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Chain38 君と重ねつつある幻影の前に



 俺の紫は……





 だけど……


 「絶対、嫌です〜!」


 放課後、寝ていた渉を起こして一緒に来た演劇部の部室から聞こえる“紫の上”の声。俺は浮き足立ってそのまま部室のドアを開ける。

 すると、そこには今朝の先輩方に囲まれている君と、大声で叫んでいる……


 「来てくれたんだね! 俺の紫の上!」

 「いやぁぁぁぁぁっ!」


 駆け寄って“紫の上”に抱きつくと、“紫の上”こと梓はいつも通り俺に絶叫する。俺はそんな梓を愛しく思いながら抱き締める続ける。

 「このド変態! お前、いい加減にしないと訴えられますよ?」

 渉の一言に加えて殴られた痛みで、とりあえず梓を解放してやるとそのまま傍にいる君の後ろへと隠れてしまった。

 「ねぇ、先輩! 梓が来てくれているって事は、さっきの件を承諾してくれたって事だよね?」

 「お前……さっきの悲鳴を聞いて、どうしてそんな事が言えるんだよ」

 俺の言葉に、渉は呆れながら喋っている。それを聞いて梓の方を見ると、梓もまた首を横に振っている。

 「あのね、宇佐美クン。倉田さん、やっぱりダメだって……」

 「マジで? じゃあ俺、光の君なんかやれないよ」

 俺が相手役という事で激しく拒否された梓にショックを受けた俺がそう言うと、今度は演劇部の先輩方がそれぞれで悲鳴をあげている。

 だって、梓の方が“紫の上”にピッタリなのに、それを断られたらやる気も無くしちゃうよ。

 「そ、そんな〜! この劇の成功は、宇佐美クンにかかっているのよ?」

 「そんな事言われてもなぁ……」

 そう呟きながらチラッと梓の方を見ると、梓は一度合った目を逸らして再び君の後ろに隠れる。

 「宇佐美クン! 光の君をやれば、数多の女の子と遠慮なく触れ合うチャンスだってあるのよ!」


 ……って、俺は欲求不満に見えるのか? そんな事しなくても、俺はいつでも女性と触れ合う事くらいは出来るんです! って、やっぱりこの人たちも俺と光の君の共通点を“年がら年中の発情期男”として決めていたんだな。

 「槻岡さんだって、倉田さんが断ってから頼んでみたら承諾してくれたのよ?」

 あ、それ決定打だわ。俺が尚更、やりたくなくなるには十分すぎる理由が出来た。君が相手役だと、俺は意地でもやりたくなくなる。


 ――――


 「ふ〜ん、それで断ってきたんだ?」

 一人で演劇部室から抜け出してきた俺は、そのまま保健室へ行って今朝からの出来事を綾子サンに話していた。綾子サンはクスクスと笑いながら、俺に熱いお茶を手渡してくる。

 「俺だってやってみたかったけど、梓が出ないなら嫌だし〜」

 「槻岡さんも可愛いと思うけれどねぇ」

 綾子サンはまだ片付けていない書類に目を通しながら俺の話を聞いている。そんな綾子サンを見ながら、俺は傍にあった椅子に座る。

 「光源氏って、寵姫である紫の上の他にも葵の上に六条の御息所や朧月夜……などなど、数多の女性とも関係を持っていたのよね」

 綾子サンまで、俺の事を年がら年中の発情期って言いたいのかな?


 「あと、義理の母親でもある藤壺の宮……」

 あぁ、光の君が最初に愛したといわれる女性か。ホント、俺なんかよりも守備範囲が広くてだらしのない奴じゃないか。それを一緒にされるなんて、俺はマザコンではないけど。

 「ねぇ。貴方が光の君なら、私は貴方から見るとどの女性になるのかしら?」

 正妻である葵の上? それとも義理の母親であり、永遠の憧れの君である藤壺の宮? その藤壷の宮に面影が似ているとされ、光の君に育てられた紫の上? または……

 「そう……だね、綾子サンは……」

 綾子サンは、書類に目を通していたのを止めて俺の方を見てくる。その何かを期待する瞳を俺に向けているのに対して、俺はいつもならすぐに出る言葉が何故か上手く出てこなかった。


 「琉依クン?」

 なかなか口に出さない俺に、綾子サンは心配そうな顔をしながら俺の方を眺めていた。

 「あっ、ごめん。綾子サンは、どれにも当てはまらないよ。だって、彼女たちは光の君に弄ばれたような存在だったからね」

 「まあっ」

 俺の言葉に、綾子サンは笑みを見せながら顔を赤らめていた。その時に見せた俺の表情もまた、彼女から見てちゃんと笑顔になっていただろうか。

 咄嗟に出たその言葉だけど、正直に言うと俺はその時には別の事を考えていたんだ。綾子サンが誰と同じタイプかと言うよりも、もっと別の……

 「それにしても、琉依クンはどうして槻岡さんが相手だと困るの?」

 再び浮上してきた君の話題。綾子サンには君の話題を出して欲しくないんだけどなぁ……。俺は少し不快な表情を見せると、そのまま出入り口の方へ足を運びドアに掛けていたプレートを“外出中”に掛けなおすと、ドアに鍵を掛けて綾子サンの元へと戻る。

 「琉依クン! 先生は今、お仕事中なのですけど?」

 「そんなくだらない事聞くくらい、余裕のクセに?」

 徐々に近付く俺を一度は制する綾子サンだったが、そんな俺の言葉に参ったのか書類を簡単に片付けている。


 ――――


 「俺の前で、他の女の話をしないでよ?」

 少し慣れてきた狭いベッドの上で、俺は綾子サンに話しかける。

 「あら、どうして?」

 大人の女性の余裕なのか、綾子サンは不思議そうに俺の方を見ていた。普通、女性は自分とは別の女性の話をしたら怒るのだけどなぁ。それを、彼女の場合は自分からしてくるものだから本当に不思議。

 「俺は“光の君”と同じだから、別の女性の処へ行ってしまうから!」

 冗談交じりにそう言うと、綾子サンは可愛らしく笑みを見せていた。

 でも、本当にやめて欲しいよ。他の女性はいいけれど、君の事だけは本当に勘弁して欲しい。愛しい人の口から君の名前を出されるのは、俺にとって苦痛にしか無い。


 それに、俺が君とあの演劇を出来ないのは……


 


 こんにちは、山口です。

 この作品を読んで下さり有難うございます。“光源氏編”で、再び琉依の中で何かが湧き上がっていますが、次回ではとうとうそれを増幅させる“アイツ”が登場します。

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