Chain42 嵐のきっかけとなる出来事
形になっていく俺たちの絆
『初めまして、ルイです』
『やあ、こちらこそ初めまして。ノア=マーシルです』
学園祭の日に撮影がある“レベッタ”のデザイナーと会う機会が出来たので、こうして事務所で握手をしながら挨拶で始まる。
『いやぁ、マコトからは一度断られていたからね。それがこうして受けてもらえたなんて、私はラッキーだね』
それが不純な動機からという事なんて、思いもしないだろうな。心の中でそう思いながら、俺は彼に笑みを見せていた。
そして、数分ほど会話をした後、撮影の事などの打ち合わせを始めた。今回の撮影には暁生さんもノータッチなので、久しぶりに違った環境で行う事になる。
暁生さんが一緒に居ると、やはり知人がいるという甘えも残ってしまうからこうして少しずつ別の環境にもなじんでいかないといけないな。
――――
「ただいま〜っと……んん?」
誰もいない家にこうして帰宅の挨拶をするのは昔からのクセなのだが、ふと下を見るとそこにはあまり認めたくないが覚えのある靴が二組と懐かしい靴が一組。そして、リビングから聞こえてくる騒音からして、それは決定的なものとなる。
「嘘だろ……?」
こっそりと廊下を歩いてリビングを覗くと、そこにはその会いたくない二人と久しぶりに会う人。そして、君や兄貴に暁生さんや真琴さんもいた。
『あ〜! ルイのお帰りだ〜!』
声の主であり、会いたくない人物その一のリカルドは俺の姿に気付くと指差しては大声で叫ぶ。そしてその声に反応して振り返るのは、会いたくない人物その二のK2……。
「我が息子、琉依! 会いたかったよ〜!」
「離れろ〜っ!」
叫びながら抱きついてくるK2に、俺は必死になって逃れようとする。久しぶりのこのK2流のスキンシップは、幼い頃からかなり歳を重ねているはずなのに力は衰えていなかった。
兄貴はもうやられたのか、うんざりという表情を見せて座り込んでいる。君もきっと同じくされたのであろうけれど、基本的に君はそんなスキンシップを昔から嫌がることは無かったので喜んで受けていたのだろう。
俺は何とかK2から逃げ出すと、傍にいた母さんの顔を見て安堵の表情を見せた。そして、母さんを軽く抱き締めて
「お帰り」
と海外流の挨拶を交わす。
「……それで、今回はどうして帰ってきたの? 夏休みに帰ってきたばかりじゃないか。それに、今回は何故かリカルドまで居るし」
いったん部屋に行って着替えてから戻ってきた俺は、とりあえず突然起こったこの出来事の理由を三人に尋ねる。するとK2はそんな俺の傍までやって来ると
「どうして? じゃないでしょ! アンタって子は、どうしてちゃんと学園祭に出て劇に出ないの!」
接近してきて言うその言葉を聞いて、俺は君や兄貴の顔を見る。すると、君ではなく兄貴がすぐに顔を逸らしてしまうところを見ると、どうやら兄貴がK2に話をしたのだな。
『ナツミがお姫様になるって言うから、俺もこうして観に来ちゃった訳ですよ』
……って、お前学校は? K2もK2で、わざわざそんな事を言うために日本に帰国してきたのか? そして、母さんもそれを止めないなんて……。
「だって俺、仕事に生きるって決めたもん」
そう言って、さっき寄って来た“レベッタ”の書類を見せる。けれどK2はそれに目もくれず、不満顔だけを俺に向けている。
「あのね。俺はね、琉依となっちゃんが恋人同士の役をすると聞いてたからもの凄く楽しみにしていたんだよ?」
恋人同士って……昔で言ったら“夫婦”になるのだけどね。でもそれをどうしてK2が楽しみにしなければならないのか。
「それなのに……なっちゃんは、どこの誰かも分からないような男なんかを相手にするなんて……」
もう半泣きの状態でK2は一人で話している。まったく馬鹿馬鹿しい。こんな事の為にわざわざこうしてロンドンから来たなんて。
「響? その話はその辺にしておいて、さっき話していたことを琉依にも言っておかないと」
嘆いているK2に、母さんが冷静な声で話しかけた。って、用件はこれだけじゃないの? 今度は何だよ……そう思っていた俺に、K2の代わりに暁生さんが口を開いた。
「琉依。実はな、俺とマコが来月からアメリカに行く事になったんだ」
アメリカねぇ。やはり人気カメラマンは色々な処からオファーがあるから、大変だよね。そう軽く思いながら君の方を見ると、その表情はいつの日か見たものと同じだった。
「それがね、いつ帰れるか分からない状態なのよ。大きな仕事のメンバーとして入る事になったから、そのプロジェクトが終了するまで帰れないのよ」
真琴さんの話を聞いてやっと君の表情の理由が分かった。そうか、君はまたご両親と離れ離れになってしまうのだね。
俺と同じで君も高校があるから一緒には行けないんだ。だから、そんな寂しい顔をしているんだね。
「へぇ、さすが暁生さんだね。じゃあ、俺もしばらくは暁生さんと仕事出来ないんだ」
俺の言葉に暁生さんは苦笑いをして頷く。真琴さんも自分の会社の方は別のスタッフに引き継いで暁生さんについて行くと言うくらいだから、今度は本当にしばらくの別れになるのかもしれない。
「俺たちもロンドンに居るだろ? だから、ここではお前たちだけになるから三人でしっかりと協力し合って欲しいんだよね」
K2がそう言うと、兄貴が頷いた後に君も寂しげな笑みを見せて頷いている。そんな二人からしばらくおいて、俺も笑って頷いた。
もし俺と君がこうして一緒に過ごす事が無ければ、あんな事が起こる事は無かったのだろうか……?
こんにちは、山口です。
この作品を読んで下さり有難うございます!
やっと暁生とマコを槻岡家から追い出す事が出来ました……此処から夏海は大学卒業まで一人暮らしをしていきます。