Chain39 光る君の優しさと、現れし狂気の火種
俺が君とこの作品が出来ない理由を、君は知らないだろうね……
依頼を断った俺と梓に対して演劇部の先輩方は、その翌日から再びキャスティングの組み直しで走り回っていた。そんな彼女たちを俺は遠目で眺めているだけ。
「琉依は受けたら良かったのに……」
そんな俺の隣りで、梓が呟いている。俺たちが断ってから数日過ぎても、主役が決定したと言うニュースは聞くことが無かった。
君は、そのまま受けたのかとか興味がある訳では無い。俺が興味あるのは……
「俺以外に、光源氏に合う男なんているのかな〜」
それだけ。そう呟いた俺に対して、梓はクスクスと笑っていた。そんな俺たち二人が何をしているかと言うと、学園祭の打ち合わせの帰りで一緒に廊下を歩いていた所だった。
「俺は見たかったな〜。梓の紫の上」
「私は無理だよ。お芝居なんてした事ないし、それにホラ……」
そう言って梓が指すのは、自分が掛けている眼鏡だった。って、それが何? そんな顔を見せると、梓は苦笑いを見せて
「眼鏡を掛けたお姫さまなんて……似合わないでしょう?」
「……っ」
じゅうぶん、可愛いっつうの! 思わず俺は壁に思い切り拳をぶつけていた。そんな俺を、梓は遠くから呼びかけている。
眼鏡のお姫様だって、全然いいじゃないですか! 俺は大賛成です!
「知らなかったの、梓? 紫の上って、眼鏡を掛けていたんだよ?」
「……それ、面白くないから」
梓の手を握り締めながらそう言う俺の一言に、梓は初めて冷たく俺にそう吐き捨てる。あ〜あ、やっぱり梓にはもう紫の上を演じる気はありませんか。
――――
「あ、また居ますよ……」
帰ってきた俺の部屋には、再び君が当たり前のように座っては雑誌を読んでいた。
「お帰り〜! ご飯あるから、着替えたら降りておいで〜」
君はそれだけ言うと、そのまま階下へと降りていってしまった。だから、それだけの用事なら別に待っていなくてもいいのに。
「は〜い」
だいぶ遅れた返事を小さくすると、俺は制服を脱いで傍にあった服に着替える。新しい服を置いておく、些細な事に気を配る君の仕業だった。
――――
階下に下りてダイニングへ行った俺を待っていたのは……
「誕生日おめでとう! 琉依」
そう言って、クラッカーを鳴らす君の姿だった。
呆気に取られる俺の姿を見て君はため息をつくと、
「もう! また忘れていたんだね!」
ふと、カレンダーを見ると今日は九月……十一日。あぁ、今日は俺の誕生日だわ。いろいろありすぎて、すっかり忘れていたよ。
そんな俺に呆れながらも、君は少し姿を消すと大量の紙を持ってきては再び姿を現す。そして、それを俺に押し付けてくる。その紙を確認すると……
『HAPPY BIRTHDAY!
日本でお祝いできなくてごめんね〜!
また、ロンドンにも遊びにおいでね〜!
愛するパパより』
というK2からのFAXに始まって、母さんや……うわっリカルドからもある。特にリカルドに至っては、最初の一枚だけでは飽き足らず数時間おきに七枚も送りつけている。
「あと〜、これは渉と梓からです!」
そう言って君が渡すのは、きれいに包装された箱が二つ。いい友達を持ったなあ俺。
「そして……これ」
ぼそっと呟いて差し出す君の手には、また綺麗な包みが乗せられている。俺はそれを受け取ると、ゆっくりとその包装紙を取り除いていく。
中から出てきたのはまた小さな箱で、それを開けると中には香水が入っていた。
「“べライラル・デ・コワ”だね。まだ高校生なのに?」
「高校生でも、大人びたアンタにはお似合いだと思って」
少しからかいながら言う俺に、君は少し目線をずらして答える。
「誕生日おめでとう……」
「ありがとう、夏海」
テーブルの上に並べられた二人分の料理。本人さえ忘れていた誕生日を、君は今年も覚えてくれてはこうして祝ってくれる。
去年も一昨年も、俺は君に祝ってもらっていた。その時は他にも人はいたから二人過ごすのは初めてだけれど、それでも俺は嬉しく思い……
そして、悲しくもなる……
――――
「宇佐美ク〜ン!」
その翌朝、俺の教室にやって来たのは演劇部の先輩方。息を切らせてやってくる所を見ると、再び俺にオファーを仕掛けにきたのか?
「あのね、やっと決まったのよ!」
「はっ?」
そう言って先輩方の後ろに居たのは、君の姿だった。
「槻岡さんにお願いしたら、やっぱり受けてくれる事になったの!」
それで? 相手役は誰になったの? そう思っていたら、さらに教室に見かけない男子生徒が入ってきた。
「……誰?」
そう問いかけた俺に対して、先輩方は彼を俺の前に突き出すと少し興奮気味になって
「彼は二年の高月賢一クン! 昨日頼んだら、承諾してくれたの〜!」
そう先輩方が言うと、その高月って男は軽く頭を下げてきたのでつられて俺も頭を下げる。
「ホントは宇佐美クンが良かったけど、でも彼もなかなかのイイ男でしょ?」
「槻岡さんも、彼が相手でも全然いいって言ってくれるし!」
それを聞いて君の方を見ると、君は微妙な笑みを見せている。まぁ、それなら俺はもう追いかけ回される事無いから安心したけど。
「それじゃあ、行こうか。槻岡サン?」
高月って男はそう言うと、君の肩に手を置いて教室を去って行った。
そう、その時に俺は君を引き止めておけば良かったんだ……
紫の上がメガネっ娘だなんて、もっとまともな嘘は言えないのでしょうか。琉依は梓の前では本当に素直な男の子でいます。さて、今回のラストで、とうとうアイツが出ました。この先に起こる琉依の狂気の火種となるアイツが、これからどうしゃしゃり出るか……これからもどうぞよろしくお願い致します。