Chain41 形になる俺たちの絆に
これ以上……健気な君を俺に見せ付けないで
「真琴さん! 俺に仕事を下さい!」
モデル事務所での出来事。俺は真剣な顔をして、社長である真琴さんのデスクに手を置いて頼み込む。そんな突然の出来事に、真琴さんはただ唖然としていた。
「る、琉依? 仕事なら嫌ってほどあるじゃない」
「そうじゃなくて、ここ!」
俺は真琴さんのデスクの上にある卓上カレンダーの十月二十八日を指して言う。そこには、俺の予定は一切書き込まれていなかった。まぁ、それも当然……
「だって、アンタこの日は学園祭があるのでしょ?」
そう。だからこの日の俺は一切の仕事は入ってはいなかった。けれど俺は学園祭に出るつもりは無く、何とか仕事を入れては用事をつけて参加できないようにしたかった。
「学園祭は参加できなくていいの! 俺は仕事に生きる男になるのだから!」
適当な理由をつけて無駄に張り切る俺を見て、真琴さんは訳が分からない顔をしていた。
学園祭には参加したくは無かった。君が演じる事になった“源氏物語〜若紫の章〜”は教師や生徒全員が鑑賞するものだから、俺はどうしてもこの日は休むしか逃れる道はなかった。
「アンタ、学園祭も学生の思い出になるのだから参加しなさいよ」
「俺は学生の思い出よりも、モデルとしての思い出をたくさん作りたいのです!」
再び始まる俺の力説に、真琴さんはもう慣れたような表情を見せて書類を探している。そして、そんな俺の前に差し出された一枚の書類には、小さく×の印が記されていた。
「これは、その学園祭の日の仕事だったから私の方で断ったんだけど、アンタがそこまで言うなら受けてみる?」
真琴さんの言葉を聞きながら見るその書類に記されているのは、“レベッタ”というブランドの新作の撮影だった。
「レベッタって、パリで広く展開しているブランドだよね? これにリカルドは関わっていない?」
「あの子はこのブランドには一切関わっていないわよ。今、あの子はべライラル・デ・コワの方で忙しい身だからね」
流石はリカルド。人間はバカでも、モデルとしての実力は一流だからな……こっちが追いかけようとしても、すぐにまた差を広げていく。
――――
「えっ? じゃあお前、学園祭には出ないのか?」
家に帰ると珍しく家に居た兄貴にその事を話すと、兄貴は驚いたようにそう言った。
「そうなんだって。私もさっき聞いてビックリしちゃった」
そんな俺の横には、家に入る前に会った君の姿がある。
「せっかく私の“紫の上”を見せ付けてやろうかと思っていたのに〜!」
そう不満気に話す君に見えないところで俺はため息をつく。だから、それが嫌だから俺はわざわざ仕事を入れたんだって。
「じゃあ、俺が琉依の代わりに観に行こうっと! 何たって、大切な幼馴染みでもあり後輩でもあるなっちゃんの舞台だからね」
そう、兄貴も俺達と同じ一宮高校の特進科の出身だった。俺の代わりに行く兄貴は既にもう君の舞台を観る事が楽しみなのか、気分をウキウキさせていた。
「あっ、そうだ。忘れていたよ〜」
ウキウキさせていた気分から覚めた兄貴は、ふとそう言った後に傍にあったカバンから大きな紙を取り出してきた。
そこには何かの内外装やら、いろいろ文字が書き込まれていた。いろいろ見てみると、どうやら喫茶店か何かの構想図に違いないと思うけれど。
「兄貴、これ何?」
ふと尋ねた俺の言葉に、兄貴は立ち上がると俺と君の前にその紙を広げると
「宇佐美尚人、何と! 店を開く事にしました〜!」
たった二人しかいないギャラリーに対して大きく叫ぶ兄貴の言葉は、俺と君を唖然とさせるには十分だった。まったく、しばらく家にも帰って来なくて久しぶりに帰ってきたと思えば何を言い出すのか……。
「ナオト〜、何のお店を開くの?」
そんな兄貴の話に君はすぐに食いついて兄貴と同じテンションに変わる。
「ん〜? バーですよ〜」
嬉しそうに話す兄貴と君の姿を遠目で見ながら、俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
「店の方はもう色々決まっているのだけど、肝心の名前が決まっていないんだよね〜」
兄貴はそう言いながら構成図を眺めていた。そんな兄貴の横に座って、君もまた同じように考えている。ふと、そんな時に兄貴が何かをひらめいたような表情を見せた。
「そうだ! “N・R・N”にしよう!」
N・R・N? 一体どこからそんな店名を思いついたのか……。君も同じ事を考えていたのか、俺と同じ様な表情を兄貴に見せる。
「由来? それは俺たちの名前の頭文字ですよ」
「頭文字? あっ、ホントだ〜」
尚人の“N”に琉依の“R”、そして夏海の“N”であわせて“N・R・N”か……
……って、どうして俺たちの名前から取るんだよ!
別にわざわざそこから取らなくても、他にももっといい名前があるだろ? 何もそこまで俺たちの事を形に残さなくてもいいじゃないか。
「それ、いいね〜! ナオト、センスあるじゃん!」
……無いって。君までそれに賛成する事無いから……。そんな俺の思いなど無視して、兄貴は君とその店名に乗り気だし。
はあっと、ため息をついた俺を無視して決まった店名。それが後に俺たちの交流の場にもなる“NRN”の始まりだった。
後にメンバーの溜まり場となる“NRN”の店名はこのような由来からなっていました。ホント、単純です……。