Chain35 再燃する想いの果てに
忘れかけていた幻想が再び蘇る……
「さっきの先生、綺麗だったな〜」
「スタイルもいいし、しかも若い!」
教室に戻った俺は、クラスメイトの男子が口々にそう話しているのが嫌でも聞こえて来た。
うるせぇよ、お前らなんかが綾子サンの話をしてんじゃねぇよ。そう、妙な嫉妬感が湧き上がっては抑えるのに必死だった。
“二度と会わないわ……”
再び脳裏に過ぎった、あの時の綾子サンの痛い言葉。その言葉とは裏腹に、俺たちはとんでもない偶然を引き起こして再会してしまった。しかも、同じ学校で俺は生徒で綾子サンは校医という立場で……。
生徒と教師なんて、よくあるが禁断の関係には違いない。俺が再び綾子サンに触れるとき、貴女は今度はそう言って俺を突き放すのかな。
でも偶然とはいえ、貴女と出会ってしまった俺は再び湧き上がってきたこの気持ちを抑える事など出来なかった。
それは恋? いや、まだ分からない……けど、俺はただ自分の想いを突き進めるだけだ。
もう一度、貴女に触れたい……そんな俺の欲望を満たさせて欲しい。この偶然はきっと、そんな俺への最後のチャンスに違いないのだから。
「琉依〜! 帰りますよ〜!」
放課後、俺の教室にやって来る君と渉はそう言ってはドア付近で手を振ってくる。それに対して俺も手を振って応えるが、カバンを持った時にふと浮かんだ綾子サンの顔でそれを下ろすと
「悪い。俺、まだ課題を出しに行ってないんだよね。その後にも、まだ残した課題があるからやって帰らないと……」
「あら、そうなの? じゃあ、夏海と帰るな」
俺の言葉をまったく疑う事無く、渉はそう言うと手を振って元来た道を進んでいく。そんな渉に対して、君は何か言いたげな表情を見せていたがそれを口にする事無く渉の後を追った。
一緒に沖縄に行っていた君だし、一度だけだが綾子サンの顔をばっちり見た君だから分かっているんだろうね。
これから俺がする事を……。
クラスのみんなも帰って静かになった教室は、俺の心を更に湧き上がらせるのに十分だった。同じ校舎内に彼女はいる。もう、連絡先など必要が無いのだ……彼女は傍にいる。
静かになった廊下、俺はゆっくりと席を立ち上がるとそのままカバンを持って教室を後にした。誰もいない廊下を歩く俺の足音はとても響いていて、その音にあわせて俺の鼓動も聞こえてきそうなくらいだった。
一歩ずつだが確実に近付いている俺と貴女の距離。走りたい気持ちを抑えて、俺はあえてゆっくりと貴女の元に足を進めて行った。
三階……二階……一階……。そして、その角を曲がると見えてくる“保健室”のプレート。今までは縁が無かったこの部屋も、これからは一番愛しいと思える場所になる。
保健室の前に立ち止まると、少し開いていたドアから見える場所では貴女がせっせと片付けをしていた。来たばかりだから、自分の荷物とかの整理でこれくらいの時間までいる事は分かっていた。それに、まさかここに俺がいるって事も気付いていないだろうからのんびり出来るんだね。
「っと、もう。前の先生は背が高かったのかしら、届かないじゃない!」
そう怒りながら話す綾子サンは、棚から物を取るのを諦めてそのまま奥の方にあるデスクへと消えてしまう。そこから聞こえる書類を触る音を確認して、俺は静かに中へと入る。
もちろんそんな俺の気配に気付く事無い綾子サンは未だにこちらへ戻って来ない。俺はそのまま後ろ手で鍵を静かにかけると、足音をワザと立てて歩き始める。
「あら? 誰か来たのかしら? ごめんなさいね、すぐに行くから〜」
奥から聞こえる貴女の声、よほど離せない用事があるのかすぐにはこちらに来る気配が無かった。俺はそのまま返事をせず奥の方へと歩み、綾子サンが見える場所まで近付く。
沖縄で出会って共にひと時の楽しみを味わった綾子サンが、こうして再び俺の手が届くところにいる。今、腕を伸ばせば簡単に彼女を抱き締める事が出来るんだ。
「見つけたよ……」
カシャーンッ
小さく呟いたのに、それでも貴女にとっては効果は大きかったのか綾子サンは持っていたケースを落としていた。床に落としたケースに目をやって、再び綾子サンに視線を戻すと小刻みに震える貴女。
俺はそこから動かない綾子サンに代わってケースを拾うと、彼女がいるデスクの上に置く。こんなにも接近したのに、それでも綾子サンはこちらを見ようとはしない。
「こっちを……見てよ」
“まだ”手を出さないでいる俺は、少し離れて綾子サンに声を掛ける。しかし、それでも綾子サンは動揺を隠せないまま俺に背を向けて立ち尽くしていた。
“二度と会わないわ……”
きっと彼女の脳裏にもこの言葉が浮かんでいるんだろうね。あの時の事はただの幻想だと決め付けて、それを俺に押し付けたのにこんな形で出会ってしまったんだ。
偶然? 運命? どちらにしてもそれは残酷なものには違いない。
俺は今度は綾子サンに近付いて、お互いが触れるか触れないかの位置に立って呟く。
「こっちを……見て?」
俺の吐息が触れたのか、綾子サンは少しびくっと肩を震わせていた。そして、そんな綾子サンの腕を掴むと無理矢理こちらを振り向かせた。
「……っつ」
一瞬、俺の顔を見た綾子サンは、再び目を逸らして俯いてしまう。
「数ヶ月会っていなかったのに、俺の声は覚えてくれていたんだね」
動揺して、持っていたケースを落としてしまうくらい。ねぇ、それは自惚れてもいいの? 貴女も俺の事を忘れられなかったって。もう一度……会いたいって思っていたって。
「どうして、貴方がここにいるの……」
溢れる涙を堪えきれず、貴女の瞳からは涙が流れては滴が落ちていく。答えなんか要らない、これは俺への最後のチャンスであり貴女への最後のチャンスでもあるから。
俺には、貴女への気持ちを本物にするチャンス……
貴女には、そんな俺を拒絶できるチャンス……
そんな分かれ道に先に答えを出したのは……貴女だった。
「あ……やこサン?」
涙を隠すように俺の中へと飛び込む貴女。そしてきつく抱き締めてくる貴女は、まだ体を震わせては俺のシャツを涙で濡らしていく。
キスして、抱き締めてもっと貴女をこの腕で抱きたいよ……
俺はそっと綾子サンの顎を軽く持ち上げると、そのまま唇を重ねた。綾子サンは、もう逃げずに自分の気持ちに素直になっている。
「会いたかった……」
こんにちは、山口です。
ついに出会ってしまった二人はお互いの手を取り合う結果となりました。教師と生徒という形で再会してしまいましたが、これからその二人がどうなるか……夏海はどうするかを想像していただけると嬉しいです!
 




