも今の自分を見られまいとする綾子サンのその仕草を見て、俺はそっと髪に触れる。

 「そんなの恥ずかしくないよ。綾子サンも“女の子”って感じがして可愛いと思ったな」

 「もう、また子供扱いしてる……」

 俺の言葉に綾子サンは少しふて腐れた表情を見せるが、すぐにそれも笑みへと変わる。そして俺はベッドの傍にあった紙袋を手にとって、そのまま綾子サンに渡す。

 「な〜に?」

 「プレゼント第二弾ってところです」

 少し起き上がってその包みを開ける綾子サン。寝起きだからお互い何も着ていないのが残念だけど、すぐに渡したかったし……まぁいいか。


 包装紙を全て取り除いて出てきた小箱を開けると

 「まぁっ! 綺麗……」

 中に入っていたのは指輪だった。誕生石とか関係なく、綾子サンには青が似合っていると思ったからサファイアが少し付いた指輪を取る。そして、そのまま綾子サンの指にゆっくりと通していく。

 「ありがとう、琉依クン。本当に嬉しい……」

 その瞳からは涙が零れているが、これもまた何も着ていないから目のやり場に困る。それでも俺はそんな綾子サンを優しく抱き締めた。


 ねぇ、綾子サン。貴女は今でもその指輪を持っていますか……?


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