Chain34 忘れかけていた想いが蘇る時
体は愛しくても心は愛せない……それが俺にとっての君
九月、新学期が始まる。
「梓ちゃ〜ん! 会いたかったよ〜!」
「い、いやああぁぁっ!」
特進科の校舎内を響かせる梓チャンの叫び声などに怯む事無く、俺は梓ちゃんをきつく抱き締める。それに対して梓チャンは少しでもくっつかないよう必死になって俺の体を押しのけようとしていた。
女の子の力では大して意味も無いその抵抗は、余計に俺の力を増やすばかりでかえって彼女を苦しめるものとなっていた。
「そこまでよ! この発情期!」
ゴンッ!
せっかく梓チャンをこの腕に包んでいたのに、君の一言と渉の拳骨でそれはあっけなく終わってしまった。
「……ってぇ」
痛む頭をさすっていると、梓チャンはさっさと君の後ろに隠れてしまうし渉はもう一発殴りそうな体勢でいるし。それ以上手を出すのは、諦めた方がいいと思うには十分だった。
「まったく、来てみてよかったわ。でも、本当に梓に会いに行くとは思わなかったわよ」
だって、島には来れなかったから長い間会えなくて寂しかったんだよね。国際学科の校舎に行くまでに俺は君から説教を延々と聞かされていた。
あの別荘で感じた罪悪感、今の君を見ていると一瞬で消えてしまいそうだわ。誰だ? 純粋だと思った奴は……。こんなの、ただの説教オンナだよ。
「聞いてるの?」
そう言って俺の耳を抓る君。何を言っていたかは分からないが、とりあえずコクコクと頷く。だから、さっさと解放してよ……。
「あっ、宇佐美クンだ〜!」
「ホント! 久しぶりぃ〜!」
そう思っていた俺に廊下にいた違うクラスの女の子たちが次々と声を掛けてくる。そんな彼女達に俺は手を振ると、そのまま君から離れて彼女たちの方へと近付いた。
「おはよう、久しぶりだね」
「え〜! あたし達の事、知ってたの〜?」
「マジ嬉しいんだけど〜」
いや、知らないし……。自分たちだけで盛り上がる彼女達に俺は苦笑いしながらも、俺はニコニコと笑顔を作っていた。
いくら君の説教から逃げるためとはいえ、こっちに来たのはまずかったかなぁ。そう後悔しながらも、腕を絡ませてはくっついてくる彼女達の相手を愛想よくつとめる。
君の方を見ると、呆れているのかため息をついて自分の教室へと去っていった。
「じゃあ、俺もそろそろ……」
君が居なくなったのを安心してそこから立ち去ろうとしたが、彼女たちは掴んでいた腕を緩める事無くしがみついたままだった。
「え〜? せっかくだから、もっと話そうよ〜」
「そうよ〜、槻岡さんとは何でも無いんでしょ〜?」
それはそうだけど……って、何でそこに君の名前が出てくるんだよ。
「でも、ゴメンね。俺、課題を出しに行かないといけないんだ」
やんわりと絡まっていた腕を放すと、俺は笑顔でそう言って手を振りながら教室へと入っていった。後ろでは彼女たちの文句が聞こえていたが、そんなもの無視して席につく。
「あ〜あ、あんまり夏休みを満喫出来なかったなぁ」
別荘に行ったけどあとは仕事が続いたし、それに何よりも山のような課題が俺を苦しめていたから休みどころではなかった。疲れも癒される事無かったし、もう寝不足続きでだるさだけが増えていっているような……。
自然と欠伸も出てきて、俺はそのまま机に顔を乗せて眠りについてしまった。
「宇佐美クン。あの、始業式が始まるわよ?」
同じ学級委員をつとめる女の子に起こされた俺は、まだ寝ぼけたまま軽く返事をすると抜けないだるさを抱えながら体育館へと足を引きずっていく。
「お前……さっきから欠伸の連発だなぁ、オイ」
途中から合流した渉にそう言われたが、気にする事無く俺の口からは欠伸が発せられる。そんな俺なのに、周りにいる女の子たちはキャーキャーと騒いでいた。
「お前って、どんなに格好悪い顔しても女たちからの評判は落ちないんだな……」
周りを見た渉は、感心しながら俺の肩を叩いてはそう言った。そんな渉の言葉など気にする事無く、俺はまだまだ止まる事を知らない欠伸を出しながら体育館へと入った。
『え〜、それでは次に校長先生からのあいさつを……』
クラスごとに分かれて並んだ列の一番後ろで、俺は延々と話す校長の話に耳を傾ける事無くただボーっと立っていた。徐々に重くなってくるまぶたも、我慢するのが精一杯だった。
『それでは、次に新任の先生をご紹介したいと思います』
気だるい体を支えるのも辛くなったのに、まだ終わらない形式ばったこのイベントは徐々に俺の中でイライラを募らせるのに十分だった。
秋だというのに、新任の先生って! そう思いながらも、俺は早く終わらないかと俯いてかかとを回していた。
するとそんな時、静かだった生徒たちの中からざわめきが聞こえ始めた。その声はほとんどが男子の物だったから、まぁ綺麗な女教師でも来たのかと思い
頭を上げた……その時だった……
その女性は、姿勢正しく壇上まで上がるとマイクを少し調整してから一度礼をしてこちらを見る。そして、一呼吸置いてから口を開いてはこう言った。
『この度、一宮高校の保健医になります川島綾子です。どうぞ、よろしくお願い致します』
綾子サン。彼女は確かにあの日、沖縄で出会って一緒に笑って過ごして一夜を共にした……もう、忘れようと思っていた彼女だった。
“二度と会わないわ……”
最後に掛けられた彼女の言葉を思い出す。そんな言葉に締め付けられていたからこそ、諦めようとしたあの感情が……
「見つけた……」
再び燃え上がろうとしていた……
こんにちは、山口です。
ここでとうとう綾子サンが再登場しました。沖縄編で“白衣の天使”と言った時点で、気付かれた方がもしかして多いのでは……と思っています。
儚い夢物語と思い込んでいた琉依が、これからどう行動していくかを楽しみにして頂けると嬉しいです。